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●シカゴ・ディリー・ニューズ
一九三七年十二月十五日
南京大虐殺
◇日本軍、何千人も殺害
◇目撃者の語る″地獄の四日間”
◇通りに五フィートも積もる死体の山
A・T・ステイール
<南京(米艦オアフ号より)十二月十五日>
南京の包囲と攻略を最もふさわしい言葉で表現するならば、"地獄の四日間″ということになろう。
首都攻撃が始まってから南京を離れる外国人の第一陣として、私は米艦オアフ号に乗船したところである。南京を離れるとき、
われわれ一行が最後に目撃したものは、河岸近くの城壁を背にして三〇〇人の中国人の一群を整然と処刑している光景であった。
そこにはすでに膝がうずまるほど死体が積まれていた。
それはこの数日間の狂気の南京を象徴する情景であった。
南京の陥落劇は、罠にはまった中国防衛軍の筆に尽くせないパニック・混乱状態と、
その後に続いた日本軍の恐怖の支配、ということになる。後者では何千人もの生命が犠牲となったが、
多くは罪のない市民であった。
首都放棄以前の中国軍の行為も悲惨であったが、侵入軍の狼籍に較べたらおとなしいものだった。