12/01/05 11:36:57.17 Un4FzwdQ0
なぜ東京裁判の11条「諸判決(戦犯への刑の執行)を受諾した」が
「東京裁判(有罪)そのものを受諾した」という認識になったのか。
→日中国交回復のとき後藤田正晴が「東京裁判を日本は受諾した(つまり有罪国家)」ということにして
中国の了解を取り付け、国交回復の弾みにする。国交回復で生まれる利権を独占したかった。
そして当時の条約局長だった小和田恒が条約解釈をねじまげた。
これを契機に「日本は侵略国家だから永遠に中国に謝罪しなければならない」という機運になった。
ちなみに小和田は後年、娘を皇室に送り込んだ。
なお、日中国交回復は間違い。中共とそれまで国交などなかった。日中国交樹立が正しい。