11/12/22 10:07:31.83 ccjDiead0
在日のタブー★朝鮮進駐軍
在日のタブー★朝鮮進駐軍
在日のタブー★朝鮮進駐軍
当時の日本警察は 拳銃の携帯が許されておらず、朝鮮人の横暴を止められなかった為、
政府はマッカーサーに請願した。 これを受けて述べたのが マッカーサーの
「 朝鮮人は 戦勝国ではない 第三者だ 」と言う 『 三国人発言 』である。
1950年にGHQは日本占領を終結し、解放し、実質的に戦後は終わったとされています。
その際に 朝鮮人は日本籍を剥奪され、韓国籍として朝鮮に帰れと命令しました。
不要の朝鮮学校と民団総連も廃止し解散請求しました。
すると 在日朝鮮人は、なにを履き違えたか 「 我々は先勝国民であり 日本を統治する立場だ 」と叫びだし、
革命を叫んで、公共施設の不法占拠し 火炎瓶や武器で武装して決起したのです。
警察も拳銃で対抗し射殺された人もでました。 警察では対処できなくなり、GHQは軍隊の動員をして
戦後初の戒厳令を敷いて 朝鮮人による暴動を平定しました。
この 戦後初の 戒厳令が敷かれた 朝鮮人動乱(正式名がない)事件は、日本の歴史から スッポリ 抜けています。
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死人も出ている事件なのに、日本の教科書には掲載されたことはありません。
(日本各地で勃発しました、栃木や浅草などは戦場状態です)
逆に朝鮮民族学校の教科書には 差別と弾圧として掲載され教育されています。
勿論、被害者側としてであり、『 (在日朝鮮人が) 立ち上がったのは 国籍条項と朝鮮民族学校の廃校に対する抗議 』
としてであると述べています。
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※「ねずきちのひとりごと」より転載させていただきました。
ぜひ >>605 ←リンク先で全文お読みになってください。