11/12/08 00:04:21.86 cngMyLUH0
●ところで、「マンハッタン計画」をスタートさせたフランクリン・ルーズベルト大統領は、
日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られている 。
一般のアメリカ人の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。
当時のアメリカの雑誌にはこう書かれていた。
「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが
日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」
「普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」
※ ※
●さて、最終的に、2個の原爆が日本に「無警告」で投下されたことに満足したフォン・ノイマンは
戦後のビキニ環礁の核実験に立ち会ってガンになり53歳の短い人生を終えた。
また、全人口に対してユダヤ人口が5-6%にしか過ぎなかった当時のアメリカで
広島に原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ号」の搭乗員として特別に選ばれた15名のうち、
ユダヤ人が7名も占めていた。
機長のポール・ティベッツもユダヤ人である。
広島に原爆を落としたとき、彼はまだ30歳だった。
ポール・ティベッツ機長をはじめ搭乗員の多くは
戦後もずっと「全く後悔していない。夜眠れなくなったことも一度もない。
あの時、我々は人類にとって最善のことをしたんだ」と述べ、原爆投下の正当性を強調した。
このことからも、ユダヤ人の中には原爆の対日投下に反対する一方で
日本に対して敵対的な感情を持つユダヤ人がいたことが伺える。