11/12/07 18:46:30.67 UEEeeAaE0
>>311
韓国植民地支配での菅総理談話・3
そもそも、日本人の「謝罪」というのは、とりあえず怒っている相手に謝罪の意を示すことで、
まったくの”他人”から、「俺とお前」という”二人称の関係”に入るための「ツール」でしかありません。
したがって、その「謝罪」というのは、言葉だけであって、実際の責務を伴いません。
このことをイザヤ・ベンダサンは、「私の責任=責任解除」という形式で説明しています。
すなわち「私の責任です」と懺悔することで、「責務を負う」のではなく「責務が免除される」わけです。
今回の菅談話もこの類いの「謝罪」です。
そして、残念なことに、この類いの「謝罪」は、日本人だけにしか通用しません。
これを以って、韓国人相手に「俺とお前」という関係を築くことは出来ないのです。
ですから、今回の謝罪も、日韓双方の誤解をますますひどくさせるだけの結果に終わることでしょう。
URLリンク(chousayoku.blog100.fc2.com)