12/10/08 06:42:19.62 giK5l5Ps0
「この広く社会に蔓延したこのエア御用性をなんとかしないと」とかいわれても、そんなもん、自分以外の人間の心性を自分がどうこうできるわけじゃないしなあと(笑)
「エア御用性」と呼ばれるのが何かっていうことを少しいうと、要は大勢順応性なんですよ。大勢順応主義。これは、グリューンの『「正常さ」という病い』という多少読みづらい絶版本に出てくる用語です。
で、大勢順応主義者がどのようにつくられるかというと、それは「自分への裏切り」からであるというのがグリューンやミラーの説です。
ここらへんをコンパクトに解説した文章は、安冨歩さんの『幻影からの脱出』の第四章「なぜ、世界は発狂したのか」にあるので、そちらを読まれるのがてっとり早いかなと思います。少し抜き出すと……
<blockquote>
子どもが、親によって「あるがまま」には受け入れられず、恭順を求められる社会に合致するように、子どもが本来もっているものを捨てさせると、子どもは自分の一部を「自分の中の他人」にしてしまいます。
これが「自分に対する裏切り」です。親は「子どものためを思って」という「親心」によって、自分に対する裏切りを強要し、あるいは誘導します。
</blockquote>
……こんな感じ。
反原連に対しては、意味のある批判もない批判もあると思ってますが、彼らを御用市民のようにいってしまうのは、この大勢順応主義の定義からも外れていると自分は思っていて、はっきりいえばインテリ「左翼」の過剰反応に見えます。
(……ということがもう、首都圏反原発連合という、多様な考えをもった団体のネットワークを、あたかも一致結束した組織であるかのようにいっしょくたに語ってしまっていて、良くないのですが。)