12/06/03 02:40:55.65 zNyK/KtB0
>>510
「しかしこれからは日本もだんだん再興するでしょう」と弁護した。
すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。
―福島でこんなことを口に出せば、すぐなぐられる。
悪くすると国賊取り扱いにされる。
三四郎は頭の中のどこのすみにもこういう思想を入れる余裕はないような空気のうちで生長した。
だからことによると自分の年の若いのに乗じて、ひとを愚弄(ぐろう)するのではなかろうかとも考えた。
男は例のごとく、にやにや笑っている。
そのくせ言葉(ことば)つきはどこまでもおちついている。
どうも見当がつかないから、相手になるのをやめて黙ってしまった。
すると男が、こう言った。
「福島より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った。
「とらわれちゃだめだ。いくら日本のためを思ったって贔屓(ひいき)の引き倒しになるばかりだ」
この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出たような心持ちがした。
同時に福島にいた時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。