12/08/24 02:12:41.95 CzeRxEJO
4世紀末になると倭の朝鮮半島への進出が顕著となる。
391年、倭が海を渡り百済、新羅を破り臣民とした。
393年、倭が新羅の都を包囲するなど、たびたび倭が新羅に攻め込む様子が記録されている。
百済はいったん高句麗に従属したが、397年、阿シン王の王子腆支を人質として
倭国に送って国交を結び、399年に高句麗の頚木を離れ倭に服属した。
倭の攻撃を受けた新羅は高句麗に救援を求めると、好太王は新羅救援軍の派遣を決定、
400年に高句麗軍が新羅へ軍を進めると新羅の都にいた倭軍は任那・加羅へ退き、
高句麗軍はこれを追撃した。この恩により新羅は朝貢国となった。
402年、新羅もまた倭国に奈忽王の子未斯欣を人質に送って属国となり、
倭軍は404年に高句麗領帯方界まで攻め込んだが高句麗軍に敗れた。
405年、倭国に人質となっていた百済王子の腆支が、
倭国の護衛により帰国し百済王に即位している。
この頃の朝鮮半島と日本との関係はこんな感じ