12/10/09 10:03:25.30 Da+xAl7J
(つづき)
>そこで重要なのは、観念的思弁的な単なる「流説」「浮説」ではなく
>「深遠で、見がたく、了知しがたく、寂静で、勝れており、思考と思惟とを超えており、
>微妙で、賢者だけが理解できる諸法」である三昧体験で掴んだ説だということです。
三昧体験では、まだ彼岸には至らんのです。
その体験を乗越えてこそ彼岸であります。
乗越えるため自洲・法洲でありますね。
生死大海においてモットも荒波が増すところでありますから、
ここを乗越えるのは相当大儀でありますが・・・
禅定初期において色界の悟りは直ぐに顕現されます。
しかしこれが魔境であることが、その後分かってきます。
最後まで分からんこともありますが、あまりこれが長引くと禅病とかに冒されることもあります。
また狐憑きとか、何らかしかの憑きモノになったり精神疾患の素因になることもございます。
非常にヤバイですから気をつけるべし。