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「巨人・谷繁」「阪神・阿部」たられば物語
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千葉県浦安市出身の阿部だが、幼い頃から大のタイガースファン。実は父親の東司さんと掛布雅之氏(阪神OB)は習志野高の同級生。
掛布氏が「3番遊撃手」東司さんが「4番捕手」で72年夏の大会で甲子園出場を果たしている。その影響で阿部は掛布に憧れて右投げ左打ちになった。
安田学園高を卒業する際にも「大学生なら希望する球団を逆指名できるから、阪神に行けるぞ」と掛布氏のアドバイスを受け中央大学へ進学した。
そして2000年11月17日のドラフト会議。阪神は阿部ではなく川崎製鉄千葉の藤田太陽投手(神-西-13年からヤクルト)を1位指名した。
「球団には以前から阿部は無条件で獲れるよ-とは言ってたんだけどね」と掛布氏。
阪神は97年にドラフト1位で智弁辯和歌山の中谷仁捕手(神-楽-巨。今年10月4日に引退)を指名。
「正捕手に育て挙げます」と両親を説得して獲得した以上、阿部を指名するわけにはいかなかったという。「たられば物語」はこれで終わり。