05/05/22 20:45:02 Ihv4i+a3
>>648
誰にでも秘密の一つや二つはあるだろう。
枇杷瑚銀行××支店の支店長山野泰蔵にも人には言えない秘密があった。
部下法子との不倫である。
職場では本店と部下からの板ばさみ、家へ帰れば、大学生の娘からは「汚いジジイ」と
罵られ、妻とはもう六年も夫婦の営みが無い。荒涼とした砂漠のような生活の中で、
彼に潤いを与えてくれる唯一のオアシス、それが法子だった。
「栗本君、ちょっとこれ頼むよ」
そう言って法子を呼びつけ冊子を渡す。他の行員には、それが何かの名簿のように見えた。
法子はそれを受け取り、自分の席に戻ってゆっくりと開く。
その中ほどに小さな付箋紙が貼ってあり、こう書かれてあった。
『午後八時、いつもの場所で』
それを見た法子の顔が、日が差したように明るくなる。
泰蔵の方へ振り返る法子。だが泰蔵はデスクに目を落とし、素知らぬ振りをしている。
法子は冊子を閉じながら、胸の内に思いを描く。
「これでいい、これでいいのだ。職場では、あくまで上司と部下。でも職場を離れたら
彼と私には何の障壁も無い。思う存分愛してもらえる。奥さんなんかよりずっと深く」
蝋燭の灯りのようにゆらゆらと心の内で揺らめく、人目を憚らなければならない一抹の虚しさ。
そんなものは、その火が灯るたびに泰蔵の深い愛情が吹き消してくれることを法子は知っている。
これでいいのだ。
法子は口元に微笑を浮かべ、自分の仕事を再開させた。
(すべてフィクションです)