08/01/16 21:39:42 w0RXiTAZ0
わたしは一触即発の子供たちの間に割って入り、訳を聞いた。
どうやら発端はイチロウくんらしい。イチロウくんは昨日、アキコちゃんの
お母さんが泣き叫びながら、全身真っ黒の男たちに引きずられていくのを見た、
と言い張っているのだ。場所は、半年ほど前急にできた、へんぴな村には
不似合いな近代的施設「応用獣化学研究所」の裏手のことだという。イチロウ
くんは最初建物の中へ追いかけようとしたが、危険かと思いなおし、駐在所に
通報しにいくことにした。だがその途中アキコちゃんとばったり会い、まずは
アキコちゃんの家に向かった。ところが、家に着くと、先ほど泣き叫んでいた
はずの母親がいつも通りの笑顔で二人を出迎えたのだった。腑に落ちないまま
自分の家に帰った彼は、しかし翌日、自分の目は疑えないという気持ちを
アキコちゃんに伝えた。当然アキコちゃんは反論し、そうして朝から続いていた
言い合いが、とうとう掴み合いになったのだった。
「本物のおばさんはきっとまだあの研究所にいるんだ!」
イチロウくんは譲らない。アキコちゃんのお母さんが現に無事だった以上、
やはり嘘をついているか、でなければ、白昼夢の類だろうと思えた。子供に
よっては稀にそういう事例があるそうだ。だが、だとしても、教師として
このまま放置するわけにはいかない気がした。そこでわたしは一番率直な
方法を提案した。
「いいわ。研究所に行ってみましょう。そうして何もなかったら、イチロウ
くん、やっぱりあなたの勘違いだということを認めて、アキコちゃんに謝り
なさい。もちろん、イチロウくんが正しかったらそれどころじゃない。警察に
行かなくてはいけないわ。それでいい?」