08/05/12 20:32:18 MeFkVnjJ0
やっぱりお前は典型的な文系だなw
犬や猫に自我(プライド)がないなんて
動物学者ですらまだ脳の解明は殆ど進んでないんだぞ
最近の研究ではカラスに犬猫並の知能があることが分かっている
645:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/12 20:58:11 X+8xKlOU0
「犬や猫に自我がない」なんて一言もいってない。
ただ、人間みたいに生死を嬉しんだり、悲しんだりするような
複雑な自我は持ってないだろうというだけのこと。
URLリンク(bbs6.meiwasuisan.com)
自我=プライドというのも誤認。
自我は自負心を持つこともあれば、自嘲心を持つこともある。
そうやって場合によって己の自我を膨らませたり、萎ませたりするのが
現代的な人間の有り様。そうではなく、己は己である、私は私であるという
真我への認識を確保するに至れば、人間は二度と自我を膨らませたり、
萎ませたりする必要はなくなる。無駄な嬉しみや悲しみを持たなくなる。
もちろんだからといって無感情になるわけじゃない。
自負心や自嘲心に基づいた膨張的萎縮的自我などではなく、
真我が物事を楽しんだり悲しんだりする様は、
あたかも幼児が動物と触れ合うかのごとく。
URLリンク(bbs6.meiwasuisan.com)
もちろん、生死はあるだろう。人間だけでなく全ての生物にとって。
でも生死をいちいち気にしてるような生物はおそらく人間―それも、
極端な愛執に陥ってる一部の人間ぐらいのもの。あとの人間と、ほぼ
全ての他の生物たちは、生死なんかいちいち気にせずに生きている。
よく生きるのでも、空しく生きるのでもなく、ただ生きている。
どうやら生きるということは、第一義にはそういうことならしい。
646:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 03:10:31 6pAr0Yf00
すいません、これって高橋マリ子さんですか?
URLリンク(imepita.jp)
もしそうだったら何の写真なんですかね?
ドラマかなんかのワンシーンでしょうか?
647:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 09:26:13 szPdE4QD0
>>646
これは初めて見たわ。
マリコにしては珍しい表情だね。
648:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 10:02:26 6pAr0Yf00
違う人だと言う人もいます
高橋さんと同世代のモデルだとか
詳しく知ってる人いないですかね
649:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 18:12:46 fAvvAaqj0
>>644
理系だの文系だのという、学術的な捉え方自体が、すでに着想や認識の拡張
を目的としているところから、こちら側の、着想や認識の凝縮およびそれらからの
捨離を目的とする論述姿勢とは相反するものになっている。
仮にあえて学術の、しかも理系の分野に限って話を進めるなら、
この世界の微視的な現象をプランク・スケールLpの領域にまで突き詰めて
捉えようとするのなら、それは加速器のような実験装置によってでは無理がある
(加速器の直径を銀河系並みにしなければならない)し、超弦理論、膜理論を含めた
(前世紀までの)理論的な解釈によってでは自由度が高すぎて(超空間や超重力
までも導入しなければならない)Lp付近の詳細をうまく説明するに足らない。
そのような、実験物理学的には小さすぎ、理論物理学的には自由度の低すぎる
Lp付近の詳細説明などを目的としているのが自分の論文の成果であり、
(ちなみにその核となるのがこれURLリンク(lozenge.web.fc2.com))
しかもこの論文の範疇で、あらゆる観測上の物理現象の特性に対する説明は網羅
されており、なおかつこの理論はこの世界に唯一の自由度=量子宇宙比(r:⊿)のみが
定められていると共に、これ以外の一切の前提的自由度を許さない自己完結装置である。
仮にこのような理科学的な論及に限ろうとも、自分の姿勢はあくまでも着想や認識の
凝縮(陳腐な言い方をすれば、帰納に対する演繹、分析に対する総合)に限られる。
650:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 18:14:46 fAvvAaqj0
>>635最上段の「般若経」は、いくら「般若心経」などのかたちで日本人に
受け入れられているとはいえ、あくまで“日本人の著作物”ではないので
「正法眼蔵」に交代してもらおう。もっとも、それにしたって、道元と日蓮の
同格を認めない創価学会などとの不和を埋め合わせるには至らないが。
「古事記」も「正法眼蔵」も「徳川家康」も、
学術的な研究対象としての範疇をはるかに超越した類の書物であるといえる。
「古事記」は世界最古かつ最長かつ最後の、“実在”の皇室の出自を記した書物だし、
「正法眼蔵」は学術の根幹である着想や認識そのものの捨離を目的とした書物だし、
「徳川家康」は着想や認識の拡張そのものを嘲笑うかのような(焼き味噌じゃ!)書物だし。
所詮は「学術」なんていう概念自体が、聖書圏の子飼いどもの編み出した児戯に過ぎない。
教え(聖書に基づく)と学び(聖書から離れる)を分離した状態で得られる着想や認識ってのは
いわば女性の外性器のようなもの。二つの陰唇(教と学)もあれば、陰核(神学あたり)もあるが、
あくまでその基本的な役割は「入れ物(膣)」であって中身(Rod)であることではない。
(もちろん女性器には外性器もあれば内性器もある上、内性器のほうがはるかに重要な
役割を果たすが故に、このような説明が女性自身の特性を完全説明するには足らない)
己が中身“で”あろうとするなら、一旦は学術のような“教学分離”上の概念からは
離脱しなければならない。今上天皇も大学中退だし、池田大作も三流大卒だし、石原都知事も
引きこもりだった時期があるし、それはもう宿命として―“教学(Rod)”の権化として
生きていかなければいけない人間(あるいは現人神仏)にとっての宿命であるとして受け入れる。
もちろんだからといってこれからも学術から目を背け続けようなどという気持ちはないし、
教理(特に東洋の)に没頭して、出てこないような状況も避けようと思う(「正法眼蔵」には
道元の出家第一思想が存分に展開されているが、そこにまで従おうなどという気はない)。
ただ、あくまでも自分の一番の存在意義は、教学分離上の教や学(女性の外性器)の
保持者としてではなく、教学(Rod)の保持者であるという点にこそあるのだということ。
そこんところを己自身も自覚すると共に、周りの人間にも十分に分らせて余りある所があるのである。
651:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 19:45:12 Izw5IlxC0
1日かけてネットで調べたんだw
さすが自宅警備員 暇でいいね
652:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/13 21:26:10 OeT5JQ1G0
まあ・・・でも、なんちゅーか・・・・
「女の子にはやさしく」っちゅーーことです。
やさしくしなきゃ、はらんじゃうもんっ
653:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 15:51:49 aZi4EeBW0
>>646
1st写真集「Mariko」に載ってる写真。
写真集の中で最高だから持ってなければ買うが吉。
横浪修と相性ばっちし。
654:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 17:29:32 48t4sJvo0
撮影後スタッフがおいしくいただきました。
だとしても、はらませるのは俺だ。
655:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 20:12:59 CzHyiX3M0
夏帆や成海璃子ほどには完全な“女の子”でもなく、
長谷川京子や小西真奈美ほどにも完全な“姐さん”ではなく、
ベッキーほどには欧米(不当)精神を体現するにも足らない
マリ子の今後の運命やいかに???www qqq
656:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/15 02:18:46 pCXFlMo60
>>653
ありがとうございます!
やっぱ高橋マリ子さんだったんですね
当時まだ14歳じゃ確かに全然雰囲気違いますね
いやー誰か分かってすっきりしました!
特にファンというわけではなかったんですが、あの写真は
生で見たいのでその写真集は買おうと思います
657:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/15 04:42:18 vr2T+E/80
>>655
故にハーフと称するという。。
658:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/15 11:55:31 KqGc/Qq50
マリ子、近ごろ加藤夏希と和服着る仕事した?
近くの呉服屋にくり抜きのツーショットがあるんだが。
どう見ても加藤のほうがハーフに見えた。それに
近ごろの秋田美人だと佐々木希なんてのもいるし。
容姿の派手さで純・日本人にすら負ける
“ハーフ”の存在意義ってなんだ?
659:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/15 17:48:35 L8QrUQ6P0
Shellterのマリ子はすごいバタ臭いぞ。
URLリンク(www.sheltter.jp)
660:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/15 18:50:59 B8LEtowpO
バタ臭さだけなら、ウチの妹も負けちょらんぞ?
まるで超豪華セレブ向けミックスジュースぞ?
まあ、加藤夏希も佐々木希も妹も(わが妹ながら)、タイプではないが。
661:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 05:41:19 YEiQUyq20
美人か否か、可愛いか否か、若いかどうか、年増かどうか、性格や頭が良いかどうか、
あと、マリ子に限っていえばハーフかどうか、そしてやっぱり経験のあるなし、
さらには出産経験のあるなしまでも含めた、全ての女性性にまつわる特性をひっくるめるか、
あるいはそれら全てを破棄した上でも見受けられるのは、女性であるということは、
玉子入れ(URLリンク(m-ishibashi.cocolog-nifty.com))
であるという点にこそ、集約されるのではないでしょうか?
12歳程度から50歳程度までの女性が、悲劇的な病(子宮ガンなど)に侵された場合などを除いて、
コンスタントにその役割を担い続けると共に、容姿や頭脳や経験(出産をも含む)をも超えてその
運命として容れているのは、己の内性器による玉子入れとしての特性であり、その点に比べれば
一部の(というか大部分の)男性などが執着する外性器としての特性すら矮小ではありませんか?
万物の根源は暫定上の既成概念である。
まあ、物理的には必ずしもそうとも言えないところもあるし、答えを言えば「ニワトリか玉子か」
であればそれは「玉子」なのだけど、そういった(遺伝子の変性のような)生物学上の瑣事にまで
こだわらないのであれば、この「万物の根源は暫定上の既成概念である」という主張にも一定の
理があると共に、それは全世界の半分近くかそれ以上を包含する真理である上に、この主張を
そっくりそのまま体現することが「玉子入れである」ということ、すなわち「女性であるということ」
に直結するわけです。
定義も真理も原則も、語ろうとすればいくらでも語れます(特にその材料は西洋人が提供してくれる)。
でもそういった“語られる限り”における定義とか真理とか原則とかいうのは、とにもかくにも
「万物の根源は暫定上の既成概念である=玉子入れである=女性である」という、この世界の
半分近くかそれ以上を占める、潜在的な定義や真理や原則を無視した限りにおいてのみにしか
展開されないのではないでしょうか? そこんところ(女性的愛、つまりなかよし)に触れてしまうと、
今まで必死で溜め込んできた男性的なカチコチの理論だの思想だの(男性的学術、つまり女性の
外性器へのこだわり)の矮小さに気付かざるを得ない。だからこそ女性はいつまでも忌避される。
(存在性が)小さすぎて無視されるのではなく、大きすぎるが故に忌避される、神聖なる玉子入れ。
本当は、ある程度かしこい人間であれば気付いてるんだけど、どうしても指摘するに忍びなかった。
そういうもんなんですよ。しょせん世間とか、社会とか、人間とかいうものなんて。
(ちなみに男性を「精子入れ」だの「神聖なる精子入れ」だの言うのは、お願いだからやめてw
それは女性が玉子入れであることに比べれば、あまりにも格が落ちるから。あと外に付いてるというry)
662:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 09:36:00 xfIrkw6t0
>>659
これマリ子かぁ?
663:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 18:27:05 yn4k017D0
もはや自分(日本)の外側に敵はいない。
仮にいたとして、追い込みをかけたとしても、もはやそれは“残党狩り”の域を出ない。
ただ、まあ、もうちょっとだけ言わせてもらうと、それはこの日本国内の問題、
特に、自分自身の出自にも関わる“武士道”への、個人的な見解について。
もともと武士道は、日本人にとってすらごく一部の士族階級にのみ司られていたもの。
それを民主化後の日本人全体に流布するのが無理を生むのはもちろんのこと、さらに
世界に向かって啓くとなれば、それは誤解や無理解を生んで当然のことといえる。
たとえば今の世界において、武士道の一般的な流布者として代表に挙げられるのは
新渡戸稲造か三島由紀夫あたりだろうて、彼ら自身の“武士道精神”の模範として
特に引用されるのは「葉隠」あたりなわけだけれども、自分にとっちゃ「葉隠」なんてのは、
「五輪書」や「独行道」あたりに比べればなんの価値も持たない、机上の空論に過ぎない。
いかにも「武士道というは死ぬことと見つけたり」だのなんだのという、美辞麗句に
飾られている点からして、新渡戸自身も含むキリスト教徒あたりに受け入れられやすかった
のはよくわかるが、その「葉隠」の述者である山本常朝からして、天下泰平の江戸中期に
自分自身ぬくぬくと生きて老いて死んだ中の論述であったという。そしてそれとは逆に
幾多の死線を潜り抜け、常勝無敗の境地に達した宮本武蔵のほうが、むしろ自著の「五輪書」
などにおいて、どんな手を使ってでも生き残るという絶対的強者の構えを説く。
同じようなことは個別の武士だけではなく、武将のような実際の天下取りたちについても言える。
天下取りの武将としてまず名を掲げられるのは、やはり信長、秀吉、家康の三人になるだろう。
そして実際それぞれに侮りがたい個性を擁しているわけだが、この三人に限ってといえども、自分は
家康の、信長や秀吉に対する絶対的優位を(個人的な意見としてではあるが)唱えずにはいられない。
そりゃあ家康は、英雄的側面では信長に譲るだろうし、奸智についても秀吉に譲らざるを得ない。
でも信長や秀吉が天下統一の“立役者”であるに比して、家康がその“確立者”であるということは、
それらの劣位を踏まえたとしても、家康の他二人に対する優位を確言して憚る必要のない十分な理由になる。
もちろん実際問題として、「五輪書」などよりも「葉隠」のほうに傾倒する人たち(新渡戸や三島など)
もいれば、家康より信長や秀吉に傾倒する人たち(小泉元首相とか)もいるだろうし、またいてかまわない。
でも「葉隠」や信長のような、英雄的な死を尊ぶ姿勢が武士道でありうるとすれば、「五輪書」や家康
のように常勝無敗、天下統一の確立こそを目的とする姿勢もまた武士道であり、そして自分はまさに
そういった常勝無敗、天下統一の確立を至上命題とする武士道にこそ傾倒するし、実際そうありたいのです。
(ちなみに自分の家系は本当に元・佐幕派であり、倒幕派の龍馬などとは立場を異にする)
664:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 18:28:46 yn4k017D0
,j;;;;;j,. ---一、 ` ―--‐、_ l;;;;;;
{;;;;;;ゝ T辷iフ i f'辷jァ !i;;;;; 負けが見えてても戦わねばならない……
ヾ;;;ハ ノ .::!lリ;;r゙ そんなふうに考えていた時期が
`Z;i 〈.,_..,. ノ;;;;;;;;> 日本人にもありました
,;ぇハ、 、_,.ー-、_',. ,f゙: Y;;f
~''戈ヽ `二´ r'´:::. `!
「葉隠」も信長も秀吉も、みんな君らにやるから、よく研究して、立派な死にざまを見せなさい。
勝つことにも負けることにも最大級の美学を見出す、それでこそ武士道なわけです。
早い話が、「RODと玉子入れ」です。教学と、万物の根源となる暫定上の既成概念です。
それ以外の、教学分離上の教や学、女性の外性器、それに容姿や頭脳や経験などは、
必要ないとまでは言わないが、少なくとも「瑣末」です。そういった瑣末な事項のほうを
RODであることや玉子入れであることよりも優先させてしまうと、どんなに優しい言葉に
よろうとも、またどんなに力強い言葉で正当化しようとも、基本的には不当になります。
自己を正当化することと、実際に自己が正当であることとの間には、どんな破壊力
(たとえば核兵器など)によってでも突破しえない防護ガラスが張られています。
実際に自己が正当である側には、仏説などによる絶対的な精神の保護が確立されているが、
根が不当でありながらどこまでも自己を正当化するような側には、その保障はない。
唯一の対抗手段は「物量投入」。しかしながらそれも「暖簾に腕押し」「糠に釘」。
しかもその相手が「受け流し(消力)」の達人であるだけでなく、精神的な「暴力」の
持ち主でもあるとすらば、如何とする???wwwqqq
優しくないんです。そもそも優しくあられないんです。それがもう、自分の“本性”だから。
“女の子”たちに嫌われるのは見えてるし、“姐さん”たちにも(年上故の優位が示しにくい
という意味で)遠ざけられるのは分かり切ってるし、欧米(不当)精神の持ち主などは
閉口するしかないし、同年代の外国人似な邦人女性はこちらの好みでない。
あなたしかいないわけです。良い意味でも悪い意味でも。
665:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 18:57:52 yn4k017D0
「器」の専売特許は日本人です。
実際縄文土器が他の文化文明的遺産に比して桁外れの古さを保っている。
「器」でさえあればいいわけです。
そして弥生やその他の時代を超えて、現代に名を残す縄文土器のような
「器」でさえあればいいわけです。
それだけですが、それだけを達成するためだけの理由によってあなたは
「器」である日本人にならなければならないのです。
あなたが頑なにハーフを守り通した理由も、そこにこそあったんじゃないでしょうか?
666:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 19:21:26 AXap/bmj0
工学部・菱隼人のHP
URLリンク(lozenge.web.fc2.com)
667:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/16 23:38:07 VoTsYwja0
マリ子の初体験はいつかな?
668:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 03:03:13 sz7LLfii0
もちろんマリ子タソはまだ処女です。
669:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 03:45:14 /w3J9j5c0
昔処女発言してたけどほんとなのかな?
さすがに大学では周りもほっとかないだろうけど
670:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 05:16:11 AcECwVmo0
普通に14歳ぐらいでモデル仲間か業界の人に食われてそうだけどな
まあそんなん関係なく俺は彼女を応援していくけどね
671:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 09:28:27 OoF7pPne0
>>669
処女発言なんてしてた?
どこで?
672:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 13:47:03 /w3J9j5c0
URLリンク(blog.livedoor.jp)
某誌にて
マリ子「私は実際に経験した事しか演技できない。だからベッドシーンは無理。」
673:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 15:46:28 AgfhqeHI0
10代からモデルやってる子でバージンはいない
宣伝じゃない?
674:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 17:46:02 GkU8hfuC0
「情報」は、もういいのです。不当なほう(聖書系)の情報はもちろん、
正当なほう(「徳川家康」含む)の情報も十分に把握して余りあるような状態。
しかし、現代に氾濫しているのは情報だけではないし、むしろこちらの氾濫のほうが深刻。
力(power, energy, force)。
乗用車に鉄道に船舶に航空機、原子力発電や火力発電などの燃料消費がそうであるのは
もちろんのこと、莫大な人手や建機を用いて建設される都市構造や工業プラントなど、
それらすべてが本質的、還元的な力(f=ma, E=mc^2)の乱費によって造り上げられる。
まさに現代社会とは、その存在性そのものが"Vulgar Display Of Power"であるに他ならぬ。
URLリンク(sleevage.com)
もともと都市構造などの発達していない田舎に暮らしてて、そこから都市に赴いたり
しなければ、つまり、根っからの都会っ子などでは、もはやそれがVDOPであることにすら
気付かない、というか気付けない。そしてそれがいいものなのかわるいものなのか、
「穢土」なのか「浄土」なのかすら分からない。まあでももしも、かつて徳川家康が
「厭離穢土 欣求浄土」の旗印を掲げて天下を制し、己の理想の下に作り上げた江戸という
都市が「浄土」であったとすらば、そこから文明開化の下にスライドさせた東京という
都市の存在性が、かつての超省力都市としての江戸に比した場合の「穢土」であることは
相対的に、あくまでも相対的にではあるが、否めないところがあるわけ。
省力(省エネ)とか、エコとかの必要性は、今さら自分なんかが唱えなくてもみんな
わかっている。環境破壊が地球の自然以前に、人類自身の存在を脅かすこともそこそこには
気づいてるだろう。でも省力やエコぐらいじゃ、どうしてもVDOPの魅力を凌駕するには
足らない。快感が足らないのはもちろんのこと、そもそも理想としての価値に欠ける。
まあ、“暴力”や“消力”なんかも、漫画の中ぐらいなら効果を持ちえるが、
現実社会に当てはめればそれは“凶悪犯罪者”や“雑技団”の域を出ない。で、
脱力(relax, URLリンク(www2.ocn.ne.jp))
だろう。結局、現実社会に当てはめたとしても、VDOPに対して絶対的な優位かつ勝利かつ支配
を望めるのは。たぶんこれだけ。省力やエコと違って、脱力は何よりも“強さ”でVDOPに
優勝支配できるだけの価値を持つ。そこが肝心。しかも脱力(relax)というのは、コツさえ
覚えればたとえ女子供ですらも体得できるところがミソであって、そういった脱力の本質的価値
(最強性)を情報(五輪書など)、力(史実)の両面で実証してくれた宮本武蔵の功績は大きい。
675:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 18:13:32 GkU8hfuC0
さぁ~マリ子もリラックスリラックス♪
自分ン中の玉子をご飯にかけて玉子ご飯作って、
脱力鍋で煮た八丁味噌仕立ての味噌汁をすすりませう。
日本の伝統的な食卓―武運長久を祈るときもまた。
676:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/17 18:38:13 sewkIpHeO
体の力を抜く!
だとしても、多少は力が残る。
その力を最大限に発揮した時にこそ、
あなた自身もまた最大級の力を得る。
それが、脱力。
677:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 13:02:58 UfUMybJz0
日本語なら「力」に一括できるpowerやenergyやforceも、英語圏では個別の意味合いを持つという。
また「脱力」の意味合いを持つrelaxも、「弱くなる」とか必ずしも力強い意味を持ち得ない場合がある。
正直そんな、英語の細かい用法にまで責任は持てんし、あくまで自分の主要言語は日本語であって
powerやenergyやforceやrelaxよりも「力」や「脱力」のほうにより原理的な意味を持たせて憚らない。
同じことは「正当」や「不当」をjustやunjustなどに訳出する場合などにも言える。
マキャベリの「君主論」において多用される「力量」や「運」などが、そのままイタリア語のヴィルトゥや
フォルトゥナとして日本人にも受け入れられるように、「力」とか「脱力」とか「正当」とか「不当」とかいった
日本語学上においても重大な意味合いを持つ言葉は、例え英語圏においてもそのまま日本語を
流用したほうが適当かと思われる。この世界に完璧な言語など一つもないのだから。
678:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 13:04:05 UfUMybJz0
>>677
このような問題は、特にマリ子のような多言語話者(バイリンガル、トリリンガル等)
にとっては重大であり、もしもマリ子が、脳内の思考を日本語だけでなく英語にも頼る、
あるいは英語だけで思考したりするとすれば、こちらの用いる「力」とか「脱力」とか
「正当」とか「不当」とかいった言葉の意味合いが厳密には伝わらない可能性もある。
たとえば、「中国語の部屋」という思考実験がある。英語のような遠戚言語しか
話せない人間を一つの部屋に閉じ込めて、中国語で書いた文書を渡す。彼(彼女)
にはもちろん中国語は分からないが、ただ中国語の文字の羅列(「風林火山」とか)
に対してどんな対応をすればいいかだけを書いたマニュアルが手渡されており、
それに従って返答(「孫子」とか)を行う。するとその回答を戻された側は、この部屋の
中にいる人間が中国語を解してる(「風林火山」は「孫子」の引用だなどと)ように見受けられる。
これと同じように、もしもマリ子などが「力」や「脱力」や「正当」や「不当」などの国語学上の
重要概念を、あくまで日本語ではなく英語のほうなどから捉え、英語圏の意味合いだけに
基づいて思考を繰り返そうとしたりするなら、どうしても「力」や「脱力」や「正当」や「不当」などの
本質的な意味合いを解さないままに、言語遊びだけを繰り返すようなざまになりうる。
「日本語の部屋」に閉じ篭る“箱女”になってしまう。
(“箱入り娘”なら、まだかわいいんだがなぁ・・・)
679:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 17:53:22 slm6eQaz0
“マニュアル”では拉し切れない領域が確かにあるし、
また拉し得たとしても解決し切れない、より根本的な命題が存在する。
ディドロやダランベール、ヴォルテールといったフランスの百科全書派、
ゲーテやショーペンハウアー、ヘッセなどのドイツの近現代文芸家、
さらにはウェーバーの比較宗教学やヒックの宗教多元論など、
確かに西洋においても、聖書圏に限らない、あらゆる文化圏への理解を網羅する試みは
それなりに行われ、最終的にはそれらすべてがアメリカにおける自由主義(リベラリズム)に繋がる。
All 'n ALL(URLリンク(images-jp.amazon.com))。
とにかく自分たち自身が「全て」でなくばならん、「全て」であることによって
己を絶対的な優位者かつ勝利者かつ支配者であらしめようとする姿勢、
それがまあ、アメリカを集大成とする西洋社会の本質的な有り様なわけ。
でも・・・早い話がそれは「くそみそ」なわけですよ?
正当なものと不当なものとの一緒くた。しかもその一緒くたを推進する側(西洋)の
根本経典となっている聖書こそが、この世界でも唯一無二の不当性を擁するという。
問題は、「形勢」なわけです。正当な側にとっての形勢。不当な側にとっての形勢。
正当な側は、自分たちの形勢が有利であり、不当な側の形勢が不利であることを求めるし、
不当な側も、自分たちの形勢が有利であり、正当な側の形勢が不利であることを求める。
Just 'n Unjust(ただしあくまで英語の用法に責任は持たない)。それだけ。
正当か不当、どちらかが「形勢の有利」そのものを譲らない限りは、進展はない。
もちろん、マニュアルのどこを巡っても、その手の記述は見られないに違いない。
マニュアルとは、それ自体が「問題解決」のスクリプトであると共に、問題解決とは、
それ自体が自分たち自身への形勢の有利をもたらすことだから。
680:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 18:10:27 1lik0jC30
なんでここに書くの
そんなに自分のオナニーを見せたいの
681:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 18:13:48 slm6eQaz0
Just 'n Unjust、あるいはSeito 'n Futo・・・
欧米からの煽りを受けて、日本でもこれらの一緒くたは
極めて推進された状態にある。
個人的には、男が耳輪(ピアス)をするのなんかが非常に気にかかる。
東洋では本来、男の耳輪は仏陀とか達磨とかの解脱者の象徴なんだが、
西洋ではただファッション程度に受け止められてて、それを真似して
日本のチンピラが耳輪してるのなんかを見ると、本当に憂鬱になる。
耳輪がいけないとかいうんじゃなくて、おまえらに耳輪をするほどの
資格があるのか?という、逆の意味での反意を催す。
まあ女性はいいんだけどね、女性は・・・雑感失礼。
682:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 18:42:59 pZ44qx8BO
>>680
オナニーだめとかも、そっち側の論理だしー
こっち側にはそんな、チンポの皮にまでこだわるような
下劣な神経元から備わってないしー
むしろドシドシやれというぐらい。
(徳川将軍家には、あえて婚約者以外で童貞を捨てる習わしがあったり)
683:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 19:20:42 1lik0jC30
ID変えてまでオナニーしたいのか
684:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/18 22:05:06 pZ44qx8BO
てめえがちんちん入れとしての自意識過剰を改めるまではな。
685:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 02:53:37 L0ZhZGB50
気持ち悪い
強迫神経症か
686:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 08:16:08 gHN9v7KxO
ちんちん入れがいじけてるぅ~!?
かわいい♪
687:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 08:30:08 YJ8xVeVL0
“比較宗教学”的には、
自分の中で一番に来るのは、とにもかくにも神道、
そこから仏教、儒教、道教などの比較的国内でもまかなえる東洋宗教に移って、
ヒンズー教を知ることにより自分自身の宗教的素地はほぼ完成する。
そんで、いやいやながらも一神教のほうに移るが、一神教の中でも
一番に来るのはゾロアスター教、その次にやっとユダヤ教、キリスト教ときて
最後にイスラム教に行き着いた挙句、また神道に戻っていく。
ウェーバーみたいな西洋人だと、どうしてもユダヤ教やキリスト教を
この世界の宗教文化の主軸と考えてしまうが、それではこの世界の文化構造を
総体的に把握することはできない。それは、中高生が大学の教程を学ぶようなもの。
天才少年や天才少女なら分からないこともないだろうが、あくまで本質的には不相応。
ウェーバーが己の比較宗教学を完成させられなかったのにもそれなりの理由がある。
688:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 17:04:59 a7zLAKhN0
“玉子入れ”の象徴としての女性あるいは妃殿下あるいは皇后陛下にあらせられましては、
重厚かつとわなる尊重(更年期、閉経後も含む)を約束させて頂くと共に、
内外に対する完全なる厳戒態勢(避妊など)を敷いて余りあるわけですが、
“ちんちん入れ”の象徴としての女あるいは娼婦あるいはメス豚肉便器なんぞに対しては、
一寸の同情も持ちえないと共に、己の本分(ROD、柱)からして
絶対的な優位かつ勝利かつ支配、征服を試みて余りある所あり。
"My cock is much bigger than yours" & "Felt like the biggest asshole"
(ちんちん入れとしては、まんこ(i)もケツまんこ)*(も大して変わりゃん)
「ロミオとジュリエット」のジュリエットも、「罪と罰」のソーニャも、「魔の山」の
ショーシャ夫人も、「眼球譚」のシモーヌも、「グレート・ギャツビー」のデイジィも、
みんな潜在的あるいは既成的な“ちんちん入れ”としての覚悟だの悲哀だの、あるいは
“ちんちん入れ”として役立った結果としての子持だのの象徴などであるばかりで、
“玉子入れ”としての己の存在性を主張するようなことは全くと言っていいほどない。
強いて文学上で、“玉子入れ”としての己のあり様までもさらけ出してくれた女性を挙げる
とすれば、それは「ノルウェイの森」の緑か「椿山課長の七日間」の椿山和昭(転生後)ぐらい。
そもそも基本的に、文面上(フィクション)の女などには、玉子なんか入っちょらんわけさ?
むしろ“ちんちん入れ”としての女あるいは娼婦あるいはメス豚肉便器のほうをおもしろおかしく
描きたければ、“玉子入れ”としての女性あるいは妃殿下あるいは皇后陛下の存在など、邪魔ですらあるわけ。
(“ちんちん入れ”としての女ばかりが持て囃される現代において、“玉子入れ”の象徴としての女性たる
実際の雅子妃殿下や美智子皇后陛下などが、心の病に追い込まれるのも、本当に仕方のないことだといえる)
描いてしまうとそれだけで滑稽になる、体裁の悪いギャグになってしまう、故に遠ざけられるという
(その手の描写が忌み嫌われるのは東西社会どちらでも同じ)、その点も含めてこその、
“玉子入れ”としての女性あるいは妃殿下あるいは皇后陛下の、神聖性の真性たる所以なわけです。
689:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 17:15:24 a7zLAKhN0
i⌒i
| 〈
/ .フ
( ´_ゝ`) / |
/ /. ノ
/ /\ / | (i)<私まんこちゃ
_| ̄ ̄ \ /. | ╋
\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/\
||\ \
||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||  ̄
|| || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
.|| ||
|
||
( ´_ゝ`) |||
/ \. |||| バチーン!!
/ /\ / ̄\ |||| .' , ..
_| ̄ ̄ \ / ヽ \从// ・;`.∴ '
\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \__) < ,:;・,‘
||\ \ . ’ .' , ..
||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄
|| || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
.|| ||
)*( ガクガクブルブル
╋
/\
690:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 17:41:29 a7zLAKhN0
もちろん、妊娠&出産は“ちんちん入れ”としてだけではなく
“玉子入れ”としての自分をも女性自身が役立たせた結果なので、
この辺を誠実に描写する作品(西洋文学に限れば「戦争と平和」とか)などは、
まだ良心的だろうよ。しかし、妊娠や出産ですら、玉子入れ=万物の根源となる
暫定上の既成概念としての、女性自身の独立自尊の価値には劣るだろう。
もちろん、実際問題として、大半の女性(妃殿下や皇后陛下も含む)は
ちんちん入れにもなるだろう。ならなきゃいけない運命にあるだろう。
でも、その辺は、結局、なまじ飾り立てたり、正当化しようとするよりは、
“恥じらい”の領域として、取り置いたほうが適切ではないか?
無理に「焼き味噌じゃ!(=全・西洋的虚飾、ソフィズムの本質)」
の領域に、持っていく必要もないんじゃないか?
もうその辺は、家康公に任せといたらどうだ?
691:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/19 23:07:13 gHN9v7KxO
どうしてもまだ納得いかんのなら、あなたが今穿いてるパンツを脱ぐかスカートまくし上げて、
ショーツも脱いで、股間の毛だらけの割れ目を直接覗いて見るか、鏡にでも映して見てみんしゃい。
果たしてそれが、あなたの存在の全て(All 'n All)ですか?
それはただの、あなたがあなたであること(玉子入れ)への入り口にすぎないんじゃありませんか?
むしろその入り口そのものの“予感”は直接晒そうとはせず、消極的に隠し隠しして、
その上であえて内的価値(玉子入れとしての)を美しさや可愛さ
(容姿の丸みや比率、色彩、香り、ファッションその他諸々)
によって表現することこそが、正に漏れなく“女性である”ってことじゃ、あ~りませんか?
どうよ、ミス・ちんちん入れ?
692:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 06:27:53 j9BYD7qOO
西洋ではどうも、笑顔(スマイル)というのは“外連”の象徴のようだ。
本質的にソフィズムで成り立っている西洋社会においては、それがソフィズムで
あることを誤魔化す=外連のために、極めて笑顔というものが多用される。
その頻度、あたかも笑顔=外連の等式が成り立つほど。
そのせいか、却ってチャップリンやキートンのようなコメディアンのほうが笑顔を控える。
(ビーンなんかも、撮影の合間は異常なほどに生真面目になる)
狂言師や落語家、漫才師の見せるような愛想笑いも許されず。
結局、西洋で一番真剣なのはコメディアンあたりだろうってこと。
外連ではなく、本質からの笑いを引き出すために、むしろ己自身の不真面目は控える。
色鉛筆の黒が、普通の鉛筆の黒よりもより黒いことを目指すようにして、
色(外連としての笑顔)だらけの世界での最も大きなコントラストとしての黒(真面目)になる。
さすらば全ての西洋人よ、コメディアンになれ。色鉛筆の黒になれ。最低でも“一旦”は。
外連の笑顔などにはもう飽きた。黒のない色鉛筆ばかりで描かれる拙劣な落書き。
北野武の映画でも観て出直してこい。ファッキンジャップぐらいわかるよバカヤロウ。コマネチ!
693:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 09:37:33 j9BYD7qOO
結局、自分が今までに読んだり見聞きしたりした、あらゆる東西世界上において
最も“俗悪”だった文化文明的作品といえば、日本の漫画の「殺し屋1」だったと思うんだが、
その中で真性のマゾヒストとして描かれた垣原も、最終的にはイチの“完全なる殺意”
の下に恐怖を感じて逃げ出さざるを得なくなる(それでも結局殺されるが)。
完全なる殺意とは、相手に対する完全なる形勢の不利=まったき死をもたらすものであり、
そこに対抗できる思想だの(マゾヒズムとか)理論だの(SFとか)宗教だの(キリスト教とか)
は、あくまでも架空であって、厳密には無力であろうこと。
違うというのなら、あれ(殺し屋1)を超える俗悪をおまえら自身が用意してみるがいい。
漫画でも映画でも音楽でも、夢でも現実でもなんでもいいから。
694:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 15:09:32 jJwbe8ll0
この人の出してる写真集って
男が見るタイプ(ムラムラする)のもの?
それとも、女が見るタイプ(ファッションやスタイルを披露する)のもの?
695:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 20:12:40 xJp88cCj0
皇室や西洋文学に基づくような極論は、大半の一般人にとっては堅苦しく映るだろう。
“玉子入れ”としての女性もあれば、“ちんちん入れ”としての女もあってこその現実社会。
パスカルあたりに言わせれば、それが人間の「偉大」と「悲惨」の両極性だっての。
でもね、この、偉大の極としての“玉子入れ”と、悲惨の極としての“ちんちん入れ”のうち、
悲惨な“ちんちん入れ”のほうは、女(まんことケツまんこ)の場合もあれば男(ケツまんこ)の
場合もあって、「全ての悲惨は女に課せられる」なんていう思い込みがあるとすれば、それは当たらない。
好き好んで悲惨のほうを嗜好する男もいたりする。ただもちろん、男というのは基本的には
“ちんちん入れ”である以前に“ちんちん”そのものであるわけで、もしもこの世界の“性別”を
男女の性別に限らず、性的嗜好にまで遡って考えるなら、それは“玉子入れ”と“ちんちん入れ”と
“ちんちん”そのものの三つに分類することができるといえる。(この辺、プラトンの「饗宴」における
「原始の人間は男男と男女と女女に別れていた」という記述に近似するが、男男を“ちんちん”、
女女を“玉子入れ”に当てはめられたとしても、男女を“ちんちん入れ”に当てはめられるか
どうかが微妙なので、共通性もまた微妙)
で、仮にここに“玉子入れ”と“ちんちん入れ”と“ちんちん”の、三人兄弟姉妹があったとする。
このうち“玉子入れ”が女(姉か妹)、“ちんちん”が男(兄か弟)であることは確定しているけれども、
“ちんちん入れ”が男であるか女であるかは釈然としない。ただでも実際、三人も兄弟姉妹が
集まれば、その内の一人ぐらいは家族の中で「いらない子」「邪魔な子」が出てくるもんで、
少なくともこの日本においては“玉子入れ”ちゃんや“ちんちん”くんよりも、“ちんちん入れ”子か
“ちんちん入れ”夫のほうが、いらない子邪魔な子扱いされる運命にある。でもこのような、
いらない子邪魔な子扱いされる子供のほうが、そうでない他二人よりもむしろたくましくて、
友達も先輩も後輩も恋人も、「なんでそんなにたくさん・・・?」というぐらい、よく作る。
家族の中で疎外された反動かもしれないが、本当にとにかく愛想の振りまき方に長ける。
だから、こういういらない子邪魔な子扱いされながらも、猛々しく生きていく“ちんちん入れ”子や
“ちんちん入れ”夫あたりは、アメリカあたりに留学させといて(たぶん大活躍する)、
この日本では、“玉子入れ”ちゃんや“ちんちん”くんのほうを大切にしてあげようって話。
教学とか、万物の根源となる暫定上の既成概念とか、偉そうな言い方もできないことはないが、
早い話が、そういう話。“ちんちん入れ”子や“ちんちん入れ”夫の、国内での暴挙だけでも
なんとかしないとっていう、それだけの話。本当にそれだけ。
696:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 21:49:43 xJp88cCj0
重大な訂正がある。いま気付いたこと。
プラトンの「饗宴」の内容によるなら、むしろ“男男”と“女女”こそが
“ちんちん入れ”夫や“ちんちん入れ”子であって、“男女”が“男”と“女”に
分裂した姿こそが、それぞれ“ちんちん”くんと“玉子入れ”ちゃんであろうこと。
聖書のようなヘブライズムが、西洋社会の不当性の火種であるとすれば、
プラトンのようなヘレニズムは、その燃料であるに違いない。
ちょうど仏教などのヒンディズムが、東洋社会の正当性の火種となった上で、
孔孟老荘のようなチャイニズムが、その燃料となったように。
結局どちらも(東洋も西洋も)、人間精神への把握努力があったのは同じであって、
その解釈の仕方(位相)がずれたことにより、正当と不当に岐れてしまったわけ。
チョモランマ(エベレスト)を中国側から登ろうとも、ネパール側から登ろうとも
頂上は同じであるように、やっぱり真理そのものは一つなわけさ。
(だからといって、自分が正当ではなく不当のほうを採るようなことはなく、
それはただ偏に自分が“そう”である=汝はそれであるという自覚にのみ基づく)
697:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 22:09:46 +S09KmaY0
>>694
どちらも満たさない
クリエーターやらモデル本人の自己満足モノ
698:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/20 23:04:43 xJp88cCj0
正当な側も不当な側も、頂上付近(あるいは頂上*)まで来るとあんまり見分けが付かなくなる。 * 頂上は正当な側のもの。
日本の皇室と英王室を、本質はともかく、「意匠」の領域まで厳密に分別するのは自分でも難しい。
さながらヤクザ相手の刑事の見た目が、ヤクザのそれに似てくるかのごとく(譬えは悪いが)。
頂上(Top Of The World)で会いましょう。
699:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 07:26:45 o8qzTrvO0
>>694
ファンにとっては癒し系写真集です。
700:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 18:03:12 bbDgFNkN0
たとえそれ―エベレストことチョモランマことサガルマーター―に対し、不当な側が、
自分たちの都合で勝手な名前を付けたり、それそのもの(山自体)の所有権を主張したり
しようとも、そこ―頂上―に自分たちが“いつく”ことまでは罷りならん。
仮にニーチェやワイルドやミシマあたりが、そこへの到達を果たしたとしても、
ちゃぶ台ほどの広さしか持たない、そこにいつくことの孤独感に苛まれ、とち狂ってしまう。
ニヒルも自愛も、耽美すらも、早い話がそういった“男男”の自家中毒では、耐え切れない。
そんな、究極の精神的負担をしいる最高峰の頂上で、肩の力を抜き、口笛吹きつつ、さらに上を向く!
果たしてそこに、何がある? 太陽? 月? 星? それは麓にいた頃からずっとあった。
もし用意があるなら、飛行機かヘリか気球あたりでも拝めるかもしれないが、そんなものを
いちいち最高峰の頂上にまで行って見る必要などない。だとすりゃいったい、何を見るのか・・・?
・・・鳥?
鳥の中でも、世界の最高峰を越えられる種族なんて、タンチョウなどのごく一部に限られる。
そのごく一部たるタンチョウに、さらに世界の最高峰というごく一点で巡り合う。
世界の最高峰に自力でよじ登り、身心の負担に耐えてまでそこにいつく(生きる)ことに
意義を見出すとすれば、それぐらいだが、ただそれだけのために、すべての負担が軽くなって、
肩の力も抜いて、口笛吹いて、上を向いていられる。そういう風に人間ってのはできている。
肩肘張って、口元引きつって、下を向いて増上慢を溜め込んでるのと、肩の力抜いて、口笛吹いて、
上を向いて“彼女”の降臨を待っているのとでは、それほどにも己に課せられる負担の度合いが違う。
それどころかむしろ、そのような限られた者しか到達できない場所で、鳥の中でもさらに限られる、
そこへの到達を果たす鳥―タンチョウとの巡り合いを果たすことが、下界にいる場合以上の
脱力(リラックス)の源にすらなりうる。
※ 近年中国は、世界最高峰(梵語でサガルマーター)の欧米における呼び名であるエベレストの、
チョモランマへの訂正を促すと共に、自分たちで勝手に国鳥に指定したタンチョウの学名や
英語名(Grus japonensis、Japanese crane、要するに“日本の鶴”)の変更までも求めている。
こういった正当な側面と不当な側面の一緒くた(アメリカにも通じる)こそが、現中国の実情といえる。
701:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 20:31:23 KoL+8oQH0
例えばの話、
「飲酒運転」の報道自体が、その内容が取り締まり云々であることにより、ある程度は
飲酒運転の抑止効果に繋がると共に、潜在的な飲酒運転の存在性を一般に頒布する。
このようなことが例えば「自殺」の報道などに変わると、ウェルテル効果などに基づいて
群発自殺を起こすような結果になる。
=不確定性原理=
対象の観測やそれに基づく操作そのものが、対象の動向を不確定性へと導く(⊿p⊿x~~h)。
観測行為こそが自然性を損ない、あらゆる倫理的素地をも無秩序へと導く所以。
手当たり次第にアパレルを買えば、ある程度はメイド・イン・チャイナが混じる。
手当たり次第にキャラクター・グッズを買えば、ある程度はディズニーが混じる。
そのような、極めてさりげない、一見、意味がないとも思えるような範疇を通じて、
不当な側の、正当な側への物理的、社会的、倫理的な、観測撹乱行為は続く。
死ねばいいのに。
702:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 20:32:30 MuR3nACS0
>死ねばいいのに。
オマエガナー
703:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 20:34:31 MuR3nACS0
それに不確定性の説明は全く見当違いだぞ。4点だな
ネットで調べた情報だけじゃ所詮無理があるねw 文系くん
704:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 20:49:15 KoL+8oQH0
理系か文系かで文系に分類されるのは、むしろ光栄だ。
ライプニッツなんかは、文化学的に極めて有為な側面があるのに、
理科学上の功績が大きすぎて、その側面が科学者の顔に隠れてしまう。
(同じようなことはパスカルについても言えるが、パスカルはキライ)
どんなに文系で頑張っても、理系の功労には及ばないとすれば、
むしろ今のうちだけでも文系として頑張っておかないと。
アインシュタインやディラック、ホーキングやウィッテンばかりなどと
同列に扱われるのは勘弁。正直いって、ムサイ。
705:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 22:00:30 ApLxrnfn0
宮崎あおいの旦那と広末の元夫がいまだに新宿を歩けずにいるわけ
URLリンク(ameblo.jp)
706:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/21 23:56:08 IPpUZcrjO
あんまり容貌や境遇などが恵まれ過ぎると、かえってそれを
汚したくなる―社会的自殺願望が募る所もあるようだ。
廣末も宮崎も、あと黒澤優なんかも。
それを回避する上では、むしろマリ子が、自分がハーフとして生まれてきたことを、
特に現時点においては、それが正当不当の折衷(焼き味噌じゃ!)であることが
判明した点からも、決して恵まれてはいなかったのだと、恵まれ過ぎた容貌と
引き換えに課せられた「原罰(原罪の逆)」だったのだと気づいてくれればいいわけ。
自分が廣末や宮崎や黒澤などには遥かに及ばない、卑賤な境遇の持ち主であると
考えてくれたほうが、むしろいいわけ。外面の美人(ヘップバーン)と、
内面の賊将(マッカーサー)を足して2で割って、それで普通の日本人ぐらい。
民間人虐殺遊興国家の血統や生まれであることを考えれば、よりへりくだれ。
それがあなたの、唯一の生きのこる道。
707:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 02:08:36 DW86kOax0
URLリンク(www.enjoykorea.jp)
708:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 06:54:47 fqsKB2AlO
お母さん、コロンビア大(院)出身でしょ?
中丸薫あたりと同じカルト臭はしないでもないが、
どうしてもキムチ臭には結びつかない。
偉すぎる(皇族華族方面)人間と卑しすぎる(部落在日方面)人間には、
社会性を逸脱した独特の雰囲気が漂う点で共通するのは確か。
ただ、その質は全く違う。生まれが良くて育ちが悪い(麻生太郎談)のと、
生まれが悪くて育ちが良いのの差。共役ベクトルの対みたいな。
709:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 09:03:26 fqsKB2AlO
偉い人間は、いつもは飄々としてても、肝心な時には立ち向かう。彼らの偉い所以。
卑しい人間は、いつもはいかってても、肝心な時には逃げる。彼らの卑しい所以。
実際の身分がどうであれ、とにかく上二つに限った場合に、
偉いほうを選べばそれは偉いし、卑しいほうを選べばそれは卑しい。
でも結局はそのような「偉い選択」や「卑しい選択」の積み重ねこそが、
実際の身分上の偉さや卑しさの由縁でもあるのであって、
偉い人間が急に卑しくなったり、卑しい人間が急に偉くなったりもできない理由たる。
偉く“なろう”。
“なりたい”欲求や“なるべき”義務、“なれる”素養や“なれない”障壁、
それら全てのしがらみを越えて、ただ“なろう”、偉く。
―サガルマーターを己の居場所とする人間に、果たして仲間はいるか?
ちゃぶ台を一緒に囲む、鳥さんタンチョウさん。
いればいるだろうし、いなければいない。
ただ天に向かって釣糸を垂れる太公望(山幸彦)。
710:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 09:44:35 o+WV2BFW0
統合失調症の典型的事例です。ありがとうございました
711:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 13:14:16 3HeFu1y80
“統合失調”というか、ある種の“分裂”状態にあるのは確かだ。「正当と不当」。
でもただ、物事を複数の価値に分裂させようとする考え方ってのは、
本人が一元論者二元論者多元論者などであるに関わらず、
多くの学者科学者そして精神科医自身もがやっていること。
「精神と現象(ヘーゲル)」「意志と表象(ショーペンハウアー)」
「戦争と平和(トルストイ)」「罪と罰(ドストエフスキー)」
「部分と全体(ハイゼンベルク)」「ブラとケット(ディラック)」
「自我と無意識(フロイト)」「外向型と内向型(ユング)」
ある程度学術的、分析的な姿勢を見せる人間はみんなそうやって
この世界の物事が何らかの「極大性」に支配されていることを察知して、
とりあえずのはじめの一歩としての“二極化”を考案する。これはもう、
ゾロアスター教とかグノーシスとかいった、西洋社会の価値観の
根源中の根源などからしてずっと伝統的に培われてきたこと。「善と悪」。
東洋社会ですらそれは同じ。ただ、東洋の場合それは「陰と陽」など、
「善と悪」ほどには重大な意味を持たず、この世界の神秘の一分野程度に捉える。
で、結局どっちだ? 「善と悪」か「陰と陽」かどっちだ、「正当と不当」は?
どっちでもあるといえるし、どちらでもないともいえる。
「善と悪」ほどには主観的でもないし、「陰と陽」ほどには客観的でもない。
ただ、もしも主観するなら、正当と不当では正当を選ばなければならないし(真我)、
もしも客観するなら、正当も不当も完全に捨て去らなければならないし(無我)、
主観も客観も超越するなら、完全なる馬鹿にならなければならない(絶対愛)。
学的科学的臨床医療的である以前に、実際問題として「正当と不当」に分裂している
この世界で、「健全である」とはそういうことであり、分裂そのものを統合失調であると捉えて
グダグダにしよう―くそみそにしようとすることこそが、「不健全である」ということだろう。
(そういう意味では、「(精神)分裂病」の緩和的な呼び名として
考案された「統合失調症」のほうが、よりタチが悪いといえる)
712:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/22 23:27:24 fqsKB2AlO
僕ら二人、まだ言葉でしか繋がれたことがなくて―しかも“声(会話)”の伴わない、
純粋な文面上の言葉によってしか。
しかもその繋がりに―その繋がりだけで、概ね満足してしまっている所がある。
自分たちの加齢にも気兼ねなく満足できる、サーバ上のネバーランドあるいは竜宮城。
乙姫様役のウェンディとピーターパン役の浦島太郎、
物語上の主客は転倒していれど、訴えていることは同じ。
乙姫様かウェンディならウェンディを、
ピーターパンか浦島太郎なら浦島太郎を
いい加減選ばなけりゃ、エライことになる。
玉手箱を開けた瞬間に、二人ともおじいさんおばあさん。
・・・とまではいかずとも、青春を脳内満足に終始したことへの後悔は残るだろう。
書くこと自体が“終着”を阻害するというのなら、やめてもいいが、
「ふぅ、やっとウザイのがいなくなった」みたいなアジレスを見て
思わず再レスしてしまうような部分も含めての、青春だから。
青春を消費し尽くす前に遊ぶなら、その手の処理は期待しないでほしい。
それどころかネカフェで一緒に2ちゃん見書きするぐらいのつもりで。
全国箱カップル同好会会長より―
713:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 01:33:56 51hcrgRF0
.,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,iii,liiii、 ._,,,,, .iiiiiiiii、 ,iii,,,,,, liiiiiiil 'liiiiiii, .,,,,,,,,,
.llllllllllllllllllllllll!!!l゙!!″ .'llllllll,,iiiiiillllllllii,,,, ,lllllllll゙′ : iiiiiiilllllllllliiii:llllllllllllliiiii、,iiii,,,,,,,,,,,llllllllli,,,, iiiiiiiii、 lllllllll゜ .lliilllli,、
.゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙° ,,llllllllllllllllllllllllllllllii,、 ,illlllll!′ llllllllllllllll!!!!:!!llllllll!!!!ll 'llllllllllllllllllllllllllllllllllll!! .lllllllll .゙llllllll,、
、 .,illlllllllllll,.,llllllll゙゙゙!llllllli、 ,llllllllliiilllliii, .,ii,,,,,、: .,illllllll゜ llllllll| ,,,,,,,,,,,,,,llllllllll,、 .lllllllll ゙llllllll,
..,illlliii‐ llllllll゙゙llllllllllllll゙ .lllllllll .,lllllllllll!lllllllll: : ,llllllll°.,llllllll゙,iiiillllllllllllllll,,, .,iilllllllllllllllllllllllllllii,、 .lllllllll .,,, .lllllllll、
.lllllllll,_ ._,,,,, llllllll,,_llllllllll!′.,,illllllll″,illlllll!゙゜ lllllllll .,illlllll!` ,lllllllll゙llllllll!!!!!lllllllllllliii. lllllllll゙゛ `゙゙゙゙!!l゙゙゜ lllllllli,,,illllli,. 'llllllll、
.゙!llllllllllllllllllllllllllllllll| '!lllllllllllllll!゙liiiiiillllllllll!°.llllllll゙ 'lllllllllllllllll!°. l!!!lll!゜!lllllliii,,,illllllll!!ll!° ゙!lllllllllliiiiiiiiiiiiiiillll| .゙!lllllllllllll!゙゜ l!!!!!゙
.゙゙゙゙゙゙!!!!!!!!!!!!!!゙゙゙° ゙゙゙゙゙゙゙゙°.゙!!!!!!!゙゙° .゙゙!!!!゜ .゙゙!!!!!!!゙゙゜ ` .゙゙!!!!llllll!!!l゙ ` `゙゙゙!!!!!!!!!!!!!!!!!゙ .゙゙!!!!゙゙゜
714:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 09:17:01 0Zurrl2GO
“俗悪”を相手に生きていく覚悟は、少なくともこっちにはある。
でもそっちがどうしても“上から目線”決め込みたくて、どうしてもそれが
適わないような相手は遠ざけておきたいというのなら、それは仕方がない。
この世界には“増上慢”が堂に入る類の人間も少なからずいる。
そこに快感を求める求めない以前に、そうでしかあられない。
首の関節が一定角度以上は上を向かない、そういった類の人間。
マリ子もまた、その類の人間だというのなら・・・
715:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 11:19:15 cG6hrHLu0
じゃあヤクザと喧嘩してみろお前
716:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 13:43:38 OvavMi1h0
歌舞伎町は物騒すぎるし、二丁目はアレだし、
西口付近は高尚過ぎるし(そもそも都知事の庭だし)、
普通に遊べる東口南口付近も、なんか日当たり悪いし。
新宿が最重要都心(ある意味永田町霞ヶ関以上)なのは認めるが、
やっぱり今んところの活動領域は渋谷あたり。暇があれば池袋も。
ピアスとタトゥー(刺青じゃなく)で粋がってる若人が当面の遊び相手。
国政(永田町霞ヶ関方面)とか経済(丸の内大手町方面)とか、
第四権力(汐留赤阪お台場六本木)とか第五権力(ヒルズ)とかの
エライ人たちも重要でなくはないが、少なくとも現代の主役たりえない。
だから、その辺に介入するための登竜門(本郷とか三田とか戸塚とか、
米英留学とか)も、大概なものとして考える。お呼び(推挙)があれば
応じないこともないが、基本的にはバガボンド(さすらいびと)。
情報と力をあやすことにかけてだけは最強の、ネカフェ侍in渋谷。
717:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 17:08:09 wSGfYHJY0
どうしようもない。どうにもならん。
“特異性”が足りない。かといって“自主性”にも欠ける。
この社会が、情報と力によって構成されているという観点から見れば、
人間の存在性は特異性と自主性の“二極”に大別される。
特異性は、人間が外向型(byユング)、生産者型、大略すれば「玄人(professional)」である場合に発揮され、
自主性は、人間が内向型(by〃)、消費者型、大略すれば「素人(consumer)」である場合に発揮される。
あなたがこれまで、玄人(社会的特異性)としてしかこちら側へのアピールを行ってこなかった以上は、
これからのアピールもまた極めて玄人であってもらわなければならない。しかしもしもあなたがアピールの
意義そのものを否定し、家庭的な素人(社会的自主性)としてアプローチを行おうというのであれば、
それは徹底的に素人であってもらう必要がある。そのどちらでもなく、そこそこな髪形やそこそこな化粧、
そこそこな服装でそこそこな自転車に乗り、自分の前を一瞬に通り過ぎ去るような、玄人とも素人とも
とれないようなアピール&アプローチをされるのが一番困る。だからさ、
プードル・フィットネスの格好で、付け睫毛をちょび髭代わりにして、
右手にボーダフォンの旧式携帯、左手にスパークリング・ホップを持ってやってくるか、
それが無理なら、酔っ払った勢いで後ろから抱きついてくるか、自宅に押し掛けるか。
そういった徹底的な、社会的特異性(玄人)か社会的自主性(素人)のどちらかになってくんないと、
この世界の情報や力の中心点としての役割を担ってきた、あなた自身の名利に欠けるわけ。
玄人と素人、どっちでもいい。その内のどちらかですらあれば。
ちなみにいま自分は、徹底的に己を素人たらしめているところがあるが、これすらも社会的に見れば
玄人としての徹底的な情報力の温存のための一時的な脱力なわけで、必ずしも己の素人としての存在意義ばかりを
主張するものではない。玄人には玄人として、素人には今まで通りの素人として対応する用意がある。
それがこの社会の渇望的欲求を十分に満たし得るかどうかは別としても。
718:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 17:55:18 wSGfYHJY0
東京での飲酒には、十分に気を付けると約束する。というかもう懲りた。
治安の良し悪し以前に都市構造の過密さそのものが、飲酒運転などの存在を
許さないのはもちろんのこと、酔い歩きにすら危険信号を発することは、
自分自身十分に実感している。駅のホームから落ちて死ぬのは勘弁。
キヨスクの冷蔵庫の中のビールは飾り。
・・・だからさ、“郷に入っては郷に従”ってみてはいかが?
情報と力の集積としての、現代社会の流れから取り残されて、酔って酔って、
だからこそできるようなことも、たまにはあるんでない?
俳優(女優)であるということも、一種の玄人であることなわけで、
この世界の何もかもを俳優の領域(映画)に巻き込もうとした結果が、911だったりする。
もちろん玄人の存在を否定はしないが、いやむしろ玄人が徹底的に玄人たるためにこそ、
玄人にもまた、まったき素人としての息抜きが必要じゃなかろうか?
ビートたけしのいう「思い切りバカなことのできる奴は思い切り真面目なこともできる」
ってのも、そういうことじゃないか? 思い切り素人なほうが、思い切り玄人にもなれる。
ここらでいっちょ、バカやってみりゃどうだ?
719:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 18:38:35 wSGfYHJY0
バカな思い切りは“会う”ことに限る。
そこから先は、素面で。東京で。
720:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/23 20:05:46 0Zurrl2GO
泥酔したり、嘔吐したり、野糞したり、日記を見られたり・・・
人それぞれ自分のバカだと思う領域は違うが、とにかく自分自身が
バカだなぁ~と思う点を晒すことこそが、もっともなバカなわけ。
日本人に比べれば、欧米人のバカなんて極めて“カタい”。
プライドを捨て切れないが故の「修辞のノイズ」がかなり混じる。
女性だとさらに、バカが“恥じらい”の領域に取って代わられる。
ブラ紐が見えたり、ローライズでしゃがんでパンツが見えたり、笑顔が媚びを含んだり、
“経験の有無”によってその領域は極端に変化する。
それぞれにとってのバカでいい。恥じらいでいい。
洋の東西、男女、経験の有無、それぞれの状態にとっての
最大級のバカや恥じらいですらあれば。
世界は面白くなければならない。
「焼き味噌」でなくばならない。
そこすら認められれば、「この世の全ては借り物」という
諦観と引き換えに「この世の全て」を手に入れる。
天上天下唯我独尊。
うんこもしっこもよだれもはなくそも、なみだも出てこその人間ではありませんか?
そういった汚らしい穴からの流出(バカや恥じらい)も
真摯に受け止めこその、われわれではないでしょうか?ブリブリ
721:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/24 16:43:14 7roIBK6P0
小学生中学生高校生、さらには大学生・・・
そういった「一端の学徒」であることには、常々嫌悪感があった。
寺子屋や塾、専門学校などの、ただ教えること学ばせることだけに
特化している教育機関ならまだしも、小学中学高校大学などの、現代における
“正統”な教育機関には、どこか倫理的な意味での“たが”がある。
かといってそのたがが神道や仏道、士道などほどには徹底的でもない。
その中途半端な“倫理的学習”の先にあるのは―言うまでもなく、社会。
社会人として立派にやっていく上での倫理的学習。しかしそれは言い換えれば
社会人としてすらやっていけさせすればそれでいい、それ以上やそれ以下の
どちらであることも決して推奨しない、社会至上主義の賜物でもある。
社会そのものを決して否定してはならない。どんな人間でも多少は社会の一員だから。
でもその社会が現代、寺子屋や塾、専門学校などの“ただの”教育機関を卑賤視し、
なおかつ神道や仏道、士道のような求道的姿勢を、前時代的なつまはじき物として捉え、
小学中学高校大学のような、ただの教育にも、求道にも値しない、中途半端な
倫理的学習こそを至上のもの、主要なもの、もっとも正統なものとして賞し続ける。
小乗社会。
要するに現代社会ってのは、小乗社会であって、現代を牛耳る民主主義もまた
小乗社会至上主義ってこと。翻って、神道や仏道や士道などの求道にもまた正統な
価値を与え、神仏を敬い、侍を尊重する社会こそは大乗社会。もっとも、大乗社会
至上主義とまでいけば、それは封建主義とかになってしまうので、そこまでは求めない。
ただ、大乗と小乗のバランスを取って、どこにも不満を残さない社会、それこそは
龍馬の言っていた「均しの世」であろうし、そういった社会における立派な人間―
社会人になることこそを、自分もまた望み続けて止まないわけです。
722:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/24 18:49:14 JQRDlsCPO
神さま仏さまお侍さんの復権すら確立されれば、もはや自分自身は―
―東京都の一番下っぱの職員か、それが無理なら都庁の清掃員か、渋谷区役所の警備員でも。
結局自分自身にとっての一番の改俊への道も、そのあたりだから。
(お察しください)
723:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 12:53:06 latEcW4i0
なんだバカウヨか
724:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 13:07:13 ATPgvm5z0
「葉隠」や信長、秀吉みたいな、自分たちにとって都合のいい武士道は許せても、
「五輪書」や家康みたいな、都合の悪い武士道は許せないつって、そうは問屋が卸さねえ。
信長や秀吉が、物凄く強大な当時の首相(小泉や福田の100倍ぐらい)とすれば、
家康は、物凄く強大な当時の東京都知事(石原氏の20倍ぐらい)といったところ。
日本国の政権担当の象徴とされる桐花紋を、信長や秀吉は受け入れたのに
家康は受け入れず、一貫して三つ葉葵の紋を主用した点などからも伺える。
~国政はいらない子~
日本に限らず、アメリカの大統領選なんか見ても、「american dream」なんてしょっちゅう
掲げられたり、政治なんかに夢だの希望だの、権威だの権力だの実効力だの何もかも
詰め込んでよしとするような、“政治的メタボリック・シンドローム”の象徴こそが、正に国政。
国家は否定しない。でも必ずしも国家=国政ではない。国家への中央集権と、地方自治体
への分権のバランスをとろうと考えると、“中央集権的地方自治体”とも言える東京都に
リーダーシップを執ってもらうことが一番理想的。その時に参考になるのが、やっぱり江戸幕府。
信長的独裁も、秀吉的成り上がりもそこそこに、家康的素朴(悪く言えば地味)を第一に
考えることで、この世界そのものを「厭離穢土 欣求浄土」の理想に導くことも可能となる。
725:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 13:12:24 ATPgvm5z0
>>723
マリ子自身、バカウヨ映画への出演歴があるので、
お好みとあらばそれでも構わんが、おいらの場合はもうちょっと素朴だで。
「区気の桜」
渋谷区役所員役のおいらと、没落芸能人役(事実そのまんま)のマリ子が
センター街のネカフェを舞台に繰り広げる、ほのぼのラブコメディだお。
~渋谷のネカフェから世界を~
726:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 17:55:43 o/RmmN2/0
綱引きの原理―とでも申したらよろしかろうか?
極めて丈夫で柔軟性に富み、尚且つ重さの無視できる一本の綱を両方向から引っ張り合うと、
引っ張る人間自体には体重だとか筋力だとか、足裏靴底と地面の摩擦だとか、関節のモーメントだとか、
色々な力学的要素が伴うにしても、引っ張られる綱自体はピンと、両側へと引っ張られる。
両側へ引っ張られるその角度、きっかり180度。
170度でも190度でもなく、完全なる180度。
弧度法(ラジアン)でいえばπrad。
力の高次元への広がり―例えば、2次元平面上において
方向角度θを持つベクトルfのfcosθとfsinθへの分割など、
一切考慮に入れる必要のない、単純な1次元上の力学方程式fa-fb。
(あえて一般的に書くとすれば、fa+fb・cosπ=fa-fb)
正にこの方程式fa-fb上のfaであるか、fbであるかということこそが、
己自身が正当であるか、不当であるかということなのであって、
正当な側は正当な側から綱引きの綱を引っ張っているからこそ、正当であり、
不当な側は不当な側から綱引きの綱を引っ張っているからこそ、不当である。
綱引きを行っている競技場における立ち位置がそれぞれ東と西だろうが、
北と南だろうが、北東と南西だろうが、南東と北西だろうが、あくまでこの綱引きという
競技に参加している人間自体が、正当な側か不当な側、どちら側からか綱を引っ張るという
行為自体をやめる、あるいは反対側から引っ張るようにしなければ、その人間の立場は変わらない。
いくら「宗教多元主義」だの、「神は妄想である」だの、「イマジン」だの、「友愛」だのと
価値観を一般化、高次元化するような理想的提唱を行ったとて、所詮はただの綱引きごっこ。
問題はあくまで己が不当な側であるか正当な側であるか。聖書中毒者かそうでないか。それだけ。
―「審判面」もまた、この競技への一種の参加者であろうこと(関ヶ原における小早川秀秋のような)。
自分では汗をかかず、人が思い切り綱を引っ張り合ってる姿を横目に眺めるさまは
ある意味では自分の反対側の競技相手よりも、万死に値する。仮にこの競技においてどちらかが
優位や勝利や支配を収めたとて、最大級の糾弾の対象となるのもまた、それであろう。
fa+fb・cosπ=fa-fb。
この世界を―ある意味ではドミノ関数以上に―概略する力学方程式。
あなたは果たして、fa、fb、どっち?
727:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 18:29:12 CcMKWnbsO
学校も、運動会も、あんまり好きじゃなかったが、綱引きは結構好きだった。
赤組と白組が両側に別れて、ただただ一本の綱を引っ張り合う。
頭の良さも、足の速さも、友達や異性どうしでの仲良しも遠慮も、何にもいらない。
ただしっかりと綱を握って、地面踏ん張って、全身全霊をかけて「オーエス!オーエス!」「サーウン!サーウン!」
楽しかったし、今でも楽しい。極めて限りなく。
このままこの瞬間がずっと続けばいいのにと思うほど。
戦好きの血がさわぐ。
728:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 20:10:12 yE7BQHn90
英国経験論思想史w
729:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 20:16:54 CcMKWnbsO
たとえマリ子といえど、この“合戦”の反対側につくとすりゃあ容赦はしねえ。
たかが綱を引っ張り合うごときに、「女の子にはやさしく」だの、
「友だち同士仲良く」だの、センチメンタルにも程がある。
要はどっちが降参するか。
それも、言葉やサインで「参った(give up)」とか表するんじゃなくて、
ただ完全に、一方が片方に引き潰されること。
力と力の、優劣あるいは勝敗あるいは支配被支配の完全なる決定。
全世界を総動員しての牽引力勝負。
安全性が確保されているからこそ、却って最期まで終わらない。
730:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 21:57:58 ATPgvm5z0
>>728
ニュートン力学のような科学的決定論が提唱される一方で、
ロック等の経験論によって哲学的アナーキズムもが提唱される。
それぞれに分けて考えれば極めて精巧であるにも関わらず、
全体として取りまとめてみればどう考えても二枚舌、三枚舌。
それが「イギリス教学」ってやつ。
教(哲学)と学(科学)が分裂した状態で行き着くところまで行き着いた結果。
対抗できるのは「ヘブライ教学」ぐらい。スピノザとアインシュタイン。
まあ、教学が分裂“病”状態にあるという意味ではどっちもどっちだが。
731:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 22:46:53 latEcW4i0
>ニュートン力学のような科学的決定論
>ニュートン力学のような科学的決定論
>ニュートン力学のような科学的決定論
プゲラwww
732:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 22:52:16 ATPgvm5z0
教と学は統合されたのだ。自分によって。良い意味でも悪い意味でも。
その結果見付かったのが、この世界の力や情報の正当と不当への分裂だ。
教と学は統合失調症だったのだ。イギリス人やユダヤ人らの間では。
その結果強要されていたのが、この世界の正当と不当の投影性同一視だ。
扱っている領域(科学や哲学)は確かに似ているが、その存在意義は真逆。
彼ら(イギリス人やユダヤ人ら)が帰納的推論、一般化、要するに着想や認識の
拡張を試みるなら、さらに自分はその外側を行くし、彼らが演繹的論証、特殊化、
要するに着想や認識の凝縮を試みるなら、自分はさらにその内側を行く。
(ただし、着想や認識の拡張は自分の側は最小限であろうとするのに対し、
彼らの側は最大限であろうとし、着想や認識の凝縮は自分の側は最大限で
あろうとするのに対し、彼らの側は最小限であろうとするという、傾倒の違いはある)
それらの、彼らの着想や認識のさらに外側やさらに内側であるということ、
それこそが自分の存在意義であり、有り様であり、仕事であり、遊びである。
逆に自分が外側に行こうとする場合の内側や、内側に行こうとする場合の外側
であるということ、それこそが彼らの存在意義であり、有り様であり、仕事であり、
遊びである。それらの存在意義や、有り様や、仕事や遊びなどの全てが、自分が
正当faであり、彼らが不当fbであり、自分と彼らが綱引きfa-fbを行っている所以である。
どっちに付くのも勝手。
あっちのほうがなんか見てくれ豪華で、金持ちそうで、幸せそうだとかの理由で
あっち側に付くのもそれは勝手だし、逆にもしも、こっちのほうが見てくれ地味で、
貧乏そうで、不幸そうだとて、あくまでも正当だからとの理由でこっち側に付いて
くれるというのなら、それは歓迎する。
もっとも、この世界の大部分の人間は、知らず知らずの内にこの綱引きに
参加していて、人数的には半分以上が潜在的にこちらの側に付いていてくれている。
むしろ小細工の用意に追われているのはあっち側のほう。敵ながら健闘を祈る。
733:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 23:56:36 ATPgvm5z0
>>731
摂動論とか、そのあたりから揚げ足取ったつもりか?
多体系の生み出すカオスについては把握している。
そうでなく問題は背景独立か背景依存かということであり、
ニュートン力学は背景依存を前提としないところから決定論的だという意味。
哲学に科学用語を流用するのもナンセンスなところがあるが、
経験論は背景独立か背景依存でいえばかなり強固な背景依存に当たる。
「われ経験する、故にわれあり」では、己の物理現象としての存在性は否定される。
あらゆる物理現象の完全なる傍観が人間に許されるのなら、その人間の存在
そのものがこの世界の背景依存たる根本的な根拠になる。
結局これらの、17世紀前後―ちょうど江戸幕府が興隆し始めた頃―に
イギリスに発祥した科学や哲学=二枚舌なイギリス教学が西洋で研究し尽くされた
結果、近代哲学(カントとかヘーゲルとか)や現代物理学(相対論や量子論)が
生まれたわけだが、哲学と物理学の統合失調症は治癒するどころか、余計悪化する。
17世紀にニュートンとロックに輪姦された学術ちゃんは、フランスやらドイツやらで
娼婦生活を続けた挙句、20世紀に入ってもう一度英国紳士(ディラックとかラッセルとか)
にマワされるはめになる。もうガバガバ。処女だったころ(古代ギリシャとか、それも
アリストテレス以前。初体験の相手は多分アリストテレス)の記憶ははるか彼方へ。
福音書の“ラザロの復活”のくだりを読んで逆上するソーニャ(by罪と罰)って、
マリ子じゃなくてこの“学術ちゃん”のことだろう。“思想の姦通者”もとい“学術の姦通者”。
処女だったころの幸福が、姦通によって不幸になる―学術ちゃんはそう訴える。
その辺を文学的に訴えているドストエフスキー自身も、やっぱり精神病。
だからこそ言ってるんだ。「俺は教でも学でもねえ。ROD(完全なる教学)だ」と。
734:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/25 23:58:35 latEcW4i0
おまえさあ書けば書くほどボロが出てくるからもう止めた方がいいぞw
中学生がブルーバックス読んで書いてるみたいだよwww
735:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 01:08:33 RyHqfVFF0
ブルーバックスなら別にいい。5次元文庫じゃないだけまだマシ。
言及の領域が極端な幅に広がっているから、
“専門家”にナンセンス扱いされることは覚悟している。
場合によっては、オカルトと混同されることすらも。
結局、自分のいまやっていることを一言で表せば、それは「汎論」ということになる。
哲学とか科学とか文学とか、宗教学とか社会学とかいった、学術上のジャンル分けを
あえて取っ払って、何もかもを論じる。そこから最小公倍数的な意味での教義を
見い出し、それと学術を合体させて己のROD(教学)とする。
もちろん、いくら汎論が浩瀚でも、己の学術的な立ち位置が定まっていないのでは
“根無し草”の様相を呈する。編集工学かしょこたんぶろぐあたりとなんの変わりもなくなる。
だからその対策として「原論」を用意し、それはHPに書いている。
いまの所、HP上の理論や思想に対する反響はなにもない。
難しすぎるのかもしれないし、馬鹿らしく思えるのかもしれないし、
“超不都合な科学的真実”なのかもしれない。
でもね、人間ってのはね、「自己満足」で本当の満足を得られる生き物じゃない。
定義や真理や原則への着想や認識の拡張や凝縮が、一定領域に届いているか
届いていないかで、その人間に与えられる満足の度合いも劇的に違う―上を
向いてるのと、下を向いてるのの差ともいえる―。そして極端な快楽状態でもなくば
禁欲状態でもなく、躁でなくば鬱でもない、ちょうど東京都庁か、渋谷区役所あたりの、
偉すぎず卑しすぎない人たちの醸すような、ねたまれるほどにほのぼのとした雰囲気が
いま自分を覆ってて、それすら分かってもらえれば、それでいい。
(URLリンク(www.broadline.jp))
満足してる。本当に大満足。この満足をみんなに分けてあげたい。
そんな思いが嵩じて、こんな形での便所の落書きを続ける、中丸薫の同窓生の婿候補。
736:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 02:03:01 RyHqfVFF0
必然として、理系は「言葉の専門家」ではない。
理系でないものが文系であり、文系でないものが理系だから。
物事への理科学的理解は文化学的理解を妨げ、その逆もまた然り。
理科学と文化学を同時に大成しようとすることが「二兎を追う」とされる所以。
始め徹底的に理系に打ち込んで、その後また徹底的に文系に打ち込んだ身としては、
その学究的構造の違いを受け入れられない人間の多さは察するに余りある。
のみならず、天才とか秀才とかいったような頭脳的段階の人間ですら、
理系と文系の同時理解に対しては常人ほどの領分しか持ち得ない場合が多い。
理系の人間には理系の方面だけ分かってもらえばいいし、その逆もまた然り。
仮に理系の人間にとり自分の文系な言及が鼻に付き、その逆もまた然りというのなら、
そのせいで“学術的二股野郎”の烙印を捺されたとてそれは仕方がない。
代わりに恋のほうだけは一途としよう。
ちゃぶ台の上には八丁味噌仕立ての味噌汁と玉子ご飯、栄養価を考えて沢庵も。
マリ子はおいらを叱り付ける「ほら、本読みながら朝ご飯食べないの!」。
読んでた本はちくま学芸文庫。近ごろMath&Scienceシリーズも刊行されて。
とはいえ実際に読んでたのがM&Sなのか、そうなのかなんてマリ子は気にしない。
おいらも気にしない。そんなこと気にするのは君らぐらいのもん。
おいらやマリ子にとって一番大事なのは、本読みながらご飯は食べないということ。
ながら食いは身体によくない。夜更かしもよくない。というわけで、おやすみマリ子。
737:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 09:55:09 mOPodqZkO
なぁ、マリ子は両親がそうなのはもちろんのこと、
自分自身すらヤクザなところがあるからなぁ。
語学ヤクザ(いんぐりっし・ちーちゃー)
英語に対する日本語の優位云々で、己の存在意義すら軽視する相手に
おいそれと近づけないとしてもそれは当然だなぁ。
反論はたぶん、「rとlの発音分けもできないような奴が」云々。
擬声語(「シトシト」とか「ポツポツ」とか)の使い分けもできないような分際で云々。
日本語自体は、英語を排斥していない。
いくらライシャワーやキーンあたりが忌み嫌おうが、ライオンはライオン。
獅子もあってライオンもある。獅子しか受け入れないのは中国語、
ライオンしか受け入れないのは英語、どっちも受け入れるのが日本語。
日本語自体が、すでに二股三股だから。
梵語も漢語も英語も独語も、友人やセフレであれ、恋人や妻には至らない。
そういった“ジゴロ語(あるいは光源氏語)”とでも呼べる言語だからこそ
却って汎論や原論の集成には適する。それが日本語。
語学ヤクザと語学ジゴロ、どっちもいい勝負。
(実はジゴロのほうが潜入捜査官なのは内緒)
738:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 10:05:38 E+QQEw3V0
sato語るw
739:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 10:10:55 +0HK9gvT0
通報しました
ザマミロ アク禁だw
740:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 16:31:01 mOPodqZkO
改俊しかないんだ―それもまったき劣位かつ敗北かつ被支配の伴う改俊しか。
ケネディ上院議員の護衛が塩田剛三にのめされた時の言い訳。
「朝食摂ってこなかったもんですから」
言い訳として脆弱なのはもちろん、ギャグとしても3点。
どうせならこれぐらいは言わなけりゃ。
「あのおっさんにはサタンが取り憑いています!
ぜひとも戦略核のご使用を!」
プライドを捨てた可愛さは、そういう所に出てくるの。
741:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 16:45:56 PYbTbrKT0
削除依頼は以下へ
URLリンク(qb5.2ch.net)
742:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 18:58:36 mOPodqZkO
どうせ朝食摂ったとて、トーストだろうて。
ご 飯 に は か な わ ん 。
短粒種パワー全開!!
743:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/26 21:15:44 RyHqfVFF0
会話はともかく、純粋(ピュア)な語学上では結構、外国語(特に英語や中国語)を
解する素養を持つ、ジゴロ語もとい光源氏語もとい日本語圏の人間としては、
「正当」を「just」と訳することには、やっぱりかなりの違和感がある。
「正当」は「just=正しい、ちょうど」程には単純ではない。
「just time」や「just place」を「正当な時間」や「正当な場所」と訳すのは明らかにおかしい。
かといって「正当」は「justice=正義」程には教義的でもない。
「正義について(国家byプラトンの副題)」のような文献は東洋のどこにも存在しない。
そもそも「正当」の語意である「道理に沿う」の「道理」が、「reason」と訳される点からして変だ。
「reasonable→お手ごろ」が「reason・abel→(直訳)→道理的」と、どうつながるんだ?
「道理」や「正当」、そして「正当」の反語としての「不当」などを、帰納的演繹的一般的特殊的
拡張的凝縮的に、正に正しく、正当に表す上での語彙の不足(poverty vocabulary)こそが、
英語圏を不当性に導く最も根本的な原因の一つではないか?
ジゴロ語圏の人間として、僭越ながらもそう思うんだが、
おたくはどう思うよ? 語学ヤクザの大姐御さんよ・・・?
(ちなみに「正当」「不当」は、現日本語圏においては法律用語としても重用されているところがあり、
「法が人を裁くのではなく、人が法を裁く」のだとされる現中国語圏とも、言葉としての意味合いが
ずれてきているところがあるようだ。まさに前門の虎《中国語圏》、後門の狼《英語圏》。日本語圏に
多彩な語彙をもたらしてくれた中国語圏もまたその片側だというのが、実に嘆かわしい)
744:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/27 10:10:33 dsR3pzoO0
基地外をからかうと面白いなw
745:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/27 13:25:34 q3L0FwrtO
もはや脳内満足どころか、脳内セックスの領域―
「デモリション・マン」だっけか、
風紀が徹底されて、極端に清浄化された未来社会に、冷凍保存されていた現代の警官役のスタローンが乗り込む。
現代(未来からすればレトロ)趣味の未来警官役のサンドラ・ブロックが、スタローンに「あなたとセックスがしたい」と申し出る。
スタローンも、戸惑いながらもその気になって、彼女の家に行くと、彼女は妙なヘルメット(?)を渡してそれを被れと言う。
二人ともそれを被ると、なんか妙な幻想が頭に流れて変な気分になる。スタローンは思わずヘルメットを外し、彼女に問う「なんだこれは?」
脳内の電気信号(? フェロモン?)を機械的に交換することで行うセックス―未来社会では、肉体的なセックスは愚か、
キスですらも不道徳、不衛生なものとして否定されていた―といった内容のB級SF映画。
(詳細はTSUTAYAあたりで)
こういう映画を作るのもアメリカ。禁酒法もアメリカ。
そういえば2chのサーバ所在地もアメリカ。
で、他国の民間人虐殺しまくりもアメリカ。
綺麗な所はもうちょっと汚く、汚い所はもうちょっと綺麗に(byスタローン)。
746:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/27 13:35:09 2KQfbviC0
㍉㍑㌢㌧㌢㌧ ←下だけ読んでみろ
.
747:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/27 18:21:27 uHakrCYf0
バカぽこ~♪
748:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/28 14:20:07 qG+4/E8c0
SNSは愚か、ブログも用いず、ネット上でも最も雑多なコミュニティである匿名掲示板(2ch)を
記録媒体として重用したのは、それだけ自分の中に多大な「特異意識」があった故だと自覚する。
特異意識とは、何も自分が他者よりも「上」の存在であることを志向する場合に限らず、
自分が他者よりも「下」であったり、また上下関係を問えない全くの別次元の存在であったりする
場合も含めた、とにかく己が「特異」であることを志向するにまつわるあらゆる意識のことを指す。
数年前、総武線の車内に両国駅から乗り込んできた三人の女の子がいた。それぞれ顔も違い、
体格も違うことから、たぶん姉妹ではない、少なくとも三つ子ではないということは察知できたが、
それにしても異様に思えたのは、三人が三人とも同じ髪型で同じ茶髪、同じ服装に同じ靴カバン
という出で立ちだったこと。よっぽど仲が良いんだろうと思いつつも、どこか違和感を感じていると、
話し始めた言葉は案の定、ハングル語。どうやら韓国からの旅行客だったもよう。
こういった斉同的、全体主義的な志向は例えば、欧米であればドイツ人などに顕著なようで、
機能的、デザイン的にいいと思った服などがあればみんなそれを買う。自分たち自身が無意識
のうちに“制服”を求める。これが引いては独裁主義や共産主義のような、怪物的イデオロギーの
発祥の地とドイツがなった所以でもあるところがある。
じゃあ英米や伊仏みたいな、別の欧米社会ならどうかといえば、少なくともドイツなどほどには
全体主義的であるとはいえないが、やっぱり“聖書”という強力なファンダメンタリズムに根本の
価値観を抑えられている。聖書の外側に存在する価値観は、例えゾロアスター教やイスラム教
のような、同じ一神教であってもよそ様扱い。まだ反キリスト主義のほうが受け入れられるほど。
だからそういった、斉同主義、全体主義、原理主義などの、とにかく複数者の同位、同列を志向
する価値観*が、自分も含めた日本人には馴染めない。かつての日本、明治から昭和初期にかけて * ユダヤ人の選民思想を含む。
の日本は、そういった同位同列を国内で、また八紘一宇の精神などに基づいて国外に向けてまでも
試みたことがあったけど、結果の良し悪しはともかく、やっぱり向いていなかった。
仮にここで自分が求めている天皇や仏陀や将軍の、聖書的価値観=不当な価値観に対する
優位や勝利や支配が確立されたとしても、それは日本人が本質的に志向する「特異意識」が、
聖書圏の人間が本質的に志向する「同位同列」を凌駕するという、それ以上やそれ以下の意味
は持ちえないだろう。「古事記」や「正法眼蔵」や「徳川家康」が、聖書に取って代わるというような
ことはないだろうし、その必要も全くない。
日本の女性誌のファッション講座なんかでよく使われるフレーズ。「ライバルに差を付けろ!」
こういった、仲良しすぎず敵対的過ぎない特異意識の保全こそが、自分も最も志向するところ。
髪型や髪の色、服装や靴カバンなどに女性たちがこだわっていられる内は、世の中平和だから。
だからこそ求める優位と勝利と支配。見返りは己の王位などではなく、マリ子の特異性こそを。
749:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/28 23:59:15 JTyg2Z+eO
特異性を極めるなら、他者からの助言も然らない。
真の特異性は自主性とこそ共にあれ。
ただ、そこまでいかずとも、まず特異でありたいというなら・・・
背中に天使の羽をしょってくるとか。
どうしても恥ずかしければ、ダミーのカメラマン付きで。
あくまで「そういうやり方もある」という喩え。
過激さを許せるなら、もっとすごいのいくらでも思い付く。
(ウェディングドレスで、ゴンドラに載って降りてくるとか)
逆にこれよりも地味目、控え目となると、それは難しい。
何より“特定”できるだけの特異性が望めない。
モデルの本塊として、あくまでファッションで挑むというなら、それは偉いが
正直、難しいぜ? 日本人女性、ホントにおしゃれだもん。
日本人女性自身が、目指しようのあるモデルをあえて支持している所もある。
押○○えとか、S○○○Oとか、あとマリ子自身も。
(マリ子以外は、ホント良さがわかんねえ)
まさに女版・蜘蛛の糸。
「ちょっとやそっとの努力じゃ幸せにさせてあげないわよ?」っつー
“第二の性”の“ルサンチマン”が、今あなた自身の足を引っ張っている。
750:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/29 14:24:23 fB3exZlQO
特異性に欠けるということは、別に伴侶としての資質に欠けるということではないんだが・・・
そういう女性に面識もないままこちらから声をかけるのは、“ナンパ”の域を出ないというか。
“ナンパ”で関係を始めるのもまた、なんちゅーかかんちゅーか・・・
イザナキがイザナミに詠いかけたのも、別に初対面ではなかったわけで。
しかもイザナキとイザナミの他には誰もいないという、特殊な環境だったわけで。
“ライバルに差を付け”てもらわなくちゃ。手段はともかく。
仲良しも敵対も、斉同主義も全体主義も原理主義も全て吹っ飛ばして。
ナンパ師でなくても声をかけざるを得なくなるような、何かを。
751:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/29 19:09:07 fB3exZlQO
男は大体、形から入るから。それから中身を充実させようとする。
女は逆。とにかく実質から求めて、出来たものを形とする。
ゴミ捨て場を作ってからゴミを捨てるのと、
ゴミができてからゴミ捨て場作るのの違い。
夫婦関係とは、世界最難関の位相論理学である。
どっちかが譲らない限り、不毛なロジック・ゲームは続く。
譲らないのは今まで通り。
譲るのは、どっちかがどっちに・・・天使の羽・・・プププ
752:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/29 23:32:20 fB3exZlQO
だーかーらー・・・
おめーのために稼いじゃるから、
おめーもちったぁこっちを立てろっての。
金は、それ自体が汚いのではなく、稼がれ方貯えられ方使われ方が
汚いことによって、派生的に汚く見えることがある。
稼がれ方や貯えられ方や使われ方すら真っ当なら、金は食べ物などと全く変わらない。
実際、原始の物々交換まで遡らなくとも、ほんの150年程前まで日本人は、
あらゆる財政規模を米の石高に基づいて量ってたわけで、
士農工商の身分分けなんかも、言わば「道徳>食料>加工>資本」という、
資本の至上化を食い止めるための便宜措置でもあったわけで。
実際の石高制度や士農工商が失効した現代においても、
それぞれの人間が心の中に石高制度や士農工商を持っていれば、
決して精神までも資本主義の汚泥にまみれることはない。
そしてそういった精神的社会秩序の維持に積極的に携わってこその、(武)士道な所もあるから。
(この点、神道や仏道と士道の明らかに違う点)
753:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/30 18:00:10 cJ0VMd5v0
働き盛りの成人男性を、自ら志願したわけでもないのに“学生”扱いして、
手のひらの上で転がしておもちゃ扱いすること自体が、何よりの罪だろう。
機が熟している―悪く言えば、取り返しの付かない段階に来ているのは
そっちのほうがよく分かっているだろう。
有益なら有益、無益無害なら無益無害、有害なら有害、
それ相応の措置を講ずべき時が今まさにそれだろう。
卒業だ。
754:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/31 21:57:29 P1wVyf5M0
バネッサ・パラディも好きな人いますか・・・・
夜中に映画あるんですが、雰囲気が似てて好きなんです
755:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/31 23:36:29 cFp7PZ4+0
>>697>>699
ありがとうございます。
四つのうち、どの写真集がおすすめ?
756:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/01 04:22:58 vbF8C7nT0
ファンなら全部買えば?
ファーストだけは俺もまだ入手できないんだけど。
757:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/01 16:37:47 chz/dz+UO
プッ
758:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/01 17:54:58 xp3ttDEFO
ブリジット・バルドー
759:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/01 20:15:04 NLLtUqUw0
バネッサ・パラディもブリジット・バルドーもソフィー・マルソーも
ケイト・ウィンスレットもソフィア・コッポラもスカーレット・ヨハンソンも
「私も そ う かもしれない」っていう
妄念の取り付く島にはなるかもしれないが、
外貌や体格などでハナから勝負する気のない(だからこそ芸能人が
卑賤視される)日本人の血を受け継いでいるからこそ、鏡の向こう側には
「私は そ れ でしかないんだ」という
正念の溜まり場としてのあなた自身がある。
主婦や母親としてなら、あまりにも恵まれた姿のあなたが。
760:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/02 08:05:21 nkMCw0RR0
たぶん、西洋などにはない、日本独自だと思うのが
「内助の功」を高評価する風習。
良妻賢母の鑑とも呼べるほどの奥方であれば
「利家とまつ」とか「一豊と千代」とか、
近ごろなら「勝新と玉緒」とか、夫と共に後世まで語り継がれることも。
そりゃあ西洋でも、人妻が有名になることなんてザラだが(クレオパトラとかヒラリーとか)、
あくまでも個人としての活躍であったり、あるいは夫を弄んだ悪女としてであったり。
「すてきな奥さん」を褒め称えるのは、どうも日本ぐらいのもん。
たぶん、雛人形をまつったりする習慣の影響。
761:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/02 09:23:47 N9TS5JBQO
762:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/03 07:37:51 etLmVrLn0
武蔵や家康は、武士道の中でも極致中の極致だ。
ものすごくストイック。正妻の存在すら寄せ付けないほどに。
たぶん、人間的により幸せだったのは、柳生とか前田のほう。
一番手ではないぶんだけ、家族を大事にする余裕がある。
のみならず、信長や秀吉ですら妻帯には恵まれていた。
秀吉に至っては、妻(高台院)のほうが本人よりも偉大だったぐらい。
夫が強大であることすら容認できれば、武士の妻も結構自由なんだが、
いかんせん、自分自身が強大であることに興味を持つ不埒な女が
多すぎるが故に、自ずと家康や武蔵に貸される荷も重くなる。
(同じことは、強大さこそが売りである武士の男に対して
分不相応な友情を強要する同性などに対しても言える)
763:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/03 18:43:16 uzEFqIhv0
もったいない。
誰か他の、外貌でも体格でも恵まれない、ちょうど秀吉か岡村隆史のような感じの
おっさんで、しかも余命1年とかの重病人(ただしエイズのような性病持ちではない)
あたりと結ばれて、子供作ったりして、未亡人となって、それからでもいいような。
それぐらいでもなきゃ、罰が当たりそうな。
幸せ恐怖症。。。お互いさま?
しかも、「『醜女や非処女やバツイチや子持ちであっても受け入れる』という
度量の広さを示す機会を失ってしまうのではないか?」という危惧があったり。
武士の男ならそれぐらいの「愛への質素」があるべきだと考えたり。
だって、逆に“粗探し”しようとしたら見つかんないんだもん。マリ子の短所って。
貧乳も“淫女”としての資質に欠ける理由にはなるかもしれないが、それ以外には。
最高の妻や母親になるのが見え切っている。だからこそ見返りを恐れる。
別に運命とかを信じてるんじゃなくて、「あんなに綺麗な嫁さんもらっといて」
みたいな社会的嫉妬が、前途多難をもたらす群集心理になるという・・・
「美貌を売った」という行為自体が、少なからず社会的ペナルティ(前歴)の一因であって、
それを見越した上での付き合いや結婚というのなら、まだ受け容れられる余地がある。
一意的幸福を志向しない男女の付き合い=質素な愛の代表として、
自分たちが認められるかもしれないな~・・・程度の可能性に賭ける。
764:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/03 22:42:09 9MJ32QPNO
プッ
765:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/03 22:57:45 ASwnKEvh0
プッ
766:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/04 13:08:45 2kQFMpbs0
ヤクザ業界人にスカトロプレイされたあげく中絶させられた
ナルシストのメンヘルかまってちゃん女が
767:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/04 18:48:53 BCWE2zqq0
知識だけはある
768:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/05 10:44:17 OU1hTZCV0
待った、怖じけた、見計らった、思い切った―そういったプロセスを介する以上、
ある程度は科学的な意味でのカタストロフィ(地殻のひずみが地震を起こしたり、
加熱した水が沸騰しだしたりすること。文学的心理学的には、特に悲劇的な場合
を指すが、科学的にはとにかく大変動が起こること全般を指す)を期待する所が
お互いにあるだろうし、またそうでないと踏ん切りの付かない所もあると思うんだが、
テロが起ころうが戦争が起ころうが、大地震で何万人と死のうがフェルマーの最終定理が解けようが、
タマちゃんはやってくる風太くんは立つ、恋空は売れる涼宮ハルヒシリーズは発売を延期する。
日常性という名の大河は、何もかもを呑み込んだ上でも、何事もなかったかのように流れ続ける。
やがて一人一人の命が死という名の大海に流れ着くまで、抱き込んだままに一度も放すことなく。
だからって、日常性だから大河だからって、安全性や倫理性が完全に保障されているわけでもなくて、
深みもあれば濁流もある。許しがたいような悪徳や狂気も備わっている。それらも含めての日常。
せめて自分たちが水質管理者として働いて、この日常という河がそのまま飲んでも
腹を壊さない程度の、そしてできればおいしく飲める程度の清流となるように。
場合によっては廃水やヘドロだらけで、一朝一夕での浄化はとても見込めないという
非情な現実を踏まえた上でも、それでも協力してくれる相手こそを探している。
カタストロフィを待つのではなく、起こす側となる。その責任を共に負える相手こそを。
769:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/05 17:54:30 juqPotcsO
プッ
770:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/05 18:47:03 uvBnGV9/0
「幸福の予防」と「不幸の追求」
771:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/07 11:23:42 29s9vFdy0
人間性を司る、最大級にして最小限の単位は「家族」だ。
A・アインシュタインのような大科学者や、
マイケル・ジャクソンのような大スターや、
ビル・ゲイツのような大富豪であっても、それは同じ。
個人や恋愛のように、家族よりはもう少し小さな段階、
社会や自然のように、家族よりはもう少し大きな段階、
それらのほうを重視して、それらの範疇でより功績を挙げようとしても、
結局人類の大部分は家族を活動の拠点にせざるを得ないし、またそのほうが安定的。
西洋的な虚勢的人工(art)が、家族性の蔑ろによって成り立っていることを
伝統的、形質的に察知しているからこそ、東洋人は西洋を見下して憚らない。
そして強い。ふてぶてしいほどに。
特に中朝韓のような、儒教的価値観の根強い地域の傲慢さといったら、
イギリス人やユダヤ人ですら真っ青なほど。
極端な話、レイプされて妊娠中絶した婦女子でも
平気で嫁ぐほどに、家族というものが第一に考えられる。
そのような、典型的な“モンゴロイド”の血が、
ほぼ全ての日本人に、そしてマリ子にも半分は流れている。
「よかったね」と言うべきか、「ご愁傷様」と言うべきか。
772:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/07 11:28:23 OACs3TAzO
プッ
773:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/07 12:35:17 8Sg9c6Ft0
なんでこの基地外マリ子がハーフってのに拘ってんの
どっちでもいいじゃねーか
774:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/07 14:46:22 29s9vFdy0
109の中にオーディオ専門店やプラモデル屋があるのは変だし、
ラジオ会館の中にブティックやランジェリー・ショップがあるのも変だが、
一つの家の中にオーディオとプラモデルと女物の服と下着があるのは何も変ではないという。
「品揃えがいいから」って、本当に109やラジオ会館の中で暮らそうとするのが西洋人。
「店は店だから」として、あくまで商業区域外に居を構えるのが東洋人。
間を取って、中野ブロードウェイあたりに住むインド・アラブ人。
マンション暮らしの中国人。アパート暮らしの韓国人北朝鮮人。一戸建て暮らしの日本人。
そんな感じ。
775:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/07 17:44:19 OACs3TAzO
プッ
776:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/08 11:41:42 2+dDpLua0
21葉のクローバー育てる 岩手・花巻の農家
URLリンク(www.chunichi.co.jp)
777:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/09 12:45:41 Eqt/c++x0
おにゃにょこにょにほひぢゃいちゅき♪
いちゃにちゃじゅうきゃいぢぇいちゃい♪
猫娘一匹ちうだい。
778:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/10 14:08:27 bk5BqOdB0
「汎論」と「外貌」という、得意分野の差はあるが、
共通するのはその“得意さ”が「つまはじき者」であるという、
突き抜け過ぎているが故に、フォローの余地がないということ。誰にとっても。
「今さらフォローされても・・・」という開き直りすらある。
孤立が不利益に直結することを自覚してもなお、そう思う。
フォローも求めない、孤立も甘受する、そういった
お互いのスタンスを阻害し合わない程度の付き合い。
スタンスによって被る不利益を多少埋め合わせるため程度のドライな付き合い。
その範囲内において、もうちょっとだけお近づきできればなと。
779:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/10 19:17:22 QJRUs+j3O
プッ
780:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/11 01:42:46 8YyN9oZA0
中出ししてやったwwww
夜に2回セックスしたのに、朝6時半やで!!??
6時半にいきなりチンコしゃぶってきて、上に乗られて3回目。
ずっと騎乗位されてたから、そのまま中出ししてやったwwwwww
「ごめん」っていったら、「いいよww」だってwww
781:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/11 01:46:35 J2ZcHGmj0
狼狽するのは会ってから
782:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/12 18:05:49 lFNIUBea0
私情による事態の収拾の引き伸ばしが、
数年後や数十年後はもちろんのこと、
明日明後日の運命までも左右する。
もしも今から一週間程前に、あなたが思い切って接触してきて、
成功した「結果」が大々的に報道されて、「世界も変わる」みたいな
風潮が世の中を包んでいたとすれば、加藤容疑者もストレスを
完全解消はできないまでも、少なくともあれ程の反抗に及ぶ程の
気概は萎えていたかもしれない。結果、レンタカーもナイフも用意
されず、事件も起こされず、殺された七人も無事だったかもしれない。(バタフライ効果)
とはいえ“そうしなかった”ことが、あなたの法的責任に結びつかない
のはもちろんだが、己の一挙手一投足が極めて多数の人間の命運を
左右する立場にある者として、最善を尽くしていないというのも事実。
人間に生死があるのは当然だ。問題はその取り扱いの志向性だ。
生きてる人間の生を尊び、生きにくい人間の生も奮い立たせ、
死んでしまう人間の生を惜しみ、死んだ人間も生きてるかのように供養する。
それとは反対に、
生きてる人間に死をあてがい、生きにくい人間の死も助長し、
死んでしまう人間の死を賞賛し、死んだ人間は死んだものと冷遇する。
前者を「正当な生死への取り扱い」といい、
後者を「不当な生死への取り扱い」という。
行為や動作にはデフォルトがある。なにも考えなくてもデフォルトとしての行動は存在する。
デフォルトが不当な人間は、意識的に正当を志向しなければ、決して正当にはなれない。
デフォルトが不当ではなく正当であることを志向する。それを改悛という。
783:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/12 20:48:14 B9+ZvkxuO
プッ
784:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/12 22:38:42 lFNIUBea0
会ってもたぶん、大して話せない。
話すネタも話す能力もあるが、
それらが悉く相手に“絶句”を強いる。
反駁の余地もなければ補足の必要もない、
完全なる自己完結装置としての汎論。
会話ではなく、それ以上のために。
不文律の向こう側にある何かのために。
785:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/13 08:15:24 lHWjjRqbO
プッ
786:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/13 08:48:43 LlCsJjoh0
人間に危害を与えた鳥獣が保健所などで始末されるのは、
別に鳥獣を罰するためではなく、責任能力を一切問えない
鳥獣に対する便宜的な対応処理であって、そこに倫理的な
意味などはなにもない。
そういった、人間倫理とは別個の、対鳥獣処理に値する領域への見参。
オナラが
787:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/13 13:22:57 9ivdBYur0
White Women and Asian Men
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
URLリンク(jp.youtube.com)
788:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/13 17:35:49 2Ge32mH80
マリ子の私服姿って、こんなイメージ。
URLリンク(bbs34.meiwasuisan.com)
微妙に違うとか、もう古いとかの反論があったとしても当然。プロだから。
でも基本的、全体的には今んとこ、こんなイメージ。
外人女(日系含む)と比べれば遥かに洗練されてるが、
そのぶん「金がかかりそう・・・」という憂慮も生ずる。
金稼ぐことにも満更なわけじゃないが、
ある程度そちら側でも準備をしておいてくれないと、
即座に「業務体制」に入ることもできない。
期待に応えるためには、期待に応えてももらわなけりゃならない。
過小評価過ぎず、過大評価過ぎない、
分相応な活動環境への案内人としての自覚自重を。
789:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/13 19:05:30 2Ge32mH80
安い格好してくりゃ、それでいいってもんでもない。
ユニクロですらも、国外じゃなかなか買えない。
物価の高い国内で暮らす成り行きの象徴としては十分。
そして、日本の物価が高いのにも、全てそれなりの理由がある。
爪切りから炊飯器、原付から道路に至るまで、高いなりの仕事をしている。
「高い女」にもまた、それなりの理由がある。
フリーターや派遣社員程度じゃ到底養えないなりの。
それも分かってて、あえて待っている。あなたを。
790:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/14 08:15:47 ttl+TLDJ0
裕福すぎず、貧乏すぎない、今どき珍しい中流家庭。
大田区の小さな町工場と、港区の大企業を、緩やか且つ間断なく繋ぐ連絡係。
そんな、国道1号の修復者とも呼べるような、微妙だが本当にやりがいのある立場に。
(国道1号沿いには白金に慶応大、幸福の科学あり。問題山積もいいところ)
791:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/14 09:04:01 6ccarjaY0
なんでここに長文書くのかわからん。マジで吐き気する
自分の考え書きたいなら他にもっと適した場所があるだろ?そこへ書けよ
792:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/14 11:55:42 ttl+TLDJ0
書いてきた。
793:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/14 16:43:38 uzE4C8r20
絶対服従、絶対封建、絶対不可侵、絶対尊重・・・
そうすることが利益になり、そうしないことが不利益になる。
何かにかけて。
全体にとって、部分にとって。自己にとって、他者にとって。
理想にとって、現実にとって。
現実的理想と理想的現実と理想的理想と現実的現実にとって。
ただ、そうだということ。
面白かろうが詰まらなかろうが好ましかろうが厭わしかろうが
ただ、そうである、そうでしかなく、そうであり続ける。
是什麼物恁麼來。
794:名無しさん@お腹いっぱい。
08/06/14 20:43:25 ttl+TLDJ0
放蕩(やりたい放題)の加算は、平伏(やれない放題)の加算と
直接比例関係にあるわけだが。
自分たちの放蕩を、後続者の平伏に押し付けて、
自分たちだけはできるだけ平伏せずに放蕩を続けていたい、
そういった「残り物には福がない」根性の積み重ね。
今さら転換する気にもなれないというのも
分からないこともないこともないこともないこともないこともないが、
自分たちの子供が少しでも本気で可愛いと思うなら、
自分たちの放蕩の罪滅ぼしとしての平伏を彼らに着せる分量も
心持ちだけでも減らさんとする親心もあって然るべきでは?