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加藤あいは、表向きは愛知県の旧新川町(現在の清須市)出身とされているが、
本当は愛知県海部郡甚目寺町出身。
甚目寺町内のどこかについては、いくつかの情報がある。
その1つは甚目寺町大字栄地区。ここは、県下有数の大規模部落で
部落解放同盟の支部もある。戦前より民間の牛馬の屠殺場がある。
尾張地方の死んだ牛馬の大半がここに持ち込まれている。
死骸を解体処理し、皮を剥いで皮革製品を作ったり、死骸を大きな鍋で
長時間煮て、ニカワを製造している。
栄地区の過半数は加藤姓で、7割が加藤姓だと言う周辺住民もいる。
加藤あいの出身地との情報がある愛知県海部郡甚目寺町大字栄は、
人口3千人を超える県下最大級のエッタ部落であることは周知の事実。
ただ、戦後、大字西今宿から切り離されたとの書き込みは誤り。
大字東今宿から切り離されたと言うのが正解。大字東今宿にも
こぼれ落ちたエッタが一定数おり、やはりほとんどは加藤姓だ。
甚目寺町内には、大字栄の他にも、もう1箇所、部落があり、
そちらは非人系の部落で字馬捨池などの地名が残っている。
そこも圧倒的に加藤姓が多い。
加藤あいの出身地は表向き愛知県の旧西春日井郡新川町(現在の清須市)
だが、本当は愛知県海部郡甚目寺町出身。その後、隣町の旧新川町に転入
してきた。
甚目寺町内のどこかは諸説あるが、最有力説は大字栄地区。
ここは、愛知県内約50~80箇所ある部落でも最大級の約3千人前後が
居住しているエッタ部落で、部落解放同盟の愛知連合会の支部もある。
栄地区は中世以来の筋金入りのエッタ部落。
現在は、五条川の堤防のすぐ下にあるが、以前は五条川の川幅がもっと広く、
部落全体が河川敷(要は河原)の中にあり、少し増水するとすぐに家は浸水した。
民間の牛馬屠殺場があり、尾張地方の死んだ牛馬の死骸が運び込まれ、皮を
剥いだあと、死骸はぶつ切りにされ大きな鍋で長時間煮て、ニカワを製造している。
大きな鍋で長時間煮ている間、すごい悪臭が部落一帯を覆い、鼻がひん曲がりそうである。
剥いだ皮は、巻物にして靴や鞄製造工場やコート製造工場へ納品されている。
また、部落内では死骸から毛を切り取って、ブラシ(刷毛)も製造している。
愛知県内で製造されているブラシ(刷毛)の半数以上が大字栄地区で製造されている。
栄地区の多くは加藤姓で、約7割の家が加藤姓と指摘する周辺住民も多い。
もともと栄地区は、隣地区の大字東今宿内の1つの小字であったが、自分たちも
部落と間違われることを忌み嫌った大字東今宿内の部落民でない住民達が、
戦後、栄地区だけを切り離して大字栄が誕生した。
その過程で、一定数のエッタが大字東今宿内に今もとどまっているが、
その殆ども加藤姓である。