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清国への琉球人亡命者
明治9年 幸地朝常、名城里之子親雲上ら 19人亡命。
明治12年 湖城以正、神山庸忠ら 13人亡命。
明治13年 富名腰朝衛ら 2人亡命。
明治15年 富川盛圭、国場大業ら亡命。 湖城以恭ら 3人亡命。 真壁徳名ら 亡命。 国頭必達ら 5人亡命。
明治16年 浦添朝忠ら 42人亡命。
明治17年 仲本進輝ら 5人亡命。 宜野座朝義ら 6人亡命。 亀川盛棟ら 4人亡命
明治18年 津嘉山親方父子亡命。
幸地朝常が清国の李鴻章に送った書簡
「生きて日本国の属人と為るを願はす、死して日本国の属鬼と為るを願はす、身を廃し首を砕くと錐も亦辞せさる所なり」