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藤川優里 wiki
2007年4月、父の県議会選挙における2度目の落選がきっかけとなり
八戸市市議会議員選挙の告示5日前に出馬表明。無所属で立候補し、
同年4月22日に、八戸市市議会議員選挙史上最高の6962票を獲得し、
トップ当選した。市議会では、民生常任委員会委員・環境先進都市
推進特別委員会委員を務める
大学卒業後は政治家の秘書になることを考えていたが、父は専業
主婦になることを望んでいたという。2003年、父の選挙において、
うぐいす嬢を務めた。2007年4月8日、県議会選挙での父の落選後、
八戸市内の選挙事務所を兼ねた自宅において、支持者に礼を述べる
と共に「(2週間後に控えた)市議選市会議員に出たい」と表明した。
両親共々反対したが、4月10日、土下座しての出馬の訴えに父は容認し、
その日の夕方、近くの写真店へ選挙ポスター用の写真を撮りに行ったという
介護予防事業の推進、介護保険料や介護サービスの利用料金の値下げや
見直し働くお母さん達のために病児保育の施設を作ることなどを訴える。
投票日は雨であったため浮動票の低下を心配し、テレビのない自分の部屋で
結果を待ったという[4]。定数36に対し47人が立候補したこの市会議員選挙に
おいて2位の3665票の倍近い6962票を獲得し、トップ当選した。
八戸市議選史上最多得票であり、20歳代の女性候補者というのも八戸
市議選では初めてであった。若年層の投票増加により、12年ぶりに投票率が
上昇した(55.95%)