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中国側の要請で非公表となった日中歴史共同研究の戦後史部分では、天安門事件や文化大革命など
共産党統治の正統性や国民感情にかかわる極めて敏感な問題が含まれており、中国側の論文は簡単な
言及にとどめた。日本側の論文が、現政権に影響を及ぼしかねない指導者の功罪に触れている点も、
中国側を刺激することは避けられず、非公表を要請した理由が多岐にわたることが日中双方の論文から
うかがえる。【北京・浦松丈二】
「1989年6月4日未明、中国共産党が人民解放軍を出動させ、学生及び市民の民主化要求運動を
武力弾圧した」。日本側論文は天安門事件をこう記述した。国際社会の一般的な評価だろう。
一方、中国側は「中国で政治騒動が起こり、欧米国家は中国に対して制裁を発動した」と共産党の評価
に沿った内容で、犠牲者の数や事件に至る経緯には触れていない。
犠牲者の遺族や知識人は事件の再評価を今も求めている。日本側論文は再評価を迫ったわけではなく、
事件後の日中関係の分析に力点を置いた。だが、中国政府関係者によると、日本側の記述は党決定とは異なる
ため、公表できないという。
大事件の歴史評価は党が機関決定する。事件を処理した党指導者の評価に直結するからだ。特に、天安門事件
では、当時の趙紫陽総書記が学生らに同情的な立場を取ったとして失脚し、江沢民氏が総書記に抜てきされた経緯
がある。再評価が進めば、引退後の現在も政権への影響力を残している江氏の正当性が問われかねない。
また、日本側は98年の江沢民国家主席の訪日について「言動は多くの日本人の失望と反発を招いた」「歴史認識
について対日批判を展開したからである」と指摘した。
中国国内の日本研究者の間でも、こうした評価はほぼ定まっているが、国家指導者の業績に泥を塗る見解は公表
できないため、政府の公式見解を踏襲するしかないのだ。
以下>>2以降
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