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★大阪市財政 悪化の軌跡
5兆円の借金を抱え、2015年度には財政再生団体への転落も危惧される大阪市。
市の財政はなぜここまで悪くなったのか。再建の道筋は描けるのか。33年間、
主に財政畑で要職を歩み、今月退任した柏木孝・前副市長(55)に聞いた。
―大阪市が箱モノ建設に熱を入れた一つのきっかけは1989年度一般会計の黒字決算だそうですね
大阪市では、組合、部落解放同盟、議会が歴代市長を支えてきたんです。反面、予算圧力も強かった。
88年度まで28年間赤字を出し続けたのは、「金ありまへんねん」という一言で圧力を防ぐためも
あった。また、昼の人口が夜より100万人以上多いのに、基本的に住民からしか税金が入らない
という税制上の矛盾を抱えていたので、その分、国から補助金や交付金を持ってくるためにも赤字の
方がよかったんです。
―89年度でなぜ黒字に
バブルの影響でどの自治体も税収が激増し、地価も上がった。大阪市はその分を福祉などの基金に
「貯金」していたが、西尾正也市長(故人)が「税収も貯金も増えたのに『赤字』では、財政手腕が
ゼロだと疑われる」と主張して、黒字になった。
とたんに予算要求は強まった。全区にホールやプールを造る1区1館構想など、歳出拡大に鈍感になり、
財政危機を招いた。要望を記録することで圧力を防いだり、競争入札を徹底することで談合を防いだりと
いったルールも整っておらず、歳出を抑えられなかった。
―財政健全化の動きも鈍かった
府も国も、税収のピークは90年度。バブル崩壊で税収が減り、6、7年後に財政健全化の動きが
具体化した。ところが大阪市の税収のピークは96年度。94年の固定資産税の評価替えで、地価は
下がっているのに固定資産税が増収になり、その分改革が遅れた。「土地神話」も根強く、
市は固定資産税があるから景気に左右されないという雰囲気もあった。
2009年12月28日 朝日新聞
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