【再生医療】iPS細胞の山中教授に米ラスカー賞・基礎医学部門 [09/08/14]at NEWSPLUS
【再生医療】iPS細胞の山中教授に米ラスカー賞・基礎医学部門 [09/08/14] - 暇つぶし2ch69:名無しさん@十周年
09/09/16 01:03:17 M0MhNXrB0
>>68 ノーベル賞について、このまま行けばかなりな確率だそうだから、
さっさと予算つければいいのにね。
韓国なんて捏造ばっかだったのに、巨額の国費を投入して
大規模研究設備は勿論のこと、早くも何故か例の教授の銅像まで先走って建てたりしてたらしいよ。


70:名無しさん@十周年
09/09/16 01:35:16 3tMOi4Bc0
>>59
へーw

71:名無しさん@十周年
09/09/16 04:41:49 1gPMvPsf0
山中先生、親戚の美人の女の子が交通事故の後遺症で、脊椎から髄液が漏れて
激しい頭痛がして、毎日、死ぬ程くるしんでいます。どうか先生、お体に気を
つけて研究に頑張って下さい。先生の研究の成果から、何時の日か、あの子が
生きてて良かった!と笑顔を取り戻す日が来るのを望んで。

72:名無しさん@十周年
09/09/16 04:42:55 NCVQ4Yf90
もも×かじゅの子供が楽しみだよ

73:名無しさん@十周年
09/09/16 07:08:15 onyaByOQ0
最先端のことは全て中国にシフトさせたい民主党の元じゃ何も期待出来ない

74:名無しさん@十周年
09/09/16 08:06:28 eIDKYcF80
>>73
自民の頃から、この手の研究に金を出さないよ。
これはもう日本政府の悪習としか思えん。自政府が科学の発展を阻害してるんだよ。
研究予算つけても、そこに利権構造を漏れなくつけて来るし。腐りきってる。

75:名無しさん@十周年
09/09/16 09:26:52 m4dd/9I60
>>62の自レス。
2008年度は、『つみきのいえ』で 加藤久仁生も受賞してたんだった!!!
だから、受賞者が1名増えることになる。

76:名無しさん@十周年
09/09/16 09:38:47 l2Ksu6/M0
>>71
>山中先生、親戚の美人の女の子が交通事故の後遺症で、脊椎から髄液が漏れて
>激しい頭痛がして、毎日、死ぬ程くるしんでいます。


脳脊髄液減少症ってやつでしょ?

前にテレビでやってたな

77:名無しさん@十周年
09/09/16 09:50:19 0eQSYfm8O
韓国みたいなことにならないよね?

78:名無しさん@十周年
09/09/16 10:16:18 egMxT8Rt0
ラスカルの最終回で出てくる、メスのアライグマの名前は
「メスカル」
豆知識な

79:名無しさん@十周年
09/09/16 10:20:47 m4dd/9I60
>>77
>韓国みたいなこと
ひょっとして、韓国の黄教授の捏造事件のことかね?
黄教授の論文は、他の研究者がその通りに実践しても、誰も成功しなかった。
これはおかしい、この論文は間違ってるんじゃないか?捏造じゃないか?
という疑惑が広まった。

一方、山中伸弥教授が発表した論文は、他の研究者がその通りに実践して成功している。
つまり、論文の正しさは、多くの人の手によって、とっくに証明済みだってこと。


80:名無しさん@十周年
09/09/16 15:34:11 3zAdTK/I0
浅島誠教授の事も書いておこうっと。

山中教授が、体細胞を脱分化させて多能性幹細胞を作ることに成功した人なら
浅島教授は、多能性幹細胞を望みの器官に再分化させる分化誘導因子を発見した人。

二人の発見がペアになって、人間の皮膚の一部を取ってきて心臓やら腎臓やらに変えて
移植するということが夢物語でなくなってきた。

今年のノーベル医学賞は中山浅島のダブル受賞と予言。



81:名無しさん@十周年
09/09/16 15:58:00 FXz2ZOga0
傷んだ臓器を元通りに治す再生医療。夢物語とされた究極の医療が1人の日本人研究者のひらめきをきっかけに、現実味を帯びてきた。
新型万能細胞の研究で世界の最先端を走る京都大の山中伸弥教授。内外で絶賛されるその発想力は神戸、大阪、奈良、京都の4都市の大学を渡り歩きながら温められた。
昨年末、山中氏は古巣で“凱旋(がいせん)”講演会を開いた。「この大学で受け入れてもらったからこそ、今の自分がある」。
奈良先端科学技術大学院大(奈良県生駒市)の教室に、立ち見が出るほど集まった学生らは一瞬、耳を疑った。
同氏が4年ほど前まで在籍していたことを知る学生はほとんどいなかった。
「一度育った細胞は成熟、老化するだけで、生まれたてのころに再生できるはずはない」。
生物学の常識を覆した山中氏は、エリートコースを歩んできたわけではない。
神戸大医学部で医師を志し、卒業後の1987年に国立大阪病院(当時)の臨床研修医に就く。
患者に接するうちに「病気を根本から克服したい」と研究者へ転身、大阪市立大に進む。
93年、将来の確たる展望もなく米国サンフランシスコのグラッドストーン研究所へ飛び出し、万能細胞の研究と出会った。


82:名無しさん@十周年
09/09/16 16:00:45 FXz2ZOga0
右腕との出会い
米国では「万能細胞が今の医療を一変させるかもしれない」と騒がれ始めていた。
日本に戻り、この研究に打ち込もうと試みるが、実績も後ろ盾もない山中氏に研究職はなかった。
あきらめて医師に戻ろうとした99年、奈良先端大から声が掛かった。
「学生と一緒に頑張りたい、と熱意にあふれていた点を評価した」(河野憲二バイオサイエンス研究科長)。
研究室の運営を任せ、高価な実験機器も使い放題に。居場所を見つけた山中氏は今の研究の礎を築いた。
今では山中教授の右腕といわれる高橋和利・京大産学官連携助教との出会いもこの場所だった。
新型万能細胞を作るには、細胞中にある24種類の遺伝子を実験を通して一つひとつ組み合わせながら、その働きを探る作業が欠かせない。
同志社大の工学部出身で「バイオ研究は奈良先端大に入学してから始めた素人」と謙遜(けんそん)する高橋氏の忍耐力と鋭い勘による実験が、
ライバルの米国チームを出し抜いた。
医師から転身した山中氏が工学部出身の高橋氏を指導しながら未知の研究に挑む。
「最初からこの分野の専門家だったら、とても無理だとあきらめてしまっただろう」。山中氏を迎え入れた河野氏は振り返る。
研究が軌道に乗り始めた山中氏は2004年、京大へ電撃移籍。高橋氏らも後を追う。
「患者のことを考えると病院や医学部と連携しなければ独り善がりの研究に陥ってしまう。京大には医学応用を目指す環境がある」
00年に再生医療の研究拠点を神戸市に設立した理化学研究所に、有力研究者が流出していた京大にとっても、この話は渡りに船だった。
臨床現場との相乗効果は狙い通りで、“チーム山中”は大仕事を成し遂げた。

83:名無しさん@十周年
09/09/16 16:18:05 FXz2ZOga0
「先生、はえてます!」。
05年夏、山中伸弥・京都大教授(45)の部屋に、高橋和利さん(30)=現助教=が駆け込んだ。
顕微鏡をのぞくと、元のマウスの皮膚細胞とは似ても似つかない丸い細胞の塊が見えた。
世界初の人工多能性幹細胞(iPS細胞)が誕生した瞬間。

高橋さんらは、皮膚や臓器などに成長した体細胞に「何か」を入れることで受精卵のようにさまざまな組織に育つ
万能細胞を作ることを目指していた。砂漠から一粒の砂を見つけるような途方もない計画だったが、候補の遺伝子は24種
に絞り込まれ、これらを一つずつ試すことに。このとき実験の容器が余り、「せっかくだから」とすべてを入れたところ、
これだけが塊になった。再実験でも同じ結果。その中に、「何か」である四つの遺伝子があった。

「うまくいく可能性はほとんどない。その代わり、失敗しても面倒見たるよ」。実験を始める前、山中教授にこう言われた。
高橋さんは同志社大工学部出身、一から生物学に取り組んだ。この言葉を励みに夢中でやった結果。

リンパ球などの体細胞と胚性幹細胞(ES細胞)を融合させる方法で、万能細胞作りを目指す京都大の多田高・准教授は
「山中さんらの方法は遠い道だと思ってやらなかった。だから、すごいって感動している」。

山中教授は、神戸大医学部を出てすぐ、整形外科医に。難病患者と向き合い、「この病気を治すには基礎研究が必要」と考え、
大学院で薬理学を専攻。米国留学では一流科学誌に論文も掲載されたが、96年に帰国すると、研究だけに没頭できる米国の
研究環境との落差に「臨床医に戻ろう」と思い詰めた。

84:名無しさん@十周年
09/09/16 16:19:21 ZYF9NKCS0
←◎

85:名無しさん@十周年
09/09/16 16:20:10 ZYF9NKCS0
>>18
受賞者は韓国人

86:名無しさん@十周年
09/09/16 16:22:14 FXz2ZOga0
転機は99年12月、奈良先端科学技術大学院大に助教授として研究室を持ったこと。
新参の山中研究室は学生を集めるため、受精卵を使わずES細胞のような万能細胞を作るという「夢のある大テーマ」を掲げた。
そこに、高橋さんら3人の大学院生が集まり、「人のまねではない、人がやらないことをやる」(山中教授)という挑戦。

山中教授は、03年度の科学技術振興機構の研究資金に応募。面接した岸本忠三・大阪大元学長は
「うまくいくはずがないと思ったが、この若い研究者の迫力に感心した。研究には壮大な無駄があっていい。そこから思いがけ
ないものが出てくるものだ」。

岸本さんの言葉通り、研究は失敗の連続。あきらめかけたこともあったという。
山中教授は、「米国から戻ったときと違うのは一人じゃなかったこと。若い学生さんやスタッフがいた。だから続けられた」。
研究室のメンバーを引き連れて京都大へ移ったのは05年4月。そこから一気に24遺伝子を4遺伝子に絞り、06年夏、
世界を驚かせる論文を発表。

再生医療や創薬などの実用化に注目が集まるiPS細胞研究。その発見は、日本の科学技術を支える「原石たち」の、向こう
見ずともいえる果敢な挑戦から生まれた。

87:名無しさん@十周年
09/09/16 16:23:35 /xyGEysbO
これが完成したら医者は儲からんからな。医師会が民主党についた理由もわかる

88:名無しさん@十周年
09/09/16 16:24:28 cZsZrS/cO
こういう研究に対する支援も打ち切りになるのかな。
何でもかんでも自民の否定をすればいいってものでもないと思うけど…

89:名無しさん@十周年
09/09/16 16:30:04 7Zf5rqnE0
これはつまり「アメリカに来いっ」ていうサインでしょ


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