09/08/23 02:26:15 JSdXkNCy0
>>343 1941年12月8日、真珠湾攻撃を知った著名人の当時の感想等。
太宰治
それを、じっと聞いているうちに、私の人間は変わってしまった。強い光線を受けて、からだが透明になる感じ、
あるいは聖霊の息吹を受けて、つめたい花びらを胸の中に宿したような気持ち。
日本も、けさから、ちがう日本になったのだ。
高村光太郎
世界は一新せられた。時代はたった今大きく区切られた。昨日は遠い昔のようである。
現在そのものは高められ確然たる軌道に乗り、純一深遠な意味を帯び、光を発し、いくらでもゆけるものとなった。
坂口安吾
涙が流れた。言葉のいらない時が来た。必要ならば、僕の命も捧げねばならぬ。
一歩たりとも、敵を我が国土に入れてはならぬ。
火野葦平
私はラジオの前で、或る幻想に囚われた。これは誇張でもなんでもない。
神々が東亜の空へ進軍していく姿がまざまざと頭の中に浮かんでいた。
その足音が聞こえる思いであった。新しい神話の創造が始まった。
徳富蘇峰
予は筆を投じて、勇躍三百。積年の溜飲始めて下るを覚えた。皇国に幸運あれ。皇国に幸運あれ。
獅子文六
やがて、宣戦の大詔が奉読されていた。「皇祖皇宗ノ神霊上ニ在リ・・・」その時、涙がこぼれた。
ふと、自分は、ラジオを聴く前と、別人になっているような気持ちがした。
その間に、一年も二年も時間が経っているような気持ちがした。
伊藤整
私は急激な感動の中で、妙に静かに、ああこれでいい、これで大丈夫だ、もう決まったのだ、
と安堵の念の沸くのをも覚えた。方向をはっきりと与えられた喜びと、弾むような身の軽さとがあった。
武者小路実篤
くるものなら来いという気持ちだ。自分の実力を示して見せるという気持ちだ。
青野季吉
みたみわれとして一死報国の時が来たのだ。飽くまで落ち付いて、この時を生き抜かん。
長与善郎
生きているうちにまだこんな嬉しい、こんな痛快な、こんなめでたい目に遭えるとは思わなかった。