09/05/16 08:13:24 HoC4VJl90
>>687
諱と字は関連があることが多いが、必ずしもそうでないこともある。
関羽の字は雲長あるいは長生で、羽と雲が長じることは空という点で連想が可能で、
または羽が長く生えると読める対応関係になっているが、
張飛の字は益徳で、”飛”という諱とは関連性を見いだしにくい。
これが理由で演義では飛と対応するよう”翼”徳という字に勝手に改められてしまった。
で、劉備の字なんだけれど、これは簡単。
後漢末から魏晋にかけて玄学という思想哲学が流行するようになる。
これはいわゆる老荘思想ってやつで、
「老子」の冒頭に「此両者、同出而異名。同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門。」とあるのにもとづく。
で、玄とはなにかというと、もともとは真っ黒ということなんだけれど、
老子はその暗黒をもって深奥なる神の象徴とするわけだ。
幽玄とか玄妙とかいう言葉における玄といっしょだな。
われわれがよく知っている玄関という言葉も、
もともとは道教においてその玄妙なる道へといたる関門を指す言葉だった。
話は長くなったけれど、玄徳とは「(老荘的な)深奥なる徳」を意味しており、
諱と対応させれば、深奥なる徳を備える、となる。
曹操、字は孟徳の場合も、節操・貞操といった徳をもっている、といった単純なもの。
(操をあやつると読むのは日本語で、漢語にはそういう意味はない)
孟は伯と同じく長男を意味する文字なので、諱との対応関係はない。