09/05/07 21:36:42 SRLbGFM7O
白山信仰が穢多身分になったのは江戸時代になってから。
つまり、徳川一族が西の都から江戸に飛ばされて来た時、
その時に西から一緒に連れて来た白山信仰の職人達が、江戸時代の穢多身分になる。
穢多を見下してたのは百姓達で、実際穢多は幕府直属の優遇された身分だった。
しかし百姓一揆対策で、徳川一族直属の職人達を、百姓より身分を低くする事で、
安定して年貢を徴収しようと、徳川幕府は考えた訳で。
だから、江戸時代以前の西側の白山信仰は穢多では無いんだよ。
東と西では差別の基準が違う。
一緒にしちゃうと、答が出なくなるよw