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余録:週刊誌の技と芸
出版社として初めて新潮社が「週刊新潮」を出したのは1956年だった。
それまでの新聞系週刊誌と違い、自前の情報網も、取材のノウハウもなく、
記事の書き手もいないままの船出だ。先行きが危ぶまれた
▲創刊の翌々年の旅客機墜落事故の際も、編集部から航空会社に駆けつけた記者は
報道各社が乗客名簿を争って奪い去るのをぼうぜんと見ているしかなかった。
コピー機のない時代、数少ない名簿入手が最優先ということを知らなかったのだ
▲記者は仕方なく誰も見向きもしないキャンセル名簿をもらって帰る。次号のトップ記事は
「特別レポート 私は死神から逃れた」。キャンセルで命拾いした人々の運命のあやを描いて、
好評だった(高橋呉郎著「週刊誌風雲録」文春新書)
▲それから半世紀、新聞やテレビではできない技も芸もたっぷりたくわえた出版社系週刊誌の元祖である。
だから海千山千をもってなるはずの編集長に「こうして『ニセ実行犯』に騙(だま)された」と
世間知らずをわびられて戸惑う読者もいよう
▲きのう発売された「週刊新潮」は、朝日新聞阪神支局襲撃事件の「実行犯」を名乗る人物の連載手記を
「誤報」と認め、掲載の経緯を10ページにわたり報告して謝罪した。読めば、
決して取材記者としてえらそうなことをいえる実績のない小欄筆者ですらワキの甘さを指摘したくなる
▲キャンセル名簿も誤報の謝罪も売り物にするのが週刊誌の本領だ。が、そこで
「報道機関が誤報から100%免れることは不可能」と胸を張られては白ける。
真偽のあわいに切り込むのが週刊誌ジャーナリズムの技と芸ならば、その技芸の衰えをもっと心配してはどうか。
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