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侵略者をすべて撃退したという自画自賛史観が史実に反するというのは、「壬申
倭乱」「丙子胡乱」「モンゴル軍の侵入」などを見れば明らかだ。モンゴル軍が
侵入してくると、西北や東北地方の官吏は競って土地を献上して順民を誓う。
韓人は逆に、侵入軍の先頭にたって自国の軍隊を叩く、もしくは城を明渡して逃げ
惑う。ときには抵抗する儒者や僧侶も出てくるが。その頻度は極めて低く、秀吉軍
の京城(現在のソウル)入城のように奴婢はむしろ侵入者を解放軍として敵を迎え
た。
それだけではなく、多くの「韓奸」や「売国奴」といわれる人々が必ず現れて敵
についていく。民衆は敵軍に従軍する。朝鮮征伐のときに、さっきまで自分の国王
(仁祖)だった人へ、都落ちの国王として石を投げたり、王子を捕らえてまで敵軍
に献上することもある。あるいは、宮城攻めに民衆が協力して城攻めや攻囲をする
場合もある。/
景福宮などの焼失は大部分の韓国の観光案内によれば「日本軍の兵によるもの」
と書かれているが、それは嘘だ。李恒福の「白沙集」によれば、秀吉軍の入城前に
はすでに灰燼となっていた。それは、民衆が兵乱と聞けばすぐに蜂起して、宮廷を
襲い略奪したからだ。ことに奴婢は秀吉軍を解放軍として迎え、奴婢の身分台帳を
保管していた掌隷院に火を放った。これが歴史の史実だ。
台湾の評論家 黄文雄氏
>景福宮などの焼失は大部分の韓国の観光案内によれば「日本軍の兵によるもの」
マジ?