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・天皇、皇后両陛下はあす、結婚50年を迎える。同じ時代を生きてきた多くの国民が、自らの半生をこの
年月に重ね合わせているに違いない。
婚約が固まる数カ月前。皇后さまの母である故正田富美子さんは、本紙の記者にこう漏らした。
「民主化が行き過ぎるということはないのでしょうか」
戦争に負け、民主国家に生まれ変わって10年余。
「民主化の行き過ぎ」というオブラートにくるんだ表現で吐露したのは、皇室そのものの将来への不安だった。
天皇は新憲法で日本国と国民統合の「象徴」と位置づけられた。しかし実際に、新たな皇室像をつくり、
国民の心をつかんでいったのは、昭和天皇を支えたお二人だった。
「大衆天皇制」。政治学者の松下圭一氏は、盛り上がった皇室への関心をこう評した。
テレビ局開局や週刊誌創刊ラッシュというメディアの隆盛も重なり、ミッチーブームという言葉も生まれた。
天皇を神とした時代は遠い過去になった。「皇室は大衆によって敬愛されるスターの聖家族となった」
(中央公論、59年4月号「大衆天皇制論」)。
もちろん、国民から支持されたのは、何よりお二人が人々の思いに寄り添ってきた結果である。
「みなさんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓う」
陛下は即位にあたって宣言した。
戦後50、60年の節目には、そろって長崎、広島、沖縄、激戦地のサイパンへと慰霊の旅を重ねた。
失意の時もある。皇后さまは、雑誌の心ない批判記事などが相次いだ93年に言葉が出なくなった。
5年後、国際児童図書評議会のビデオ講演で、だれもが多くの悲しみを抱えて生きているという童話
「でんでんむしのかなしみ」との出会いに触れた。自らの悲しみの記憶は、弱い人々への思いを
より深くしたに違いない。
平和への思いと弱者へのいたわりを、両陛下はその時々に言葉や行動で刻み続けてきた。それこそが
憲法の理念を体現してきたように映る。
象徴天皇制は、右肩あがりの戦後社会とともに歩んできた。
そしていま、皇室は新たな苦悩に覆われている。(>>2-10につづく)
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