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在日朝鮮人小沢一郎の生い立ち
小沢一郎=父親(朝鮮人)+母親(朝鮮人)。小沢一郎は、戦後のドサクサ時代に、浅草の泥棒市で、日本人の戸籍を買った。小沢一郎は、岩手水沢に出生としているが、その田舎の住民の証言によると、小沢一郎が岩手水沢に居たのは中学一年の一年間だけ。
小沢一郎の父・小沢佐重喜(日本名)は、浅草の麻薬売人で、その三男として東京下谷に小沢一郎が生まれた。
小沢一郎の父・小沢佐重喜は、戦中、東京市下谷区御徒町で自称弁護士として北朝鮮の工作員として活動。北朝鮮の工作員として北朝鮮独立開放のために日本で活動。戦後、岩手方面に進駐した「朝鮮進駐軍」指導者となり拠点を作る。
「朝鮮進駐軍」は、悪名高い朝鮮進駐軍小沢部隊で、戦後に多くの日本人を殺害していた朝鮮総連武装集団である。小沢佐重喜という名前は、当時多くの北朝鮮工作員が、使い回して居たとの説が多い。
小沢一郎の母・荒木ミチ(日本名)は、韓国済州島の朝鮮労働党員で、コーリアン売春宿の女将だった。内縁で、父親の籍は入っていない。小沢一郎には、二人の実姉のスミ子、則子がいるが、養女というかたちになっている。小沢一郎の母・ミチの墓は、韓国済州島にある。
出典:松田賢弥『闇将軍 野中広務と小沢一郎の正体』(講談社)