09/08/23 11:55:03.70 YlVCBDWf
>>410の続き
当時すでに嘗糞は娯楽化し、健康を調べるという本来の名目はうしなわれつつあったが、
嘗淑は嘗糞のその実用性と娯楽性の両面において、まさに自在の才能を示していたのである。
しかし、造船半万年の嘗糞の歴史において一、二の達人とまで言われたその父は、ついぞ
嘗淑の、その抜群の才気を認めることが無かった。
「お前の嘗めは聡過ぎる・・・」
「よいか嘗淑・・嘗めんと思った時はすでに嘗めている、これが要諦であり総てじゃ・・それ以
上の細事は無用也」
嘗淑は、何故かいつまでも自分を認めようとしない父に不満であった。それゆえ彼は、常に
嘗糞法の新たな研究に没頭することで、何とか己の血と、父への反発を鎮めていたかに見えた。
つづく