10/05/02 08:08:41 Qv+S+Kbv
『蟹工船』 小林多喜二
空気がムンとして、何か果物でも腐ったすッぱい臭気がしていた。
漬物を何十樽(たる)も蔵(しま)ってある室が、すぐ隣りだったので、
「糞」のような臭いも交っていた。
「こんだ親父(おど)抱いて寝てやるど」―漁夫がベラベラ笑った。
薄暗い隅の方で、袢天(はんてん)を着、股引(ももひき)をはいた、
風呂敷を三角にかぶった女出面(でめん)らしい母親が、
林檎(りんご)の皮をむいて、棚に腹ん這(ば)いになっている子供に食わしてやっていた。
子供の食うのを見ながら、自分では剥(む)いたぐるぐるの輪になった皮を食っている。
何かしゃべったり、子供のそばの小さい風呂敷包みを何度も解いたり、直してやっていた。
そういうのが七、八人もいた。
誰も送って来てくれるもののいない内地から来た子供達は、
時々そっちの方をぬすみ見るように、見ていた。
髪や身体がセメントの粉まみれになっている女が、キャラメルの箱から二粒位ずつ、
その附近の子供達に分けてやりながら、
「うちの健吉と仲よく働いてやってけれよ、な」 と云っていた。
木の根のように不恰好(ぶかっこう)に大きいザラザラした手だった。
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