09/05/22 11:29:59 uRCoAPtO
蔡焜燦氏(司馬遼太郎『台湾紀行』の中で「老台北」と呼ばれた人)の証言
心の切り替えができない私は、誰から見ても敗戦で肩を落とした日本人に見えたのだろう。また日本兵の軍服で汽車に乗り込んでいた私は、
8月15日をもって急に威張りはじめた連中(注:朝鮮人のこと)の嫌がらせを受けた。
座席の中に置いた新品の飯盒を朝鮮人に盗まれ、それを奪い返そうとすると、「なんだお前、朝鮮人をバカにするな!降りて来い!」と、
たちまち数人に取り囲まれてしまった。多勢に無勢、勝ち目はない。こうなっては「すみません、私の記憶違いでした」と謝り、難を逃れるしか術はなかった。
それから佐世保に到着するまでの30時間、連中は執拗に私を含め多くの日本人乗客をいびり続けた。
若い女性がトイレに行こうとすると通路を塞ぎ、次の駅で窓から降りるよう指示するなど、この連中のあまりにも情けない行状を、
私ははらわたが煮え繰り返る思いで眺めていた。ただ黙って見ているしかなかったのである。
《中略》
佐世保キャンプで私は面白い場面にも遭遇した。
あの引き揚げ列車の中で、私を含め敗戦で意気消沈する日本人をいびり続け、肩をいからせていた朝鮮人たちが、「中華民国台湾青年隊」の腕章をつけた我々に
おべっかを使って擦り寄ってきたのである。それは中華民国が連合軍の一員であったからに他ならない。弱い者には威張りちらし、強い者には媚びへつらう、
そんな彼らの極端な習性を目の当たりにした思いがした。
蔡焜燦『台湾人と日本精神』より抜粋