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しかし2人のリーダーの目標と計算は違った。北朝鮮にとっては日帝植民地主義期間の犯罪行為
に対する謝罪と補償を引き出すのが最大懸案だった一方、日本にとっては北朝鮮スパイ船の日本
領海潜入と日本人拉致事件の疑惑解明が最大の関心事だった。
小泉首相は植民地統治期間に及ぼした「多大な損害と苦痛」に対して「痛切な反省と心からの謝
罪」を表明した。これに対して金委員長は、1977年から1982年までに日本人13人を拉致し、スパイ
船を日本領海に潜入させたことに対して、「太っ腹に」謝罪した。
金委員長の謝罪は、共産主義国には類例を捜しにくい破格のものだった。長年の敵対国に対して
相当な譲歩をしたということ自体が、当時の北朝鮮の状況がそれほど緊迫しており日本の助けを
どうしても必要としていたことの証左だった。
逆転劇は、平壌発言直後に演出された。金委員長の告白と謝罪に対して、日本の世論は怒りと
敵対感で沸騰した。関係正常化どころか軍事的に北朝鮮を先制攻撃すべきとの主張まで出た。
小泉首相も帰国後、「人間でも拉致して殺す不名誉な国家」と北朝鮮を猛非難して、こうした世論
に迎合した。
メディアが連日拉致問題を集中報道するうち、「加害者日本」はいつのまにか「被害者日本」へと
様変りしていた。もちろん、北朝鮮の日本人拉致とスパイ船派遣は犯罪行為として批判を受けて
当然だ。だがこれを口実に自分たちの重大犯罪をこっそり埋めてしまうことは、厚顔無恥の行為と
見るほかない。
【続きは >>2-5 あたり】
▽ソース:聯合ニュース(韓国語)(2009/03/12 11:19)
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