26/01/28 10:02:20.11 9ozT+fAO.net
私は男兄弟三人の次男で、両親とともに六畳一間の借り住まいで生活していた。
小学校三年のとき、母親が失踪した。
父の話では、母は400万円の借金をして逃げたということだった。
小学校四年になる頃には、家事全般を担うようになった。
学校が終わると弟を幼稚園に迎えに行き、米を炊き、買い物に行き、食事の支度をし、洗濯機を回して洗濯をし、食器を洗って片付けていた。慣れるまでに、そう時間はかからなかった。
買い物はいつもツケで、ツケが溜まると買い物を断られた。思えば、あの頃から周りの大人たちに助けられていたのかもしれない。
洗濯が面倒で体操服を洗わなかったことがあり、それがきっかけで「臭い、臭い」といじめられるようになった。
父は日雇いで、この頃からほとんど働かず、知人や親戚からの借金で生活していた。
食べ物がなく、お湯に味噌を溶いただけの味噌汁をよく飲んだ。一味唐辛子を入れると体がポカポカして美味しかった、という記憶が残っている。
学校給食が命綱だった。
小学校五年のとき、母が一時的に帰宅した。その直後、母に連れられて兄弟三人で家を出た。
その生活は一年も続かなかった。
母はある日帰ってこなくなり、食べ物のない状態が一週間ほど続いた。兄が父を呼びに行き、元の借り住まいに戻ったのが小学校六年のときだった。
中学二年になる頃、遠くのコンビニで高校生と偽ってアルバイトを始めた。時給は650円くらいだったと記憶している。
当時、どこから見ても中学生だった私を雇ってくれたオーナーには感謝している。普段はバックヤードや商品の陳列をしていた。レジに立つこともあったが、接客は正直、かなり下手だったと思う。
もちろん、バイト代は毎日の食費や生活費に消えていった。
父は相変わらず働かず、家でゴロゴロしていた。家事全般は中学二年の私がこなしていた。
「高校を出ないとまともに就職できない」と聞き、寝ずに勉強した。
バイトと家事と勉強で、本当に寝る時間はなかった。
2に続く