20/10/26 19:45:58.31 qlJMwGPn.net
>>914
世界観の共有というのも共有したつもりで自分が納得できるもの同士が多数派というだけ。確かに感覚の違いは認めるし、中央から離れるにつれ差の開きは大きくなる。
完全に共有できるものは互いに一つのリンゴを両手で持ってこれはリンゴだと言ったとしてもそれぞれが認識するものには差がある。果物の中のさんふじの糖度がいくつで産地はどこでといくら情報を付け加えても自分が見る世界は自分を介してのもの。
知覚統合がどうこうではなく、今回は検査についての考え方について僕から同意を得ようと多少強引に「も」を用いたときの凡ミス。謝ることなんてない。いくらでも違うと言えるしその逆もできる。言語は隙だらけ。