17/06/09 15:30:59.81 dhDENmJy.net
男性は1950年、岩手県北上市で生まれ、高校生のときに統合失調症を発症し、その後も入退院を
繰り返した。45歳のとき、ある女性と結婚したいと思ったが、家族に反対され、籍を入れずに同
居した。48歳のとき、女性が妊娠したのだが、流産した。その後、家族に要望され、女性は卵管結紮の手術を受けた。
51歳のとき、男性は体調を壊して入院した。翌2003年、家族と担当の医師、ケースワーカーの
すすめで、パイプカットをするよう言われた。男性は嫌だったが、しないと一生入院させておく
と言われて、しかたなく応じた。「子どもを失った気分でした」と男性は振り返る。いうまでも
なく女性の卵管結紮も男性のパイプカットも、本人たちが望んだわけではない。
2003年といえば、優生保護法が母体保護法に取って代わってから6年も経った時点である。こ
の事例は、障害者に不妊手術を強要することを認める条文が法律から消えても、社会から優生思
想や障害者差別が消えてなくなるわけではないことを示唆している(相模原で起きた障害者殺傷
事件を思い出してほしい)。