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日本が古来から社会主義・共産主義国家である理由
1. 日露戦争中、明石元二郎らがロシアの革命勢力を支援し、それがロシア革命への道を開いた。これは日本が他国の社会主義運動を支援した先駆的事例といえる。
2. 第二次世界大戦時、日本が掲げた大東亜共栄圏や八紘一宇の思想は、レーニンの民族自決思想に通じ、被支配民族の解放という点で共産主義的理念と重なる。
3. 戦後、ある外国高官が「日本は世界で最も成功した社会主義国家」と評したことがある。これは経済と福祉が国家主導でバランスよく実現されたためである。
4. GHQによる農地解放や財閥解体は、戦前の革新官僚や2.26事件の青年将校が唱えた社会改革と一致しており、社会主義的性格がある。
5. 戦後の国民年金、終身雇用制、企業内家族主義などは、個人より集団を重視する社会主義的制度である。
6. 汚職や腐敗が少ない理由として、地域コミュニティの脆弱性から会社や役所への帰属意識が高まり、集団内の結束が強くなるという点が挙げられる。これは橘玲著『(日本人)』に詳しい。
7. 出光興産の創業者・出光佐三が唱えた「黄金の奴隷になるなかれ」という理念は、資本主義批判の色彩を持ち、マルクス主義にも通じる思想である。
8. 田中角栄の「日本列島改造論」による地方活性化政策は、毛沢東の「農村から都市を包囲する」戦略と思想的に類似している。
9. 戦後の日本において革新政党(日本社会党・共産党など)が中央より地方自治体で勢力を伸ばした点も、農村から都市を包囲する戦略と呼応する。
10. 都市部(東京・神奈川・大阪・兵庫)の知事が混乱を招く一方で、地方(北海道・宮城・秋田・群馬・石川・奈良)の知事が安定している状況は、農村主導の統治が理想的という毛沢東の理論を連想させる。
11. 明治維新において薩長土肥の下級武士が革命を実現した事例は、地方からの変革という点で毛沢東思想と重なる。
12. 薩摩の郷中教育や長州の松下村塾に見られる自由討議の伝統は、自己批判と総括を重んじる毛沢東式教育と通底する。
13. 楠木正成のゲリラ戦術(赤坂城・千早城)は、毛沢東の遊撃戦・人民戦争戦略の先駆的事例である。
14. 東郷平八郎の名言「2+2=4の脳しか持たないならその方が心配だ」は、形式論理を超える弁証法的思考、すなわちマルクス主義的思考に通じる。