24/05/06 23:33:51.58 3gPw3qwTN
科学が暴走して野蛮になったのだろうか?
野蛮なのはナチスや天皇で理性でもない。
理性の産物でも啓蒙の産物でもないのが天皇やナチスやユダヤ人至上主義だ。
ハーバーマスは理性があるから話し合いに使え、対話的理性を使って互いにコミュニケーション的合理性とか、
効率的なシステムを作るために理性が使われていないかと批判したと言う。
しかし、天皇もナチもユダヤ人至上主義も、りせいともけいもうとも無関係な野蛮であり対話も論理もないし、信仰さえない。
誰も信じてない天皇が神だととか、イスラムが平和とか野蛮人の文化こそが文明だという出鱈目を押し付けて虐待して殺す快楽が得で、
より大きな冒涜や理性の破壊や野蛮を行える誇りだ。
啓蒙や理性がもたらしたものでなく、むしろ、権威主義でナチスやインディアンやイセラムやユダヤ人至上主義を受け入れたり対話で抑圧することこそが野蛮だ。
近代理性や合理性で、天皇やナチスやユダヤ人至上主義やインディアンを否定して根絶することが理性だ。
それが啓蒙や対話で可能なら、一方的に天皇やナチスやユダヤ人至上主義やインデアンがそれらを廃棄する必要がある。
人権や自由が欲しいなら人権侵害を廃絶しないと殺戮される。
なぜなら、人権や自由とは、近代人は、先行して人権侵害を殺戮して廃絶して獲得したものだからだ。