21/12/15 08:27:32.84 OYle1DPS.net
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下北沢X物語(4386)―「大鹿村から吹くパラム」に思う―
>(一)十九世紀初頭初めて汽車が出現したときの衝撃を「時間と空間の抹殺」と形容した。
この二十一世紀リニアが出現した、時速600キロで駆け抜ける。
予感したのは「自然と神々の抹殺」だ。リニアの起工式は村人にも知らされず
慌ただしく行われたと言う。工事が始まると長閑な日常が一変する、静寂な谷間に
発破が響き渡り、隧道が穿たれ、残土運びのダンプが行き交うようになる。
人々が愛でていた桜の木は伐採され、また400年余を経たブナもあっさりと
伐られてしまう。大鹿村は、土木戦場になった。豊かな自然と滴り落ちる黄金の時間、
これらを機械がすべてをぶち壊していく。近代なるもののむごたらしさを映画を観て思った。<
>大鹿村の人々の願いは確かに小さい、激高や激怒はしない。しかし、自然を、
時間を破壊するリニアには強い憤りを持っている。ここから浮かんでくるのは
芥川竜之介の『羅生門』で語られる下人の心理だ、
「どうにもならないことを、どうにかしようとして」いるという表現がある。
人間心理の綾だ、どうにかしようとしているがどうにもならない。
これはリニアに反対している人の多くが感じていることだ。
その微妙な機微をタイトルは伝えている。遠慮深い表現だと言える。<
>しかし、JR東海強引だ、各地で説明会を開く、どこでも疑問が噴出する。
しかし、その後にメディアには「住民の理解を得られた」と説明する。
ルーティン化された彼らの強弁法である。民主主義を初手から否定している、
これを国家が後押ししているからたちが悪い。<