15/01/15 23:54:13.87 p7fxSDqq0.net
>>424
私鉄が貫通路の設計を変えるきっかけには、
一定の傾向を感じる
最初が全金属化を経ての初期高性能車
手摺のみ幌なし貫通スタイルの会社では、
まず小田急2200形が2両固定のままで例外的な非貫通車
すぐに元のスタイルになって、5200形まで継続
名鉄も5000系は流線非貫通になるが、
2両単位の5200では逆に幌貫通型を初採用
以後は、パノラマ前頭以外の7700、7300、6000はAL車スタイルに戻る
小田急は後に8000で非常口に移行、名鉄は非貫通に移行
偶然かも知れないが、地上線にA-A基準(相当)が波及していた
全金属化でもA-A基準でも、一時は不燃を謳ったけど、
後に有毒ガスは出るとか、さらにアップデートされてる
避難の観点が見直されるのには影響してるかも