15/08/20 22:28:19.19 SJbbXHHY0.net
>>223
日本は当時としては民主主義的な手続きで戦争を選択して戦争に突入した
その時の選挙では議会の討論で軍人宰相に「腹を切れ」と啖呵を切った議員を選挙で落選させている
戦争を始めたのは国民の手続きとしての総意なので、天皇は国民の決定を変更できない
天皇が介入した瞬間に民主主義が終わるから
1945年8月15日の玉音放送も、天皇から日本人にのみにたいするお願いであり、それで戦争終結が決まったわけではない
もしこのときに戦争が終了していたのなら、日本は民主主義ではなかったことになる
実際の手続きは、その放送を受けて、大本営が9月2日に「停戦」協定を結び、講和の調停が1951年でその講和が発効したのが1952年
つまり、日本は1951年までは戦争状態であり、東京裁判での殺人が正当化されるのもそれが戦争行為だから
でも日本人は、1945年~1951年の戦争で死んだ人間の存在を認めず、戦前日本の民主主義も否定した