【共産趣味】マル共連2軍【総合スレ】at KYOUSAN
【共産趣味】マル共連2軍【総合スレ】 - 暇つぶし2ch1:ありすがわ
15/06/18 21:55:08.28 .net
万国の共産趣味者団結せよ!
マル共連の革命的再建を勝ちとれ!
共産趣味とは
URLリンク(ja.wikipedia.org)
第2次マル共連の革命的管理人カタロニアオレンジさん、すえいどんさんをはじめとする偉大な共産趣味者の皆様のご了承を得ずに「マル共連」を名乗るのも僭越なので、「マル共連2軍」としました。

2:ありすがわ
15/06/18 22:06:03.63 .net
第1次マル共連
「マルチメディア共産趣味者連合」
スレリンク(kyousan板)l50
新左翼系統図
URLリンク(www.hi-net.zaq.ne.jp)

3:ありすがわ
15/06/18 22:10:38.22 .net
訂正
「マルチメディア共産趣味者連合」
URLリンク(web.archive.org)

4:ありすがわ
15/06/18 22:34:44.83 .net
第2次マル共連
「マル共連BBS再建協議委員会(準)」
以下mixiの「燻製クラウン」からの引用です。
マル共連に関して
2015年06月09日13:56
全体に公開みんなの日記7 view
 マル共連が止まっていると思ったら、次のような告知がBBSサービスの方に掲示されていた。
 ようするに、atbbsというサービスが突然終了して、中身の取り出しも、移動もできないということらしい。
 以下、掲示板の告知(Googleのキャッシュに残っていたもの)
「いつもご利用いただきありがとうございます。
誠に勝手ではございますが、
本サービス「@BBS」は2015年5月31日をもちまして、サービス終了させていただきます。
時間: 2015/5/31(日)
対象: @BBS全てのサービス
サービスをご利用中の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
サービス終了に伴い、2015年5月31日以降、本サービスに一切アクセスすることができなくなります。
長きにわたりご愛顧いただき、ありがとうございました。 」
ということのようだ。
URLリンク(mixi.jp)

5:革命的名無しさん
15/06/18 22:38:03.40 .net
婦人雑誌 ルビー
URLリンク(www.youtube.com)
URLリンク(www.youtube.com)
キン○ンコだよ
URLリンク(www.youtube.com)

6:ほとけ徳利
15/06/18 23:35:42.51 .net
悪魔の第3次マル共連めざして邁進しよう。

7:ほとけ徳利
15/06/18 23:45:07.55 .net
>1
スレ立て乙!
マル共連の革命的伝統を継承し、ここではコテハンの使用を
義務付けてはいかがですか?

8:革命的名無しさん
15/06/29 20:08:07.89 .net
観察対象に一歩先んじて、趣味者業界自体が急速に消滅しつつあるな

9:革命的名無しさん
15/07/19 06:34:51.28 .net
革女萌とかまだ続けているのかな
あれも趣味者の一部だろ

10:すえいどん
15/08/20 14:08:03.75 .net
このようなスレッドができているのを知りませんでした。2チャンネルの軒先を借りるのも一興かもしれません。参加させていただきますので、今後ともよろしくお願いします。

11:すえいどん
15/08/21 09:22:07.92 .net
水谷・岸「革共同政治局の敗北」は売れているようですが、議論するには重すぎるのか、あまり話題となりません。今の現役にとっては、昔革マルと戦争をしていたというような話は、昔日本とアメリカが戦争していたという話くらい遠いものであるのかも・・・。
1970年から45年を経過していますが、70年から45年さかのぼると普通選挙法・治安維持法公布の年です。33年さかのぼってようやく大東亜戦争(いわゆるシナ事変)

12:革命的名無しさん
15/08/21 14:55:19.95 .net
カルト趣味、自分で気持ち悪くない?
吐き気しない?
通行人の唾だらけやんか

13:すえいどん
15/08/21 16:00:06.85 .net
雨宿りでも、軒先を選べということでしょうか。
大昔から、こうではあったわけですが・・・・

14:革命的名無しさん
15/08/23 11:04:37.31 .net
すえいどんがんばれー

15:すえいどん
15/08/24 10:13:37.08 .net
大石進「私記白鳥事件」日本評論社2014年11月刊を遅ればせながら読みました。
白鳥事件についてはいろいろ出ていますが、まことに納得できる内容でお勧めです。
同書33頁、著者が「中核自衛隊に所属した早々、地区委員会から派遣されている指導者から
『俺がだれだれを殺せとと命じたら,おまえは実行できるか』と確認された。指導者の脳裏には
おそらく白鳥事件があったのであろう。私はためらいののちに『はい』と答えた。ためらいを振
り捨てたのは、みずからの命を賭すことによる償いの思いに後�


16:氓オされてのことだった。軍隊と は殺人を目的とする組織であるから、私自身が白鳥警部殺害の実行犯であってもおかしくはなか った。殺人は、個人に対するテロるではなく、戦場における狙撃兵の役割のようなものだと思っ て自らを納得させてもいた。」 こうした50年代の経験の継承がないままに70年代の内ゲバと爆弾の時代に突入してしまった ことが惜しまれます。



17:すえいどん
15/08/25 12:35:54.05 .net
人を殺してもいいというレベルについては、レッド・アーカイヴズ刊行会編集「奥浩平青春の墓標」(社会評論社2016年6月刊)376頁以下川口顕の回想。
「厳密に言って、革共同は戦争行為として、つまり人を殺してもいいってレベルでスタートするのは、74年に農林年金会館で弁護団と被告団が全員襲撃を事件があって、あの時に井上正治と浅田光輝が重傷という状態で・・・・。
あれをきっかけにして、もう革マル派が鉄パイプとして組織して、非武装の弁護団を襲撃するところまできたということで、相当の腹は本多さんの中で固まったと思う。それから1年後、75年に逆にやられちゃうんだけれど、
その体制を取るのに1年という時間では短かったのではないかと、
もっと「前進」でバンバン煽っていた時代に、煽った分だけ戦争的体制は強まっていなければいけなかったわけだけれども、立ち遅れたんじゃないかという気がするよね。「ゲバルト」という言葉にふさわしいのは74年以降だと、僕の中で整理されている。」
「政治局の敗北」238頁「清水丈夫は・・陶山が倒れた後、非公然軍事部門の責任を引き継いでいた。だが、この部門ではほとんど指導性を示すことができないでいた。・・・・・政治・軍事・組織の実践面では必ずしも主導的な位置にいなかった」
主導的ポジションに人不在なら、前記川口回想も納得できます。

18:革命的名無しさん
15/08/25 19:03:11.63 .net
116 :「警察呼んでくださーい!」と喚くストーカー中塚孝:2015/08/06(木) 16:47:17.83 こいつの声、話し方を聞いたら、すぐにスパイ(警察権力に売るために挑発目的でストーカーしている)だと分かります。
緑の党ではない市民・労働運動の方も厳重に警戒です!
『緑の党』暴力大全 Season 1
URLリンク(www.youtube.com)

『緑の党』暴力大全 Season 2 予告編
URLリンク(www.youtube.com)

19:すえいどん
15/08/26 10:54:32.07 .net
前掲立ち遅れに関する、元編集局員氏の総括。以下、「狂おしく・・」から
「対革マル戦が開始(宣戦布告)されたのに対応が定まらない。対革マル戦を「戦略的無準備性」の中で迎えた原因は5年間の「決戦主義」と「ボリシェヴィキ化」ではなかったか。
しかも、反スタの正統争いに執着する。無内容なファシスト規定。革マルとは、黒田哲学と反スタの反動的固定化、激動期に激動を憎悪する神学的集団、革マル反革命だ。
ミニスターリニスト集団でもよかった。「ファシスト」規定は、混乱の元凶、ファシスト」と決めつけながら、そのエセ共産主義性を暴露しようとする『前進』を前に、
多くの成員は立ち往生。」「本多書記長は何年もやるつもりはなかったという指摘もあるが、そうだったのだろう。武装自衛の「防御」が73年9・21までの2年弱、
「対峙」も、早稲田解放闘争後から約1年。「総反攻」で早急に決着をつけて(革マルが個人テロを止めるとこまで追い込んで)、収拾できるという考えではなかったか
と思われる。ところが、その当人が75年に殺される。」「中核派はこの戦争に、「戦略的無準備」の中で突入した。無準備性の中には、この生と死の問題がある。とすれば、
その無準備さをはっきり見据え、それを埋める過程として「戦争をもって戦争を養う」べきではなかったろうか。「生と死」の問題の重さに向い合うために、戦術もまた本当の
意味で、組み立てられるべきではなかったか。目的意識的な、政治を欠落した「殺し」をもって党の体質を変える事が出来る、という軍事万能論的発想こそ、自壊を生み、
不利を招いたのではないか。この点での「上からの先制的な党内闘争」こそ、今改めて断罪されるべきではないか?浮上した同志、長期下獄した同志―その多くが党に見切り
をつけ、あるいは「反党分子」として除名された。この事実、そして「反党分子」には、治療費も「軍人恩給」も出さぬ態度、これが「戦争党派」なのか?それとも、こういう立て方
がそもそもおかしいのか?

20:すえいどん
15/08/26 17:44:48.79 .net
前掲、もと編集局員氏の「狂おしく・・」よりの引用続き
解放戦争としての総括軸対革マル戦を「解放戦争」として総括しようとする時、多くの壁が立ちはだかる。
第4インターへのテロを頂点とした、力による他党派・無党派への圧迫、これは釈明できない。
次に「生と死」の問題。「完全せん滅」(殺人)の重さ、その目的意識的追及―その事実から目を背けることは出来ない。
70年の海老原事件は、意図せざるものだったが、革マルの好戦世論を引き寄せた。中核派の中に、「内ゲバ主義」への嫌悪と動揺が広がる。
もちろん、辻・正田同志の虐殺や、本多さんの虐殺への怒りをもって、この事件を相殺する事は根本的な詰まりだ、今、私はそう思う。
「生と死」、人のあらゆる可能性の全抹殺という事の前に私たちはたじろぐ。私はこの意味を「戦争をもって戦争を養う」という視点から解明
してみたい。革マルの死の問題は措こう。問題は中核派側の対応にある。中核派は、「殺す意図は海老原事件では無かった」とのみ声明した。
沖縄の比嘉事件では、最後まで誤爆の死であることを認めなかった。私は思う。除名を含む処分、軍法に則り、処分は厳正でなければならない。
弾圧・長期投獄によって代替する事も許されない。軍の規律・モラルなしに解放戦争はあり得ない。もちろん、「一部の未熟分子」への責任転嫁
も許されない。その責任を、党自らのものとして、共に荷うべきなのだ。指導の重心・組織・財政その全てで、苦しみを共有するべきだ。
「謝罪と賠償」は不可欠だった。障壁になったのは「革マルに謝罪するのか?」、「軍がもたない」だったろうか。救対は、その重みを荷うに足る
ものだったろうか?指導は共有したろうか?この問題を避けた結果、恐るべき「モラルの崩壊」が起こってしまった。精神が萎縮する。
「負け戦の中でそんなの空論」だろうか?では問おう。いつなら出来たのか?いつやったのか?誤爆事件への唯一つの自己批判があった。
74年、在日女性への襲撃、この時は『前進』紙上でも明快に自己批判し謝罪した。

21:すえいどん
15/08/27 19:17:50.33 .net
URLリンク(sawayama.cocolog-nifty.com)
この「3・14Ⅱ」事件より30数年前、一つの反革命行為があ
った。かつて塩川と与田は共同して、澤山に対して反革命暴力(殺人未遂事件)を起こした張本人にであった。澤山を血の海に沈めて、狭山闘争を敗北に導き、革命的な部落解放の大衆運動を壊滅させた犯罪人
そのものだった。瀕死の重傷を負わせる澤山襲撃について彼らは刑事罰はもとより、階級的な非難も制裁
も受けずにきた。澤山が沈黙を守ったからである。かつて収監されていた松山刑務所に京都地検の公安担
当検事が数日にわたって澤山の尋問にやってきた。そのとき検事が証拠として手にして澤山に示したの
は塩川の筆跡の澤山襲撃の作戦メモであった。もちろん澤山は完全黙秘を通したので澤山襲撃事件では誰も
有罪者は出なかったはずだ。だが、その襲撃の反革命性を忘れてはおるまい。澤山は自分の書いた前進論 
文とそれと根本的に相違する秋口論文(部落問題解消主義に通ずる理論)に対して異を唱えただけであって
革共同に対して何一つ敵対した行動はとっていなかった。戦闘的な部落解放運動の発展は革共同にとって
貢献するものであって何らの障害になるものでもなかった。
澤山が暴力に封殺されずに闘い続けていたら今頃は全国の解放同盟を牛耳って差別糾弾、
反戦・反原発闘争の一大拠点とし、日本プロレタリア革命の砦として解放運動を位置付けていただろう。
私の野望は、革共同の一員の任務として、全国の部落大衆を革命陣営に引き込み、荊冠旗を首相官邸に突入、
一番乗りさせることであって、革共同の党の幹部になることではなかった。  
おそらく塩川は、私が革共同関西地方委員会を統率する地位についたり、中央政治局入りすることになるや
もしれないことに我慢ならなかったのであろう。塩川にとってはそのようなことが最大の関心事であったか
もしれないが、私には党務のようなことは迷惑な負担であり、大衆闘争の発展とその中で首都に向かってへ
んぽんと翻る荊冠旗を見ること以上の野望はなかったのである。

22:すえいどん
15/09/01 12:05:48.26 .net
重信房子はなぜ中核派が嫌いになったか
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
「革共同政治局の敗北1975~2014―あるいは中核派の崩壊」(水谷保孝・岸宏一著・白順社刊)を読み
ました。読んだ直後、思わず「うーん」とうなってしまいました。様々な意味からです。・・・・
まず、私が中核派に「悪感情」を感じてしまったのは、その「暴力性」です。66年明大学費闘争における
「2・2協定」(2・2協定とは、66年1月30日の徹夜団交に機動隊が導入された後、事態の収拾のため当時
再建全学連初代委員長になって間もない斉藤克彦さんら、明大ブント指導部が、学生らに図らず、2月2日理事
会側と闘争妥結の協定書を交わした。)の不当に怒り、明大学館に中核派集団が連日乗り込んで、学生会室にいる
ブント系学生たちをリンチし、自己批判書を書かせ、自治会備品を壊し、スプレーで落書きするという行為を
くり返したことです。当時、明大二部政経自治会に数人の中核派もいたし、ML派も学館に沢山いましたが、
暴力をくり返すのは外部からの中核派だけでした。当時、無党派の私は、もちろん「2・2協定」反対でした
が、中核派の暴力に止めに入ったり、騒いで批判したら、殴られそうだった。MLの畠山さんが「中核派は斉藤
を追い出し、秋山を委員長にすえるためにゲバルトをかけているんだ」と言っていたが、ブントに自己批判させ、
中核派委員長にするための戦術だったと私も思いました。「暴力で物事を決着つけようとする中核派」が以来
嫌いになったものです。逆に殴られても「自分たちにも責任があるから」と自治会室に残り、黙々とスプレーを
消していた学生たちに同情し、誘われて明大社学同再建に関わったことから、私の党派としての活動が始まったのでした。

23:革命的名無しさん
15/09/01 12:13:04.59 .net
んよし

24:革命的名無しさん
15/09/02 20:50:32.43 F/+eWeDBo
革命的左翼各派はSEALDsをどう評してるんでしょうかね?

25:すえいどん
15/09/04 12:28:48.09 .net
解放2383号。革マル派も水谷・岸スパイ規定ですか。革マル派を「テロ・
リンチの左翼過激派」ででもあるかのようにデッチあげ誹謗するためのキャ
ンペーン本とはとても思えないですが・・・・
なおホームページの走狗一層欄が放置されているのは残念
>権力のどす黒い意図を代弁したスパイ水谷・岸の雑文
 国家権力による走狗残党=廃物の新たな利用を粉砕せよ!
 一冊の書籍が、侵略戦争法案を安倍政権が閣議決定する直前の五月十二日
に発刊された。国家権力の走狗集団ブクロ=中核派から二〇〇六年に脱落した
スパイ水谷保孝・岸宏一。この正真正銘のスパイ分子が執筆した『革共同政治
局の敗北1975~2014 あるいは中核派の崩壊』(以下『中核派の崩壊
』と略記)という名の雑文集である。これは中核派残党=中野一派の内情を暴
露し・批判している本であるかのような装いをとってはいる。だが実のところ
は、安倍ネオ・ファシスト政権の前に断固として仁王立ちになって、反戦反安
保・改憲阻止闘争を労学両戦線から組織しているわが革共同革マル派を「テロ
・リンチの左翼過激派」ででもあるかのようにデッチあげ誹謗するためのキャ
ンペーン本にほかならない。安倍政権=国家権力は、わが革マル派を先頭とす
る革命的左翼の破壊を狙って、スパイ分子=水谷・岸に資金を与え、この本を
出版させたのである。
・・・・・
>そうであるがゆえに国家権力は、わが革命的左翼を破壊するために、ブクロ派
残党組織から逃亡したスパイ水谷・岸の利用に踏みだしたのである。われわれ
はこうした現段階の国家権力のどす黒いたくらみを断固として暴露する。一九
七四年六月いこう権力内謀略グループの革命的労働者・学生にたいする謀略殺
人襲撃を追認してきたブクロ派の残党=中野一派とそこからの脱落者どもの真
正スパイとしての本性を徹底的に暴きだし、脱落者もろともに走狗集団の残骸
を一掃しつくすのでなければならない。

26:革命的名無しさん
15/09/07 15:52:08.44 .net
さすが、自民党の番犬あるね。
URLリンク(www.asahi.com)

27:すえいどん
15/09/07 16:53:06.39 .net
そして誰もいなくなった。
何でもとりあえず保存すべきか。
URLリンク(open.mixi.jp)
>今井公雄氏のHP
再建マル共連の間抜けな消滅と相前後して、元中核派幹部で作家の今井公雄氏のHPも、いきなり
見えなくなってしまった。 何があったんだろう?。 氏の興味深い革共同やその人物の分析や、
これをモチーフにした小説は、たぶんPCのどっかに保存しているかとは思うけど、いきなり見え
なくなるのは困る。

同感です。

28:革命的名無しさん
15/09/08 20:33:41.25 .net
完全AI化までの移行期間 (NEW)
・AIが雇用を減らす中で解雇できない国家は没落、解雇できる国家は変化に対応
・AIを持つ企業が医療・情報通信・流通・サービス・製造業で大きく成長し、既存の大企業を価格競争で脅かす
・解雇ができる国家に所属する企業はAI化による価格競争で生き残れる
・解雇ができない国家に所属する企業はAI化、自動化によって大量の無産労働者を抱えて価格競争に負けて破産する
過去
・日本の繊維業界が中国の低賃金労働に負けて壊滅
・産業革命により欧米以外が貧困化(イギリスによるインドや植民地への繊維品輸出はその一例)
現在
・本屋・出版業界がAmazonに飲み込まれる 、レコード業界がAppleに飲み込まれる
雇用10%消失 (10年以内)
・タクシー企業が次々と破綻 、ヤマト・佐川・日通等が破綻(自動運転、配送の無人化・自動化による)
・NEC、富士通、SIerが破綻(開発の自動化・AI化による)
・製造業や小売り労働者がAIにおき変わる(ロボットやAIによる無人化による)
・解雇できないため正社員での新規雇用は停止され、全て非正規雇用となる(自然権+自然法の思想が広まる)
・倒産した企業のメインバンク・都市銀行が不良債権で取り付け騒ぎをおこす。さらに多くの業界で企業年金の支払いが止まる。
雇用30%消失 (20年以内)
・医師・看護師・介護士・薬剤師が廃業 (AIや介護ロボットによる)
・大量の従業員を抱えるトヨタや日産、ホンダが破産 (工場の無人化による)
・格差に堪え兼ねた最下層の貧困層(を親族に持つ現役・退役自衛官)によるテロやクーデーターが発生
雇用50%消失 (30年以内)
・想像するのも恐ろしいが日本の大企業の大半が破産して貧困国に転落。生活保護等の財源もなく餓死者や凶悪犯罪やクーデーターが頻繁に発生。
雇用90%消失(40年以内)
・豊かさを維持した国家(解雇ができる国家)は、ベーシックインカムなどで繁栄、貧困国は豊かな国から借金をして隷属し、国家体制が破綻する。(Paul MasonのPostCapitalism、タイラー・コーエンの大格差など)

29:革命的名無しさん
15/09/09 20:15:34.31 .net
元々、おかしなヤツ ( 毛派シンパで極右シンパ ) だったが、
ますます トンデモ、ざっくりネトウヨおっさん になってんのね ↓
URLリンク(twitter.com)

30:すえいどん
15/09/10 16:23:02.23 .net
「革共同政治局の敗北」を、革マル派を「テロ・リンチの左翼過激派」でで
もあるかのようにデッチあげ誹謗するためのキャンペーン本というのはどこ
についての評価なのでしょうか。しいて言えば本多虐殺事件が生々しい描写
で、かつ236頁には虐殺計画参加者として黒田、松崎、根本仁、鈴木啓一
、池上洋司、白井健一、木下宏、藤原隆義の固有名詞が出てきます。しかし
ながら、2010年の刑訴法改正で「人を死亡させた罪」のうち,法定刑の
上限が死刑である犯罪(例:殺人罪)は公訴時効の25年が廃止されたとは
いえ、この改正は2010年4月27日から施行されて、その施行の際公訴時効
が完成していないのであれば,改正後の公訴時効に関する規定が適用される
けれども、残念ながら本多事件は2000年に時効完成しているので、みな
さん逃げ切っているわけです。

31:革命的名無しさん
15/09/18 23:05:29.87 s6aNPkXhY
今井公雄のホームページが読めないとのこと。
理由は、プロバイダーを変更したとのことにともないホームページアドレスも変わったことが原因。新アドレスは
URLリンク(www.asahi-net.or.jp)

32:すえいどん
15/09/20 17:09:52.67 .net
本多著作選で、73年当時の革マル派の政治局メンバーをどう見ていたか、
以下引用「アミダならぬクロダのうすぎたない権威を利用してペテン師的な才
覚で念仏場を機能主義的にとりしきっていた朝倉(池上)は、すでにその場に
はいなかった。わがアサ知恵氏はわれわれの革命的報復戦によって、政治的に
も肉体的にも撃沈されてしまっていた。また旧戦旗派出身のためにクロダ様の
信任をえられず、その負担をとりのぞくためにカクマル危機の政治的のりきり
の手段としてボロボロになってはたらいてきた土門(根本)は、九・一五の清水
・金築のせん滅についての評価をめぐつて、「非戦闘員の死」といった「許し
がたい反階級的態度」をとった責任をとわれている消耗のさなかに撃沈され、
その政治的死を決定されてしまっていた。わがノリキリ氏は、いまや没落の極
にたっし、大衆のまえにそのぶざまな顔をさらすことすらできなくなってしま
っているのである。〔なお、わが反革命分子どもは、朝倉撃沈についてこれを
内部では「ペーパー問題」とよんでいる。吹けばとぶような男の話、というわ
けである。〕 一方、わが卑劣漢黒田は、われわれの革命的報復戦がおそろし
くて、みずから召集した信徒たちのあつまりにもでてこれない。十二・四反革
命以来、反革命分子どもの政治集会や学習集会にも出席できず、録音テープで
その醜態をとりつくろってきたかれは、いまや最高の組織会議にも顔をだすこ
とができなくなるまで恐怖にとりつかれてしまい、みずからをみずからの手で
「彼岸」(あの世)におくつてしまったのである。 さて、問題の拡大POBであ
るが、もはやそこでは信仰についての僧侶たち(アミダの代理人?)の秩序は
くずれさっていた。(朝倉、土門は出てこれない)山代〔白井〕や西条〔木下〕
や梅津〔つつみ〕ではあまりにもお粗末である。」
「政治局の敗北」では本多殺害計画のメンバーから梅津〔つつみ〕はのぞかれ
ており、前出の水谷・つつみの停戦交渉説と合わせ示唆的とみてよいのかどうか

33:革命的名無しさん
15/09/20 22:05:10.15 .net
そして、すれいどんぶりだけが、残っちゃったね。

34:すえいどん
15/09/21 17:14:04.22 .net
消えてしまったマル共連への前出だったので、再録します。
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
小西検証内ゲバ[付記 本稿の脱稿直後、社会批評社から『公安調査庁スパイ
工作集―公調調査官・樋口憲一郎の工作日誌』という本が刊行された。同書は
、作家宮崎学氏、元都学連委員長で弁護士である三島浩司氏が、公調のスパイ
であるという衝撃的事実を全文、実名入りで公表している。そして、同書の中
には、この三島氏の「情報提供」としてこういう記述がある(第一部二〇頁)
「今の革共同の中心人物の水谷とも今年会ったが(早大のよしみ)、堂々と
していてすごく大きな人間になった。『八・一路線』の推進者と言っていた。
陶山と共に対革マル戦を収めるべく革マル派実力者塘(書記長)と話しあった
という。」

35:革命的名無しさん
15/09/21 22:46:56.85 .net
>>31
> 以下引用「アミダならぬクロダのうすぎたない権威を利用してペテン師的な才
> 覚で念仏場を機能主義的にとりしきっていた朝倉(池上)は、すでにその場に
> はいなかった。わがアサ知恵氏はわれわれの革命的報復戦によって、政治的に
> も肉体的にも撃沈されてしまっていた。
> その政治的死を決定されてしまっていた。わがノリキリ氏は、いまや没落の極
> にたっし、大衆のまえにそのぶざまな顔をさらすことすらできなくなってしま
> っているのである。
これって本多書記長が書いた文章?
革マル文体全開バリバリだけど?

36:すえいどん
15/09/22 11:44:25.07 .net
URLリンク(kakukyodo.jp)
残念ながら本多著作選第3巻
吉川文書にみるカクマルの惨状
(3)吉川撃沈の直前、九州カクマル組織は崩壊的危機に見舞われていた
やりあっていると、影響を受けてしまうという子でしょうか。

37:すえいどん
15/09/22 11:58:45.55 .net
補足、ある活動家の回憶より
>**派の指導部の中に未だにクロカンを払拭しきれていない者がいる
ことを知ったのはおれもそういう立場の連中と少しは直接話できるよ
うになってからのことであり、唖然としたものだ。今だから言えるけ
れど、**派のセンソーのやり方はどんどん□○に似てきたのである。
現場の兵隊はとっくに気付いていたのだ。シドウブの感覚の方が麻痺し
ていたのだ。「他党派を一掃し指導権を握る」、□○の他党派解体論と
あまり変わらない一歩まちがえばおっかない路線だ。なぜならこの思想
は外部だけではない。内部にも適用されうるのだから。ただ**派は、そ
の後、戦闘的な闘争を展開した。だからこそおれも違和感を持ちながら
も、多少はしょうがない、と思ってやってきた。シドウブが「ぎりぎり
のおっかない路線だぞ」という意識をしっかりもってやればそんなにま
ちがわないとも思っていた。でも違うのだ。カクキョウドーのシドウブ
のなかに、そうではなくて肯定してやっているものがいたのだ。クロカ
ン組織論の盲目的実践者が。(カクキョウドーのシドウブ内にもクロカ
ンを批判しきれていない人間がいたというのはおれには驚きであった。

38:革命的名無しさん
15/09/22 12:00:43.92 .net
まるくす/れーにん譲りでしょう。スターリンはそのような下品な言葉は使わない

39:元古参
15/09/25 11:51:12.96 .net
すえいどんさん、こんなところにいたんですね。
>>36
昔の話しではない。今では「□○以上に徹底的な組織現実論を」と
開き直る指導部までいるしまつですよ

40:革命的名無しさん
15/09/26 00:17:41.34 .net
カタロニアオレンジ「マル共連」一派の残党が落ち延びているスレはここですか?

41:すえいどん
15/09/27 12:06:10.09 .net
本人、雨宿りのつもりでも、平家の落人のように見えるわけですね。
やむを得ないところか。

42:革命的名無しさん
15/09/28 14:36:15.07 .net
そう言うのを対の住処と言うんじゃないの?

43:革命的名無しさん
15/09/29 19:51:14.26 XWugV6QQF
なんじゃこりゃ~?!

>男性監禁、屋上から転落させる…中核派2人逮捕
URLリンク(www.yomiuri.co.jp)

44:すえいどん
15/09/30 14:47:18.64 .net
「終の棲家」ですね。
人間至る処に青山あり
青山は墓地の趣旨です。念のため。

45:すえいどん
15/09/30 18:33:04.86 .net
「前進社」監禁致傷容疑で4人逮捕
「被害者」は福島大、加害者は「東北大」という構図
 

46:革命的名無しさん
15/09/30 19:33:29.46 .net
元帝国大学が地方大を叩いてるんでか!?

47:革命的名無しさん
15/09/30 21:46:45.12 rZrNe4UVu
そういえば、「前進」の全学連大会の報告記事に、福島大学の名前が出てこなかったな。そういうことだったのか。

48:革命的名無しさん
15/10/01 07:32:41.15 .net
「被害者」は福島大学の人気者、樋口君だそうです。
それにしても、中核は上から下まで「スパイ」だらけなんですな~!

49:革命的名無しさん
15/10/01 12:55:09.21 .net
しかしね、スパイ摘発は勝利だ。弾圧を引き出したのは更なる大勝利だ。

50:すえいどん
15/10/01 18:16:09.41 .net
その昔不二家は中核派の労働者拠点でした。
45年前くらいの女子工員の方々についての思い出ですね。
泣かせる話です。
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
ペコちゃんが泣いている
 不二家食品の品質管理のずさんさが、ぼろぼろ出てきた。店頭から商品は
締めだされ、埼玉工場は操業停止に。私は今、親しかった不二家の女子工員
(当時の表現)たちを思い浮かべている。彼女たちは今、この事態にどう直
面しているのだろうか?どんな想いでいるのだろうか?当時、彼女たちは、
零下十数度の冷凍室で作業していた。硬く凍ったチョコレートを枠から叩き
落すという、地味で、根気のいる作業だった腱鞘炎に悩まされながら、組合
の青年婦入部の活動を中心に担


51:っていた。彼女たちは、会社の製品に誇りを 持っていた。休みの日には 「欠格品」のかけらの山を抱えてきた。 「おいしいでしよ」という言葉に、私たちは「うまい、うまい」とほおばり 続けた



52:革命的名無しさん
15/10/01 18:27:28.14 .net
ぺこちゃんをぬすむやっちゃん!

53:革命的名無しさん
15/10/01 20:48:27.84 xjDc/AkqP
>>23

偉大で尊大な革命党、中核派はSEALDs をののしっていますね。そのうちゲバに走るんでしょうかね?
URLリンク(www.zenshin.org)

54:革命的名無しさん
15/10/03 15:12:15.81 .net
↑やっちゃんってカルト創価のバカ息子!

55:すえいどん
15/10/05 16:09:50.93 .net
やはり脇が甘いといわれるんでしょうね。
URLリンク(www.zengakuren.jp)
/2015/10/1d26b60c719b235d8b696f3e1c8c341d.pdf
「被害者」とされる元福島大生・樋口正太郎は約3
年にわたって私たち全学連にスパイとして潜り込み、そ
の情報を公安警察に売り渡して数十万~百万円規模の金
銭を受け取り、酒食・享楽に換えていた男です。そのこ
とが発覚し、追及されて逃走、そして前進社から落下し
て怪我を負ったことが今回「犯罪」とされているのです。
3・11原発事故以降、多くの人々が「もうだまされ
ない」「生きさせろ」と立ち上がっていく中、樋口は自
らの欲望のために他人をだまし、売り渡していたのであ
り、一個の人間として最低の行為です。しかも上述した
ように、スパイ行為が発覚し、追放されたにもかかわら
ず、そのことを開き直り、公安警察と一体となって今回
の弾圧に「被害者」として加担しているのです。
しかしながらもちろん、もっとも許せないのは公安警
察です。カネ・モノで人間を堕落させ、自らの先兵とし
て利用する。札束でほっぺたをひっぱたいて言うことを
聞かせる手法との対決は、あらゆる社会運動が立ち向か
わざるをえない闘いです。

56:すえいどん
15/10/05 17:16:01.93 .net
革マル派の専従ですね。たしか覗きで失脚したと・・・・・
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
大藪龍介さん(58年九大入学。68年まで中核派の専従)

57:すえいどん
15/10/06 18:36:58.96 .net
赤松英一さん。立派ですね。
URLリンク(www7.plala.or.jp)
この過程の僕の意識は、感性的には、党派至上主義—党派間戦争路線を嫌悪
・反発しながら、しかし運動=組織をやめることは許されない、やる以上は
先頭に立つ、というものだった。「許されない」というのは、現実に組織の
指導部やメンバーが許してくれないということであるとともに、自分の影響
下で運動に参加し、自分の指導=責任のもとで、国家権力や他党派との闘い
に決起して死んでいった同志達に対して許されない、という倫理観が大きか
った。


 

58:革命的名無しさん
15/10/07 12:22:43.60 .net
元少年Aとされる人物が、ホームページを開設したらしい。
とりあえず、このHPが運営されるようになった経緯だな。
どう考えたら良いか?
URLリンク(www.sonzainotaerarenaitomeisa.biz)
少年Aは、権力の謀略で陥れられ続けているみたいだけど。
須磨のタンク山まで、
はるばる東京の大学から、
学生団体の研修チーム派遣して、冤罪の『実況見分』をした。

ちなみに、捜査線上に、一時浮上していた、40代の中年男はどうなった?

59:すえいどん
15/10/07 20:09:35.71 .net
ウィキによれば
>新左翼の評判を貶めている内ゲバやテロの類は、全て国家権力による陰謀
とする一種の「陰謀論」である。かつてはO157の感染や神戸連続児童殺傷
事件についても国家権力の陰謀としていたが、最近ではこの手の荒唐無稽
な陰謀論は機関紙上姿を見せていない。
この理論は、1974年7月29日の革マル派機関紙「解放」で初めて唱えられた。
彼らの主張では、「我々は敵対党派(中核派や社青同解放派など)に対する
闘争に勝利したが、国家権力は敵対党派の指導部にスパイを潜入させて操り
、内ゲバを装った謀略を仕掛けている」というものである。例えば、内ゲバ
等の「事件」が発生した場合、革マル派は独自に聞き込みなどの調査を行い、
事件の全容を分析する。この過程を通じて不審な点を幾つか探し出し、それを
国家権力の陰謀と宣伝するのである。革マル派にとって「真の左翼」とは革マ
ル派以外にはあり得ず、したがって「権力からの弾圧」も革マル派に対するそ
れ以外にはあり得ない(中核派・解放派など他の敵対する諸派に対する警察権
力の弾圧は「弾圧」ではなく「謀略機関による回収」と表現される)。そうす
ることによって「権力からの弾圧を受けている者こそが真の左翼である」とい
う、いささか自家撞着的論理をアピールし、革マル派に対する大衆的共感を得
ようとしているのである。

60:革命的名無しさん
15/10/08 06:57:54.63 .net
時代も変わるか?

61:すえいどん
15/10/09 16:13:38.14 .net
なかなかうがった考察です。
URLリンク(pandorastoreuk.com)
ひとつは革マル派の諜報部隊であるinfについて。整理すると、革マル派が
神戸事件に過剰に反応したのはなぜかということが気になったからだった。
「透明な自分が存在することを証明したくて、小学生を殺害した」という情
けない事件である。これに革マル派が過剰に介入して謀略事件だと言いつの
り、公的機関におしいって調書を盗み出してキャンペーンをやっていた。
この推進グループが革マルinfなのであるが、昨年来の川口事件追及過程で
川口君殺害犯人が調書窃盗に加わっていたことをしっていた。革マルinfとい
う組織が川口殺害実行犯と関係が深いことは分かっていた。
川口事件は大きな事件だが黒田寛一が関係者を丸抱えすることで、事件そのも
のが隠蔽され、かつ革マル派が謀略論に大きく傾いていくのと軌を一にしてい
る。丸抱えについては村上文男の『梯哲学との対決』(こぶし書房)などを見
れば明らかで、村上の党派革マル批判を堂々とやらせているのは黒田のお墨付
きが無いとできない。黒田は謀略論を実体化する上でinfの情報を活用したと
思う。ところが例のDI同志提起で黒田がDIを使ってJR革マルや沖縄革マルを締
め上げようとしたあたりで大単産の反発が強烈になり、返り討ちで黒田が失脚
する。これと革マルinfによる神戸事件キャンペーンの開始が重なる。動機的
に考えれば「透明な撲」という少年が無実であるという設定自体が、党派内部
でお荷物扱いされ透明な存在になっている革マルinfつまり川口君殺害事件実
行犯グループの存在証明的運動であり、それを組織系統で承認させることに彼
らの目的があった。党派革マルもさいごにはうざいと思っていたが、切るに切
れなかったのだが、最終的に資金提供者であるJR革マルの松嵜がinfのアジト
を公安警察に通報する(浦安事件、練馬事件)で一段落する。

62:すえいどん
15/10/10 14:53:23.29 .net
年表的に整理すると、こんな感じでしょうか。
91年 賃プロ抜擢
92年 内部思想闘争(高橋殺害、山里拉致}
93年 松崎派、兵糧攻め
94年 黒田、松崎の暗闘
95年 沖縄問題収束
96年 黒田議長辞任
97年 神戸謀略運動始まる
98年 一連のアジト摘発

63:革命的名無しさん
15/10/11 15:56:17.87 .net
↑次は創価カルト学会「信濃町本部」摘発か?

64:すえいどん
15/10/12 09:57:35.62 .net
前出和平交渉の革マル側担当者塘健夫(つつみたけお)とは何者か
小野田「革命的左翼という擬制」10頁 「60年安保の最中・・本多さんは
同盟員を学生運動指導者と労働運動に入る者の二つに分けていた。学生運動指
導者 二見暁 齋藤清 小野正春 労働運動指導者 長谷川英憲 革マルの堤
革マルに殺された前迫 大手造船に入った田中、都職の今井、全逓の橋本」
この革マルの堤が塘 健夫と思われる。
以下大昔の2ちゃんねるから引用
「塘健夫さん…、
おそらくZの元・現問わず、ほとんどの人はなじみがないだろうな。
最高指導部の一角を占めながらも、ある理由で。
70年初頭、W祭で講演に来たときに、冒頭にこんなことを話していた。
「この演壇に立つと、60年安保直後の早稲田祭のシンポジウムを思い出す。
当時私はその司会を担当していて、労働運動の現場からは動労本部青年部書
記長 の松崎さんに来てもらって、大いに盛り上がったものです。」
ある理由がどんな理由なのかは不明

65:すえいどん
15/10/14 11:20:16.06 .net
政治局の敗北236頁には本多虐殺計画参加者として黒田、松崎、根本仁、
鈴木啓一 、池上洋司、白井健一、木下宏、藤原隆義の固有名詞が出てきます。
しかしながら、塘健夫はない。
以下2ちゃんねるなので真偽不明なれど革マル政治局の名簿。
松崎  明(組織名倉川  篤)
塘  健夫(同  梅津   )
根本  仁(同  土門  肇)
小野田圭介(同  西川 理美)
鈴木 啓一(同  森   茂)
池上 洋司(同  朝倉 文夫)
白井 健一(同  山代 冬樹)
このクラスで謀議に預からないということはありないように思います。

66:すえいどん
15/10/14 16:48:07.81 .net
川口君追悼資料室、更新されたようで
URLリンク(www.asahi-net.or.jp)
川口君事件の記憶(2)
        -桐野夏生『抱く女』

67:すえいどん
15/10/14 17:02:02.55 .net
「遺されたもの」
「労働者階級解放闘争同盟」という1960年代前半に活動していた
新左翼党派とその周辺の紹介
こちらも更新されていますね。
URLリンク(blog.livedoor.jp)
引用は「革共同政治局の敗北」の感想部分

68:すえいどん
15/10/15 09:50:11.75 .net
なかなか面白そうです。
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
「青春の反逆と渇き(in 静岡)」
熱さ、激しさ、危うさ、脆―
革命を夢見た男女の青春群
革共同中核派に結集した労・農・学


69:の若き闘士は生死をかけて国家権力に 立ち向かったが、その夢と希望は…。 竜馬にあこがれた坂本と名乗る女と、「雨が降ろうが槍が降ろうが必ず行く」 といった女と学生は、旗ざおと角材を武器にスクラムを組み、暴力と混迷の 巷を駆け抜ける。     文芸社 1000円+税 【白土注】 著者は16歳で敗戦を迎えたひと。 主人公の中西は著者より6歳ほど若いことになる。 静岡の対カクマル戦の10年近くの実像を、「上の世代の眼」で内部から 描いている。自治労職場の組合活動家としての視点も感じられる。 「中央」や「常任・専従」、あるいは「元学生」と違った地平からの「振 り返り」、総括の領域を感じ入った。 主人公は元社会党系。私より10歳近く年上であえていえば協会派にシン パシーを持つ(向坂系)ともいえる。72年ころに三里塚に参加して、中核 派のメンバーになる。



70:すえいどん
15/10/16 16:08:37.85 .net
いまどき、新しく結集しようなんてやつはおかしいということで、この著者
も疑われなかったのだろうか?
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
夏冬の上納金(中央へのカンパの集中)のために、「カンパ計画書」を出した
時のことだと思う。天田さんから呼び出された。「この多額のカンパをする奴
はどんな奴だ?」報告と議論の末に、「スパイかもしれない」「多分スパイだ
」ということになった。「(テロ合戦が殺し合いにまで発展している)いまど
き、新しく結集しようなんてやつはおかしい。そんな奴はまず疑え」。「摘発
する観点から、話したり(実生活を)逆に質問してみろ」私も忠実に答えた。
誘い水として、非公然活動の話をしてみる。とたんに話に食いついてきて、
いくつもの質問をしてきた。一時金の時期という名目もあり、これまでより桁
を上回るカンパを申し出て、相手も出した。・・・・「やっぱりスパイだ」
「いまどきおかしいと思った」こうして天田さんと私は、「Sだ」と断定した。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
後日談がある。私が編集局に移動してから随分たったあとだ。神奈川のキャッ
プが岩田さんに替ってからだから、多分90年代の初期か?(もしかしたら8
0年代)岩田さんが私を訪ねてきた。「最近Mになったひとが話したことだけ
ど…」上記の「S」がその後、改めて結集し、M(マル青労同)に加盟した(さ
せた)という。私が写真班として顔をさらしているのをみて、改めて当時の話
を申告したのだという。

71:革命的名無しさん
15/10/19 15:19:22.42 .net
「青年を先頭に」という割には、写真を見ると中高年ばかり。
シールズも敵となり、もう青年は新左翼には興味なしか。
URLリンク(www.zenshin-s.org)

72:革命的名無しさん
15/10/19 16:23:26.79 .net
>>59 意味不明、かつデタラメ。

73:革命的名無しさん
15/10/19 16:26:02.93 .net
>>63 革マル派は「政治局」じゃなく「政治組織局」でしょ。

74:すえいどん
15/10/20 22:15:43.64 .net
はるほど「政治組織局」ですね。

75:革命的名無しさん
15/10/21 16:52:44.77 .net
 
  >>1
★☆★ ☆★☆  都構想 「反対派」が提案する、   大阪を元気にする「アイデア」。  ★☆★  ★☆★
              
  ( ;∀;) イイハナシダナー ★                                      
                 φ(.. )               
URLリンク(plus.google.com)  (⊂(・ω・ ) ------☆---- -☆- ----☆-------          

              
URLリンク(plus.google.com)
                             
                      
 URLリンク(twitter.com)                        
          
                
#大阪を変えて行くためのアイデア                                  
URLリンク(twitter.com)

 ナカーマ( ・∀・)人(・∀・ )ナカーマ
URLリンク(www.facebook.com)
   φ(._. )
>>1
 

76:革命的名無しさん
15/10/21 18:35:55.99 .net
もうマル共連を再建・継承する独立掲示板が立つ予定はないのでしょうか

77:革命的名無しさん
15/10/21 18:37:19.91 .net
もうマル共連を再建・継承する独立掲示板が立つ予定はないのでしょうか

78:革命的名無しさん
15/10/22 15:22:26.23 .net
↑創価カルトの火病患者「痴呆症」

79:すえいどん
15/10/25 10:06:19.22 .net
三田誠広の二つの文章の中の僕
②の出典は不詳
URLリンク(www7.plala.or.jp)
①三田誠広の『高校時代』角川文庫
「その三年生は、犬山も、鳳も初対面らしかった。ひどく背の高い、映画ス
ターみたいな顔をした男だった。高岸の口調は、小気味がよかった。高岸は
三年生だ。いったい、二年後自分が三年生になって、こんなにスラスラと論
争ができるようになるだろうかーーそう考えると、真は、ますます自分とい
うものに自信がもてなくなるのだった。
② 「人間の死になにも感じなくなった男」
その手紙類は、橋本憲二がまだ若い活動家の頃に、子供時代の友人で小説家
志望者である三田宛に書いたものであるため、運動と組織に関してわざとア
イロニカルに表現する部分が多くあった。それは組織にとって、今や関西の
学生組織の最高指導部としてあった彼を追悼するものとしてふさわしくない、
と判断された。そこで、僕が三田に会って、出版を思いとどまるよう説得す
る役目を果たしたわけである。このときの印象を三田は、「長い間、対立党
派と血を血で洗う殺し合いを重ねてきて、人が死ぬことに何も感じなくなっ
た男」として描いた。

80:革命的名無しさん
15/10/25 19:12:11.06 .net
「オサマ・ビン・ラディーン師が日本に入国していたそうですね」
「本当ですか。それで出国させたのですか。日本の公安も大したことないですね」
マル共連でこんな自演臭いやり取りを読んだのがオサマ・ビン・ラディーンという固有名詞に触れた最初だった。
もちろん9・11のずっと前だ。今になってみるとマル共連というのは貴重な場だったと思う。
文脈は忘れたが、いつだったかゲイの古参常連の人が「あなたの書き込みは半永久的に残るんですよ」とか切れていたけど、
残っておればどんなに良かったか。

81:すえいどん
15/10/28 09:47:53.29 .net
監禁致傷(刑法211条)は脱出行為でけがをした場合にも適用があるから、
被害者供述と診断書があれば起訴は容易と思われる。もっとも210条は
「不法に・・監禁」とあるから、スパイに対する査問は正当行為だと徹底
抗戦される余地はある。それ�


82:ェ嫌で不起訴になったとすれば、中途半端な 話で公安と検察のコミュニケーションが悪いのではないか。



83:革命的名無しさん
15/10/29 22:18:37.96 yxwF1wQi5
《試練》―現在史研究のために
日本の新左翼運動をどう総括するのか、今後の方向をどう定めるのか
URLリンク(blog.goo.ne.jp)

このブログに『革共同政治局の敗北』本の書評が8本、載っている。今回、元ブント系と元解放派系の二人の書評がアップされている。それぞれの文章に党派性(?)も出ていて、面白い。また、革共同関西系の人のもある。燻製クライン氏の書評は「深読み」もあり、興味深い。
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
URLリンク(blog.goo.ne.jp)

84:革命的名無しさん
15/10/29 22:47:03.23 yxwF1wQi5
今年の三労組主催の「11・1日比谷野音」
結集人数がどのくらいになるのか毎年のマル共連の関心事だったが、今年の予想はどうだろうか。4人の釈放、京都大学のストライキで勢いはでるのか。
しかし、日比谷公園は今年からか、消防法の関係で定員を超えると入り口を閉めてしまう。反原発集会で正門が閉まったことが何回かあった。消防署の規制が厳しくなったとのこと。
定員以下の通り。
3,114名 (座席2,664名 立見席450名) ほか車椅子スペース有。
したがって、門が閉まらずに、3114人を超える発表はできなくなる。
13年が5600人
14年が5850人
多分、今年も門が閉まらなくても5000人を超える発表をするのかな。そうすると、いままで結集人数のインチキが明白になる。門が閉まるかどうかだけでも見学にいこうかな

85:革命的名無しさん
15/10/29 22:55:30.46 .net
『私の60年代』おもろい

86:革命的名無しさん
15/10/30 19:21:15.36 .net
《試練》―現在史研究のために
日本の新左翼運動をどう総括するのか、今後の方向をどう定めるのか
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
このブログに『革共同政治局の敗北』本の書評が8本、載っている。今回、元ブント系と元解放派系の二人の書評がアップされている。それぞれの文章に党派性(?)も出ていて、面白い。また、革共同関西系の人のもある。燻製クライン氏の書評は「深読み」もあり、興味深い。
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
URLリンク(blog.goo.ne.jp)

87:革命的名無しさん
15/10/30 19:23:05.51 .net
今年の三労組主催の「11・1日比谷野音」
結集人数がどのくらいになるのか毎年のマル共連の関心事だったが、今年の予想はどうだろうか。4人の釈放、京都大学のストライキで勢いはでるのか。
しかし、日比谷公園は今年からか、消防法の関係で定員を超えると入り口を閉めてしまう。反原発集会で正門が閉まったことが何回かあった。消防署の規制が厳しくなったとのこと。
定員以下の通り。
3,114名 (座席2,664名 立見席450名) ほか車椅子スペース有。
したがって、門が閉まらずに、3114人を超える発表はできなくなる。
13年が5600人
14年が5850人
多分、今年も門が閉まらなくても5000人を超える発表をするのかな。そうすると、いままで結集人数のインチキが明白になる。門が閉まるかどうかだけでも見学にいこうかな

88:革命的名無しさん
15/10/30 21:54:02.18 .net
>>82
いろんな立場の人間が、いろんな評論をしているが、全員がある事実を知っていながら
無視している、あるいは知らないふりをしている。
中核の凋落の傍ら、革マルが最大党派として大きく水をあけてしまっている現状。
なぜこうなったのかの検証も必要だ。

89:革命的名無しさん
15/10/30 22:00:34.79 .net
今年の目玉は、闘う労働者と連帯した京大バリストなんでしょうか
東北大バリストは残念ながら11・1に間に合わなかったようです

90:革命的名無しさん
15/10/31 02:26:39.94 .net
76
去年はステージ上に1300人、会場周辺の防衛部隊が800人いたよ!

91:元ファン
15/10/31 04:49:13.94 .net
すえいどんさんが「50」で引用している赤松英一さんの文書録の続きに以下の記述があります。
80年に一時出獄したとき、僕は獄中での思索の結果を論文=意見書の形にまとめて組織に提出した。
それは、当時の党派の路線の変更を求め、理論問題においても根本的な再検討を提案するものだった。
当然のことながら、それは即座に却下され、逆に撤回—自己批判を要求されることになる。
これは水谷・岸本の252ページの次の記述に相当


92:するものでしょう。(「反清水グループの形成と処分」の項) また学生時代にマルクス主義学生同盟・中核派の副委員長として関西の学生戦線の人格的代表者と目された黒木が、下獄を終えて出獄した80年に当の路線と理論への疑問を展開した意見書を提出した。 本多の理論や路線をそれとして意識的に継承すべきことを問題提起するものであった。 「本多理論に還れ」という党の論理を用いつつ、現在の清水体制のもとでの内戦戦略への批判を投げかけた。 黒木意見書への支持はほとんどなく、彼は文書を撤回させられ、ふたたび組織活動をすることになった。 当時、こんな意見書が提出されたことなど全く知りませんでした。どこまで公開されたのでしょうか? もし公開されていたら、60年代後半の中核派学生運動の立役者の一人であり、対カクマル戦をも革命軍の先頭で戦った赤松さんの意見は、瀬戸口などとは比べものにならない影響をもったと思うのですが・・・。 いや、やっぱり既にまともな党内論議など成立しない組織になっていたので、無理だったでしょうね。



93:すえいどん
15/10/31 10:27:04.18 .net
ご指摘の通り赤松=黒木で、敗北本の該当箇所だと思います。水谷・岸の
ゴーマニズムが露呈しているのが「黒木意見書への支持はほとんどなく、
彼は文書を撤回させられ」のくだり、どの範囲で文書を配ったのかの問題
でしょう。受け取ったやつが握りつぶした可能性もあります。それなのに
「支持はほとんどなく」と言うのは、お前が支持しなかっただけだろうと
いう突込みが入りそうです。そもそも理解できなかったんじゃないかと。
赤松さん、原稿が残っていたらぜひサイトにアップしてほしいです。

94:すえいどん
15/10/31 13:01:35.42 .net
もう一つ、「就職常任」という問題もあります。生活能力のない者が
常任になってしまうと解任されると路頭に迷う。常任は解任されたくない一
心で、翼賛会になってしまうという、日共と同じ構造に中核派もなっ
ていたということでしょう。敗北本は、その中核派のミニスターニス
ト集団への転落についての無自覚が顕著

95:すえいどん
15/10/31 15:30:14.79 .net
>>76
消えたマル共連にはもっと古いデータもあった記憶です。
手控えが残っているのであれば、ご紹介ください。

96:すえいどん
15/11/01 10:54:16.03 .net
>>83
です。

97:すえいどん
15/11/01 17:21:15.94 .net
常任の法的地位を争った先駆的ケース
かなりのブラック企業と言えます
URLリンク(www2s.biglobe.ne.jp)
中央・県・地区の4000人の党専従者は、民法・契約条項の有償委任契約
者という法的地位が明らかになりました。仮処分「決定」では、その勤務実
態の分析にもとづいて、民法上の雇用契約は否定しましたが、有償委任契約
者の地位を明確に認定しました。革命政党専従者全員が、法的に宙に浮いた
超法規的な存在でなく、(1)日本国法律、民法上の一つの契約条項・法的地
位を持つ者としたこと。(2)4000人は、その革命政党執行機関が、弁護
士・宅地建物取引業者に、お金を払って委任契約するように、《日本革命を
起す政党業務を、対等・平等の関係において、有償で委任する契約者》とい
う法的地位を認定しました。(3)それだけでなく、その《有償委任契約の解
除権行使には、相当の事由を必要とすること》・・・などを明らかにしまし
た。

98:すえいどん
15/11/02 16:06:49.83 .net
10・8山�


99:ア博昭プロジェクト http://yamazakiproject.com/ 賛同人が増えたようです。



100:革命的名無しさん
15/11/03 00:12:09.97 .net
中核派は労働者集会の結集人数の発表を止めたのか。
動労千葉の速報に結集人数がない。
URLリンク(www.doro-chiba.org)
参加者が減ったためか。あるは76にある消防法のためか?

101:革命的名無しさん
15/11/03 10:02:48.46 .net
消防法弾圧を粉砕せよ!
昔、破防法
今、消防法
(涙)

102:革命的名無しさん
15/11/03 13:06:20.46 .net
会場では5700名と発表していたよ。
中核派はほぼ実数×3で公表するんだが、今回1900名が参加していたとは
とても思えなかったな。

103:革命的名無しさん
15/11/03 13:14:20.51 .net
5700という数は、消防法ではありえない。
日比谷野音の全席が埋まって2664人だから、空席が目立つということは、この半分か1500人がいいところか。
一年間の最大行事がこの始末では、内部問題が再び発生するしかないな。

104:革命的名無しさん
15/11/03 14:10:18.56 .net
前進の速報版がようやく出ました!
うわさどおり、5700人!
どなたか、ここ十年ほどの主催者発表の動員数を教えてください。

105:革命的名無しさん
15/11/03 15:01:27.86 .net
7梯団のデモのうち、200人以下のところもあったと思う。
もっとも、集会参加者はデモ参加者よりも当然多いで何とも言えないが。

106:革命的名無しさん
15/11/03 15:09:47.67 .net
日本人は日本から出て行きなさい
URLリンク(ameblo.jp)

107:すえいどん
15/11/04 10:23:40.04 .net
>>83
【速報版2015年第11号】 ストライキで戦争とめる  11・1 大集会
 国際連帯の発展へ5700人  動労総連合建設し2016年決戦勝利を
大本営発表は何のために?
集会に参加しないシンパは騙せるということだろうか?

108:すえいどん
15/11/04 13:34:30.83 .net
>>53 >>78
争論 中核派・荒川スパイ事件が更新されておりました。
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
前記事(5月の政治局声明の後半部分)の「福島大学でのスパイ摘発」が事件
化した。詳細は「ブログ 狂おしく…」を参照ください。クロ説に立てば、元
PB(政治局)の2人もスパイ(ま、3人ということになっているけれど)、福島
大学の中心メンバーもスパイ。そうした権力の「スパイ」を公然事務所で拉致
・監禁し、取り逃がした結果ということか?スパイをはびこらせ、権力の介入
に無防備なままでの「スパイの取調べ」。逮捕必至な容疑者(候補)を逃がし
も守りもしないで権力に差し出してけりをつける?それが不思議だ。「監禁致
傷」も軽い罪ではないはずだ。現場は前進社そのものだ。下手をすれば本社の
3人組にも累は及ぶ。前進社の出入りは今だって「許可・承認制」だ。鉄の2
重扉を開けて出るにはそれなりの制度がある。だからこそ、「スパイ」は窓か
ら、雨どいを伝って脱出しようとしたのだ。「いや、権力はそこまではしない


109: 。逮捕されるのは担当の『学生』だけ」という確信がどこから出てくるのだろ うか?「天田もいた、木崎もいた」、そういう証言が出ればそれでアウトでは ないのだろうか?そんな危機感もないとしたら、むしろそれが不思議だ。荒川 氏のシロ説には必ずしも直結はしないけれど、「スパイごっこ」の横行という 感が強まる。内部の確執を「スパイ疑惑」でけりをつけるという空気が感じら れる。



110:すえいどん
15/11/05 11:02:32.03 .net
やや古い話ですが、読み落としておりました。
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
「前進」に次のような記事が載っています。
URLリンク(www.zenshin.org)
国鉄労働者が「みんなの安全を守っているのが俺たちの労働だ」と誇りを持
って闘っているように、空港労働者も乗員・乗客の安全のために、最も敏感
に闘う存在です。 3・29三里塚全国集会(成田市栗山公園)に総結集し、
成田市内デモを打ち抜き、成田空港で働く労働者とその家族と結びつきまし
ょう。そして労組を組織する闘いに踏み出しましょう。それは市東さんの農
地を守る階級的な労農連帯が、国鉄決戦と動労総連合、合同・一般労組、陸
海空の交通運輸労働者、そして公務員労働者と結びつく壮大な第一歩です。
これまで中核派がこのようなことを主張したことはないはずです。私はこれ
を、実質的な「三里塚闘争敗北宣言」と理解しましたが、それで正しいでし
ょうか?

111:革命的名無しさん
15/11/06 20:43:52.16 .net
我らが革共同は、前代未聞の消防法弾圧と闘い抜いた訳ですが、今度は動労千葉派の不抜の拠点郡山車両センターに野球賭博弾圧が襲いかかりました。
詳報求む!

112:革命的名無しさん
15/11/06 20:49:21.15 .net
斎藤郁真革共同書記長
待望論

113:革命的名無しさん
15/11/06 21:17:48.64 .net
以前からの疑問です。
反対同盟の北原事務局長は事あるたびに「三里塚は勝利し続けている」とおっしゃいます。
わたしには、とてもそんな情況には見えません。
かなり幻覚・幻聴に悩まされていらっしゃるのでしょうか?

114:革命的名無しさん
15/11/06 21:45:31.24 .net
共産党に不幸にされた国はいくらでもあるが、共産党が幸せにした国を知らないな。

115:革命的名無しさん
15/11/06 23:22:21.43 .net
共産党を幸せにした国は一杯あるけど何か?

116:革命的名無しさん
15/11/06 23:43:04.81 .net
JR東日本仙台支社は30日までに、同社郡山総合車両センター(郡山市)の社員ら数十人が高校野球賭博をしている疑いがあるとして調査を開始した。
 同社によると、同センターで野球賭博が行われているとの情報が福島支店に寄せられた。
同社や福島民友新聞社が入手した文書などによると、賭博は今夏まで過去数年間にわたり、春と夏の高校野球全国大会を対象に行われ、同社や関連会社の社員が1口500円で優勝校を予想、賭け金を的中者数で割って配当していた可能性があるという。
 福島支店の担当者は福島民友新聞社の取材に対し「社員に聞き取り調査をしている。速やかに事実の究明を進めたい」とした。

117:革命的名無しさん
15/11/07 19:26:45.90 .net
革共同指定文献・修身
「市東さんは死んでも農地を手放しませんでした」

118:革命的名無しさん
15/11/07 21:02:56.51 .net
高校野球賭博程度で‥‥。昔はどこの会社でもみんなやっていたが。
最近はあまりやらないのかな?というより明らかに策略だな。

119:革命的名無しさん
15/11/07 22:37:38.18 .net
『敗北本』の新しい書評がでて、「《試練》―現在史研究のためにサイト」が更新されていた。
 当事者


120:性が強い書評だったかが、中央派内部でもこのような感想が内部にあるとも聞く。どうかなのか知りたいもんだ。 http://blog.goo.ne.jp/shiren-shinsayoku/e/6c4cc1cc7e60b4b4eecd410f36306d9f 著者への便り:反スターリン主義の組織論が求められている 小嶋 清一郎 2015年6月17日 いかなる打開の道があるのか、示唆を得た



121:革命的名無しさん
15/11/08 10:39:05.13 .net
福島は日本革命の火薬庫だから予防反革命に打って出たんだろ。ここは大反撃しないと

122:すえいどん
15/11/08 10:51:09.80 .net
>>112

「左派」の責任をこそ問いたい
 第三は、組織論に関することです。
 これについては僕は、清水以上に政治局内「左派」の責任を問いた
い。清水論を深めれば深めるほど、その清水全一体制を描き、その形に
党を枠はめていったのは左派の人々のようにみえます。党員に対しては
「容認し支えていた」以上の強制力さえあったのではないでしょうか。
 三人組【天田三紀夫、坂木(高原洋三)、木崎冴子】の指導内容に
いらだちを感じたり、イエスマンだけを持ち上げていくやり方に憤慨し
てきた党員は少なくありませんでした。一定の決戦指導の経験がある指
導部ならだれでも、その水準以前の手法についていけない思いにかられ
たことはあるはずです。そしてついにその怒りが意見書や、会議での批
判、方針ネグレクトというような形で現れた時、それを「あとは清水議
長に委ねるべきだ」と封じ込めてきたのは他でもない「左派」を自負す
るあなたがただったのではないですか? 清水を通してしか党内闘争は
決着がつかないし、全党方針にもならないという独特のシステムをつく
ってきたのは左派のあなたがたです。
このことを3・14Ⅱ総括に重ねるならば、中野洋とアマダは3・14
Ⅱをもって清水体制を打倒し、奪権をはかったわけです。そして左派は
ここにいたっても清水決裁を待ったわけです。こうなれば清水がどう動
くかは裏切るか否かという問題ではない。3・14Ⅱは左派の組織論の
敗北ともいえると思います。

123:革命的名無しさん
15/11/08 13:46:36.01 .net
↑なるほど
本はあまり消化できなかったが
この書評はみょうに納得してしまった

124:すえいどん
15/11/08 18:31:44.34 .net
「革マル派五十年の軌跡」第3巻97頁より
尊師曰く「理論上及び実践上の権威を下部組織メンバーとの関係においても
っている指導者、その組織的地位はなんら特権的地位ではない。特権的地位
であるかのように思いこむのは、そのように思いこむもの自身が権威ある地
位にふさわしい革命家としての資質に欠けているからであり、この地位にふ
さわしい理論的および実践的の諸能力が低いか欠如しているかの故なのであ
る。指導者としての資格のこの欠如は、組織内実体関係を『親分―子分』関
係に変質させることを基礎にして『子分』どもに君臨する『親分』たる自己
を指導者として権威づけるための言動や地位利用行為や『特権』の享受など
によっておおいかくされ、かつ正当化されさえするのである。」
清水や秋山を論じたものではありません。念のため

125:革命的名無しさん
15/11/08 19:10:03.74 .net
誤尊師さまの自己批判ですか?

126:すえいどん
15/11/09 09:12:59.41 .net
他者批判です。対象は山代冬樹ではないかと思われます。なお「政治判断と認
識」80頁の「実感主義者」批判と重なり�


127:№、もののようです。尊師の自己批 判と言うなら「革マル派五十年の軌跡」第3巻236頁以下、「(賃プロ主義 者DI)を常任にしたのもほかならぬこの私である。一切の責任はこの私に ある。」



128:革命的名無しさん
15/11/09 12:53:23.22 .net
それは開き直りというものだろ。

129:すえいどん
15/11/09 16:02:40.60 .net
開き直りその2
「革マル派五十年の軌跡」第3巻236頁
尊師曰く「この報告が、遺憾ながら、ある一同志によって、私の『承認』を得
ているというように宣伝されたのだそうである。そんなことは決してない。私
は耳通ししないものを承認した覚えは全くないのである。このような偽造を行
うという権威主義的な手法をとり・・労働者同志を欺騙したということは、絶
対許すわけにはいかない。『今更そんなことを言っても…』と言う同志たちも
いるかもしれない。だが事実は事実として…再び言う。1991年の春闘報告
集会は機能主義的に歪んでいる。そして1992年の3・1報告はすべて誤謬
である。」

130:すえいどん
15/11/09 20:17:14.25 .net
敗北本、やはり批判が多いようです。
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
91年段階の「このままで行くことは党の死」「絶対的飢餓の現実」という清水
さんの認識(?虚言?)自体は私も同感だ。・・・問題はこの現状をどうみつ
めてどう打開しようとしたのか?本の中で繰り返される90年代以降の「左派」
と「2つの右派」の内容・定義が分からない。折に触れてかすかに分かるのは
「左派」とは武装闘争の継続路線だということ。「右派」とは「組織拡大唯
一主義」と言いたいらしい。ただ、06年のこの時点では、もはや武装闘争は
停止または廃棄されている。もちろん対革マル戦争も絶えて久しい。この時点
での「蜂起の陣形維持」派とは何か?・・・・ただ、清水さんを神か鬼神かの
ように畏敬した公然政治局員たちの絶望と恨みの心は、あふれるように滲みだ
している
ことは確かだ。「これが当時の、長年続いた中核派の中央の実像だった」こ
とだけははっきりと分かる。清水さんの崩壊、そして清水体制の政治局員の
実像としてはその意味でよく描かれている。

131:すえいどん
15/11/10 12:14:48.36 .net
足立昌勝関東学院大学法学部教授が救援連絡センターの代表に紛糾の末、就任
されたようである。前進2705号によると9月26日の運営委で多くの反対
意見が出た(足立氏はカクマルを救援した。右翼暴力団も救援対象とする。完
黙は原則でないと主張、等)が山中事務局長や司会の三角忠氏らが強引な議事
運営を行い強行採決した。
三角忠氏も反党分子になったのであろうか?

132:革命的名無しさん
15/11/10 16:05:09.32 .net
三角は札付きのスパイ分子

133:革命的名無しさん
15/11/10 17:00:54.51 .net
 三角氏は動労千葉派と切れたの?

134:すえいどん
15/11/10 18:15:48.40 .net
>>123
懐かしい走狗一掃欄ですが、復活の見込みはなさそうです。
三角スパイキャンペーンはもう16年も前の話なんですね。
URLリンク(www.jrcl.org)
解放第1695号 (2001年11月26日)
「労組交流センター声明」なるものにおいて、「労交センター」副代表
の三角忠が公安調査庁のエージェント小野田猛史と密会していた事実を
暴かれているにもかかわらず「スパイ化工作」を「きっぱり拒否した」
などという実にお笑い草な物語を急きょデッチあげ、下部活動家の動揺
と反発を抑えこもうなどと試みてきたのだ。けれども「労働者集会」に
たいするわが同盟の革命的な暴露の闘いは、こうした思惑を木っ端微塵
に打ち砕き、官僚どもへの疑惑と不信と反発の渦まく崩壊の淵に、残存
ブクロ派を叩きこんだのである。

135:革命的名無しさん
15/11/10 18:29:04.83 .net
> 官僚どもへの疑惑と不信と反発の渦まく崩壊の淵
うーーん、なんだか言い得て妙ですなぁ

136:すえいどん
15/11/11 13:14:09.64 .net
>>65「遺されたもの」
「労働者階級解放闘争同盟」という1960年代前半に活動していた
新左翼党派とその周辺の紹介
敗北本の感想(承前)
URLリンク(blog.livedoor.jp)
「革共同政治局の敗北」本に対する中核派の声明に対し、著者である水谷・岸
両氏による声明が最近「現代革命論争資料蒐集」にアップされました。これを
読むと、中核派の声明がどのような過程を経てその内容になったかが記されて
います。これが真実であるとすると、現中核派の内部に水谷・岸両氏に情報を
流している方がいるということになりますから、中核派内部は疑心暗鬼になっ
ているのではないかと思われます。スパイいぶりだしとか暴力事件とかになら
ないことを祈ります。連合赤軍事件で殺害された加藤能敬の、「人民内部の矛
盾を暴力で解決するのは間違い」という言葉が、「革共同政治局の敗北」本の
内容とあいまって、思い出されました。閉ざされた集団がその外部への攻撃性
を押し込められた結果、その攻撃の矛先が内部に向かうという構図は、結果の
重大さ等程度の差こそあれ、連合赤軍固有のものではなく、また左翼組織固有
のものでもなく、広く人間が作る集団に見られる特徴であると思います。この
点、「革共同政治局の敗北」本の著者は、事件当時の本多書記長の見解、「組
織内のテロ・リンチはやってはならない」を紹介しつつも、党としての事件の
総括としては不充分であったとしています(p423~)。本を通して読んで察す
るに、おそらく故本多氏の信奉者であろう著者としては、相当突っ込んだ叙述
だなと驚きました。

137:革命的名無しさん
15/11/11 20:26:13.77 .net
斎藤郁真革共同書記長
待望論

138:革命的名無しさん
15/11/12 17:15:13.84 .net
URLリンク(www.linelabo.com)
2015/11/01 失敗を見おろす選良主義者は歴史のくずかごへ
水谷保孝・岸宏一『革共同政治局の敗北1075-2014 あるいは中核派の崩壊』白順社、2015.5は、主に清水丈夫政治局体制を対象としながらも、本多延嘉時代をも対象に「三つの負の教訓」と総括しており、
なかでも「連合赤軍事件の外在化の誤り」(第11章第3節)には著者らが革命の志を持ち続けていることが読み取れ、共感を持って読んだ。72年の連合赤軍事件に対して、
本多は「「総括」=リンチと銃撃戦は一つのものであり、たとえば「銃撃戦支持、リンチ反対」という立場は成り立たない」という「見解」を持ちながら「組織討議にはかけなかった。また対外表明しなかった」という。
著者らは「しかしそれは、事態のもつ深刻さを同じ左翼として内在的にとらえ返すということからの回避にほかなら」ず、「誤りの根拠とその思想を内在的に批判的に解明し、それをのりこえる教訓化をはかるべきだった。
そのことでラディカル左翼自身の「他山の石」とし、連合赤軍事件によって精神的打撃を受けている多くの労働者人民を励ますよう務めるべきだった」(pp.424-425)と総括しており、これは正しいと私は考える。

139:革命的名無しさん
15/11/12 17:16:23.16 .net
URLリンク(jump.2ch.net)
 これは真の共産主義者か似非共産主義者かの分水嶺である。典型的は�


140:ス面教材を挙げておく。 川上徹・大窪一志『素描・1960年代』同時代社、2007.3で川上は「新日和見主義事件」を振り返って次のように書く。 「兵士たちが山岳のベースへと彷徨っていたちょうど同じころ、僕らは意気高く民青会館「解放区」の中にいた。そしてほんの数ヵ月の時差をもって、僕らもまた突然の敗北を喫した。 突然ではあったが、時代に通用しなくなったという点では共通していた。歴史的に見ればほぼ同時消滅したのだった。/僕らは何に敗北したのか。 それは、同じくもう一つの時代精神であったと言えるだろう。共産党の体現する時代精神に敗北したのだ。〔中略〕/しかし、僕らにとって救いだったのは、僕らは内側から崩壊したのではなかったということである。」(p.337)  何のことはない、まるっきり他人事なのだ。敗北が内部からだったのならば、誤りや弱点を自ら克服することによって、敗北は勝利に転じることが可能である。 しかし、徹底して外在化して、自らには誤りがないという。失敗をする人は仕事をした人である、という立場からすれば、川上らは何ら仕事をしなかったが故に失敗を外在化して平然とできるのである。 こんな選良主義左翼には、世論を作り出すことはできず、したがって革命の事業をやることはけっしてできないだろう。そして、これは今や「国民運動」となった感のある反原発運動(の一部)に通じる、ある傾向を最もよく表しているのではないだろうか。(M)



141:革命的名無しさん
15/11/12 18:06:50.93 .net
革共同政治局の敗北1975?2014 あるいは中核派の崩壊
Amazonカスタマーレビュー
投稿者 登戸研究所 投稿日 2015/9/27
Amazonで購入
これでようやく、長年のつかえを取ってもらえた気持ちになりました。
人民への「真摯な説明責任」を未だに頬っかむりしたまま…の人々にはただただ唖然とさせられます。
毀誉褒貶交錯しているようですが、勇気ある刊行闘争に拍手を送ります。

142:革命的名無しさん
15/11/12 19:55:55.83 .net
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
中核派は80年代から「詐欺集団」だったのか。はじめて知ったが、左翼党派として、こんな事がよくできたものだ。武装闘争の継続という理由が「詐欺」をも正当化させたのであろうか。
スターリン主義的党物神化論といかに闘うのか
―『革共同政治局の敗北』を読んで
2015年11月8日
福原 銀之助
また、私自身についていえば80年代後半から展開された三度に亘る「一大カンパ運動(今回は預金の利子から段階的に必ず金を返却する、という言質の元に)」の完全な破たんによってダメージを受けたという問題がある。
これについて返却不履行を問い糺すと、対権力との関係を口実に「告訴すれば反革命だ」という、卑劣な居直りに直面し、もはや革共同は革命党ではなく「詐欺集団」であることを深く認識をしたのである。
 当時三里塚決戦から天皇決戦という革共同の歴史上かつてない日帝との政治的対決があった。したがって、闘争資金も必要だろう。だからと言って、ペテンにかけることでこの問題から逃げることはできない。
この問題は公然化されず、今では「なかったこと」にされている。しかし、党員やシンパの中には経済的破産をした者や、周辺の人間関係が破壊された者が少なからず存在している。さらにサラ金に追われ蒸発した者もいる。
この「一大カンパ運動」を三回実施して、借りたほうが勝手に帳消しにすることを、ある幹部クラスの党員は「三大徳政令」と自嘲気味に開き直った。断じて許すわけにはいかない。

143:すえいどん
15/11/13 09:19:40.80 .net
最初の徳政令については今井公雄が書いておりましたが、性懲りもなくさらに
2回もやったのですか。
それぞれいつの時期のものか、ご存知の方はご教示ください。

144:すえいどん
15/11/13 09:58:05.24 .net
今井公雄を読み直すと70年代の話でした。これが最初の徳政令で、
その後、さらに3度の徳政令があったということになります。
今井公雄回想>中核派は革マルとの間に戦争を開始するに当たって運営
資金を活動家を通じて集めたことがあった。1年間据え置いたうえで2
年目から5回に分けて利子を付けて返済するという計画である。目論見
としては据え置く1年間の金利で1回目の返済分を稼ぎ出し、2回目か
らは同様の方法で返していくというものだった。誰が発案したのかは知
らない。が、一方的な喜捨だけしか考えてこなかったそれまでに比べる
と画期的な募金法だった。計画は万全だと思われ、かなりの額が集まっ
たはずである。しかし、その目論見は返済を始めてから3年でパンクし
た。潤沢な資金を当てにして無際限に金を出しまくったのである。その
結果、金利を払うこともままならない状態に陥った。そこであろうこと
か政治局は徳政令を発したのである。返済を勘弁してもらいたいというのだ。さすがに
不満の声が広がった。組織を信頼して周辺から集められるだけ集めてい
たから、下部の活動家にすれば信頼を失う危機だった。私の場合は自腹
を切って借りた相手に金利を払うことで信頼をつなぎ止めたが、そうし
た余裕がない活動家は借金を踏み倒さざるをえなくなり、信用を失う羽
目に陥ったのである。そのおりのことである。私は、前迫との間で議論
をした。前迫は「ぼくは山川(木下の組織名)から迷ったときには政治
局の方針に従うことを選べといわれた。だから今回もそうする。」とい
い、政治局が下ろしてきた方針に従うことにし、会議の場でも異論は述
べなかった。

145:革命的名無しさん
15/11/13 22:59:29.66 .net
今井公雄を読み直すと70年代の話でした。

70年代に返済付きの「大カンパ闘争」はなっかたです。今井さんの記憶違いでしょう。
組織内では「Nビル資金」と称していました。

146:すえいどん
15/11/14 09:58:19.18 .net
なるほど前迫さんが亡くなったのが1974年5月13日の第1時法大会戦
ですから、それ以前のエピソードと言うことになり、時間的につじつまが合
わない感じもしますが・・・・

147:すえいどん
15/11/14 10:13:41.25 .net
念のため,さらに出典を
今井回想再録の1
>では、わが軍はどうだったのか。消火器の訪問販売をしていたとい
う話を聞いていたので、そのことを軍にかかわっていたひとに尋ねた
ところ、よくぞ聞いてくれたということになり、事実であることを確
認しました。恥ずかしいことですが、太平洋の孤島に兵を置き去りに
して補給しなかったのと同じことがおこなわれていたんです。このさ
いの補給とは、つまるところ資金です。その計画がなかった。基本計
画がなかっただけではありません。資金を管理する財務担当者に任に
堪える人間がいなかった。古手の政治局員であるというだけで、経済
学を専攻したというだけの理由で白井朗に財政全般を担当させていた。
結果は、はじめのうちは軍が要るといえば、要求されるだけを払った。
これでは財布はもたない。で、どうしたか。驚いたことに、郵


148:便貯金並 みの金利、5年の年賦で返却するという条件で集めさせた借金に徳政令 をもって対応した。金利は払うが年賦については当面のあいだは待って もらう。では、いつまで待ってもらうのかといえばその期限については いまのところいえないという。ということは無期限の延期を意味してい ます。



149:すえいどん
15/11/14 10:16:56.28 .net
今井回想再録の2
 このことを表の会議で提案したのは高木徹です。・・・ 当時の私は常任
になっていましたが、それこそ自前の「職業革命家」であり、組織からは一
銭も金をもらうことなく活動していた。縦割りの組織任務はなく、ときに応
じて必要とされるところに自分で金をつくって派遣されて動くということを
していた。だから、この方針が出されてもそれを下部に強要しなければなら
ない義務がなかった。そんな無茶なとは思ったが、黙っていた。おもだった
常任の顔を見ると、みんな下を向いている。あらぬ方角を眺めて唇をかんで
いるものもいる。それでも誰も、なにも口にしない。高木が「それじゃあ」
といいかけたのを待って、黙っていられず私は口を開きました。「おかしい
よ。梶さん。あんたはこの話を最初に提案するときになんといったのよ。1年
は据え置きにしてもらう。しかし、金利は郵便貯金のものをちゃんと払う。
1年据え置いたのちの2年目からは年賦で元金を返す。まちがいなく返すから
集めてくれということだったじゃないの。じじつ、この2年は約束が守られて
きた。だから、党は信用できるとみんな思ってきたんだよ。それがこれじゃあ
台なしだよ。自分の信用で借りてきたひとは、貸してくれた相手にどういえば
いいというんだね。相手の信用をなくすだけでなく、肝心の党員が信用してく
れなくなるじゃないの。こういうことでこの先やっていけるというのかね。」
高木が応じた。「やあさんがいうことはもっともだと思う。もっともだとは思
うけど、いろいろ計算したうえで出した方針なんです。ここはひとつこらえて
ほしい。このとおりお願いします。」そういって高木は頭を下げた。これで高
木の勝ちである。

150:革命的名無しさん
15/11/14 17:41:35.16 .net
今井公雄のサイトが消滅したようなので・・・・
以下は、今井が小説家になることを巡ってのトラブルに関し。
今、とやかく言われている清水丈夫も昔はまともだったというエピソードを。
今井公雄回想録>高木の話は「清水丈夫が会って話したいといっているので
会ってみないか」というものだった。私は清水との接点がほとんどといって
よいほどない。学生運動もやったといえるほどのものではなかった。そのこ
とに加えて前述したこととのからみで上級機関の役職に就いたことがない私
はその種の会議で顔を合わすことがなかったからだ。そうはいうものの清水
は尊敬する本多書記長が他の候補者を差し置いて後継者として選んだ人間で
ある。清水は本多さんはもういないこと、苦しいからみんなが手をつないで
互いに手を離さないでいることについて語り、私に戻ってきて欲しいといっ
た。私は自説である40歳定年説について語り、それはかねてから公言してき
たことでありあと知恵ではないことを主張し、苦しいから組織を離れたので
はないことを告げた。清水は私の40歳定年説を知っているといい、最初のや
りとりは終わった。戻ってきて欲しいというのは1種の手続きないしは儀式
であって、いってみれば相撲の仕切りのようなものであり、すぐに本題に入
ることになった。仕切り直し後の会話もまた1種の儀式で、最終的には清水
は私が「別の途」を進むことについて了解を与えることになり、あとは雑談
になった。

151:すえいどん
15/11/14 17:42:28.2


152:1 .net



153:革命的名無しさん
15/11/14 18:44:26.54 .net
URLリンク(www.asahi-net.or.jp)
今井公雄さんのウエブサイト

154:すえいどん
15/11/15 10:49:18.98 .net
祝復活
でも読めないところがあるようです。

155:すえいどん
15/11/16 12:14:05.31 .net
11月13日パリ事件の評価はどういうことになるのでしょうか?
他方9・11と同様、陰謀だという議論も直ちに出ているようですが。

156:革命的名無しさん
15/11/16 23:01:47.18 .net
パリのテロで内心、もっとのビビっているのは亡国総理大臣である。もちろん、特定秘密なので他言無用。

157:革命的名無しさん
15/11/17 11:18:46.37 .net
前進2705号
山中幸男事務局長や司会の三角忠氏らが強引な議事運営を行い、
強行採決した。
これ自体が救援連絡センターを解体・分裂させようとする暴挙だ。
・・・・足立氏らの救援連絡センターを体制内的な運動に変質させようとする
動きを許してはならない

ほんとだ。機関紙に載せることか?
負けたはらいせの恫喝か?
なにやってんだか・・・最低だね

158:すえいどん
15/11/17 18:35:49.86 .net
URLリンク(kyuen.jp)
代表就任要請を受諾する   足立昌勝
9月26日に開催された救援連絡センター運営委員会で、山中事務局長の提案し
た「足立昌勝さんを救援連絡センター代表に就任要請するについての報告」
が参加した運営委員の圧倒的多数で確認されたことを受け、私は「闘います」
と応えました。
代表問題が議題になったとき、山中事務局長から「就任要請についての報告
」がなされたが、前回運営委員会の結論を認めない人たちは、そのことから遡
って問題にしようとしていました。前回決定の正当性については、すでに議事
録で確認されていることであります。
終了時間の5時が近づくと、怒号が飛び交い、議長の議事進行もままならない
状況に陥りつつあったが、三角議長の的確な判断により「就任要請についての
報告」の通り進めることについての採決が行われ、圧倒的多数で「報告」が確
認されました。
私の「闘います」との発言は、代表就任の要請を引き受ける意思を示したも
のであります。代表問題で現れた運営委員会での決定的対立の根深さは抜き差
しならないものがあります。私は、この発言により、救援連絡センターの原点
に立ち返り、「①国家権力による、ただ一人の人民に対する基本的人権の侵害
をも、全人民への弾圧であるとみなす。②国家権力による弾圧に対しては、犠
牲者の思想的信条、政治的見解の如何を問わず、これを救援する。」という二
つの原則に立つことを鮮明にしました。
救援連絡センターに結集する皆様の絶大なるご支援とご協力を仰ぎたいと思
います。今後とも、よろしくお願いします。

159:革命的名無しさん
15/11/17 21:00:07.18 .net
>これ自体が救援連絡センターを解体・分裂させようとする暴挙だ。
要するに、解体・分裂させるつもりなんだね。わかります。

160:すえいどん
2015/11/18


161:(水) 10:16:50.55 .net



162:すえいどん
15/11/18 19:25:23.02 .net
舛添ですら、と言うべきか、舛添にしては、と言うべきか。
11/17 日刊スポーツ
 東京都の舛添要一知事が17日、都庁で定例会見を行い、
自民党の高村正彦副総裁が党の役員連絡会で、テロなどの計画の謀議に関わ
った際、処罰対象となる「共謀罪」を法整備する必要性を説いたことについ
て舛添氏は、「基本的人権が憲法で定められている。我々がどこに移動しよ
うが自由なわけで。現実に捜査機関などが、現法律では動けない、テロ対策
ができないとなってから考えるべきものだと思う。(共謀罪の)議論をする
前に情報収集や、定点観測で情報を固めることの方が法改正よりも優先的な
仕事ではないか」と時期尚早という考えを示した。

163:革命的名無しさん
15/11/19 15:13:22.15 .net
↑当然だろう!

164:すえいどん
15/11/20 18:17:07.34 .net
>>112
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
【加瀬勉さんの発言要旨】
①「三里塚50年の闘争と政党」から
 「革共同、即ち中核派の元政治局員、三里塚闘争責任者岸君が『中核派の
分裂、政治局の堕落、崩壊』の本を出版した。その本の中で『中核派は三里
塚反対同盟、三里塚反対闘争を政治的に利用するだけで裏切ってきた』と言
明している。特に、反対同盟一坪共有地運動の推進者に対して、テロ、せん
滅の敵対行動を行ったことに謝罪している。三里塚闘争と反対同盟農民に対
して、あるいは杉並選挙闘争、婦人民主クラブの運動に対して、部落解放同
盟の運動に対して、日本の大衆運動に対して敵対してきたことを幾多の事実
を挙げて批判している。テロと内ゲバ、党内抗争に明け暮れて、党利党略の
ためにひたすら人民の闘争を利用してきたのである。この書籍によれば中核
派は三里塚闘争の敵であるし、日本の大衆闘争に敵対する政治組織であるこ
とが判明した」。
 「われわれは管制塔占拠闘争に勝利する等、国家権力に打撃をあたえた三
里塚の歴史に輝かしい足跡を残した。その戦術的勝利をその後、政治闘争とし
て発展させることができなかった」。
 「三里塚50年の闘争を担いきる政党が日本に存在しなかったことが証明
された。大衆闘争のなかで、思想を鍛え、行動を錬磨し、政党を発展させてゆ
く、大衆の利益を発展させる大衆路線を持った政党が日本には存在しなかった
ことが立証された。ゆえに今日の自民党独裁政権を許しているのである。われ
われはこの困難の状況を深く理解し、その歴史的任務を遂行するために奮闘し
なければならない」。

165:すえいどん
15/11/21 09:44:14.86 .net
【加瀬勉さんの発言要旨】 続き
②「三里塚の農民問題」
「東峰の石井恒司くんが空港(株)に敷地内の土地を売り渡した。彼はこの
ように言明している。『個人的には三里塚闘争は終わったと思っている』と。
シンポシンポ、円卓会議を以って三里塚闘争は終了


166:したのであると、石毛博 道、相川勝重らも表明している。シンポ、円卓会議をもって三里塚闘争が終 わったのであるとするならば、シンポ、円卓会議の路線は敗北主義である。 抗日統一戦線問題と重慶会談、ベトナム戦争とパリ会談。話し合いも、交渉も 闘争である。断じて統一戦線の中に自己の主体を解消したり、敵との会談、交 渉に自らの主体を解体してはならない。交渉も話し合いも優れた政治闘争であ ることを理解できずシンポ・円卓会議推進者は権力の軍門に下っていったので ある。そして、今や権力の手先になり『第3滑走路の建設誘致に住民運動を』 起こしている。闘争の敗北から権力の手先への変身である。厳しく批判しなくてはならない」。 ③「大木よね執行問題に対しての和解」 「大木よねの代執行問題について反対同盟は最高裁まで裁判闘争を展開してき た。最近、小泉英政と空港(株)との間で和解が成立した。 (一)和解は代執行を受けた大木よねの遺志を引き継ぎ発展させるものである のか。 (二)謝罪したというが謝罪をどう評価するのか。シンポ、円卓会議、東峰神 社問題、天神峰小川嘉吉に対する謝罪、今回大木よねに対する謝罪、謝罪は数 々の階級和解を作り出した。でも権力の空港建設の基本政策と精神は何一つ変 わってはいない。巧妙に野心をとげているだけである。われわれは、金銭です べてを奪われ、村を追い出され、運命が変わっただけである。数々の謝罪をど う評価するのかなどについて、私は現在、小泉君と意見を交わしている」。



167:すえいどん
15/11/21 14:49:51.36 .net
前にマル共連で紹介いたしましたが、消えてしまったので再度。
「ノーサイド成田闘争
  最後になった社会党オルグ」
桑折雄一著崙書房出版ふるさと文庫2013年12月刊
加瀬勉さんの伝記です。読みごたえあり。
URLリンク(www.ron-syobou.co.jp)
著崙書房出版株式会社
〒270-0164 
千葉県流山市流山2-296-5
TEL:04-7158-0035
FAX:04-7158-2316

168:すえいどん
15/11/22 15:28:50.59 .net
>>112
もと解放派の敗北本感想
URLリンク(blog.goo.ne.jp)
>日本の場合、大衆運動の推進ではなく、党派のイデオロギー的フラクション
形成の中で、他党派をゲバルトでつぶすことによって、党形成をしようとした
革マル派の存在があり、その中で強いられた党派闘争であったのですが、そも
そもそれ以前の日本共産党以来の、安易なゲバルトの行使の批判からとらえか
えしていかねばなりません。そのことをこの本の中でも書かれています。もと
より、全共闘が暴力を否定しないところで運動を進めていったのは、この社会
が差別社会であり、差別は暴力であるという認識で、平和幻想批判をしていく
ことがあったからです。そして、秩序ということの中で進められることがまさ
に差別的関係の押しつけという、そこに暴力があるからです。そして、そのこ
とを押しとどめる実力闘争が必要になるからなのです。しかし、その実力闘争
はゲバルトの行使そのものではありません。尤も、これは相手がゲバルトの行
使で押しつぶしてくることへの防衛的対峙が必要になります。それは白色テロ
やクーデター的反革命との攻防を考えることなしには革命はなしえないという
ことにも通じて行きます。革マルとの対峙の中で、まさに中核派の「先制論」
がでてきたのですが、なされるままにつぶされていくということはあり得ない
中で、わたしはこれ自体は必要になっていたと思います。ですが、このことを


169: 権力闘争の中におけるゲバルトとしてのゲリラ戦・パルチザン戦ということに 展開させたのは、わたしは情況分析の間違いだと思っています。わたしが属し た解放派も「ゲリラ的・パルチザン的」戦いを展開したのですが、わたしは 「的」ってなんだと疑問に思っていました。まさにクラウゼビッツの『戦争論 』から出て来る「軍事の弄び」ではないかと。



170:すえいどん
15/11/22 15:32:17.63 .net
(続き)
さて、著者の二人は、中核内左派として、中核派の先制的内戦戦略を肯定的に
とらえ返しているし、その中身の権力へのゲリラ戦・パルチザン戦も継続する
べきだったとか、読める文になっています。これは、赤軍派の前段階武装蜂起
論なり、プロパガンダとしての戦争論への批判にも繋がります。これは情況認
識の問題です。わたしは「沖縄返還」あたりで、大衆的実力闘争の中での組織
化の路線はまだあったとしても「68革命」の敗北はみえていたのではないかと
思います。著者たちが書いているように、軍事展開は大衆運動や大衆意識から
遊離したところで行われてはならないことで、むしろ阻害的なことになってい
きます。だから「軍事のもてあそび」なのです。党派闘争として、やりきると
いうところで「先制」というようにおいたのは間違ってはいないとしても(著
者たちは「本多さんは党派闘争自体をどこかで納めることを模索していた」と
いうような内容のことも書いています。その判断なり、模索は実際あったかも
しれないし、必要だったのだともわたしも考えています)、それを権力闘争に
まで展開したのは、間違っていのだと思います。

171:すえいどん
15/11/24 21:35:32.46 .net
>>136
中核派はパリのテロに否定評価
以下,前進
>この帝国主義への弾劾と打倒の闘いを貫かなければならないからこそ、イスラ
ム武装勢力「IS」の行為は断じて許されるものではない。「IS」がやった
行為は労働者階級人民に対する無差別襲撃であり、反階級的な裏切りと敵対で
ある。労働者階級の団結を分断・破壊し、マルクス主義と労働者階級自己解放
、国際連帯の闘いを圧殺し破壊する、とんでもない武装反革命である。
 いま、欧州、トルコ、イラク、中東、アフリカにおいて、労働者階級が国境
・民族の壁をこえて団結し、体制内労組幹部の腐敗と屈服をのりこえて、新た
な階級的労働運動を前進させようと苦闘している。この時に「IS」の行為は
、この労働者階級の闘いを妨害し破壊するものである。本質的・現実的に「I
S」の行為は、帝国主義の侵略戦争と分断支配を支え、それに与(くみ)して
いるに等しい。
 さらに弾劾しなければならないのは、フランス国内のスターリン主義や社会
民主主義勢力、体制内労組幹部の度し難い屈服と裏切りである。社会党のオラ
ンドが政権をとって侵略戦争を遂行していることに示されるように、彼らは完
全にフランス帝国主義の手先となり、戦争と排外主義の先兵となっている。
 この現実が、「IS」的勢力を今回のような絶望的な襲撃行動に走らせてい
ると言わなければならない。ここでも新自由主義と対決する階級的労働運動と
それを支える革命的労働者党の建設が死活的に求められている。

172:すえいどん
15/11/24 21:55:51.06 .net
>>136
革マル派も否定評価のようです。
以下、解放
>「カリフ制にもとづくイスラーム帝国の再興」を宣言しつつ異教徒・異
宗派にたいする奴隷的支配と肉体的抹殺を〝路線化〟しているIS指導
部のもとで、シリアとイラクの人民は二重三重の悲劇にたたきこまれて
いる。凄惨な自爆テロ攻撃や斬首処刑をも手段としながらその版図を拡



173:しているこのISこそは、米・欧帝国主義(および旧ソ連邦)の暴虐 にたいするムスリム人民の憎悪と怨嗟を土壌にして増殖してきたのであ って、あらゆる意味で帝国主義がうみだした鬼っ子にほかならない。こ のみずからの鬼っ子が全世界でテロルに走っていることを口実にして、 米・欧・露の権力者どもは、いままた中洋ムスリム人民にたいする皆殺 し戦争を拡大しているのだ。まさしく、南シナ海とシリア・中東を二つ の発火点として、いま米(日)―中・露の世界大戦の危機がかつてなく 高まっている。いまこそわれわれは、日本の地において、日米グローバ ル侵略戦争同盟の構築・強化に反対するとともに、米―中露の激突によ る新たな戦争的危機を断ち切る革命的反戦闘争を創造するのでなければ ならない。全世界の労働者・人民にプロレタリア国際主義に立脚した反 戦闘争をともに展開することを呼びかけなければならない。そして帝国 主義にたいするIS的反抗の錯誤をのりこえていくためにも、われわれ は、「すべてのムスリム人民はイスラミック・インター‐ナショナリズ ムにもとづいて団結せよ」と呼びかけてたたかうのでなければならない 。



174:革命的名無しさん
15/11/25 13:21:55.94 .net
最近とても両派は似ていますからね

双方とも政治激突から逃げながら既存運動を罵倒するわけですが
革マル派はそれでもシコシコ組織するだけの観念哲学と学習会戦略があるけど
中核派は「動労総連合を全国に」とか不可解な独自スローガンの対置で終わるので
どうしても中核派が減っていきますよね

175:すえいどん
15/11/25 15:37:47.86 .net
>>143
かけはし2015.年11月30日号
テロにも非常事態宣言にも反対
ISテロ
フランス軍は中東・アフリカから撤退しろ
難民への攻撃・排斥を許すな!
一一月一三日にパリで「イスラム国」によって組織された同時多発テロは、
死者一二九人、負傷者二九一人も出した。われわれはこのテロ襲撃を絶対
に許さない。同時にフランス大統領が叫ぶ「テロへの返答」という戦争宣
言にも反対する。オランドはこのテロ襲撃を支配体制の強化に利用しよう
としているのだ。ここではフランス・NPA、フランス・アンサンブル、
シリア、パキスタンの四つの声明を紹介する。(「かけはし」編集部)

176:すえいどん
15/11/29 11:26:33.49 .net
>>125
小野田猛史はスパイなのか?
これも前にマル共連に書いたような気がしますが、消えているので再度。
小野田猛史「狼を飼いならしたヨーロッパ文明」社会評論社1994年4月刊
228頁
「67年8月30日の夜、私は交通事故で人事不省になったのです。それまで
北川登のペンネームで、革共同全国委員会の政治局員として革命運動に全生命
を投じていました。…・68年以降の高揚局面を敗北感を持たずに外部から観
察する。このチャンスが、偶然、訪れました。戦術の拙劣さや小児病も、それ
までとは違って自分の手の届かぬものと自覚したら、たいして気にもならなく
なりました。むしろ、運動の高揚に刺激され、その意味するものをとらえ直さ
なければという気持ちに駆られたのです。・・・・大学闘争は「マルクス主義
への反乱」でありその根底には農業問題がある。民族植民地問題もその表れに
過ぎないのではないか。これが…当時の私の認識だったのです。」
したがって、党へは戻


177:らなかったと・・・・・・・



178:すえいどん
15/11/29 18:21:03.65 .net
>>20
『敗北』本メモ⑤ 与田という人
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
与田氏の人物像や関西の実像も欲しかった。もちろん「兵庫」問題も。
・・・澤山氏へのテロで潜って久しく90年前後に浮上した人だと思う。
公然面での前指導部を押しのけて、トップに復帰した。後の解同全国
連の指導者でもある。関西の幾多の成功と活動家の疲弊の責任をともに
負う人だ。『敗北』本によれば「左派」の要、実態的に大黒柱だ。その
彼が中野さんに屈して「右派」の尖兵として別の「右派」への攻撃を強
めたのが発端であり、その2面性が同時に左右の怨嗟の標的になったと
いうことらしい。関西前進社の彼の部屋には黒田著作選が揃っていたと
いう。白井さんが住まいを中央に襲われて逃避行を続けていたころ、一時
、荒本に匿われていたこともあるという話は聞いた。度量の大きい反骨の
人でもあったということか?そんな人物が陥ったアナ。そういう視角から
も検証が必要なのだと思う。与田氏の「罪状」それ自体にも水谷さんらは
深く触れようとはしない。「財政・私財・私腹の腐敗」「3日4日生活」
「浅尾スパイ問題で政治局は腐っていた」等々、とは触れる。けれども
「与田腐敗問題は口実にすぎなかった」というのが結論だ。その結論の妥
当性はおいて、浅尾スパイ問題(04年に発覚)とは関西の構成員のほとんど
が実名とともに公安につかまれていたという事実に発する。関西に3人のス
パイがいることなども暴露されていた。・・・「聖と俗」。「黒猫も白猫も
…」。使い古した言葉だけれど、政治学・「革命論」にあって欠くことので
きない一分野であることを改めて感じ入る。清水さんの「俗物的大きさ」に
切り捨てられた両氏にとっても不可欠のテーマであるはずだ。

179:すえいどん
15/11/30 10:04:44.69 .net
『敗北』本メモ④ 「3・14Ⅱの真相」を語れ
URLリンク(blogs.yahoo.co.jp)
梅 筆者らのキーワードは「テロはいけない」「路線問題」「対峙」「元に戻
せ」「正論」などか?戦闘同志会が荒本に拠ってクーデタと「対峙」していた
と何度か強調している。では「対峙」や「元に戻せ」とはどういうことか?関
西支社に突入して再占拠(奪還)する。反乱分子を残らず捕捉し叩きのめし、
「元に戻す」。監禁-追放する。うまく行けば反乱分子はあきらめて無抵抗で
開城するだろうけれど、でなければ、大阪・京都・兵庫などの拠点で篭城する
。素手になるか鉄パイプまで発展するかは不明にしても、一個の「大戦争」も
想像された。これが「テロはいけない」論?ことの正否はおいて、何か民青の
「正常化」みたいな表現だ。
桜 「暴力に対する暴力の応酬」。素朴にはそんなことではないのか、否か?
自らが黙々と屈していった日々を振り返って中核派の「組織的本性」は分かっ
ていたという。自ら担ってきた「組織的本性」だ。02年、白井朗さんや角*さ
んへのテロを企画・実行したのはだれか?「左派」であることは今や自明だ。
「正論」の中身があまりに乏しくて、肝心なこと、筆者らの立場が隠蔽されて
いること、これが最大の問題だ。そう、「政治的な卑劣さ」というべきか?
竹 関西のそういう力による「強訴


180:」「対峙」、が中野さんたちを動かすバネ になったことはたぶん間違いなさそうだ。 桜 直後の「しばらく様子を見よう」という中野さんの対応は、それ自体とし てはそういう「戦争的」事態への、ま、順当な判断ともいえる。 梅 そうだ。仮に「東西の全面戦争」にでもなったら収拾がつかない。それど ころではなく、政治力学的には「左派・武闘派」の奪権にも直結しかねない。世間的にも「内ゲバから内内ゲバの復活・回帰」と受け止められたろう。いわば岸武闘派政権の誕生か?つまりは「左派」によるカウンター・クーデタ?? 桜 そうだ。著者らにはその辺を語って欲しかった。



181:すえいどん
15/11/30 10:27:39.19 .net
(承前)
松 同じことだが自称「左派」と「二つの右派」論。中身の解説がなく
てさっぱり分からない。「左派」が何と対峙し、何に拠ったのか?
竹 後の中央派の『50年史』によると問題は「血債主義」と「政治決戦
主義」だという。後者は「万年決戦主義」批判を超えた「無条件の、反
『政治闘争主義』」ともいえそうだけれど、その背後には「内戦による
組織の極限的疲弊」がある。「ゲリラ・パルティザン」路線の行き詰ま
りをめぐる形を変えた抗争が、意味不明な論争やにはまり込んだとも思
える。岸氏も自身が責任者となった杉並選挙ではこれを意識して「総力
動員」による方式を改めたとしてはいる。とはいえ(清水さんに直接口
説かれて)三里塚担当になった岸氏の自己批判には、現地責任者として
自らこだわった三里塚基軸主義の継続もある。そんなことを踏まえてな
お、「70年代-80年代の蜂起の陣形」と組織のあり方-その継続と変革の
問題をめぐって、収拾のつかないような混乱・矛盾が山積していたこと
が分かる。
桜 ここでの無定義な「左派」とは(その方向が何であれ)「変える」
ことへの抵抗、安住、既得権の護持--以外の何を意味するのだろうか?
そもそも清水さんに提起されるまで、断末魔の「極限的疲弊」の認識が
2人には無かったのか?ま、なかったらしい。
梅 少なくとも、70年代には青忠さんと組んで首都圏委員会で激論し、
意見書を出して「謹慎処分?」を受けたという(初めて聞くが)岸氏に
は、その辺の見識はあって良さそうとも感じるのだけれど。
竹 ところで中央派によって「血債主義者」に名を連ね、二人の著者に
加えて「著者」とされる岩本さんやその後反党フラクションを理由に除
名された甘粕氏はここではどういう態度だったのか?
梅 岩本さんは「関西を支持」、甘粕氏は「保留」かな?当時は政治局
員の山森氏は、「左派」だったけれど、降格で許された。荒川スパイ事
件では「銀行ギャング」事件の現場で逮捕されている。粛清の穴埋めに
?鈴木たつお氏ら60年世代が復活している。

鈴木達夫は「主体と変革」派、復活ではなくリクルートでは・・・・

182:すえいどん
15/12/01 11:45:56.40 .net
今井公雄「突破力」の1節
森茂と社学がモデルであろう。
また、消えてしまうかもしれないので
URLリンク(www.asahi-net.or.jp)
いままでの革マルにはいなかったタイプの活動家が出てきた。これが、男をめ
ぐる一致した評価だった。とくに黒田の期待は大きいものだった。黒田が説く
理論をなぞる「理論家」はいたが、彼が不得手とする経済学について進んで挑
戦するものはいなかった。男は最高指導部のメンバーのひとりひとりの性格や
得手不得手などをじっくり観察していた。そして、だれもが名のりでないのを
見て、後退戦の先頭に立つことを買って出た。黒田が定めた党是に忠実に、他
党派からは敵前逃亡と罵られ、下部から指弾されることにも怯まなかった。そ
の突破力は党首の信頼をかちえるに十分なものだった。抜擢に次ぐ抜擢がおこ
なわれ、数年で先人を追い越し、実質的な指導権を確保した。気づくと、こと
ば遣いを含めた態度をもって鈴木の前で君臨していた。目の前では根本が踏み
絵を突きつける。弟の情報を出せ、そうするのが「プロレタリア的人間の論理
」のあるべき姿ではないかいう。この種の理屈をこねることが不得手なこの男
にしては柄にもないことだった。膝詰めの談判はこれが二度目だった。その根
本自身も踏み絵を迫られてのことである。つぎはないだろうことは、隣で腕組
みをしながら黙って座っている男を見れば一目瞭然だった。鈴木がどう対応す
るかだけでなく、根本がどう振る舞うかも同時に監視しているのだ。振り返っ
てみると、革共同への合流が正しかったと確信できたのはあのあたりまでのこ
とだったかもしれない、といまの鈴木は思う。こと芸術にかかわる理論につい
ては一家言があるという自負をくすぐられ、同様に理論家であると称する黒田
とは波長が合うものだと錯覚したのがボタンの掛け違えだった。居場所はとき
の経過とともになくなっていた。気づけば上のほうで決められたことを活字に
するだけの部署にいた。従業員として動員された学生を管理するだけの存在に
なっていた。かつては自分もそこにいた部署でなにが、どう議論されているの
かわからないまま、ただひたすら活字を拾い、輪転機を回す作業に明け暮れる
日々がつづいていた。

183:革命的名無しさん
15/12/01 14:07:21.92 .net
>>164
どこで情報を収集したのかわからないが、かなり細部にわたって「事実」らしきものを
もとに小説化されている。
しかし、収集した「事実」をもとにしつつ、かなりの推論もちりばめられている。
全くの思い違い、というか妄想を文章化しているものもだいぶある。
どこがどうというのはもちろん書けないが。

184:革命的名無しさん
15/12/01 22:18:10.83 .net
鈴木達夫氏だが
全国反戦世話人当時、他党派から評判よかった(理論を展開できること。柔軟性に富んでいたこと)
悪いけど、次の世話人橋本秀二郎氏はその反対でしたね。


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