09/02/02 08:23:35 .net
>>37
対日共というのは反差別主義ということではじまったのかな。一定の成果はあがったようだが、職場闘争をある意味停止するのは本工のみの時代ではわからないでもない。しかし自治体で臨職など不安定雇用者層が増大している現在の状況ではなりたたないだろう。
学生運動との対比をしてもしょうがないのはわかるが、あえて例に出すと、一般的な経済闘争を後回しにして、
反戦や反天、「障」戦線や部落解放運動との共闘、日韓民主連帯などの運動を最先頭の課題としてきた新左翼系大学自治会のようなものかもしれない。
ただし学生運動でも学費や移転問題など常に出てきたし、学生の立場にたつのだから当然にも対当局では常に戦闘的でなければならなかった。
「障」戦線での学内闘争ではまさにそうなった。
陣地戦としても西村や自民と結びつく理由にならない。相手は選ぶべきだろう。逆に陣地戦だったら時代状況の変化に敏感でなければならない。
永続的な陣地戦には柔軟さも必要だが、立ち位置は確固としてものでなければならないし、柔軟さというものを政治的に立ち回ることに集約してしまうのはあまりに危険だ。
それでは構改派でもなんでもなく、まさにただの改良主義やそれ以下になる危険性が強く、日和見主義としか映らない。
オレの年代は三里塚や朝霞で主革を主革として認識したことがない。首都圏がどうなっていたかも実際のところはよくわからない。
大阪の主革や自治労がどうなってるのか、どうなってゆくのか、それは注視しておこうと思う。