25/03/09 20:34:11.91 KmZATfe30.net
風は囁くように吹き抜け、古びた石畳の上を這う。空は仄かに翳り、遠方の雲がゆるやかに崩れては形を変えていく。水盤の表面を波紋が幾重にも広がり、天上の光を歪ませながら、静寂に沈んでいった。
リンクの足音は砂礫に吸い込まれ、彼自身の存在すらもこの静謐の中に埋没していくかのようであった。ふと、視界の片隅に人影を捉える。光を浴びてもなお、どこか朧げなその姿は、たゆたう霧のように儚く、それでいて異様な威厳を漂わせていた。
彼女は、そこにいた。
衣の裾が風に翻り、柔和な曲線を描きながらも、どこか不可侵の気高さを湛えている。その動きは優雅にして計算され尽くしているかのようであり、まるで意識すら持たぬままに宮廷の規律を体現しているかのごとく見えた。
リンクは、何か冷ややかなものが脊髄を這い上がるのを感じた。それは警戒というには生温く、恐怖というには未だ形を持たぬ。彼の精神は不穏な波に揺らされながらも、彼女の視線に吸い込まれるように釘付けとなった。
そして彼女は、動いた。
極めて緩慢に、だが確実に。
わずかに身を翻すと、金糸を織り込んだかのような髪がわずかに揺れる。それと同時に、彼女の双眸がリンクを射抜いた。そこに浮かぶ感情は容易には解読し得ぬものだったが、ただ一つ、その冷徹さだけは剥き出しであった。
「貴方は——何者なの?」
その声音は、柔らかくも氷刃のごとく鋭かった。
言葉の一つ一つが空気を裂き、リンクの鼓膜を穿つ。彼はその圧力に喉を詰まらせながらもなんとか声を発した。
「……リンク。森の村から来た」
彼女のまなざしは変わらない。無表情の中にあるのは、審判を下す者の目であった。その視線に晒されることが、理由もなく胸を締めつける。
——まるで、自分という存在の全てを見透かされているかのようだった。
「貴方は、私の夢に出てきた」
その一言が、リンクの思考を凍らせた。
脳裏を鋭い刃が閃き、意識が束の間の空白を迎える。まるで過去と未来が瞬時に交錯し、時の流れそのものが歪められたかのように感じた。彼は言葉を発することすら忘れ、ただ彼女の言葉の意味を反芻することしかできなかった。
「……夢?」
辛うじて紡ぎ出した言葉は、霧散する吐息のごとく儚く、頼りなかった。
彼女の表情は、変わらなかった。ただ、彼女の内側で何かが揺らいだような、そんな気配をリンクは感じ取った。
「私が何度も見る夢。闇の雲がハイラルを覆い尽くし、その中からひとすじの光が差し込む。その光の中に、あなたが立っているの」
彼女の言葉は、夜明け前の静寂に落ちる水滴のように澄んでいた。
「お願い、リンク。私の話を聞いて」
次の瞬間、彼女は静かに、しかし確かな響きをもって言葉を紡いだ。
「私はゼルダ。ハイラルの王女です」
その名は、静寂を打ち破る鐘の音のごとく、リンクの内に深く響き渡った。
それは、運命の扉が静かに開かれる音であった。