23/05/30 05:49:32.64 .net
沖縄独立論"の実態は中国の植民地化計画である
1006:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:50:17.51 .net
日本政府は中国に対して「尖閣諸島は日本固有の領土」と主張するものの「沖縄は日本固有の領土」とは主張しない。
その一方で、日本政府は「尖閣諸島は沖縄県に属する」と説明している。
尖閣諸島が沖縄県に属するなら、日本政府は「沖縄は日本固有の領土」と主張するべきだが、日本政府が「沖縄は日本固有の領土」と主張したことは過去に一度もない。
日本政府が「沖縄は日本固有の領土」と言えないのは144年前の1879年3月27日に沖縄の前身である琉球王国を武力併合した歴史的事実があるからだ。
1007:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:55:15.79 .net
公安調査庁は2017年版「内外情勢の回顧と展望」の中で、中国の大学やシンクタンクが中心となって、沖縄で「琉球独立」を求める団体関係者などと学術交流を進め、関係を深めていると指摘した。
交流の背景には、米軍基地が集中する沖縄で「中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいる」として、今後の沖縄に対する中国の動きには「注意を要する」としている。
1008:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:57:00.13 .net
日本政府が軍隊を動員して琉球王国(現在の沖縄)を武力併合したのは1879年3月27日のこと。
日本政府はこのとき、熊本鎮台から数百人の軍隊を琉球に派遣し、松田道之という役人を筆頭に琉球王府の首都だった首里城を取り囲んで武力的威嚇のもと併合している。
武力併合をもって「我が国固有の領土」と言えるなら、 例えばどこかの国が日本を武力併合すれば、その瞬間から、その国は「日本は我が国固有の領土である」とも言えることになり、そうなると日本政府はその国の主張に反論できなくなる。
1910年に日本が朝鮮半島を併合したときに日本政府が「朝鮮半島は日本固有の領土」と言わなかったのは「併合した地域はもともと他国の領土だから我が国固有の領土という言い方はではない」という認識があったからにほかならない。
沖縄ももともとは琉球王国が統治していた地域で、その琉球王国を日本政府が軍隊を動員して武力的威嚇のもとに併合した歴史的事実があるから日本政府は過去に一度も「沖縄は日本固有の領土」と主張したことがない。
1009:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:58:37.02 .net
「中国はまた沖縄の独立運動をも地元の親中国勢力をあおって支援するだけでなく、中国側工作員自身が運動に参加し、推進している」
「中国の学者や軍人たちは『日本は沖縄の主権を有していない』という主張を各種論文などで表明してきた。�
1010:ッ時に中国は日本側の沖縄県の尖閣諸島の施政権をも実際の侵入行動で否定し続けてきた。この動きも日本側の懸念や不安を増し、沖縄独立運動が勢いを増す効果を発揮する」
1011:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:59:23.80 .net
昭和51年度 1976/4/2~1977/4/1 Part24
スレリンク(cafe40板)
1012:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:59:27.55 .net
中国側の官営メディアがこの種の虚報を流すことは年来の中国のプロパガンダ工作ではよくある事例である。この虚報の背後にすけてみえるのは、中国がやがては沖縄も自国領土だと宣言するようになる展望だといえる。
米中経済安保調査委員会の「アジア太平洋での米軍の前方展開を抑える中国の試み」という題の同報告書は中国の沖縄に対する活動について以上のように述べて、中国側のその目的はすべて日米同盟にくさびを打ちこみ、日米の離反を図って、米軍の沖縄などでの軍事能力を骨抜きにすることだと分析していた。
1013:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 05:59:52.51 .net
とくに中国側の領土拡張の狙いが単に尖閣諸島だけでなく沖縄本島などにも及んでいるという指摘、さらには中国側がすでに沖縄の内部に工作員を送りこんで、軍事、政治の両面で日米の連携をかき乱しているという警告は日本側としても重大に受けとめねばならないだろう。
1014:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:01:00.85 .net
「中国は日韓両国間の対立の原因となっている竹島問題に関して同島を軍事占領する韓国の立場を支持して、日本側の領有権主張を『日本の危険なナショナリズムの高揚』などとして非難してきた」
「中国は日韓両国間の慰安婦問題のような第二次大戦にかかわる歴史認識問題に対して韓国側の主張を支持し、日本側の態度を非難する形の言動を示して、日韓間の歴史問題解決を遅らせてきた」
「中国は日本の自衛隊の能力向上や役割拡大への韓国側の懸念に同調を示して、韓国側の対日不信をあおり、アメリカが期待するような米韓両国間の安全保障協力の推進を阻もうとしてきた」
1015:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:01:35.48 .net
アメリカの議会機関が指摘する中国の日韓離反工作も中国の沖縄への介入と目的を一致させる反日、反米のしたたかな謀略活動だともいえるだろう。日本側としても硬軟両面でのそれ以上にしたたかな反撃が欠かせないであろう。
1016:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:02:26.63 .net
二人とも朝から何やってんの
1017:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:04:43.35 .net
沖縄の前身である琉球王国は自然に消滅したわけではなく、日本政府が領土拡大という目的で軍隊を動員して消滅させたというのが歴史的事実。
琉球王国を消滅させた主体が日本政府なのだから、その日本政府が「沖縄は日本固有の領土」なんて口が裂けても言えるわけがない。
事実、日本政府はこれまでただの一度も「沖縄は日本固有の領土」と言ったことがない。
軍隊を動員して武力的威嚇のもと併合しておきながら、その併合した地域を「我が国固有の領土」などと主張すると、それこそ世界の笑いものになる。
だから1898年にハワイ王国を併合したアメリカは「ハワイはアメリカ固有の領土」とは絶対に言わないし、ロシアへの経済的支援の見返りとして譲り受けたアラスカについてもアメリカは「アラスカ州はアメリカ固有の領土」とは絶対に言わない。
また、ニューメキシコ州も1848年の米墨戦争でアメリカがメキシコから奪い取った地域だからアメリカは「ニューメキシコ州はアメリカ固有の領土」とは絶対に言わない。
仮に日本政府が「沖縄は日本固有の領土」と主張してもアメリカは絶対に認めない。
なぜならアメリカは1854年7月11日に、沖縄の前身である琉球王国と琉米修好条約を結んでいるし、翌年の1855年3月9日にはアメリカ議会が同条約の締結を批准していて、同日、第14代大統領のフランクリン・ピアースが同条約の批准を公布しているから。
批准とは「国家間で結んだ国際条約を当事国の議会が承認する」という意味で、公布とは「新たに結んだ国際条約や新たに成立した法律などを国民に�
1018:Lく知らせる」という意味である。 アメリカは琉球王国を外交権を持つ主権国家と認めていたからこそ、琉球王国と琉米修好条約を締結したわけだから、その琉球王国を前身に持つ現在の沖縄を日本固有の領土と思っているわけがなく、日本政府が「沖縄は日本固有の領土」と主張したとしても上記の歴史的経緯があるからアメリカ政府が日本政府の主張を認めることは絶対にない。
1019:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:05:07.54 .net
琉球帰属問題
日本と清国の両属とされた琉球を巡る19世紀後半での両国の対立。1879年、日本が琉球併合を強行した。
琉球王国は、江戸時代には形の上は独立した王国であり、事実上は島津氏を通じて日本の支配を受けながら、清朝を宗主国としてその冊封を受け、朝貢しているという、両属の形を取っていた。江戸時代にはそれが問題になることはなかったが、明治維新後、近代的な主権国家を目指す日本は、明確な領土概念を適用し、日本の支配下に組み込もうとした。それに対して清朝は宗主権を主張して、琉球を支配下に置こうとした。この帰属問題は両国間の深刻な対立点となった。
琉球処分(琉球併合)
1020:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:05:34.67 .net
琉球処分(琉球併合)
明治政府による廃藩置県は1871(明治4)年に行われたが、琉球に対しては翌72年に琉球王国を廃して琉球藩を置き、尚氏を藩主とした。1874年には、琉球の漁民が台湾の先住民に殺害された事件を機会に、日本は琉球は日本に属するとして台湾出兵を強行した。これは近代日本画行った最初の海外派兵であり、台湾現地人との戦闘が行われ、清朝は強く抗議したが、イギリスの調停によって両国間の開戦には至らず、同年10月、日清互換条款が締結され、事実上、琉球を領土とする日本の行動が認められることとなった。
1021:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:06:03.92 .net
その後も、琉球に対する清朝の宗主権の主張は続き、琉球内部にも清朝への帰属を主張する動きもあった。そこで明治政府は1879年(明治12年)、軍隊・警察を派遣して威圧した上で、琉球藩を廃止して沖縄県を設置した。これの課程は日本史上では「琉球処分」と言われているが、形式的ではあれ独立国家であった琉球を日本が併合したものであり、それによって清朝の宗主権の一つが失われたことを意味している。当時清の実権を握っていた李鴻章は、日本の台湾出兵、江華島事件、琉球処分という一連の動きは、清国を中心とする中華世界の秩序に対する挑戦として強く警戒し、琉球処分に対して、清国の駐日公使はただちに日本に抗議している。琉球帰属問題はなおも日本と清国の間で継続されることとなった。
1022:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:06:08.83 .net
琉球漆器は日本固有の漆器ではない。
その証拠に琉球漆器の技術は中国から伝わったもので日本から伝わったものではない。
しかも16世紀の琉球王国で琉球漆器の製法技術が確立されていて、しかも当時の琉球王国は日本の領土ではなかったから琉球漆器は日本固有の漆器とは言えない。
1023:名無しさん@お腹いっぱい。
23/05/30 06:06:34.42 .net
折から世界一周旅行の途中で来日していたアメリカ合衆国の前大統領グラント(南北戦争の北軍の英雄として戦争後に大統領に選出されたが大統領としては問題が多く、評価は低い)が、日本と清国の調停役を引き受けた。しかし両国の主張は歩み寄らず、この問題は1894年の日清戦争の一つの要因となった。そこでの日本の勝利により、事実上、琉球帰属問題は決着がついた。
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