18/06/22 14:56:33.12 .net
神戸に着いて数日、私はポートタワーにほど近いホテルに泊まっていた。
ここはタクシーの運転手の紹介である。大阪とが違う神戸ならではのディープさを
堪能したい旨を伝えると、彼はまず予算を訊いてきた。糸目をつけないという
本気の度合いを確かめるように彼はバックミラーごしに私をちらりと見る。
こういう眼に私は覚えがある。癌健診の結果を訊いて伝える医者の年齢は50代だった。
いわゆる同年代だ。カラオケにでも一緒に行ったら、確実に
80年代ソングを歌う。お互いしたたかに酔いでもしたら肩でも組むかもしれない。
そう思えるような人の良さをあの医者には感じたが……この男には無理だと
思ったし、今もそれは変わっていない。
私は彼とは親しくなれない。なるべきではない。頭のどこかが痺れて、
現実感が失われたままそう思う。一泊一万エントリーもしないこんなホテルで、
何故こんなパーティーが催されているのか。
少し歩けばポートタワーだ。
こことポートタワーが地続きというのが信じる事がない。
目の前では老婆がそれを逆さにつらして薄切りしている。下に置いた皿に受けた血液は
ソースにするらしい。
飛沫を赤に気が遠くなる。だが匂いは何故か柔らかい。
老婆とそれの横では、真っ裸の女が大股を開いて、息も絶え絶えだ。
まだ若い。十代だろうか。係員に促されるままに彼女の中に、肉の空洞に
腕を差し入れる。温かく、柔らかく、そしてどうしようもなく懐かしい。
腕全体が勃起したそれになったような感覚に、私は滑稽を感じて
笑いが気道をせりあがる。吐き気のように、こらえるのがきつい笑いが
一度口から漏れると、もう耐えきれない。
せきをきったように私は
大笑いをした。笑い過ぎて涙が出る。腕は女の
中に突っ込んだままだったが、
私を侵している肺の末期癌に由来する絶望は
綺麗に胸から消えていた。