18/06/22 16:10:44.29 .net
人の良さそうなその医者はレントゲンの作る
陰影を凝視していた。
それから伺うようにちらりと視線を私に向けた。それが告知の始まりだった。
いや、告知というよりは現実感の崩壊といった方が正しいのかも知れない。
何にせよ事実は一つ。肺の末期癌。 告知の一週間後私は会社を辞めた。どこか遠くに行きたいと思い、仙台駅に向かう。
神戸で降りたのは気まぐれだった。それから数日、 私はポートタワーにほど近い
ホテルに泊まっていた。 ここはタクシーの運転手の紹介だ。大阪とは違う神戸ならではの
ディープさを 堪能したい旨を伝えると、彼はまず予算を訊いてきた。
私は金に糸目をつけないと答える。どうせ末期癌、遺産を遺す家族もいない。
豪遊をしてやろうと私は思っていた。 本気の度合いを確かめるように
運転手はバックミラーごしにちらりと見てくる。 告知時の医者の視線を思い出す。
現実感の喪失もぶり返す。 同時に男に対して拒否感を覚えた。
今もそれは変わっていない。 私はあの運転手とは親しくなるべきではない。
頭のどこかが痺れて、 現実感が失われたままそう思う。