13/05/19 16:00:37.04 .net
教えてやろう。歪みを感じるのは、二つのものを一つに見ているからだ。
いいか、二つある。それは、才能と能力だ。
才能がなければプロになれないが、能力がなくてもプロにはなれない。
「才能」はわかるな? 要は、他人より優れているってことだ。
では、「能力」とは何か? 誰もがみな最低限もっている「能力」だが、
個々人によるその違いは、「書いていたい」という持続性だ。
つまり「能力」とは、書くことに快感を感じ、ずっと書いていたいという欲望だ。
たとえば好きなゲームをずっとやり続けていたいという欲望に似ている。
「書けない」というのは、その「書いていたい」という快感がなく、持続性がない、
もしくは持続性が一時的なものだったということで、つまりそれは「能力」がない、ってことになる。
では、ここからが真実だ。
才能があって、または、書きたいものがあって、書く、というのは、勘違いだ。
ただ書きたい、何でもいいから書いていたい、というエネルギーが先にあって、
何十万、何百万、と文字を書き連ねているうちに、文章が上手くなり、そして、
そのうち、いいものが書けるようになる。実は、こっちのほうが現実的だ。
で、書く快楽をさらに高めるために、他人の文章、書き方を参照するようになる。
読書とはその程度のものだな。