この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十七ヶ条at BUN
この三語で書け! 即興文ものスレ 第二十七ヶ条 - 暇つぶし2ch50:「旅行者」「大腿骨」「カーナビ」
12/08/05 15:01:23.36 .net
情報を取り引きして生計を立てている砂漠の村があるというので、俺は取材に向かった。驚くべきことに、村の長老は日本語を上手に話すことができた。
過去に日本の落語家が迷い込み、砂漠を抜ける道を教えることと引き換えに彼の持ちネタをすべて伝授してもらったのだという。日本語も落語も大層気に入っているようだ。
話を聞いてみると取り引きする情報とは砂漠を抜ける方法についてらしい。落語家以外にもさまざまな旅行者が迷い込み、持ち物と引き換えに砂漠を出て行く。それは俺を満足させる内容ではなかった。星で方角を知る頃ならともかく今は21世紀だ。
長老が取り引きをもちかけてきたが、当然俺は断った。カーナビという文明の利器があれば道に迷うはずがない。長老は困った顔で骨細工を俺にくれた。動物の大腿骨に彫刻を施したものだ。
手土産はこれだけか、と取材の成果に不満を抱きながら次の目的地に向かったが、どういうわけか一向に到着しない。
そのうちにガソリンが尽き、立ち往生することになった。遭難。カーナビを信じきっていたので食料や水の余分はほとんどない。
絶望しているとラクダに乗った男がやって来て「今回だけですよ。それと骨は捨てなさい」とガソリンを提供してくれた。ラクダを放ち同乗したその男と車を走らせると、ほどなくして砂漠を抜けた。
男は長老の息子だった。砂漠を貢物なしで渡ろうとすると守り神が機嫌を損ねる。誰も彼もを砂漠に閉じ込められても困るので不埒者に骨細工を持たせてこの人に祟るようにと骨を持たせるのだという。
どうして骨なのか、と聞いた俺は男の答えに絶句した。
「骨には皮がない。つまり、か(買)わない、砂漠を出る方法がいらない、という意味ですよ」
それ以来、俺は落語を聞かない。

次「マジック」「家庭菜園」「親切」


51:「マジック」「家庭菜園」「親切」
12/08/05 16:28:23.61 .net
「なんじゃあ、こりゃあ?!」
 その素っ頓狂な叫びはコンビニのトイレのほうで発せられた。
 ジーパン刑事の死に際の台詞をそのまま口走ったのは、当の「太陽にほえろ!」など見たことも聞いたこともない世代の乙女、西宮遙花である。
 彼女は手洗いの鏡に映る自分の顔面に驚愕したのだった。
 まるで昔の映画「魔界転生」のクライマックスで千葉真一扮する柳生十兵衛がしたのと同じように、遙花のきれいな顔面一面にびっしりとマジックインキのようなもので文字が書き込まれてあるのだった。
 コンビニの他の客が店内に入った遙花を思わず凝視したのは、決して彼女が美人だからというわけではなかったのだ。
 遙花は何も買わずにコンビニから撤収した。訳の分からぬ文字の下の顔は真っ赤だった。
「じじい、てめえ!」
 家に帰るなり、遙花は、ほぼ犯人に違いない彼女の祖父の胸ぐらをぐいと掴んだ。
「なんじゃな、いきなりDVとは世も末じゃのう」
「黙れ。私の顔、この落書き、これ見覚えあるだろ。何が書いてあるのかは知らんが、この筆跡には見覚えがある。てめえだろ、この悪戯じじいが!」
「ああそれか。それは、お前の成績が上がるように、お前が昼寝をしている間にお呪いをかけてやったんじゃよ」
「ざけんなよ。何がマジナイだ。おかげで私は知らずに外出しちゃったじゃねーかよ。町のとんだ恥さらしだよまったく!」
 遙花は悔しくて恥ずかしくて涙ぐみはじめた。
「人が親切でしてやったのに、この仕打ちはないんじゃないかな。さあ、手を離してくれ」
「ああ、離してやるさ。てめえはな、孫にちょっかいなんかかけてないで、老人らしく家庭菜園でもしてりゃいいんだ。ほらよ!」
 遙花は理性が途切れたのか、学校の道場でしかかけたことのない柔道の背負い投げを、ひ弱な祖父にかけてしまった。
 祖父は叫ぶ言葉もなく、ひゅーと空を舞い、庭の畑に頭から突っ込んだ。
 頭を土中に埋めて逆さまに立つ祖父の姿は、まるで角川映画「犬神家の一族」の犬神スケキヨの死に様のようであった。

次「浴衣」「迷い犬」「幽霊」

52:「浴衣」「迷い犬」「幽霊」
12/08/08 03:04:23.86 .net
「あれ、迷い犬かな」と僕は犬のいる辺りを指差した。
花火大会会場へ向かう、混雑した歩道に1頭の白い犬がいた。
だが僕の連れは誰も犬を見つけられないらしい。
様子を見ようと僕は混雑を縫って犬の目の前まで近づいた。犬は逃げない。
首輪につけられた名札を手に取ると、「タカハシシロ」とあり、連絡先も書かれていた。
僕はケータイを取り出し、名札に記載の番号へ発信した。
「シロは3年前に事故で亡くなりました。こんないたずら、よしてください」
電話の向こうの冷たい声。
「そうなの?シロ。君は幽霊なの?」
浴衣姿の男女が、かがみこんで地面へ話しかける僕にうさんくさそうな、
または哀れむような、もしくは馬鹿にしたような視線を流していく。
その日、僕は一人暮らしのアパートへシロを連れて帰った。
泣かない、食べない世話のかからないシロ。
どうやったらちゃんとお前を天国に送れるんだろうな。
僕は、君が悲しい。

次「布団」「ビール」「アクション映画」


53:「布団」「ビール」「アクション映画」
12/08/08 23:25:55.01 .net
屋上に到着した俺はターゲットにブツを渡すべく行動を開始した。
危険な任務だ。早速毒針使いの女がうろうろしている。干している布団伝いに
見つからないよう移動し、非常階段を足音を立てないよう慎重に下りていく。
2階まで来たがドアに鍵がかかっていて開かない。畜生、ピッキングの訓練をしていれば。
こうなったら作戦を全面変更するしかない。1階で敷地を回りこんで建物の正面に行き、
突入を決行する。毒針使いの仲間や奴らと一緒に甘い汁を吸っているに違いない年寄りどもが
驚いて俺を見るが、本気を出した俺の速度について来れる者はいない。
2階の廊下を曲がろうとして、カートを押している女にぶつかりそうになる。まずい、
運んでいるのはマシンガンか?咄嗟に側転をして身をかわす。アクション映画の主人公なら
手を地面につけずに宙返りできるだろうが、俺には無理だ。
待ち合わせの場所に着く。が、ターゲットは毒針使いの女に今にも刺されそうになっている!
「おお、正夫、ちょっと待っててな。パパ点滴するところだから」
「パパのお見舞い?一人で来たの?偉いわねえ」
毒針使いの女が余裕の笑みでこちらを見る。
俺は黙って、頼まれたブツをターゲットの横たわるベッドのそばに置いた。
「まあ。谷本さん、ビールなんて持ってこさせちゃダメですよ」
毒針使いの女は針を刺すとブツを取り上げてしまった。
任務失敗か。渇いた喉を潤そうと、缶ジュースを開ける。
プシューッ!勢いよく噴射したジュースが俺を直撃した。どうやら敵の罠だったようだ。

次「縦笛」「読書」「みりん」

54:「縦笛」「読書」「みりん」
12/08/24 14:04:03.52 .net
「喧嘩売ってんの?」
 台所に立つ女房の背中が急に冷えたように感じられ、俺は読書の手をとめた。
「だから。小学生のころの話だってえの。あのころ、しょっちゅうおまえと喧嘩ばかりしてたろ?」
 結婚して幾分かマシになったものの、昔からこいつは気が短いうえに手が早くていけない。
「ーーああ。そうだねえ……」
 女房は振り返ると、床に伏せられた本の背表紙をどこか遠い目で見つめた。
 そこには東野圭吾の『あの頃ぼくらはアホでした』というタイトルが打たれている。
 ふと蝉の鳴き声がした。空き地を走りまっていたあの頃から、かれこれもう二十年にもなるだろうか。
 女房は、手慣れた手つきで鍋にみりんを継ぎ足し、軽くかき回し、だし汁をとった小皿を口元へと運ぼうとした。
「俺な。おまえの縦笛舐めたことあるぞ」
「ぶ。な、なにさ。突然!」
 女房は手の甲で濡れた口元を拭った。そして何事も無かったかのように鍋をかき回して誤魔化している。
「ん。そんなに気持ち悪かったか?」
「そんなことない。そんなことないよ!……あたしね。あたしもあんたの、やったことあるから!」
「マジか」
 衝撃の告白。少なくとも俺にとってはそうだ。
「マジ! マジなのよ!」
 おたまをもったまま俺の隣にしゃがみ、小肩をぶつけてきた。
 時間が巻き戻るのを感じる。はじめてお互いを異性として意識しはじめたころのように、純情で不器用でかつ甘酸っぱい。
 だが俺にはそういうのはどうにも照れくさくて苦手だ。
「よおし。おめには俺のこの縦笛を舐めさせてやろう」
 容赦なく女房のもっていたおたまが振り下ろされ、脳天から火花が散り、浮かせかけた腰ごと撃沈した。
 次のお題は「背中」「台所」「マンホール」

55:「背中」「台所」「マンホール」
12/08/25 01:00:29.95 .net

 体調を崩し家で寝ていて暇をもてあましたことは誰もが経験したことがあると思う。
かく言う俺もある程度回復してきた暇をTVで紛らわせていた。
似たような番組が多く何でもよかったが、人類の歴史で最初に地球の重力を振り切ったのがマンホールのふたという話に興味が引かれ、都市伝説の番組で手を止めた。

 正直ただ馬鹿騒ぎしているだけで内容の薄い番組にしか感じなかったが、台所やお風呂のような水場でだるまさんが転んだとはいってはいけない……という話はなんとなく嫌な気分になった。
 昔から、こういう話を聞くと気になって仕方がなく、かなり意識してしまうのだ。
放送部に居たとき、部長に「救急車を霊柩車と間違えるなよ?」という冗談は意識に入り込み結局間違えてしまったことがあった。

 TVをみながらうとうと眠ってしまい、TVのことは忘れていた……忘れていたはずなのに、おなかが減って台所に向かうと、まるでそれが毎日の日課のごとく自然に「だるまさんが転んだ」とつぶやいてしまった……つぶやいてからTVを思い出した。
都市伝説が事実なら今俺の後ろには青白い顔の女が立っているらしい、そう思った瞬間背中で気配を感じた。誰かいる!間違いない、床のきしみ音すら聞こえる。
 恐る恐る、後ろを振り向こうとしたが気持ちがそれを止め振り向けない。気配はだんだん近づいてくる……しかし気配は動かなくなった。

そして

「起きてていいの?何か食べる?」
そこには普段とは違う顔(すっぴんなだけだが)の母が立っていた。
これはこれで、怖いといえば怖いが、それ以上に俺は脱力してしまった。
「ううん、寝るわ」それだけ言って力なく部屋に戻った。

次は「空」「髪の毛」「子供」でおねがいします


56:名無し物書き@推敲中?
12/08/25 09:29:08.46 .net
15行ルールはなくなったのか


57:「空」「髪の毛」「子供」
12/08/27 23:38:14.96 .net
それはあるいは夢なのかもしれない。あるいは幼いころTVで見た
ドラマの一部なのかもしれない。その記憶がどこからやって来たのか
私には分からない。こういうのって、誰にでもあるものだろうか?
それとも珍しいことなのだろうか? それさえも分からないが、その記憶は
真夏の入道雲のようにくっきりとした輪郭を持って浮かんでいるのが見える。

 たぶん小学生に上がる前だったのだと思う。私の父の田舎は東京の
八王子市の山奥にあって、およそ東京という言葉からイメージするものとは
逆の風景が広がっている場所だった。夏休みでなくても車で、電車で良く
おじいちゃんおばあちゃんの元へ遊びに行ったものだ。近くに川があって
冷たい水の中で泳いだ。釣りをしていたオジサンに怒られた。仕返しに
オジサンがトイレに行ってる隙にビクに入っていた魚をみんな逃がした。
今思えば何でそんなことをしたのか分からない。きっとあーちゃんがいたからだと思う。
あーちゃんは天然パーマで黒人が長髪にしたようなおかしな髪の毛をしていた。
私はあーちゃんが傷つくと思ってそのことに関して何も言わなかったけど
あーちゃんは本当は聞いてほしかったのだと思う。なぜならそれが友達の証だと
きっと僕らは考えていたのだと思う。

「翔ちゃん、ほらバイブレーター」
あーちゃんが摘み上げているプラスチックのホットドックのようなそれは
見た瞬間、子供が触ってはいけないものだと思った。
「ふーん」
私は何気なく言った。あーちゃんのそういうところが私は怖かった。
どこかでセミの声がした。私たちは川原に横になって背中を川に浸した。
二人とも無言で空を見つめていた。
あーちゃんは苛められていたのだ。
同じ学校でない私だけがあーちゃんを助けることが出来たのかもしれない。
それなのに助けもしなかったし、髪のことも聞いてあげなかった。

あーちゃんは今何をしているのだろう? 立派な会社で性玩具を開発していると
私はうれしい。

58:名無し物書き@推敲中?
12/08/27 23:41:15.22 .net
「大人」「憂鬱」「午後」



59:「大人」「憂鬱」「午後」
12/09/01 02:53:08.39 .net
「憂鬱だわぁ」
 呟きながら、手元の便箋に漢字で「憂鬱」と書いてみる。
 ついでに花瓶に挿してあった白百合を手に取って、その香りを深く吸い、吐いてみる。
「……ねえちゃん、なにしてんの?」
 無粋な声。窓際に座る私のことを、愚弟が怪訝そうな表情で見つめている。
「ふ……大人にはね、ふいにアンニュイな気分になる午後があるものなのよ」
「へぇー、すげぇ」
 弟はこの空気が理解できないらしい、気のない相づちを打ってきた。
 私は彼を憐れみつつ、同時に自分の感性が家族にすら理解されないことにため息をついた。
 と―そこへ闖入者。どたどたどたと入って来て私の手から百合の花を取り上げると、
「あーあー、また一輪挿し抜いちゃってー、水が垂れてるじゃない! それに便箋!
あなたには自由帳があるでしょー!? もう……『憂鬱』? まだ小学一年生なのに
こんな漢字ばっかり覚えて。早く宿題なさい。ため息なんてつかないで、ほーら」
 おかあさんはそう言って、私と弟をぽんぽんとリビングから追い立てた。

次は「傷」「指」「水」でお願いします。

60:「傷」「指」「水」
12/09/02 13:41:51.23 .net
私は静かに指の傷を舐める。
彼は静かにそれを見守る。
「なぜ、水で洗い流さないのか?」彼は聞く。
「あなたとの思い出まで洗い流しそうで怖いから。」私は泣きながら答える。
彼は「あんなに思い切りはずさなくても・・・。」
私は床に落ちている婚約指輪を残念そうに眺めた。

次、「鶴」「亀」「めだか」

61:「鶴」「亀」「めだか」
12/09/02 14:46:19.02 .net
見舞いに来てくれた友達から千羽鶴を贈られた。
聞けばサークルの皆で折ったのだという。正直驚きだ。
私はサークルに籍こそ置いているが、顔を出すこともほとんどなくアルバイトに精を出していた。
大学生活に馴染めなかったことの裏返し。丸亀の実家に帰ろうと何度思ったことか。
それが自分でも思いもよらぬ形で、周囲の人々に想われていたのだ。
「ありがとう」
涙声になってはいないか気にしながら私は言った。
「ところで、それは?」
「大丈夫。塩分控えめだから」
「そうじゃなくて、どうして入院中にうどんなんて食べてるの?香川県の人ってみんなそうなの?」
うどんも食べられないようなら私は瀕死の重態ではないか。
私は、うどんのよさをもっと知ってもらわないと、と思った。

次「時計」「裁縫」「釣り」

62:「時計」「裁縫」「釣り」
12/09/17 22:26:37.05 .net
『時計釣り』とは、読んで字の如く、時計を釣ってその釣果を競うオモシロつまらない遊びの総称である。
子ども達が五人集まると、必ずと言って良い程にその遊びは始まった。皆、暇なのである。
かくいう私もちょいとだけ、その『時計釣り』とやらに混ぜて貰うことにした。
古民家の庭先にわらわら集まる子ども達の姿は、まるで雨後の竹の子の様である。子ども達は、まず、それぞれのポケットから細い「糸」を出した。
何処の家庭にもある、裁縫用の糸である。とりどりの色が、目にも鮮やかに愛らしい。
赤と青と緑と黄色。
白と桃と橙はイマイチ人気がないらしく、訊けば、それらは釣果が好すぎて禁色との事。
英雄は矢張、色を好むものらしい。その糸をくるくると小指に巻いて、最後にかるく蝶々結びに纏めると準備はほぼ、完了である。
それから先は、ひたすら糸を垂らして待つのである。
円陣の真中で散らされた時計には針がない。釣果の判定はどうするのかと尋ねると、時計に針が戻って来るから、その示す時間の大きさで釣果を競い合うのだ、と隣の少年が教えてくれた。
成程。「時を計る針を釣る」から『時計釣り』とは、中々洒落が利いている。
私も早速、子ども達に倣って時計を外し、地面へそっと置いてみる。時計を見ると針は盤面から消えることなく、カチリカチリと秒針を刻んでいた。
―不良品だね。
少年がさも可笑しそうに言うので、釣られて私も、心底残念と笑ってしまった。

次、「空」「花」「祈り」

63:「空」「花」「祈り」
12/09/20 17:35:33.22 .net
いつ、あいつとあの空に願い事したんだっけ。


・・・
「ほら、はやくおきなさい!」
いつもどおりの母ちゃんのうるさい声に起こされた俺は
いつもどおりあいつと学校へ向かった。

「おう、おはよう。」
「うん、おはよう。」
いつもどおりの景色に包まれて
いつもどおりの会話をする。
はあ、なかなか暇だなぁ。
そう思いながら無言で歩く俺とあいつは
いつもどおりの時間に学校についた。
教室に入り、友人達と話し、時間は過ぎ、
家に帰る頃になったらあいつが
ドアの前に立っている。

毎日これの繰り返しだ。


・・・

「なあ、なんで死んだんだよ。まだ願い事叶ってないだろ。」
静かに頬をつたる滴。
あれっ、なんで俺泣いてんだ。
あんなにうざったいとおもってたのに。

64:「空」「花」「祈り」
12/09/20 17:56:56.24 .net
・・・
その日は少し太陽に雲がかかっていた。

いつもどおり母ちゃんに起こされ、
あいつと学校に行った。
その途中だった。
あいつがいきなり
「あそこの神社行ってみたいんだけど。」
と言った。
「まあ、いいけど。」
俺は少し驚いた。自分からあまり提案をしないあいつが
あんなさびれた神社にいきなり行きたいと言ったことに。
「じゃあまた帰りな。」
「うん。」
そして、
俺たちはそれぞれの教室へと向かった。

なぜあいつはあそこに行きたいのか。
など考えながら
いつもどおり友人達と話していた。
学校が終わり、ドアで待っているあいつと
いつもどおり学校を出る。
そして、お互い無言で神社へと向かう。
なぜか、あいつは少しにこにこしているようだ。
さっぱりわからない。
前はわかってたはずなんだけどなぁ。


65:「空」「花」「祈り」
12/09/20 18:13:05.76 .net
・・・
あれっ。
いつからあいつのこと、うざったいとおもいはじめたんだろうか。
小学から一緒だったのに。
たしか、中学までは休日も二人で遊んでいたはずだ。
高校に入って俺に新しい友達ができた時からか。
休日にまで遊ぼうと言ってくるあいつをうざったいとおもいはじめたのは。

・・・

「はあ、やっとついたな。」
「うん、ごめんね。」
ん?
なんか見覚えがある気がするのだが。気のせいか。

あいつは期待と不安を混ぜたような表情を見せている。
「ねえ、ここ、おぼえてるかな。」
俺は冷たく言った。
「いや。」
「だよね・・・。」
こんなに悲しそうな顔は久しぶりにみた。
「なにかあったっけ。」
「うん。」
そう言ったっきりあいつは少し黙った。


66:「空」「花」「祈り」
12/09/20 18:36:56.51 .net
少し寒くなってきたころ、あいつは静かに話し始めた。
「・・・小学校の頃にさ、一緒にここにきたんだよ。願い事をしに。あの願い事もおぼえてないかな。」
俺は静かに頷いた。
「そっか、いや、いいんだよ。結構前のことだしね。でも、確かに言ったんだよ。
僕が『僕達が病気や怪我をしたら助けてください。』って言ったら、君は僕にこう言ったんだ。
『お前は俺が守るから大丈夫だ。』ってさ。」
ああ、確かに言ったかもしれない。しかし、なぜ今更そんなことを。
顔に出ていたのかもしれない。あいつは、少し微笑みながらまた話し始めた。
「あのさ、僕病気になっちゃったみたいなんだよね。病院の先生から悪性のがんって言われたんだ。結構前にね。」
俺はなんていったらいいのかわからなかった。
ただ、悲しかった。
「でさ、もう余命もでてるんだ。」
えっ。俺には最初、言葉の意味がよくわからなかった。
わかった時には少し怒りが湧いていた。
「・・なんで今まで黙ってたんだ、」
あいつは少し答えにくそうだった。
「・・・・。だって、言ったところでなにも変わらないでしょ。・・・それに、余計に気まずくなると思って・・・。」
俺はなにも言い返せなかった。最後の言葉が突き刺さって。
あいつはそれに気づいたのか
「余命はあと2ヶ月だよ。」
と、明るい声で言った。



67:「空」「花」「祈り」
12/09/20 18:50:11.33 .net
・・・
「なあ、お前は俺のことどう思ってたんだ。」
動かないあいつに静かに語りかける。
なにも答えることのできないあいつに。

・・・

俺は何かを言わなくちゃと思い、ガキっぽくてばかみたいな言葉を口にした。
「お前は俺が守るから大丈夫だ。」
そのとき、
あいつはきれいな、すごくきれいな笑顔をみせた。
「ありがとう。」
そういうと、きれいな滴をながしはじめていた。


それが、あいつとのさいごだった。

68:「空」「花」「祈り」
12/09/20 18:58:43.09 .net
・・・
あいつは家に着くと、部屋に閉じこもり自殺したらしい。
俺を恨んでいたのだろうか。
今も俺を恨んでいるのだろうか。
そうおもいながら俺は、花を添えて、祈る。
「どうか、神様。あいつを天国で守ってやってください。俺には守ることができなかったから。できないから。どうか、お願いします。」

あいつが静かに微笑んだ気がした。




69:「空」「花」「祈り」
12/09/20 19:01:52.00 .net
長くなってすみません。

次は、「神」「月」「虹」でお願いします。

70:「神」「月」「虹」
12/09/23 11:18:48.25 .net
神社の境内に入り最初に出会った動物がその人の神使であると言いますが、この場合はどうしたらいいのでしょう。
ヘビです。
私の嫌いな・・・・・・ひいっ!い、いえいえ!
私が少々苦手な動物が道の真ん中にトグロ巻いていらっしゃいます。
しかもさっきこちらを見てから、私にあの半月のような瞳を向けっぱなしなのですが・・・・・・。
ヘビと目線を合わせたまま道の端をビクビクしながら通り抜け、何とか社に辿り着いてようやくお参りをします。
大事な大事な願いを一心不乱に頼み込み、さて帰ろうとすると、あのヘビはもうそこにいませんでした。
どこか物陰に隠れたのでしょうか。
どこからかあの目でこちらをジッと見ている気がしてキョロキョロしていると、
新たに神社にお参りに来たらしい知人に発見され、あまりの挙動不審っぷりに声をかけられました。
ヘビがー。と説明すると知人は一通り爆笑し私をからかった後に、
ヘビは空に昇って虹になるからもうあそこにいるんだよ。と、空にかかる淡い弧を指しました。
そうして、私は境内から出してもらえましたが、それ以降虹がかかる度、
あの綺麗な虹が元は蛇だと思うと何とも落ち着かなくなるのでした。


次は「キャラメル」「放課後」「矢印」

71:「キャラメル」「放課後」「矢印」
12/09/25 01:31:46.02 .net
放課後の教室は案外人が減るものでは無くそう簡単に甘い空間にはならない。僕が崇拝する彼女はいつも同性の誰かしらと少し談笑をした後、連れ立って教室を出ていく。電車時刻にピッタリの四時十五分に。
帰る際、すれ違う度にかすかな期待に肩を強ばらせる僕に、勿論何かが向けられる筈も無く、彼女は颯爽と帰路を行く。僕の一方的な矢印が向き合うことなど決してない。それだけは周知している。

ゴミ箱を漁り君が捨てたキャラメルの包み紙の匂いを鼻に押しあてながら僕はセンチメンタルに胸を焦がした。


→「つま先」「ガラス製」「横恋慕」

72:「つま先」「ガラス製」「横恋慕」1/2
12/09/25 20:21:37.91 .net
大好きなバイト先の先輩と、大学生の姉がつきあいだしたのは、
わたしが高校2年の夏のことだった。
バイトでは「彼女の妹」として彼と仲良くおしゃべりもした。
わたしがのぞんでいたのは「彼女」の地位だったのに。
横恋慕とはわかっている。
それでもおしゃれをして楽しげにデートに行く姉が憎くて、悔しくて、
でもそんなことはおくびにも出せず、わたしは悶々として毎日を過ごした。

ある日、たまたま立ち寄った街で、妙な店を見かけた。
『占いとパワーストーン・護符の店』とかかれた看板がいかがわしい。
いかもな紫のカーテンをかき分けて店にはいると、
しわくちゃの老婆が奥の椅子にちんまりと座っていた。
「恋を終わらせるとか、そういうのはありますか?」
どうせ冷やかしで入った店だ。わたしはダメ元で聞いてみる。
「ふむ。……ないことはないが」
老婆が手招きをした。
そばに近寄ると、懐からきらきら光る何かをだして、わたしの手に握らせる。
見れば、繊細なガラス製の天使の人形だった。
「これが壊れたときに、壊した人の恋が終わる。
おまえさんのお望み通りの結果になるかは知らないがね」
代金はいらないというので、ありがたく貰って帰った。



73:「つま先」「ガラス製」「横恋慕」2/2
12/09/25 20:22:34.07 .net
家に戻ると、門の前で丁度姉と彼とが話をしていた。
わたしは彼に挨拶をして、姉に「おみやげ」と言って人形を手渡した。
「まあ、きれいね」
「光を当てるともっときれいよ」
そう、と姉がいい、光に向かって足を踏みだした。
その足が、わたしの差しだしたつま先に引っかかり、もつれる。
あっと悲鳴を上げて姉が転んだ。手にした人形がぱりんと割れる。
(やった!)
わたしは小躍りしたい気持ちを抑えて、心配そうに姉の身体を気遣った。
「平気よ」
そう姉が言い、彼の腕に掴まって立ち上がった。
ふっと真剣な顔をして彼の顔を見上げた。
「話があるの」と姉が彼の正面へ向き直った。
「うん? なんだい急に」
面食らったような彼の顔を見ると、罪悪感がわき起こる。
心がきゅっと疼いた。
「あっ、じゃあ、わたし先に帰ってるね」
さすがに後味が悪すぎて、二人の仲が壊れるところは見たくなかった。
わたしがいなくなったあと、別れ話をするのだろう。
そうしたら、悲しみにうちひしがれた彼の心をわたしが慰めてあげるんだ・・・。

妹が玄関に入った後、姉が言いにくそうに口を開いた。
「この前のプロポーズの返事だけど。―今転んだときになぜかわかったの。
この気持ちは恋じゃないって。一時的な恋は終わって、愛に変わってたんだなって。
あなたなしでは生きて行けそうにないわ。だから、お受けすることにします」


「モンタージュ」「いも」「鉢植え」


74:名無し物書き@推敲中?
12/10/06 00:07:33.22 .net
小指の無いやくざと言うのは多いのかもしれないけど、小指が無い
警察官というのは滅多にいないと思う。私は一人しか知らない、いもさんだ。
いもさんは正義感にあふれ、真面目で、規則にうるさい人である。
警察官だから、当たり前だろう? と人は言うかもしれないが
それはそれこれはこれである。ゆえに好きな人多いが嫌いな人も多い。
「―モンタージュも知らねえのかよ」
「そんなこと、習わないっすよ。今は」
若い警官がそう言うと、いもさんは呆れたような顔をして腕を組む。

いもさんは何で指が無いんですか? と聞いたことがある。
下着泥棒という通報が入った夜、帰りのパトカーの中で。
「ああ、飼っていた犬に噛まれたんだよ」
手のひらを私に見せながら言う。嘘のような気がするが
嘘ですか? とも聞けない。きっと私は聞いてはいけないことを
聞いてしまったのだろう。
「まあな、人生いろいろだわな」
いもさんは夜の住宅街を見ながら笑っている。
人生はいろいろだ。職業柄それは良く知っている。
指の無い手がジャガイモに似ているからいもさんだと
いうことも。
そして鉢植えのひまわりを愛する男でもある。
「娘がAKBに入りたいと言ってるけど、どうしたらいいんだ?」
と私に聞く男である。

次 「秋 雨 朝」

75:「秋 雨 朝」
12/10/12 01:57:46.22 .net
昨日から降り続いている雨は、私にとって目印だ。
「寂しがりで、目立ちたがりだから。もし死んで、魂が
地上へ戻ったときには、必ず雨を降らすよ」などと
冗談を言っていた姉が、事故で亡くなってもう3年。
この3年、命日の前後は必ず雨だった。

その夜、眠っていた私はふいにかすかな気配を感じて目を覚ました。
何も見えない暗闇に、確かに気配が存在していた。
なんとなく、心配して見つめられているような気がして、
「大丈夫だよ、元気にしてるよ」と答えると、気配がわずかに笑った気がした。
明け方にその気配が消えていくと、私もまた、眠りに落ちた。

父と母はすでに朝食のテーブルについていた。
「ねえ、昨日、由香が帰ってきたよ。元気にしてるって」
私がそう言うと、父も母もさして驚かず、
「あの子ったらまったく、お姉ちゃん子なんだから」
と言った。来年もまた来てくれるだろうか。我が家だけの秋の風物詩。

次 「ホットケーキ」「高尾山」「文庫本」


76:ホットケーキ、高尾山、文庫本
12/10/19 23:19:13.05 .net
 僕が引いたか引かなかったかの風邪で寝込んでいる間に、
僕の友達はみんな高尾山へ修行しに行ってしまった。
 来たるべき末法戦争に備えるためだった。彼らは
みんな立派な完成人として非合理を蹂躙すべく戦うのだ。
どうせみんな勇敢な戦死者としてうず高く死体を積まれるだけなのに。
 完成人へと向かう修行では、彼らは山の清らかな流れで口をすすいで
「私たちは平和のための知恵を手に入れました」と言い、
その口で頭から生のネズミを噛みちぎって朝食にする。
一日の終わりには神聖なる毒ガスを気体で3リットル、ひとりずつバケツに生成するらしい。
 あの山はみんなが思うほど、修行に適しているとは思わない。
 友だちの一人が修行から帰ってきたと聞いて、僕は彼の部屋を訪ねることにした。
 彼の部屋は本で溢れていた。彼は文庫本の山の中でほぼ骨と皮だけになっていた。
頭の骨だけが異様に大きい。なるほど、人類は不合理な進化を続けてきたらしいのだ。
 彼は飢えきっているようにしか見えなかった。
「こんなにたくさんの本をどうする気だい?」僕は見かねて言ったのだが、
彼の答えることには「読まなければならないんだ。読んで、本当に正しい形で
身に着けなければ、世界から認められることはできない」
 彼は、文庫本を読めば宙に浮かぶこともできると思っているらしい。僕は悲しかった。
「そんなこと、ホットケーキを焼くことより無意味だ」僕は言った。
「砂糖と牛乳を買ってこよう。そしたらホットケーキを食べられる」
「よしてくれ、僕にそんな余地はない」彼も悲しそうだった。
「君にはホットケーキが見えないのかい?」
 彼からの答えは無かった。どうやら僕は置いてけぼりにされたらしい。
彼の姿はすでに見えなくなってしまっていた。
これから僕はどう生活すればよいのか見当がつかない。
 彼らはすでに末法戦争に行ってしまったのだ。大勢がお互い作った毒ガスで中毒を起こすために。


書いてから言うのはなんですがこんなジャンルはアリなのでしょうか……
次「筆箱」「扉」「青空」

77:名無し物書き@推敲中?
12/10/29 19:37:13.20 .net

 小学校に通っていた頃、ぼくの隣の席には佐々木という女の子が座っていた。
 特に目立つこともない子で、何もなければ喋る機会もなかっただろう。そうならなかったきっかけは、佐々木の筆箱だ。クラスメートが布や
プラスチックの筆箱を使っている中、佐々木は銀色の缶の筆箱を使っていた。それがすごく大人っぽく見えたので、どこで買ったのと聞くと、
佐々木はちょっと困ったような顔をして、お菓子の空き缶だと答えた。他のが欲しいとも。
 それからぼくたちはそこそこ話すようになった。といっても、消しゴム貸してとか、宿題なんだっけとか、そんな程度だったから、
佐々木の親や兄弟のことは知らなかった。ただ相変わらず銀の筆箱はかっこよく、ぼくのひそかな憧れの的だった。
 ある夏の放課後、散々遊んだ帰りに、昇降口で偶然佐々木とかち合った。佐々木は割とすぐに下校する方だったので、それま
でタイミングが合うことはなかった。どうして残っていたんだろう、とすこし思った。
 「井坂くん」
 「なんか今日帰るの遅くない?どしたの?」
 佐々木は下駄箱から靴を出して履きながら答えた。
 「先生と話してた。あのね、井坂くん。わたし引っ越すんだ」
 ぼくは面食らった。そんな話は聞いていない。
 「え?!なんで?いつ?!」
 「わかんないけど、親が決めたの。今日の夜だって。内緒だよ」
 絶句したぼくに佐々木は銀の筆箱を渡した。顔を上げた佐々木の目は赤かった。
 「あげる」
 「佐々木」
 「…いままで仲良くしてくれて、ありがとう。」
 そして佐々木は昇降口から出て行った。ぼくは筆箱を持ったまま何も言えずに佐々木の背中を見送った。

 次の日、隣の席は空いたままだった。ぼくは佐々木のアパートを見に行って、唖然とした。
 佐々木の家の部屋には人気がなかった。玄関扉には一面に張り紙がしてあって、金返せとか、ドロボーとかそういう文句が書いてあった。窓ガラスには
ヒビが入り、ゆがんだ青空が妙にきれいに映り込んでいた。
 
 佐々木はぼくのことを忘れただろうか。
 銀の筆箱はいまでもやっぱり、かっこいいと思う。

78:次
12/10/29 19:41:47.68 .net
「レンタカー」「水」「無視」

79:レンタカー 水 無視
12/12/10 04:30:29.29 .net
 箱舟レンタカーは老舗のレンタル水上車店で、僕は今年からそこの正社員だ。
老舗と言っても創業は東京水没と同時なので実際の歴史は40年ほど。ただし水没以前に
陸上車を扱っていた時期を含めるならばもう70年近くなる。この、水上車へと移行した
当時については、創業者の息子で箱舟レンタカー現社長である僕の友人が詳しい。
「当時はさ、全然信じられてなかったらしいぜ、東京水没なんて。インチキくさかった
し、ほかにもいっぱい似たような予言あったらしいし、みんな無視してた。ところが。」
 この話をするとき友人は、きまってここでにやりと笑う。
「おれの親父は信じた。信じて商品を全部水上車に作り替えちまった。地面がちゃんとあ
る時代にだぜ。もうすっかり狂人扱いでさ。」
 けれども彼は正しかった。箱舟レンタカーは水没後、復興に追われる東京でいち早く事
業を開始して、今ではこのあたりの水運を一手に引き受けている。
 そんな彼が息子につけた名前はやはり一風変わっていた。友人の名は能亜と書いてのあ
と読む。
「全くふざけた名前だよな。もういい年だし名乗るのが恥ずかしいよ」
 そう結ぶ友人に、でも気に入ってるんだろ?と僕は聞く。すると彼はいつも、照れくさ
そうに、でもまんざらでもないように、まあな、と答えるのだった。


次は「夕日」「飛行機」「指」

80:「夕日」「飛行機」「指」
12/12/10 23:49:34.25 .net
「異常、なーしっ!」
南海の夕べ、背筋を伸ばした見張り番がさけぶ。いままさにおろした
頑強な手には、日本光学の上等の望遠鏡がにぎられている。
「そうかな、ぼくには、そろそろあやしいぞ」
つぶやいたのは少年艦長の四郎君だ。つかつかと見張り手のもとへいくと、
望遠鏡を受け取って、水平線をぐるりと見回します。
「艦長、望遠鏡で夕日をみてはいけませんよ」
「なあに、ぼくの目はとくべつあつらえなのさ」
四郎君は太陽をみつめます。するとどうだ、夕日のなかに、黒いちいさな影が、
ひとつ、ふたつ、みっつ……。
「ややっ、これはいけない。しょくん、戦闘配置だ」
たちまちブザーが鳴りひびき、甲板が騒がしくなります。おとなたちが慌てるなか、
ひとり冷静なのは四郎君です。
「ふん、いくらでも、かかってくるがいいさ」
あわれな敵機はこれが四郎君の艦ともしらず、魚雷を抱いて突撃してきます。
しかし、いったん対空砲火がひらかれると、アメリカのよわい翼は、またたくまに
空中に散ってしまうのでした。
「飛行機だか、蚊だか、わかりゃしない」
そういった四郎君も、アメリカ飛行士の勇敢さだけは、すこし、わかるのでした。
「艦長、敵機は、もうおしまいのようです」
副長の報告に、四郎君はうなずきます。そして、夕日を指さし、いうのです。
「しょくん、うつくしい夕日だ。一日のゆうべにあって、太陽はもっともあかく、
つよくかがやく。日本軍人は、あの日輪のごとくあれ。死に際の手本ぞ」
副長は流石にむかついて四郎少年を海に投げ込みました。

次「片手鍋」「銀杏の葉」「最後の虫」

81:「片手鍋」「銀杏の葉」「最後の虫」
12/12/12 23:37:22.43 .net
銀杏の葉が黄色い絨毯のように
敷き詰められて、
濡れた坂道は凄く滑る。凄くと言っても、氷上ほどじゃない。
姉さんと転びそうになりながら、一気に坂の下まで駆け降りた。

先に降りた姉さんが、片手鍋を構える。
そこに僕のおでこがヒットする。ひ、ひっどい。
たぶん、凄くいい銅鑼のような音が辺りに響いてたと思うよ。
目の前の青と白と赤の火花に気を取られて、僕は聴いてる余裕などなかったけどね。
そのままノックアウト。

銀杏の葉が黄色い葉っぱはふかふかのベッドだ。
今年最後の虫が、もぞもぞと僕の脳みそから孵って、
南の空へ飛んでいく。姉さんが手を振って見送っていた。
いつまでも、いつまでも。
何故、姉さんは目に涙を浮かべているのだろう。

次「宝くじ」「大掃除」「姉」でお願いします。

82:「宝くじ」「大掃除」「姉」
12/12/14 10:35:39.40 .net
「じゃーん!買っちゃいましたよ『宝くじ』」
大掃除に追われる年の暮れ、コソコソと抜け出していた姉が紙束片手にテンション高く帰ってきた。
「それより掃除しろよ」
「しますよぅ。仏壇に預けてからねー」
宝くじは死人の出る(または出た)家に当たる。と、信じていた姉が買ってきたのは初めての事だった。
おりんを鳴らす音と線香の香りが満ちてきて、唐突に不安にかられた。
死ぬなんて言うなよ。とか、諦めんなよ。とか、簡単に言えずに仏壇の前に座る姉を見た。
死を受け入れたから強いのか、死と戦う覚悟をしたから強いのか。その姿は凛としている。
俺の視線に気付いたのか、姉はこちらを向いてにっかと笑い、
「当たったら良いよね。その時は換金してきてね」
と、言った。
生きる為に死地に赴く戦士は、朗らかに笑うに違いない。送る俺が泣くなんて許されないと口を引き結び、それをさとられまいと言葉をくった。
「入院準備も有るんだろ?早く片付けちまえよ」
「ちぇー小姑かよ」
二階に登っていく姉を見送って、安堵する。涙は止めきれず頬に筋を描いた。

次は『ヘビ』『酒』『コタツ』で

83:「ヘビ」「酒」「コタツ」
12/12/15 03:49:58.88 .net
亡骸を財布に入れると金運に恵まれるというので少しは重宝している。いや、抜け殻のことだ。
しかし脱皮の度にこうも長く、太く成長されては出ていく金の方が多くなる訳で、
結局福の神と言うよりは貧乏神と言う位置に収まっている。祟れるものなら祟ってみやがれ。
単身者には不釣り合いにも程がある長方形のコタツも、ただこの一匹の為に買ったもので、仲間内で飲み会を開く分には良いのだが、
こんな陰気なペットを飼っている部屋に上がろうと思うのは野郎ばかりだ。私には部屋を男ばかりで埋める趣味はない。
訂正。少しも重宝していない。
兎角、注文が多い。腰を伸ばしたいから長いコタツにしろだの、猫舌だから酒はぬるめにしろだの。そ
そもそもお前は変温動物だろうと、言えるものならば言ってやりたい。
「おい、サキイカまだか。早く炙れよ。焦がすなよ」
「はい、ただいま」
上の台詞は蛇足と察して忘れて欲しい。私だって、この手の生き物は本当は物凄く嫌なのだ。

※都合上、「ヘビ」を「蛇」と漢字表記致しましたこと御了承願います。

次は「野菜ジュース」「麺棒」「警察官」で

84:「野菜ジュース」「麺棒」「警察官」
12/12/16 11:10:07.52 .net
中華料理屋の店主と主婦が揉めている、という通報で駆けつけると、店主は麺棒を振り上げ
怒鳴っている。外に飾っていたクリスマスツリーが盗まれたというのだ。
主婦は近所でも手癖が悪いと評判で、この女がやったに違いないと店主は鼻息も荒く俺に
訴えかけてくる。一方の主婦は知らん顔で紙パックの野菜ジュースを飲んでいる。
面倒なことになった、と思っていると、まわりの人だかりを押しのけるようにして一人の
少年が割って入った。
「僕は高校生名探偵。解けない事件はない」
やれやれ、またややこしい奴が。そう思っていると、少年は思いもよらぬことを口にした。
「わかったぞ!犯人は警察官のあんただ!」
俺に向かって指を突きつける少年。どういう頭の構造をしていたらそんな結論に飛びつけるのか
頭を割って確かめたくなる衝動を俺はこらえた。
「その根拠は」
「クリスマスツリーはモミの木。警察のあんたが『モミ消した!』」
自信満々に言う少年。なぜか周囲も俺に疑いの目を向ける。おい待て。そんなはずないだろう。
やめろ俺をつかむんじゃない。痛い!うわあ助けてくれ

次「お経」「豚肉」「香水」

85:「お経」「豚肉」「香水」
12/12/19 23:03:14.45 .net
その部屋に入ると、爽やかで、なんとも優しい匂いがほのかに香った。
すでにその部屋にいた研究員2名も、見たこともない穏やかな表情をしている。
何かやわらかい空気に包まれているような心持がする。
「揃いましたね」と先にいた2人うちの一方が口を開いた。
もう一方が、テーブルに載せられた皿に目をやり、おもむろにナイフを取り上げた。
「従来の生産方法のベーコン、よく運動させた豚のベーコン、最後に・・・」
ここにいる3人は、みな、これからここで行う試食の目的は知っていた。
「お経を聞かせて飼育した豚のベーコン。それぞれ、どれかわからないように
A、B、Cとしておく」
3人それぞれが試食後に意見をまとめたところ、
A:運動した豚の肉。やわらかさと身の締まり方のバランスが良い
B:従来の生産方法による。特に個性はない
C:とろけるような甘み、豚肉とは到底思えない甘い香り、これこそ、お経をきいたもの
実際、それが正解だった。今後の畜産界では、クラシックよりお経が流行るやもしれぬ。
「この香り、香水にできるんじゃないですか。いっそ媚薬と偽れるレベルの」
僕のほんの軽口だったが、まじめ一方の他の2人も意外にも賛意を示した。
そう、3人とも、この部屋に入った瞬間から、この香りのとりこだったのだ。
お経を聞かされ、子豚たちは何を考えたろう。悟りの境地を見ただろうか。
いな、この甘美な香りを生み出すとは、人間への復讐ではないか―

次「写真たて」「コート」「ハイソックス」

86:「写真たて」「コート」「ハイソックス」
12/12/23 03:04:05.44 .net
夏休みが終わって、山田が大学に来なくなった。携帯に電話しようとしたが、
奴は携帯をもっていなかった。まあ子供でもあるまいし、それで退学しても
本人の勝手だ。が、友人のひとりとして様子を見に行くことにした。
トントン。これはノックの音である。山田のボロアパートに呼び鈴はなかった。
返事がない。ドアは開いていた。おそるおそる開けて中を覗くと、なにやら
人影が動いている。部屋のなかは異様に甘ったるい匂いが充満していた。
「おーい、山田ァ」声をかけると、奥でばたばたする物音がした。と、
「あたし帰るね。じゃ」
そういって飛び出してきた女の子を見て、ぎょっとした。まず若い。大学生じゃ
ないだろう。そしてその格好だ。裸の肩にコートを引っ掛け、両足に白いハイソックスを
履いている。それ以外は……素肌だ。
女の子はこちらには目もくれず、飛ぶように外へ出て行った。俺はびっくりして、
数秒逡巡したあと、部屋の中に声をかけた。
「お、おい、いいのかあれ、捕まるぞ」
「ああ、佐藤か……大丈夫、部屋から出ると消えるんだ」
山田の説明はこうだ。この男、夏休み中についに2D-3Dコンバータを発明した。
いっけん写真たてに見えるそれは、中に好みの絵を入れてスイッチを入れると、
絵の内容を立体化してしまうのだ。
「まだ試作品でね。絵は裸のみ、服は写真たてに着せて起動する必要があるんだ」
見ると、写真たてには人形用の小さなコートが掛けられており、木製の脚には
白いハイソックスを履かせてある。
「さっきのあれ、驚いたろう。でもあの格好は実験の都合さ。僕は変態じゃないよ」
「そうかねえ。そもそもなんで写真じゃなくて絵なんだ?」
「3次元を2次元化したものを3次元にしてもしようがないだろ。お前は夢がないな」
しかしヘンだ。2次元を3次元化したにしては、さっきの少女に違和感がなかった。
「それはお前、俺もお前も2次元だからさ。最近の小説は中が2次元だったりするんだよ」
これはひどいメタ発言だ。が、言わんとすることはなんとなくわかった。
しかし、作中作が2次元でも、作中は3次元という建前ではないのか?
これは、読者への宿題としておこう……。

次「クリスマス」「マッチ売り」「消防車」

87:「クリスマス」「マッチ売り」「消防車」
13/01/04 11:54:01.90 .net
白い湯気が早朝の町並みに広がって溶ける。
コンビニエンスストアーから出てきた啓太の息も、煌めく空に吸い込まれていく。
今日は良い天気になりそうだ。人通りがほとんどないが、どこか温みのある
新年4日の街並みに、啓太の心は少し弾んだ。
高速バスのチケットの予約を忘れていて、人より早い帰省と戻りになった。
学生向けのアパートの多い界隈はやはりしんとしている。
木造アパートの一階。玄関のドア、新聞受けに腕を突っ込む。
約束通り鍵が入っていた。
ドアを開けると少し籠もった、アルコールと飲食物の臭いが残っていた。
窓を開けて換気する。茶を淹れるのにヤカンを火にかける。
部屋は綺麗に片付いている。律儀な奴らだ、と啓太は友人達を思う。
携帯を出してメールを打ちかけたが止める。先に玉子サンドを食べることにした。
冷蔵庫にはジャックダニエルが少し、冷凍庫にはクリスマスケーキの残りが入っていた。
苺のケーキはホール半分近く、残っている。
マッチ売りの少女らしいマジパンを外して、微妙に電子レンジする。
強烈に甘い。味もデコレーションも凝っているのに不器用な……手作りケーキと思われた。
深夜バスでしっかり眠れていない。啓太は胸焼けに任せて、うとうと眠りこけた。
夢の中で、マジパンのマッチ売りの少女が特大サイズのマッチをバトンのように
振り回していた。
けたたましいサイレンの音で目が覚める。窓の外にピカピカで真っ赤な消防車。
台所が煙い。「あっ。ヤカン!」

次は「うっかり」「宿題」「シンデレラ」でお願いします。

88:「うっかり」「宿題」「シンデレラ」
13/01/09 23:35:31.03 .net
高校生にとって、夏休みの最後に夜通し遊ぶ、それはちょっと悪ぶった、
大人のフリをした、でも当人たちはいたって真剣なできごと。
カラオケで盛り上がる中、ユカは「帰らなきゃ」と席から立ち上がった。
どうとでも言い訳はできそうなものを、ついうっかり、
「宿題がまだ残ってて・・・・・・」とユカはバカ正直に答えてしまった。
そろそろ時刻は深夜12時というところ。
「シンデレラかっ!」と一人が、そして起こる爆笑に見送られ、ユカはカラオケ屋を出た。
翌朝のリビング。「宿題もせずにほっつきあるける身分なの」とややヒステリックな
怒り声は母のもの。
「宿題手伝ってあげるよ、一教科5千円で」と手を差し出す長姉。
「宿題終わらなかったら罰としてこれからトイレ掃除はユカの仕事ね」と次姉。
どうにかすべての宿題を終えて始業式。
一緒にカラオケに行った友人たちから「おはよう、シンデレラ」なんてからかわれて、
恥ずかしいやら情けないやらだが、どこか秘密めいて楽しくもある、ユカである。
「おはよう、シンデレラ」とまた声をかけてきたのは、カラオケで隣の席にいた斉藤くん。
「忘れ物。ガラスの靴じゃなくて残念だけど」と差し出されたハンカチ。
野球部のエース、斉藤くん。ユカは彼からハンカチを渡されて照れくさい。
ちょっとユカがおとぎ話のお姫様になった気分を味わった、夏の思い出。

次「サクマドロップ」「美術館」「ライター」

89:「サクマドロップ」「美術館」「ライター」
13/01/15 16:20:52.52 .net
僕がこの美術館に隠れ住む様になって、すでに4日経っていた。
営業時間に合わせた生活も、すっかり板に着いて来たもので、開館後に客に紛れて外出し、閉館間際に客のふりをして戻り、
以前、警備員のおじさんが落としたこの倉庫の鍵を使い、そこに隠れるのだ。
何故、僕がこんな生活を始めたかというと、家に帰りたくなかったからだ。
両親を事故で失くした僕は親戚夫婦に引き取られたのだが、そこで待っていたのは辛い虐待の日々だった。
頼れる人は誰も居なかった。また僕の味方をしてくれる人も誰もいなかった。僕は一人で生きて行くしかしょうがなかったのだ。
ここで雨露を凌ぐことは出来たが、次に困ったのは食事だった。
外出の際にごみ漁りをして食料を確保するのだが、子供が昼間から学校にも行かず、ごみ漁りをしていると補導される恐れがあった。
慎重に場所や時間を選び、手に入れた今日の収穫はサクマドロップ缶一個だった。
中にたっぷりと水をそそぎ、微かに残るドロップの甘さで空腹を紛らわした。そういえば、昔見た映画に似た様なシーンがあったな。
あの映画に出てきた兄妹に比べれば、僕はまだ恵まれているのかも知れない。
拾ったライターの灯りを眺めながら、僕がぼんやりと考えているその時だった。
「誰かいるのか!?」
夜間の巡回をしている警備員のおじさんの声だった。
しまった。倉庫の隙間から洩れたライターの明かりのせいで気づかれてしまったのだ。
「なんでこんな所に……。君、事情を聞かせてくれないか?」
僕は自分のうかつさを呪った。もう終わりだ。あの家に戻され、僕は前以上に虐待されるのだろう。
全てを観念し、僕は警備員のおじさんに今までの経緯を全て話した。おじさんは泣いていた。
「こんな子供がたった一人で……。辛かったろう。もう大丈夫だからね、世の中には君みたいな事情の子を助けてくれる所があるんだ―」
僕はこの先ずっと自分は一人なんだと思っていた。でも、おじさんはそんなことないんだよと教えてくれた。
僕はもう一人じゃない。そう思えた。

次は「水色」「病院」「弁当」

90:名無し物書き@推敲中?
13/01/16 21:40:58.81 .net
次のお題、書いたけど、長すぎた

91:水色、病院、弁当1/3
13/01/16 21:50:46.46 .net
 その日世間が水色に見えて、私は病院に入れられた。
 入院させられた病院も水色だった。壁が水色、床も水色、医者が水色、看護師が水色、
聴診器、体温計、レントゲン写真、注射器、錠剤、病室のベッド。全てがクレヨンで塗りつ
ぶしたような水色だった。
 水色の世界はまんざらでもなかった。全部が間の抜けた水色で、全部が阿呆に見える。
待合室で怒鳴るおじさんも、愚痴の多い看護師のおばさんも、バレリーナが着るレオター
ドみたいな水色だからちっとも怖くない。水色の世の中なら悩み事を抱えなくていいから、
私は極彩色の世間での暮らしに終止符を打つことにした。
 病院の水色をした医者連中は、私をまともに戻そうと躍起になったけど余計なお世話だ。
他の色を見ないで済むという意味で、私は水色を手放したくはないから。
 しばらくして、私の目と水色の脳細胞から病の原因を見つけられなかった医者たちは私
を妙な場所へと連れ出した。そこはごみ溜めみたいに汚くて、窓ガラスにはヒビが入って
いた。もちろん全部水色だけど。そこは精神病棟ということだった。馬鹿を言っちゃいけ
ない、前世紀じゃあないんだから。私はどうしようもない狂人だと思われたのだろう。
 ガタガタになったドアを開いて診察室に入ると、中には逆様に吊るされた男がいた。
「君、何しに来たの?失恋の相談かな?俺は正規の医者じゃないんだけどなあ」
 逆様のまま男が言った。白衣(水色)を着ている様子を見るとここの担当医らしい。
「違います。私は世間が水色に見える病にかかったので、この病院に居るだけです」
「なるほど、それでこんな所に来たんだねえ。そんなに凄い大失恋だったんだ」
「馬鹿言わないでください」
 男の顔がニヤニヤして気持ち悪かった。
「私はずっと病院に居たいんです。水色以外の色なんて見えなくて十分ですから」
「あっ、そう」

92:名無し物書き@推敲中?
13/01/16 21:55:02.84 .net
 気味の悪い医者は診察室ではどうでもいい話をした。学校の話とか、友達の話とか、医者は私に聞いたけれど、
私はひとつも答えなかった。それから痛い話をした。生爪が剥がれたり、傷口が膿んだり、濃硫酸を飲み込んだり、
蝋燭の火で炙られたりスタンガンを当てられたり。私はそんなこと怖くありませんと言った。
 そのうち本当に気味の悪い医者の腕が千切れた。
 身体から離れた腕がイモムシみたいに転がって液体がどんどん溢れてきた。さすがのイ
カレ頭も表情を歪めていたが口の端にはニヤニヤ笑いが残っていて気持ち悪い。
「これ、痛いと思うかい?」
 私は頭を振った。
 気味の悪い医者は残ったほうの手で、床に溢れた液体を指差した。
「これ、何色に見えるかな」
「……水色です」
 ほとんど嘔吐しそうになりながら私は答えた。
「本当に水色に見えるのかい」
 もうこんな所に居たくはなかった。
「それなら次で最後にしよう。また明日ここに来なさい、俺は待っているから」
 翌日私は何かに引っ張られるようにして診察室に入った。昨日片腕を無くしたはずの気味の悪い医者が五体満足で椅子に座っていた。
「おはよう。君はそろそろ退院してもいいと俺は思うよ」
「……私はまともになんかなりたくありません」
 私はやっとのことで返事ができた。昨日こいつの身体から水色の液体が吹き出すのを見てからずっと気分が悪かったのだ。
「俺だってまともじゃあないさ」
 それは、知ってた。でも私が知っている意味とは違うことを言われた気がした。
 それから、短い会話が始まった。昨日までのように短くて意味の少ない会話だったけど、昨日までと違って、この薄気味悪い男は椅子に腰かけていた。
「この積み木は何色をしている?」
「水色です」
「そうだね」
「疑わないんですか」
「この積み木は俺から見ても水色に見える。赤色の積み木と違ってね」
「本当ですか」
「さあね。とりあえずこっちの積み木は赤色だ。俺には水色に見えない」
「それも水色に見えます」
「だろうね」

93:水色、病院、弁当3/3
13/01/16 21:58:37.17 .net
「水は何色に見えるかい?」
「透明です」
「恋なんて?」
「したことないわ」
「ふうん」
 気味の悪い医者は笑わなかった。
 こんな質問は入院したその日に飽き飽きするほどされたのだった。今更、私が他の医者たちに見捨てられた後に蒸し返してほしくな。
いい加減やめにして欲しい。私は疲れているのだから。
「いい加減にしてくれませんか。これ以上何が訊きたいの」
「俺が君と同じ年齢だと言ったらどうする」
「馬鹿言わないで」
 今日初めて気味の悪い医者が笑ったが、ニヤニヤ笑いではなかった。
「お弁当を食べないかい。入院食は飽きてるでしょう」
 気味の悪い医者が手にしたのは、まるい弁当箱だった。
「可愛いでしょう?俺のお気に入りなの」
 私は何も言わなかった。水色の顔した変態が、水色の丸い箱を取り出しただけだから。
可愛いどころか滑稽だ。真剣味も現実味も無くて、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
「お弁当の中身、全部水色なんですね」
「そうさ、君の目には水色に見えるだろうね」
 私自身も水色になってしまいたかった。気味の悪い水色に。
「そう頑なになる必要は無いよ、君も食べてみたいんでしょう、俺のお弁当」
 気味の悪い医者は玉子焼きを掴んだ箸を私の顔に向けていた。正直言って勇気が必要だった。
毒々しい水色の玉子焼きを口にすると、甘い味がした。
「味には水色なんて無いからね」
「ねえ、あなたが私と同い年って、本当なの?」
「信じるのは君次第だね。それよりも玉子焼きは美味しいかい?なんでも水色にしてしまう君相手でも、
味は誤魔化しが利かないからね。俺は気合を入れて作ったんだよ」
「そうね、誤魔化しなんてできないわ」
 私は口にした物を飲み込んで言った。
「この玉子焼き、少し焦げてるよ」
 聞いたサイコ野郎は笑ったが、その顔は水色に見えなかった。
終わり。長々済みません。次は「ガム」「ねこじゃらし」「自動車」で

94:「ガム」「ねこじゃらし」「自動車」
13/01/18 19:50:39.71 .net
 ―『ガムを食べる猫を見つけた人はお金持ちになれるらしい』

 こんな馬鹿馬鹿しい都市伝説を真に受ける程、我が家は貧困にあえいでいた。
「ネコさん全然ガム食べに来ないね。お父さんあれボクが食べてもいい?」
 つっかえ棒をしたザルの下にエサとして置かれたガムに、涎を垂らしながら六歳になる息子がわたしに訊ねた。
わたしの事業の失敗と妻の父親の借金が重なり、来年小学生だというのにランドセルすら買い与えてやれそうにない。
「地面に落ちたものを食べるとお腹を壊しちゃうからね。やめておきなさい」
「え~、でもお母さんは昨日落ちてたドーナツ半分こしたときそんな事いわなかったよ?」
 このままでは我が家はどこまでも落ちてしまう……。早くガムを食べる猫を見つけなければ、焦燥感に駆られているその時だった。
「アナタ!居たわ!そっちの方に逃げたから捕まえて!!」
 別の場所で罠を張っていた妻の声だった。確かに前の道をお魚ならぬ、ガムを咥えた猫が猛スピードで駆けて行った。
「逃がすかー!待てガム猫!」
 急いで追いかけ、角を曲がったわたしに自動車が突っ込んできた。激痛と共にわたしの体は宙を舞った。
「アナタ!しっかりして!!」
 一緒に猫を追っていた妻が倒れたわたしに寄り添う。手に持っているねこじゃらしがくすぐったい。
 だんだんとわたしの意識が遠退いて行くのを感じた。そうか、わたしはもうすぐ死ぬんだ。
 最後の力で妻の泣き顔を焼き付けておこう。そう思い覗いた妻の口元には微かに笑顔があった。何故だ?
思い出した、わたしには保険金がかかっていたのだ。そして最初に猫を見つけたのは妻だった。
 少し複雑な気持ちもあったが、これで妻と息子が拾い食いをする生活から抜け出せるならそれでも良いと考えながら、
わたしはそっと目を閉じたのだった。

次「愛」「タバコ」「裁判」

95:「愛」「タバコ」「裁判」
13/01/22 05:11:45.69 .net
 『愛とは何か?』

 最近はこんなよくある哲学的なことを考えずには居られない。
 裁判の直後である今でさえ、いや今だからこそだろうか。
 事の発端はなんだっただろうか。最初は確かタバコだった気がする。

「子供も居るのにタバコなんてやめてちょうだい!」
 妻がこう言い出したのは結婚6年目で子供が生まれて2ヶ月くらいだったか、
子が生まれてからというもの妻は育児関連の書物を読み漁り、育児教室にも通っていた。
 私も勿論子は大事なのでそのときからはタバコを吸うときはベランダで窓を閉め切ってからにした。
そのときの事はそれで解決した。
 それから12年経ったある日のこと、またもやタバコのことで妻が意見してきた。
「あなたのタバコにいったいいくら掛かってると思ってるの!? 子供ももう中学に上がってお金もたくさん
必要になるんだからそろそろタバコ止めて頂戴!!」
 コレにはもう我慢ができなかった、私は私なりの気遣いをしているというのに。
 毎日毎日家庭のために使えない部下を使えるようにしたり、下げたくも無い頭を地面に擦り付けたりと
仕事に心血注いでいるというのに一つの嗜好品すら許されないというのか。
 それからはもう売り言葉に買い言葉だった。
 毎日毎日怒声がなり、ベランダでタバコを吸うのも止めた。それに関してまた喧嘩になった。
 仕舞には子供までも巻き込んでいた。
「私の前ではタバコはご遠慮いただきたい。
タバコの煙は、主流煙より副流煙の方が有害物質が多く含まれています。
発ガン性の高いジメチルニトロソアミンは、主流煙が5.3から43ngなのに対して、副流煙では680から823ng。
キノリンの副流煙にいたっては主流煙の11倍、およそ18000ng含まれている。
つまり、実際は吸う人間よりも周りの人間の方が害は大きいんです」
 まさか子供にこんな事を言われるとは思いもよらなかった。
 そしてとうとう妻が離婚を切り出してきた。
 何もそこまで、と私は思ったが口に出すには至らなかった。
 私もまた、疲れていたし妻は言い出せば聞かない女であった。

96:「愛」「タバコ」「裁判」
13/01/22 05:28:42.79 .net
 裁判所を背にしてとぼとぼと歩く、いくあては無いがとりあえずどこかで落ち着きたかった。
 しばらく歩いて公園に入る、確かここはまだ禁煙では無かったはずだ。
 それなりの値がするライターでタバコに火をつけ咥えて一息。
 ふと昔を思い出す。
 付き合い始めの、まだ妻と自分が初々しかった頃を。
「あなたのタバコを吸う姿ってとても魅力的よ」
 あの頃の妻の言葉に自分は執着していたのかもしれない。
 時が経てば人は変わる、環境も変わるのなら尚更だ。

 吸い始めてからまだ半分もしない内に火を消し携帯灰皿にすてる。
 ―愛とは何か

 タバコからはもう、苦味しか感じられなかった。



次 「間食」「信頼」「スズメバチ」

97:名無し物書き@推敲中?
13/02/02 21:54:34.56 .net
俺が九歳だった頃の夏の話だ。
田舎のじいさんと山に行った。里山でそんな大した山じゃない。
そこに大きなクスノキがあって、根元のウロにスズメバチが巣をこさえてた。
メロンくらいの大きさだ。
じいさんはまじまじと見つめながら、俺に「この巣のハチども殺すか?」と訊いた。
俺は何も答えなかったが、じいさんは「ほっとけば秋にはスイカよりでかくなりよる、
山歩く人、襲ったりするで。たまに死ぬ人もいる」と言った。
「じゃあ、殺そう」俺が言うと、じいさんは「おめえも手伝え」と鎌を渡した。
「草刈ってこい」といわれ、俺はそこらへんの尖った草を刈って、巣に戻った。
じいさんは巣の下に穴を掘っていて、俺の草はそのくぼみに押し込められた。
草はジッポライターの油をかけられて燃された。
煙が巣をいぶっている間、じいさんが持ってきたカリントウを間食がてらつまんだ。
「ハチが死んだら、どうするの?」俺は恐る恐る尋ねた。
「巣、砕いて、そこらへんに撒くわ。夜になったらタヌキやネズミが食いよるど」
「ふーん」
「それで獣は里におりてこんですむ。どっちにとってもいい話じゃ」
「でもハチはかわいそうだね」俺の言葉にじいさんは笑った。
「巣を作った場所が悪ぃな。簡単に人に見つかる所に作るけ、こうなる」
「ふーん」
九歳の俺は、その時、山の営みのようなものに触れていたんだと、今になって思う。
種を超えた信頼関係、といえば大げさだろうか。
いずれにしろ、現在の里山にそれがあるのかといえば、俺は自信が無い。

次は「賞味期限」「別離」「ガーネット」

98:「賞味期限」「別離」「ガーネット」
13/02/03 00:14:02.80 .net
 彼女は気だるそうに言う。
「ワインって賞味期限無いの?」
 どうやら、かなり酔っている口調だ。
「あるわけないじゃん。何十年と寝かして飲んだりするんだから」
「…そうか」
 ガーネット色の液体に満たされたグラスを照明に翳して、そのままじっと見つめている。
「恋愛にも、賞味期限が無いといいのにね」
 グラスを持ったままぽつりと呟く彼女は、かつて愛した男との別離を
思い返しているようだった。それは、聞かされた方までもが苦しくなるような
酷く残酷な別れだった。いや、始まってさえいなかった恋かも知れない。
 ただ、お互いに強く思い合っていながらも、決して結ばれることのない恋で、
それゆえに黙って身を引くことしか出来なかったのに、その別離は酷く双方を傷付けた。
「今日はありがとう。じゃ、帰るね」
 飲み終えたグラスをテーブルに置くと、彼女は静かに立ちあがった。その後ろ姿は
まるで幽霊のように寂しげで、今にも消えそうだった。


次は「医者」「短歌」「ヴァイオリン」

99:「医者」「短歌」「ヴァイオリン」
13/02/03 18:15:54.65 .net
ヴァイオリン この音違うと 言われても

医者違いだよ すまないねレディ


……コレ反則かな?


次は「陽動」「広告」「ノンカロリー」

100:「陽動」「広告」「ノンカロリー」
13/02/03 22:19:39.72 .net
 今年はS国との戦争が終結してから十周年を祝う記念すべき年だ。
 街にはS国との友好関係を強調する広告が溢れお祭ムード一色といったところか。
 「くっだらねぇ……。吐き気がするぜ」
 同じテロ組織に所属するYが友好記念祭の看板にツバを吐きつぶやいた。
 「何が友好国だ。何が平和だ。全部嘘っぱちじゃねぇか!みんな騙されてやがる」
 「それを世間に告発する為に俺たちが居るんだろ、Y」
 「へへ、違いねぇや。奴らの尻尾は掴んでる。後はこの事実を公表すればS国は終わりだ」
 Yの手には大手食品メーカーが販売するノンカロリー食品のパッケージが握られていた。
 『SⅢ』―S国で開発されたこの人工甘味料は肥満に悩む多くの人々を救い、その生活すら
一変させてしまった。脂肪の吸収を抑制し味を損なう事のない、この魔法の甘味料は清涼飲料、
菓子類に止まらず多くの食品に使用された。結果、この国の国民の肥満率は60%も減少したという。
しかし、同時に奇妙なことが起こった。国民の発ガン率が驚異的に増加したのだ。いまや国民の
二人に一人はガン患者という異常な事態に陥っていた。
 「『SⅢ』は人々を肥満から救う救世主なんかじゃねえ。ガンを発病させる猛毒だ。ところがこの事実
を伝える情報をS国はどうにかしてことごとくシャットアウトしてやがる」
 苦悶に満ちた表情でYは言った。
 「だが、今日でもう終わりだ。TV局、首相官邸、記念祭会場同時テロで告発しS国の連中の度肝を
抜いてやるぜ。戦争は終わってなんかいなかったんだ。奴らは友好国でもなんでもない―敵だ」
 「Y」
 「どうした?……テメェ!!」
 わたしはコートから取り出した銃をYに向け発砲し射殺した。
 「お前のいうとおりさ、Y。戦争は終わってなんかいない。むしろ逆だ、形を変え我々はこの国を侵略
し続けてきたのさ、長い年月をかけてな。同時テロも失敗だ、組織に居るスパイはわたしだけではない」
 食料品だけではなく芸能界、企業、政界全てにおいてS国の工作活動は進んでいた。友好十周年を
祝福する街の喧騒にほくそ笑み、わたしはその場を後にした。

次は「ストッキング」「電話」「ラブレター」
 
 
 

101:名無し物書き@推敲中?
13/02/03 22:24:34.72 .net
陽動を入れ忘れたorz
ゴメンね

102:名無し物書き@推敲中?
13/02/04 02:40:31.19 .net
Don Mein

103:「ストッキング」「電話」「ラブレター」
13/02/04 10:42:23.72 .net
 ―俺は今、選択を迫られている。


 時刻は深夜。
 自室のベッドの上に正座し、目の前にある‘‘選択肢’’と睨み合う。
 目の前にある三つのアイテム。
 ストッキング、電話、ラブレターの三つ。俺の今後の学園生活を左右する重大なアイテムだ。
「何故に―」そう、呟かずには居られなかった……。

 
 それは、今日の学園での出来事だった。
 俺、笹蒲 鉾矢は自分で言うのもなんだが、学力底辺、運動得意の健康優良児で朝はいつもギリギリで教室に滑り込み、
休み時間は友人とエロ談義に花を咲かせるというどこの学校にでもいそうなそれはそれは普通の男子学生である。
 その日の朝も遅刻ギリギリで教室に入り予定調和のお小言を頂き3時限目には弁当は空箱へクラスチェンジした。

 最初の異変起きたのは昼休みのことだ。
 第二の昼飯を買いに購買へ行こうと歩いていると前の方から異様な集団がやってきた、 学園名物『薩摩行列』だ。
 地元大地主の娘、薩摩 揚子と彼女に集められた選りすぐりの下僕達による行進である。その一糸乱れぬ動きから彼女の調教技術の高さが窺えるだろう。
 その行列はいつの間にやら俺を取り囲みその中から一人の女子、件の主こと薩摩 揚子が歩み出てきて「やれ」と声をかけると一人の下僕が出てきていきなり
俺を押さえつけ彼女の前に這い蹲らせた。
 地べたに這い蹲る俺を見下ろしながら薩摩 揚子は言った。
「ここ暫くの間貴方を観察して確信したわ、貴方は私の下僕となるにとても相応しい資質をもっている。是非私の下僕になりなさい、私の下僕になれば将来の安泰を約束しましょう」
 そういうと彼女は徐にストッキングを脱ぎだし俺の頭に載せた。
「それは契約の証となるものよ。私の下僕になるのなら明日、そのストッキングを咥えて私の元へきなさい」
 そう言い放つと薩摩 揚子と行列は彼女たちの王国へと帰っていった。
 いきなりのことに呆けながらも俺はとりあえずストッキングを一嗅ぎの後シャツの中へしまい、購買へと第二の昼飯を買いに急ぐことにした。

104:「ストッキング」「電話」「ラブレター」
13/02/04 11:16:13.84 .net
 二番目の異変は放課後、学園玄関でのことだ。
 運動大好きだが規律が苦手な俺は勿論帰宅部であり一日の授業全工程を終えれば羽が生えたように軽やかに速やかに帰宅する。
 教室を優雅に飛び出し小走りで廊下を渡り靴を履き替えるために玄関にある下駄箱を開けたそのとき!!
 なにやら一つの見慣れぬ物体があった。それは長方形で厚さ1~2㎜といったところだろうか、全体は白く中心部にはなにやらファンシーで
キュートな心臓を模した形のシールが貼られている。
(……これは、なにかな?)その非現実性あふれる物体に脳の活動フル回転で思考。あらゆる可能性が頭を駆け巡る。
(これは!! もしや、アレなんじゃあないのか!?)だんだんと目の前の物体と思考が一致していきその正体の見当がつくにつれてテンションが上がってくる。
「ラ、ラ、ラ、ララ~ラ、ラーラ、ラアー!!」
 その正体に確信を持った瞬間思わず声を上げてしまった、周囲の視線が刺さるが今は痛くも痒くも無い。
 恐る恐る、しかし急ぎながら中身を確認する。 自慢じゃないがラブレターなど今まで一度ももらったことが無いのだ。
 当然ながら中には手紙が入ってた宛名は勿論俺、笹蒲 鉾矢となっていた。
 うれし泣きしそうになりながら早速手紙を読んでみる。
「一目見て運命を感じてからずっと、あなたを見ていました。朝起きる前に二度目覚ましを止めるところから夜寝る前に一人プレイに励む所まで。
あなたは私と一つになる運命なのです。明日の昼休みに校舎裏で待っています。 竹輪 麩美」
(……これは、なにかな?)その非現実性あふれる物体に脳の活動フル回転で思考。あらゆる可能性が頭を駆け巡る。
(これは……もしや、アレなんじゃあないのか?)だんだんと目の前の物体と思考が一致していきその正体の見当がつくにつれてテンションが下がってくる。
 俺はずっと監視されていたのか!? まず始めにその恐怖に身を震わせる。この世には触れてはならないとても怖い者達がいると話には聞いていたが
まさか自分が関わることになろうとは誰が予想できただろうか? 恐怖のあまり破くことも出来ずとりあえず手紙を鞄につめ、震える体に活を入れ全力で家に帰った。

105:「ストッキング」「電話」「ラブレター」
13/02/04 12:03:42.98 .net
 最後の異変は家に帰り自室へ戻ったときのこと。
 今日あった二つのありえない出来事から逃避のために「ははは、面白いな~」と声に出しながら漫画を読み漁っていると
携帯電話のランプが光っているのに気付く。どうやらお隣に住む幼馴染の 捏串 つみれ から電話があったようだ。
 留守電が入っていたのでとりあえず再生してみる。
「ごめんね、こんな時間に。でも、どうしても伝えたいことがあったの。ちょっと緊張しちゃうな、留守電で良かったかも。
えと、ね。今までずっと言えなかったんだけど……あの、君の、鉾矢のことがずっと……好きだったんだ。だから、ね。
お付き合いして欲しいの、鉾矢の恋人にしてください!! いきなりでごめんね、でも明日一日電話でも良いので返事まってます」
―ツー、ツー。
 なんだろう? アイツは一体いきなり何を言い出すのだろうか? 俺のことが好き?
 今日は一体何だって言うんだ!? ありえない事が起きすぎじゃあないのか!?
 どうしよう? 返事、返事か。
 アイツ、幼馴染である 捏串 つみれ は幼稚園の時から一緒でその外見はとても可愛らしく人当たりの良い性格で異性だけではなく同性からの人気も高い
中学までは何をするにもいつも一緒で俺の後ろには必ずアイツが居た。
 周りの大人たちからも「二人はいつ結婚するの?」などとからかわれたものだ。
 だがしかし、ただ一点だけどうしようの無い問題がある。
 性格もよくとても可愛らしいアイツは―俺と同性なのである。
 同性、異性ではない、俺は男、アイツも男、女子ではない。
―ナンダコレ?
 いつの間にやらアイツは俺にそんな感情を抱いていたのか?
 どうしたものだろうか? どう返事するにしても、いや断る以外にありえないがこれはどう転んでも気まずくなるのは必至!!
 アイツは何故告白なんてしてきたのだろうか? 人の思いは抑えきれないということだろうか?
 どうしよう?とグルグルグルグル頭を回す体も回る。
 そうこうしてる内に前の二件まで思い出して逃れようの無い現実に絶望しのた打ち回り、ただ時間だけが無為に過ぎていった。

 そして時刻は深夜。
 自室のベッドの上に正座し、目の前にある‘‘選択肢’’と睨み合う。
 目の前にある三つのアイテム。

―ああ、明日が来なければ良いのに

106:名無し物書き@推敲中?
13/02/04 12:06:27.83 .net
長すぎる上に微妙…


次は「演技派」「隕石」「胃腸薬」

107:「演技派」「隕石」「胃腸薬」
13/02/04 12:41:09.02 .net
 行儀がいいとは言えないが、朝刊を読みながらパンをかじる。
 今日の社会面は、「演技派の名優逝く」で脇役俳優の逝去を報じている。
テレビドラマや映画で何度か見たことのある俳優だ。中でも、刑事物のドラマでの渋い演技は
当時子供だった自分でさえ今でも覚えている。
 その隣りには、「あわや大惨事!白昼の住宅街に巨大隕石落下」の記事。
ベッドダウンの住宅街に隕石が落下したものの、幸い落下地点の住宅は留守で
死傷者は出なかったという。ちょうど出掛けていたその家の住人の爺さんが、
「八十年生きてきてこんなに驚いたことは初めてです」とインタビューに答えている。
 亡くなった俳優は六十五歳で、助かった爺さんは八十歳。人生なんてわからないものだ。
この自分だって、今の会社の人員整理でどうなることか。この年で転職活動は出来ればしたくない。
 そんなことを考えていると、持病の胃痛が出る。救急箱から胃腸薬を取りだす。
 会社に行くのは苦痛だが、行かなければ食べていけない。「とかくこの世は住みにくい」
学生時代から愛読している漱石の一節を呟く。これから出勤だ。また満員電車か……。



次は「徒花」「影」「後悔」

108:「徒花」「影」「後悔」
13/02/04 16:14:34.48 .net
 千恵子は店内のストゥールに腰を下ろし朝からウォッカを呷っていた。
 若い頃、均整のとれていた肉体にはその後の不摂生を物語る脂肪がつき、白髪混じりの
頭は四十代とは思えず老婆の様な雰囲気を漂わせている。
 灯りを点けず、暗く影を落とした店内にTVだけが妖しく光を放っていた。
 「フラワーモーニング、本日のゲストは女優の樹山ユウコさんです。よろしくお願いします」
 「よろしくお願いします」
 「樹山さんはカンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞する等、日本映画界期待の若手女優
さんです。今日はその樹山さんのルーツにとことん迫ってまいります」
 TVに映る若く美しい女優の姿が、千恵子にある後悔を思い出させる。千恵子は若い頃、TVに
映る彼女と同じ世界に居た。歌手からスタートした彼女の芸能キャリアは、何度かの芸名変更
を経て女優咲花シズカという人間を作り上げた。出演映画がヒットし一時は名声を博した彼女だが
その栄光は長くは続かなかった。結婚を機に一時芸能界を引退した彼女は子供を流産してしまう。
この事が千恵子の精神を酷く不安定にさせた。夫との関係は冷えその後離婚。芸能界に復帰するも仕事
は以前の様には上手くいかず、再婚するも一年と持たずに離婚した。
 自分にとっての居場所を見失った千恵子は覚醒剤に手を出し逮捕される。服役中、千恵子は自らを
徒花だと感じた。女優として花開くも落ちぶれ、子を生せず、ただ枯れ行く花なのだと。
 出所後、彼女に残ったものは僅かな貯えから開いたこの小さなスナックだけだった。最初の頃こそ
元女優がママを務めるスナックという事で客も入ったが、十数年経った今は閑古鳥が鳴いていた。
 「わたしもこの子みたいに実を結びたかった……」
誰に伝えるでもなく、口をついたエモーショナルな叫びは、千恵子がかろうじて保っていた一線を越えさせ
るには充分であった。大量の睡眠薬を口に含み一気に胃へウォッカで流し込む。昏睡しストゥールから転げ
落ちた千恵子が目覚める事は二度となかった。
 「―樹山さんが女優を志されたキッカケは何だったんですか?」
 「小さい頃に咲花シズカさんという方の映画を見て私もこんな女優さんになりたいと思ったからです。咲花さん
の演技は本当に華やかであの人がいなかったら私は女優になってないと思います」

109:名無し物書き@推敲中?
13/02/04 16:15:05.54 .net
次は「悪口」「遊園地」「奇跡」

110:「悪口」「遊園地」「奇跡」
13/02/05 00:01:23.01 .net
「順序よく、3列にお並びくださーい」と、係員が言う。
でも、行列があんまり長くって、先頭がもう見えない。

これで遊園地と言えるのか?
と、悪口を言っても始まらない。
並ぶ他にする事は見当たらないのだから。

ようやっと入場の前には、さらにくじ引きが待っている。
ここで運がよければ、赤いレーンに並べる。
それはもう、小さな小さな、奇跡に近い確率だが。

「おおおっ!」と声が沸きあがる。
何百回と並んだ客が、赤いレーンを引き当てたのだ。
歓喜の涙をあふれさせる客に、セーフティバーがゆっくりと下がって・・・
彼はこの世に生まれてきた。

たった100年弱の期間。
だけど、それは気が遠くなる程の行列と奇跡の結晶かもしれない。
そりゃあ、あの世の単位では1時間足らずかもしれないけど、まあ。

次のお題は:「ヴァイオリン」「涙」「フォークリフト」でお願いします。






気が遠くなる程の待ち行列と奇跡で、この世に生を得た。

111:名無し物書き@推敲中?
13/02/06 12:58:09.15 .net
 夏の日の午後、男は普段通り倉庫内仕分けのアルバイトに勤しんでいた。彼は所持しているフォークリフト免許を生かして、生活の糧を稼いでいる。
 この職場には、一年程通っている為、男の作業は手慣れたものだった。
 彼が仕事に没頭していると、倉庫内にけたたましいブザーが鳴り響いた。腕時計を見ると、時刻は15時をしめしていた。
「休憩するか」,
 男は呟き、倉庫内の休憩所に向かった。
 いつものように、備え付けられている自販機のほうへ歩いていくと、先客の後ろ姿があった。それがこの倉庫の事務員である事は、彼にはすぐにわかった。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れさんです、新人さんですか?」
 振り返った事務員の女性に、挨拶された男は、返事と共に訊ねた。初めて見る顔だったからだ。
「はい、最近この会社に入りました。酒井です、よろしくお願いします」
「あ、自分は田島です、よろしくお願いします。まあ僕は、只のバイトですけど」
 酒井は、美人でスラリとした、印象の良い女性だった。歳も田島より若く見える。
「まだ分からない事ばかりなので、良かったら会社の事、色々教えてください」
「自分で良ければ、まあ、分かる範囲で教えますよ」
 田島はそう答えると、自販機で買ったジュースを手に取り、近くにあるベンチへ座った。
「じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
 酒井は微笑みながら、田島の隣に座った。
 

112:名無し物書き@推敲中?
13/02/06 13:00:02.94 .net
 普段は一人で休憩時間を過ごしている彼にとって、これは意外な事だった。だが、彼女は人当たりが良く、とても話しやすかったので、田島は自分でも驚く程に、饒舌になっていった。
「酒井さんは、なんか趣味あるんですか?」
 仕事の事は一通り話終えたが、田島は、彼女との話をやめなかった。酒井に惹かれ始めている、自分に気付いたからだった。
「私は、クラシックが好きだから、休みの日には、ヴァイオリン教室に通ってます」
「へえ、ヴァイオリンですか。すごいですね。自分には縁のない趣味だな……」
 楽器などほとんど触った事もない田島は、彼女との接点が絶たれた気がして、少し落ちこんだ。
「やってみると楽しいですよ。良かったら田島さんも始めてみてはどうですか? 今度は私が教えますから」
 酒井はそう言うとニコリと笑った。その笑顔を見た田島の心は、みるみるうちに晴れていった。
「じゃあ、自分も、やってみようかな」
「是非、始めてください」
 会話を遮るかのように、再びブザーが鳴り響いた。
「休憩終わりか……じゃあ、自分、仕事戻りますんで」
「はい、お仕事頑張ってください。また、よろしくお願いします」
 涙を流す程ではないが、残念な気持ちを抑えつけて、田島は作業に戻っていった。
 彼はフォークリフトを運転しながら、思わぬ所で訪れた出逢いに、淡い期待を募らせずには、いられなかった。
 

113:名無し物書き@推敲中?
13/02/06 13:06:26.88 .net
次は「銃」「美女」「煙草」

114:銃と美女と煙草
13/02/10 12:37:54.83 .net
都心に現れたその怪獣は、昔のテレビに登場した着ぐるみの怪獣達とは似ても似つかぬものだった。
大きさはまあいい。円谷プロの怪獣サイズだ。しかしその外見は、何たる手抜きだろうか。ただの人間の赤ん坊なのだ。
誰か穿かせたのかもわからぬオムツを腰に纏った、性別不明の赤ん坊が、街を壊しまくっていた。
赤ん坊に善悪の判断はない。ただ好奇心の赴くままに彼(もしくは彼女)にとってのミニチュア玩具である建物や乗り物を叩き、投げ踏みつぶして歓喜していた。
「だめだ我々では手に負えん」
警官隊の銃など何の役にも立たなかった。
弾が当たった個所を、赤ん坊は痒そうにボリボリと掻くぐらいである。
「自衛隊を呼べ」
「その必要はないわ」
「誰だ君は、こんな所にいないで避難したまえ」
狼狽する警官隊を尻目に、白衣にミニスカートの美女が巨大赤ん坊に近づいていく。
「なにをする気だ?」警官たちは理解に苦しんだ。
すると白衣の美女は突然踊り始めるのだった。赤ん坊の目が美女の動きに囚われて左右に動く。
「なんかどこかでこういう映画を見たことがあるな」
「でかい猿の映画ですよね」警官達は美女の踊りに見とれて完全に見物モードになった。
赤ん坊の後方で大きな発射音がしたのはその時である。赤ん坊は驚いて目を丸くした。
後方にはいつの間にか、美女の仲間らしい二連結戦車がおり、弾を撃った直後だった。
弾はオムツ越しに赤ん坊の肛門に突き刺さっていた。
それはタダの弾ではない。
それは一本の巨大な煙草だった。赤ん坊に突き刺さった方は咥える側で、反対側には火がついていた。
美女は警官隊を振り返った。
「これは大型の麻酔弾です。大型のモンスターにはこれくらいしか役に立たないわ」
「ほう、どれくらいで効き目が出るのかな」
美女は腕時計を見て言った。
「あと一時間ほどで奴は眠りにつきます」
「一時間もかかるのか!」
一時間ほどして、巨大な赤ん坊は、廃墟と化した街の真ん中でぐうぐうといびきをかき始めたという。

次「脳腫瘍」「液晶テレビ」「マネキン」

115:「脳腫瘍」「液晶テレビ」「マネキン」
13/02/11 22:29:41.17 .net
馬鹿の一つ覚えで7オンス頼む。
ワゴンの上でバーナーに炙られ、牛肉の塊が回されていた。
シェフが青竜刀のようなナイフで、こんがりしたところをそぎ落とし、
皿に載せてくれる。

倍の大きさがありそうだ。
私は肉を旨そうに喰うのには自信がある。
◆◆◆

窓際の席でマネキンのように整った肢体と顔の女がステーキを食べていた。
静かで迅速なナイフとホークの扱い。それに正確な咀嚼。
出来過ぎな光景で、液晶テレビの画面を眺めているようだった。
向かいの席の男、顔色が心なし悪い。
◆◆◆

彼女、美味しそうに食べているつもりなんだろうな。
今日は脳腫瘍の手術があったんだよな。
よく食欲のでるもんだ。
俺はワゴンの上の塊が明滅的に脳に見えてぞっとした。


次は、「外科医」「二月」「体重」でお願いします。

116:「外科医」「二月」「体重」
13/02/13 19:11:45.56 .net
水商売の業界で「にはち」といえば、客の出入りが減る二月と八月を指す。
それでも常連客は、定期的に通い続けてくれる。
散々な、今月の売り上げを嘆き加代子は、携帯電話のアドレスを眺めた。
ふと、長いこと顔を見ていない高校時代の彼氏の名を目が探し当て、そして無意識に目を背ける。
未だに電話も出来ないくせにアドレスに残っている彼の名前に、我ながら未練深いと呆れる程、本当は大好きな彼だった。
私の家庭の事情で、高校を中退しそして水商売の道へ進み、彼には釣り合わなくなってしまった自分。
私は、彼にパラレルワールド《平行世界》の幸せを視る。
けれども、それは現実世界には、ありえない切なく苦しい妄想だった。
ふと、店のドアが開きカウベルが来店を告げる音を上げる。
それは、幸せに繋がる音だった。
「加代子、俺、外科医になって君を迎えに来たよ。」
そこには、体重こそ高校時代とは違うけれど、当時と同じ優しい笑顔の彼が立っていた。



次は、「運命」「バイク」「梅」でお願いします。

117:「運命」「バイク」「梅」
13/02/21 17:47:30.92 .net
「まかどは、運命って信じる?」
 ほらむが聞いてきた。最近、少し仲良くなった二人は、昼休み、中庭のベンチで一緒にご飯を食べていた。
「運命? このご飯の梅、うんめー、とか?」
「聞いた私が馬鹿だったわ」
 ほらむは弁当の蓋を閉じて立ち上がり、すたすたと校舎の方へと歩いて行く。
「待って、ほらむちゃん! 私の方が馬鹿なんだよ! こんなのってないよ!」
 気を取り直してベンチに戻ってきたほらむが言った。
「私は、運命なんて信じない。何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる!」
「ほらむちゃん?」
「約束するわ。絶対にあなたを救ってみせる」
 ベンチに座って、前を見据えたまま、ほらむの握りしめた拳が震えている。
「まかど、私、バイクに乗れるの。あなたを乗せて、どこまでも一緒に走って行くわ」
 そう言ったほらむの顔に笑顔が戻った。
「ほらむちゃん、バイクの免許持ってるの?」
「1回ぐらいは、魔法少女になってみるといいわ、まかど」


次は「未来」「信頼」「魚雷」

118:名無し物書き@推敲中?
13/02/25 17:50:33.47 .net
「光る眼」 「奇跡」 「名残」でよろしく~

119:名無し物書き@推敲中?
13/02/25 21:11:31.62 .net
 加藤元気は齢三十六にして素人童貞である。玄人しか知らない。人より見劣りするルックスに少々薄い頭を筆頭に低めの身長に重すぎる体重、沸き立つ体臭、むず痒い足、と加藤には様々な個人的特徴があった。
どの特徴も個性だね、素敵だねと言えばそれはそうだが、しかし加藤は個性などとはこれっぽっちも思っていなかった。呪いだと思っていた。そう、俺は呪われている身なんだ。
前世で魔女でも倒した騎士なのだ。その業が来世である自分に廻ってきたのだと思ってみたりもした。そしてそういう時、加藤はお気に入りのAVを見て一息つくのだ。
すると加藤は賢者になり、俺は何を前世などと思っているのだ、俺は前世系ではないぞ、来世もない、未来も信じないぞと萎びた息子に向かって情けない笑みをこぼしたりするのだ。
 加藤は間の悪いことが多かった。その日もそうだった。月に一回の楽しみ。格安の風俗店でお気に入りの姫を抱く。それだけの楽しみのために、ナクドマルドで高校生に顎で使われ、ひいひいと嘆き時給六五〇円で働いているのである。
しかして、その日は姫は飛んだ後だった。どこへ行ったとも知れず、他の店に行ったんじゃないですか、ゲヒヒと笑うボーイに加藤はお得意の俯き加減からの愛想笑いを返したりした。
そして、ボーイに勧められるまま紹介された醜悪な見た目の嬢に部屋に閉じ込められ、バイブで尻の穴を魚雷のように鋭く一突きされただけで加藤は果てた。人間の尊厳、男の矜持などあったものではなかった。
 帰り道、キャバ嬢を名乗る輩からメールが届いた。信頼しているダーリンにしか届けません、あなたと一緒に同伴したい、お店は歌舞伎町のここだからね、と書いてあったので、
馬鹿にするな文章から年齢がばれるぞババアと送り返すと、後日、アダルトサイト閲覧名目で三万円の支払いメールが届き、肝を冷やし、四畳半のアパートで震えた加藤であった。

次回は「光る眼」 「奇跡」 「名残」らしいです。よろしく。

120:「光る眼」 「奇跡」 「名残」
13/02/26 17:31:04.85 .net
私の目は夜に輝く。
この光る眼を気味悪がられてはいけないと、母は私に暗くなる前に帰ってくるようにきつく言いつけた。
ある日私は友達の誘いで山へ木の実を採りに行くことになった。

最初は山の麓近くで木の実を探していたけど、中々数が見つからなくて痺れを切らせた友達が、もっと深くに行こうと言い出した。
私はあともう少しすると日が落ち始めるので止めようよ、と止めては見たのだけれど。
結局押し切られて一緒に山の奥深くまで木の実を探しに行くことになった。
ある程度深く進んだところで沢山の木の実を見つけることが出来て、友達も私も大はしゃぎで木の実を集めた。
そうして満足がいくまで木の実を拾うと、もう日が落ち始めて辺りが暗くなり始めているのに気付く。
私はハッと自分の眼のことに思い至り、急いで帰ろうと友達に促す。
友達も暗くなってはたまらないと二人で帰りを急ぐ。
だけれど二人とも帰り道を忘れてしまって、迷っているうちにどんどんどんどん日が暮れていった。
私は光る眼のことを気付かれるのが怖くて友達の一歩先を常に歩いた。
友達は先に行かれるのが不安らしく私の横を歩こうとする。
私は見られてはいけない、と歩幅を大きくして足を速める。
友達もそれに追いつこうと負けじと足を速めた。
もうどこを走っているのかなんて考えてもいなかった。

そんなことをしていると、知らないうちに山頂まで来てしまっていた。
ずいぶんと開けた場所で真ん中にポツンと二人掛けの椅子があった。
走り回ってくたくたになっていた私達は、喜び勇んで椅子に腰掛ける。
ハアハア言いながら顔を上げてみると大きく光る月が見えた。
とても綺麗で感動して見入っていると友達がこちらをみて「あんたの眼光ってる!」と驚いた声を上げた。
私は恐怖した、次にどんなことを言われるのかとビクつきながら友達のほうへ顔を向けると、そこには同じく眼を光らせた友達の顔があった。
思わず私は「あんたの眼も光ってるわ!」と指差して言った。
私たちは何だか可笑しくって互いに指を指しあいひたすらに「光ってる」と笑いあった。
それは月が見せた奇跡だったのかそれともただの幻だったのだろうか。
笑いつかれて眠ってしまった私たちが、心配して探しに来た親たちに発見されたのはその数時間後だった。

121:「光る眼」 「奇跡」 「名残」
13/02/26 17:37:55.69 .net
眼が覚めてからすぐに私達は村中の大人にお叱りを受けた。
私も友達も叱られているのに昨日のことを思い出しては笑ってしまって、お叱りが終わるのは結構な時間がたったあとだった。

あれ以来、友達の目が夜に輝くことはなくなったが二人の体験は村中に広がっていて
夜に輝く目を見られた私は決まってこういうことにしている。

―「お月様の名残」



次は「消灯」「相貌」「サルガッソー」

122:「消灯」「相貌」「サルガッソー」
13/03/01 00:34:10.12 .net
瀬久原教授は病の床にあった。妻も子もなく、一生をかけて作り上げた
メイドロボットだけが教授の世話をしていた。50年後のおまいらである。
「教授、お薬を飲んだらもう寝る時間ですよ」
微笑むロボットの相貌には、昔彼が愛した架空のヒロインの面影がある。
教授は薬を受け取ると、コップの水で一気に飲み干した。
「じゃあ、電気消しますね。おやすみなさい」
消灯時刻だ。この厳格なスケジュールは、ロボメイドならではといっていい。
だが、教授は知っていた。ロボはロボでも、彼女は単なる機械ではないと。
いや、それは彼女にとってのことか、あるいは彼にとってのことか―。
「なあ、○×△」(注:適当な名前を補って下さい)
「はい?」立ち去りかけた軽い体が、暗闇の中で振り返る気配がした。
「かつて幾多の男たちを吸い込んだ、ワカメで有名な三角地帯を知っているかね」
「サルガッソーですよ、教授」
闇の中でほころんだ無邪気な笑みを、教授は確かに見たような気がした。
これが教授の幸福な日課だった。
そして―そして、闇の中でぺろりと出した小さな舌を、教授はまた知ることがなかった。
彼の人生最後の夜にも。

次「山の水」「川の滝」「野原の海」

123:「山の水」「川の滝」「野原の海」
13/03/05 14:12:25.12 .net
―夏休み、某日。
どこかの山の中、俺たちは唸っていた。

ことの始まりは夏休み最初の日、せっかくの夏休みなので皆でどこか普段行かないところへ遊びにいこうという話になった。
やはり夏だということで海と山の二つに分かれたのだが、人数もちょうど半分だったのでそれぞれで分かれていくことになった。
俺たち三人は山でキャンプという名の修行もどきをしようということになりそれなりの準備をして勇んで山へ入ったのだが…。
メンバー全員が水を忘れるという大暴挙、しかし皆そのときはどうかしていたのか「これも修行!!」とどこかにあるという水源を探すことにした。
音を頼りに、探してみると案外早く見つかるもので見つけたときはその滝みたいになってる川を見て
「これこの前写真で見たやつに似てるな、ラインの滝だっけ?」
「ちげーよ、精進川の滝だろ?」と余裕のやり取りをしていた。

水も確保できたので早速修行を開始する、漫画やアニメやゲームなどで得た知識を実際に試すのだ。
現実的なものからビーム系の非現実的なものまで様々な修行をし渇いた体に水分を補給するため川へ向かう。
そのとき俺たちはとても大事なことを忘れていたのだ…。
『山の水は生ではいけない』
煮沸してからではないと体に悪いのだ。
そんなことなど頭になかった俺たちは川を枯渇させてやるとばかりにゴクゴクとそれはもう腹が膨れるまで飲んだ。
しばらくして、案の定俺たちは三人とも腹を抑えて唸りだす。
草むらに行っては帰りの繰り返しでもはや修行など頭になかった。
そして俺たちは話し合い泣く泣く下山することとなった。

腹を抑え唸りながら俺たち三人は思った
(野原の海案に賛成しとけばよかった……)


次は「賽の目」「最高」「フラッシュサプレッサー」

124:名無し物書き@推敲中?
13/03/25 02:18:29.84 .net
「賽の目」「最高」「フラッシュサプレッサー」

125:「賽の目」「最高」「フラッシュサプレッサー」
13/04/30 21:09:38.65 .net
伯父が失踪して3年が経つ。
伯母だった人からマンションの鍵が送られてきた。

古ぼけた木の机の右側の引き出し。
何か突っ掛かって開かないのをバールを使って無理矢理こじ開けた。
ゴトリっー。破れ欠けた隙間から音が転がり落ちる。
無骨な紺の円柱。不釣り合いにハートマークの切り込みが並んでいる。
アクション映画とかで偶に見かける、たぶん、あれだ。

同じ色の拳銃を伯父は持っていたはずだ。
持ち出して、子供の頃に怒られた記憶がある。
銃口には鉛が詰まっていたか?

そのフラッシュサプレッサーを掌から机上に転がす。
賽の目を待つように停まるのを待つ。
マズルフラッシュ。最高だ!
臭いより音が音より光が早い。
視界の端で反応して一撃目を避ける。回転蹴りを入れると見せかけて
反対側の手で机上の筒を浚ってそのまま、銃口にねじ込む。
二撃目は暴発して、射手を苛んだ。


次のお題は(なんかむずくて話がさっぱりまとまらなかったので……)継続でお願いします。

126:二番手いきまふ 「賽の目」「最高」「フラッシュサプレッサー」
13/05/05 03:52:03.82 .net
直径70センチの円盤型本体が、回転しながらゆるゆる進む。
隠れたゴミをブラシが自動的に掃き出し、吸い込みます。
貴方は、軽くボタンを押すだけ。

「これだっ」総裁は唸った。「設計者を至急呼んでこい!」
そして数年後。

直径20メーターの円盤型鋼鉄ボディが、回転しながら侵攻。
隠れた住民を、フラッシュスプレッサーが自動的に焼却。
貴方は、軽くボタンを押すだけ。

大尉が微笑んで、ビールを一杯。
「罪悪感も大幅カット。こりゃあ最高のマシーンだね」

一方、洞窟の男は、キリキリと小さな金属音を聞いていた。
あの音だ、炎がくる!数分後にここは火の海かもしれない。

背後には、自分同様の僅かな生き残りたちが祈っている。
祈るしかないではないか。自分の命を賽の目に託すしか。
「人がゴミ同様に焼かれるとは・・・最悪のマシーンだ!」

※ なんかありきたりだけど・・・
次のお題は「人の目」「裁縫」「エプロン」でお願いしまふ。

127:「人の目」「裁縫」「エプロン」
13/05/12 07:01:08.97 .net
目が覚めると、裸エプロンの女の後ろ姿が見えた。
「何をしているんだ?」
裸エプロンの女は振り返って「お兄ちゃんの朝ご飯を作っているんだよ」
お兄ちゃん、だと? すると裸エプロンと俺は兄妹なのか。
わからない。そうであるような……いや、ないような。
ハッキリしていることは一つ。俺の頭はどうかしている。
「俺とお前はどういう関係なんだ。お前はなぜ裸なんだ? ひょっとして寝たのかな一緒に」
裸エプロンの妹は振り返って「やだ、そんなことできるわけないじゃん」
妹はサンドイッチをこちらに持ってきて「お兄ちゃんは昨夜遅く、バラバラになって戻されてきたの。それを私が徹夜で裁縫しながらくっつけたんだから」
「バラバラって何だよ? 何を言ってるんだ」
俺は恐る恐る自分の顔や体を触ってみた。皮膚に切れ目があって、それは無数のホッチキスでとめられているようだった。
妹は優しく笑った。
「もう大丈夫だよ。お兄ちゃんは頑張った。もうあそこには行かなくてもいいって」
「うわわわっ!」俺は絶叫した。
「どうしたの?」
「あ、あれは、なんだ?」
窓の外にサッカーボールくらいの人の目が浮かんでいた。
妹は動じなかった。彼女は俺に顔を近づけて、優しく囁いた。
「ああ、あれはね―」


次「ガラパゴス携帯」「腫瘍」「切腹」

128:「ガラパゴス携帯」「腫瘍」「切腹」
13/05/22 01:14:42.61 .net
自分を冒す悪性腫瘍はもう何度目の転移だろう。
枕元に置いた携帯は、最近ではガラパゴス携帯と呼ばれているらしい。しかし、買い替えに行く暇も、買い替える金の余裕もない。
切腹後の様になった腹の手術後は、固い肉芽のまま寝返りをうつ度に痛みを覚える。
嗚呼。だけれど。
痛みも、この傷も、生きていたいと言う願いの形だ。
古臭い携帯に今でも入る職場からのメールは、戻る場所があり待つ人のいる証だ。
死にたくはない。死は怖い。
どんなに辛い治療も、どんなに不自由な体も。
死から逃げられるならなんだってするさ。
生きていたいんだ。


次は「失恋」「ジビエ」「蛍光灯」

129:「失恋」「ジビエ」「蛍光灯」
13/06/08 12:46:38.99 .net
夜、天井の蛍光灯がパンと音を立てて割れた。
女はびっくりして悲鳴を上げそうになった。
「落ち着け。動かない方がいい。蛍光灯の破片を踏むかもしれないからな」としわがれた声が注意した。
「そんな事言ったって、じゃあどうすれば?」女は怖くて怖くて仕方がなかった。
「慌てるな、今蝋燭を探している。待つんだ」
闇の奥でごそごそと音がした。やがてボッと橙色の灯がともり、頼りないけれども山小屋の室内を照らし出した。
蝋燭に照らし出された老人の顔は、小屋に取り憑いた悪霊のようにも見えた。
女は行きずりの登山者であり、老人は小屋の番人であった。
「怯えることはない。朝は必ずくるものじゃ。あんたにも、わしにもな」老人は自分の猟銃を手入れしながら語った。
「なぜ蛍光灯が壊れたのかしら」
「さあな、霊はああいうものを嫌うからのう。もしくは奴らの合図なのかもしれぬ」
「霊?! 何を言っているんですか」
「ジビエという外国語を知っておるかね。食材として狩られた動物のことじゃよ」
老人は手入れしていた猟銃の銃口を女に差し向けた。
「何をするんですか」
「あんたはわしのジビエじゃ。だが食用ではない。わしの魂の器となってもらう。わしが乗り移らせてもらうんじゃよ。この老体ではもう長くないからの」
薄闇の山小屋に銃声が響いた。その後には、誰の悲鳴もうめき声さえ聞こえなくなった。
朝。
女の亡骸を前にして老人は、自嘲していた。
「だめじゃ。また憑依に失敗したわ。失恋した若者とはこんな気分なのだろうか。なぜじゃ、なぜ素直に器になってくれんのじゃ?」
地団駄を踏んでも仕方が無い。老人は耳をすました。
次の客人がやってくるようだ。
老人は猟銃を杖に立ち上がり、次のジビエを待った。

次「テレビのリモコン」「スクリーン」「雨宿り」

130:「テレビのリモコン」「スクリーン」「雨宿り」
13/06/11 09:09:19.54 .net
参った、予報では晴れだったじゃないか。男は足早に帰路を辿っていたが、次第に強くなる雨に負けて店へ駆け込んだ。
入口で体についた露を払い中を見渡す。店主は奥に引っ込んでいるのか誰の姿もなかった。
早く雨宿りしたい一心でなんの店か見る間もなかった男は、そこに並べてある商品に首をかしげた。ガラス棚にはテレビのリモコンらしきものがずらっと陳列してあったのだ。
肝心のテレビ自体は見当たらない。
もしかして此処はテレビのリモコン屋なのだろうか。男は思案を廻らせた。
はてリモコンを何処に置いたかと探し回るのは誰しも一度はあるだろう。
もし見つからなかったら、わざわざメーカーに問い合わせねばならない。それはかなり面倒だ。
そんなときに此処のようなリモコン屋を訪れて、リモコンだけを買えば面倒は少なくて済む。なるほど、最近は便利な店があるものだ。
いつか利用する日があるかもしれないな、帰ったら女房に教えてやろう。
雨は小降りになってきた。店主に見つからないうちに出ていこう。
ドアの開閉する音に気付いて、奥から店主が現れた。
あれ、お客が来たような気がしたけど。まあいいか、機材のチェックでもするかな。
店主は壁のスイッチを押し、スクリーンをおろす。
そして棚にあったリモコンを一個取って操作すると、天井埋め込み型のプロジェクターのひとつが投影を始めた。

「ごま」「茶碗」「風呂敷」

131:「ごま」「茶碗」「風呂敷」
13/06/30 00:46:59.57 .net
この世で一番美味しい食べ物は、ごま塩ごはんである。
茶碗に熱々のごはんを盛り、ごま塩をかけて、食す。
どれほどの贅を尽くそうとも、この単純かつ完璧なごま塩ごはんには敵わない。
「オラァ、居るのは分かってんだ、出てこいやコルァ!」
我が家のオンボロドアが強く打ち鳴らされ、野蛮な怒声が部屋を震わせる。
けれどそんなもの、このごま塩ごはんの前にはなんの意味も思想も無い。
私はかつて、ある中小企業の社長であった。会社はそれなりにうまくいき、妻は優しく、娘は愛らしい。私は幸せだった。
だがしかし、そんな幸せは突然終わりを迎えた。
私は経営が軌道に乗ったのを感じ、次々と新しい事業に手を出した。家族のためにもっと豊かになろうと思ったのだ。だが、それがいけなかった。
風呂敷を広げすぎて事業は失敗。私は多額の借金を背負い、妻と娘は出て行った。
「居留守かぁ? ナメた真似してんじゃねぇぞコルァ!」
ごま塩を入れすぎたのか、今日のごま塩ごはんは少しだけしょっぱかった。

「カーテン」「ヒヤシンス」「水筒」

132:「カーテン」「ヒヤシンス」「水筒」
13/07/05 NY:AN:NY.AN .net
喉が渇いて目が覚めた。
カーテンを開けると朝焼けの橙が広がりはじめている。
夜の紫紺が橙に溶けていく。出窓に飾った風信子鉱が光を受けて明るく輝く。

彼女は鉱物が好きで集めていた。
彼女は頑なにジルコンを風信子鉱と呼んでいた。
「知ってる?風信子ってヒヤシンスのことなんだよ?
鉱物に花の名前をつけるって美しいよね」
「ヒヤシンスってどんな花だっけ?水性栽培できた花としか覚えてないなあ」

そんな会話でも楽しく、彼女はふざけて水筒代わりのペットボトルに、鉱物と水を入れて飾った。
「増えるといいなー」なんて。
彼女は帰らない。

俺は喉が渇いていた。ジルコンは冷たく喉を通っていった。


マフィン 雨 自転車

133:「マフィン」「雨」「自転車」
13/07/17 NY:AN:NY.AN .net
なぜこんな似合わぬ事を始めようと思ったのか全く覚えていない。
しかし飽き性の私が二年も続けているのだから、案外ぴったりの趣味かもしれない。
「いらっしゃいませー」
とあるベッドタウンの駅前で、私は露店を開いている。
「ありがとうございましたー」
日も沈み、通りでは酔っ払いが喧嘩を始めた。そろそろ店じまいか。
折り畳みの机と、白いチョークでマフィンとだけ書いた小さな板を担ぎ、スーパーに向かう。
その日の売り上げが牛乳と卵になり、次のマフィンに替わる。
不器用な人間が道楽で商売をするにはなんといっても自転車操業が一番なのだ。

大量の小銭に嫌な顔をされながらもなんとか買い物を終え、家にたどり着く。
テレビをつけるとちょうど天気予報だった。
雨か。
自転車の傘さし運転は危ないので、明日は休業とする。
売れ残りを頬張り、私は満足な気分になった。
不恰好に焼けた奴ほどうまいということに、二年たっても誰も気づきゃしない。

「扇風機」「サッカー」「めがね」

134:「扇風機」「サッカー」「めがね」
13/07/19 NY:AN:NY.AN .net
おれは乱雑に靴を脱ぎ捨て、足早に部屋に駆け込んだ。
「ああああ~」
扇風機の前に座り、電源を入れた。
小さな子供がやる宇宙人ごっこみたいに声を上げる。
だるいからか、それとも他の何かなのか。
ぼーっと座って、馬鹿みたいに声を出していた。

体感では十分くらいのつもりが、気付いたら三十分くらい過ぎていた。
見たかったサッカーの試合の放送が始まっている時間。
おれはテレビのリモコンを取ろうと立ち上がった。
ずるり。
めがねが下がって、視界が奇妙に変化する。
耳の後ろと背中は汗をかいたままだった。

めがねの位置を直し、試合を見おわると、
おれは一生懸命友人たちのことを思い出そうと頑張った。
部屋にエアコンあるの、誰だったかな。
考えながら、汗を拭いてめがねをかけ直すが、夕飯の時間になっても思い出せなかった。
そもそも、部屋にいったことある奴が少ないっつうの。

「さいころ」「洗濯」「みかんの皮」

135:「さいころ」「洗濯」「みかんの皮」
13/07/21 NY:AN:NY.AN .net
菓子皿の中に懐かしいお菓子があった。
紙製のサイコロの箱。その中に2粒キャラメルが入っている。
1の裏は6
2の裏は5
3の裏は4
この法則を私に覚えさせるために母がしばらく買ってきていた。
展開図において、空白のサイコロの目の数を答えさせる問題。
どれほどやったっけな。

こたつでみかんの皮を展開させながら思いにふける。
球形が五片の花の形に変わる。うまく均等に花びらができたことに満足する。
皮の出来にうつつを抜かし、上の空でみかんを食べたら汁が跳んだ。
タートルネックの白いセーターが汁に汚染される。
洗濯していたらタートルネックはいびつな五片の花のかたちだ。
そんな発見をした冬の昼下がり。


氷 火 ダンサー

136:「火」「水」「ダンサー」
13/08/07 NY:AN:NY.AN .net
宴も酣となってきた。
たまには火遊びを楽しめ、と友人に言われ、乗り気でないまま参加したパーティ。屋上庭園には極彩色のライトとリズムだけの音楽が散らかっている。
氷ばかりの酒は熱気と相まって陶酔をもたらし、意識の境を曖昧にした。真夏の夜の夢という曲の意味がようやく理解出来る。
私は友人とはぐれ、ざわめく通路でグラスを傾けていた。
「お姉さん、一人?」
てっきりナンパかと思ったが、見てみれば女性だ。私と同い年か少し下か、何れにせよ私より綺麗な人。水着のような際どい衣装を身につけていることからダンサーだとわかる。
「そうだけど……」
「ならいい、来て」
その人は私の手を掴んで走りはじめた。不意をつかれて抵抗出来ず、私はそれについていく他ない。
「待って、何処に行くの?」
「いいから」
少し走ってたどり着いたのは庭園の隅だ。その人は小さな倉庫の陰に私を連れ込んだ。人気はなく、かがり火だけの照明が暗がりをもたらしている。
壁を背に立つと火が視界を奪って、その人は形しか見えなくなった。
「ここならいいね」
「あの、私に何か……」
「ごめん。お姉さん、好みだったから我慢出来なくなっちゃって」
好みって――状況を飲み込めない私をからかうように笑いながら、その人は体を寄せた。柔らかく甘い匂い。間違いなく同性の色香だ。
手からグラスが滑り落ちた。耳障りな音も邪魔にはならない。氷と硝子が一緒になって、足元にできた水溜まりを彩る。
水面に映る焔は何の暗喩になるだろう。
「一回くらい、いいよね」
それは彼女の声か私の心か。
かがり火がぱちぱちと花を上げ、空中で闇に溶けた。
こういう火遊びも悪くない。

ジャム 銀のスプーン おとなりさん

137:ジャム 銀のスプーン おとなりさん
13/09/07 16:37:07.38 .net
隣の空き家に人が越してくると、母から聞いた。隣はもう何年も空き家だったが、ようやく買い手がついたらしい。
老夫婦かな、赤ん坊のいる新婚家庭かもしれない。でもできればかわいい女の子が越してくればいいなと思った。
そして願いは叶った。
おとなりさんは三人家族で、典型的なサラリーンマン家庭だった。一人っ子の女の子はおそらく中学生だろう。
母がコトコトと何かを似ている。
「なに煮てるの母さん」
僕は窓から、その女の子が学校に向かうのを見ている。
「イチゴジャムよ」
そう言って母は、銀のスプーンでジャムをすくうと、窓の外を見る僕の口に運んだ。
 *
「隣は空き家だって聞いていたけれど、人が住んでるわよねぇ」
私がママに尋ねると、ママはそんなことない、と答えた。
「だって見たのよ。同い年くらいの男の子が窓の向こうから私を見てたの。学校には通ってないのかしら」
ママは眉間に皺を寄せた。
「悪い冗談よしてちょうだい。クラスの誰かに噂を聞いて、ママをからかっているんでしょう」
「噂?」
「隣は空き家よ。幽霊が出るからって、この家もなかなか買い手がつかなかったの」
 *
その晩少女は、ベッドに入ってから幽霊を見た。あの隣の家の窓からこちらを見ていた少年だ。
しかも口のまわりが赤黒かった。血かもしれない。少女は懸命に叫び声をあげた。
 *
「またいなくなっちゃったねお隣さん」
僕が母にそう言うと、母はため息をつきながら僕の口のまわりを拭いてくれた。
「坊や、口のまわりにジャムがついているよ」

次題:孤独 千年 パソコン

138:孤独 千年 パソコン
13/09/12 23:19:25.83 .net
ありとあらゆる出来事は確率によって保証されている。
起こらないことは「無い」し、
起こらないことは起こり得ないとも言える。
その辺を解消するのが驚異的な演算能力なんだけど、
突き詰めれば生涯かけても成し得ない、
膨大なデータを代謝するに相応しいアイテムといえば、
パソコンになるだろう。
進歩の過程に言及すれば、ダーウィニズムやラマルキズムの
いさかいになるから今は止めるよ(千年前に僕らが学んだことだ)。
ともあれこのデータに誰が目を通すことになるのか、
僕には分からないんだけれど、
僕の世界は今、結構ヤバい状況にある。
いつか全ての人々が享受する安寧、いわゆる贅沢品、
孤独という奴を人類総出で一斉に迎えつつある。
けれど、ようやくの段になってチャンスを掴んだ。
押し付けがましい話で申し訳ないんだけれど鍵は、
このデータが表示されている「君」のパソコンにある。
その鍵は残念ながら、探しても見つから「無い」し、
「得ない」とも言えるから、君は何もしなくていい。
おそらく何もできない…ただ、まあ、どうか僕らの、
確率による祝福を祈ってくれ。

偉大なる神性を顕すタウセティ語でこれらを記す。



次は、サーフボード 錬金術 少女

139:サーフボード_錬金術_少女
13/09/14 14:59:11.70 .net
 安岡は海岸沿いの道路の広い路肩に車を停めた。車を降りると海からの強い風が
吹きなぶった。暗色の海に無数の白い波濤が大小の皺を寄せているのが見えた。
 堤防の階段を降り、砂浜を遠い浜辺まで歩いた。風で体が時々かしいだ。
「おい、かりん!」安岡が声を投げた。
 はげしい風に声を持って行かれそうになって、大きな声になる。
 サーフボードを風よけに立てて、その風下に背を丸めてしゃがみこんだ中学生く
らいの少女が振り返って微笑した。
「おとうさん! おむかえごくろうさん!」風に負けじと声を張っている。
「少しは乗れたか?」
「三十分くらい!」
「それっぽっちか?」
「でも、危ないから!」それでもにこにこしているのは満足している証拠だ。
 安岡は朝早くかりんを海岸まで送り届け、三時間後の迎えを約束して仕事へ回っ
た。その頃は風も弱く、サーフィンをするには良い波をしていた。しかし雲行きは
すぐに変わり、かりんはずっとこうして海を眺めながら背中を丸めていたのかも知
れない。長い時間放っておいて可哀そうなことをしたと思った。
「帰ろう!」安岡は海に背を向けて歩き始めた。「寒くないか?」
 かりんはボードを砂から抜いて片手にかかえ安岡の後を追った。
「寒いよー! おとうさん、寒いよー!」暖を求めるように、空いた方の手で安岡
の背中から抱き着いた。
 父と娘になって三年。
 安岡は自分とかりんとの三年前の遠慮しがちな距離を思い出していた。
 名前だけの仮の親子から始めて、近づいたり 遠くなったりしながらぶきっちょ
な関係を積んできた。今もまだ間合いをはかりかね、気兼ねするときもある。
 それでもこの距離に近づいてくれたのが安岡にはうれしい。
 家族を名乗っても、人と人との関係に錬金術はない。鉛から金は生み出せない。
たとえ小さな小さな砂金の粒だとしても、大量の砂を掘り返して探し求められるも
のは本物の金だけだ。
 かりんの細い肩に安岡の掌がかけられた。寒い寒いと笑う娘の肩から安岡は暖か
さを受け取った。

 次は 抵抗 唇 前置き でお願いします。


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