よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4at BUN
よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4 - 暇つぶし2ch150:さとし(3さい)
12/07/09 15:39:26.00 .net
カーテンをあけると春の朝のやわらかな日差しが部屋に広がった。
眠い目をこすりつつ、すぐる(14)はベッドに腰掛けたが、すぐに違和感を覚えた。
―ない。
昨日の夜までベッド横のテーブルにあった折鶴が見当たらない。
まだ入院したばかりの頃に、思いを寄せていた同級生の鶴島鶴子が
持ってきてくれた、大切な折鶴がどこにもないのだ。
(寝ている間に看護婦さんが片付けたんだろうか?いやそんはずはないだろう。
あの折鶴が大事なものだということは看護婦さんも知っているし…)
すぐるは頭を抱えて昨晩眠りにつくまでの記憶をたどり始めた。
すると突然、窓がガタガタ激しく鳴った。
ハッとして顔を上げると巨大な鳥が羽ばたく姿が目に入った。
顔だけが鶴島鶴子の奇怪な姿だった。
「とろろいもを下着にしろー!とろろいもったらとろろいも!!!」
と血走った目でわめき散らしていた。
すぐるは現世に深い幻滅を感じ、カーテンを閉めてちからない足取りでベッドに
戻った。
目をつむるとすぐに睡魔が襲ってきた。
すぐるは深い眠りについた。

151:さとし(3さい)
12/07/09 15:42:02.26 .net
次のお題は「神社と浮浪者」です。

152:名無し物書き@推敲中?
12/07/10 22:46:10.16 .net
「神社と浮浪者」

 その老人は最初は子どもたちの間で知られるようになった。いつも境内の片隅の石の上に腰を下ろし、にこにこと善良そうな笑みを浮かべるその老爺に、
子どもたちは親しみを感じた。
「おじいちゃん、誰?」
「儂はここの神様じゃよ」
「じゃあ、何か不思議なこと、やって見せて」
「駄目じゃよ。儂は力を使ってはならんことになっておる」
「エーでも、ちょっとだけでも」
「仕方がないのう」
 そう言って手を出した老爺の指先から、小さな噴水が現れた。
「わーすごい」
 子どもたちは大喜びで、家に帰って親に話した。親たちはそれを怪しみ、おそらく浮浪者がちょっとした手品を使って子供を騙すのだろう、問題が起きてからでは大変だと、
その誰かが警察に連絡した。
 警察は任意で事情聴取すると言って、 老爺を拘束し、尋問した。
「神様だなんて、誰も信じないですよ! それでも本当だと言うなら、奇跡でも見せたらどうです? それも手品なんかじゃなくて」
「じゃから、禁じられておるのじゃ」
「はいはい、何が起きてもうちで責任取りますから、やって見せて下さい。でないと、帰せませんよ」
「知らぬぞ。では見るがよい」
 老爺が立ち上がり、手首に巻き付けてあった紐を引きちぎった。足を一つ踏みつけると、そこから水が噴き出した。水の柱は次第に太さを増し、
いつしか数百メートルにも達し、あたり一帯は水没し始めた。警報が発令されるいとまもなく、その町は水没し、なぜかその中に神社のあった丘だけが小島のように残った。
 その晩、その島に光が降った。光はいつもの石の上の老爺の前で止まった。
「儂はまたやってしまいました。は、わかって下さいますか、では、もう一度封印を、よろしくお願いします」

次、「酒と女と世界平和」

153:名無し物書き@推敲中?
12/07/13 13:38:19.40 .net
「酒と女と世界平和」

 俺がこのピースフル帝国の皇帝になってから、ずいぶんと経つ。禁酒法と禁女法……こ
れは俺の国民支配の根幹となる政策だ。
 アルコールに触れた者は死刑。婚前に女と触れた者も死刑。これまでに多くの連中がこ
の政策に反対したものだが、皆あの世に送ってやった。今では、反論の声を聴くこともめ
っきり減った。俺は心が広い。別に反論するのはかまわない。だが、遠かれ近かれ、そう
いう者には事故死という運命が待っている。
 先日も、倉庫に隠れて禁酒法と禁女法を破る集いを開いていた無法者たちを、帝国の重
装歩兵たちがその場で殺処分した。犯罪者に整った墓は要らない。死体はまとめて穴に放
り込み、上から土を被せる。世界平和のためには、多少の犠牲はやむを得ない。
 そして今日、医療に使うためにアルコールを認めてほしいという嘆願が上がってきた。
その医者が言うには、アルコールには消毒効果があるというのだ。そこで試しに眼前で実
演させてみた。アルコールの臭いを嗅いだ患者は、医者の持つボトルをひったくってそれ
を飲み始めた。医者は青ざめた。
 やはりアルコールは毒だ。お慈悲を、お慈悲をと繰り返す医者を、衛兵たちが断頭台へ
と連行する。私が女王(もちろん結婚している)を見ると、彼女はそれを受けて微笑んだ。
 ピースフル帝国にはアルコール中毒者は居ない。女狂いも存在しない。まさにユートピ
アである。であるというのに、不思議なことに国境から逃げ出そうとする輩が多い。
 そういう連中は、毎日ワインが飲めるだとか、女に触り放題だとか、そういう夢物語に
踊らされた連中がほとんどだ。寛大な心を持つ俺からしてみれば、連中はとても哀れな存
在だが、無論、その後に待っているのは死だけだ。
 来年には、禁酒法と禁女法を認めぬ周辺小国への、大規模な遠征も計画されている。こ
れは歴史に名を残す聖なる戦いとなろう。禁酒法と禁女法を三千世界に広め、野蛮な人々
に正常な思考力を取り戻させるのだ。アンチ・アルコール!

「喋る自転車と兄を失った妹」

154:喋る自転車と兄を失った妹
12/07/15 10:36:53.99 .net
嵐含みの風が暗い林をうならせている。曇天はおぼろな雲の小片を
恐ろしい早さで吹き流していた。ここは箱根の山の中、谷に開けた名もなき草野だ。
キキッ……自転車のブレーキ音が響く。林道に停まったママチャリに
跨るのは、セーラー冬服の女子高生だ。娘は自転車を降りると、
サドルを緩めてそれを抜き取った。
「気をつけろ陽子、やつはもう来ている」サドルが喋った。陽子は右手にサドルを提げ、
腿まである草を分けて道を離れる。と、フフフという女の笑い声が野に響いた。
「来たわね小娘。このあたしを倒そうとは笑止千万。何が目的か知らないけど、
その蛮勇だけは褒めてやるわ!」
突然、野草の間からリクスーの女が飛び上がった。手にはマウンテンバイクの
サドルを振りかざしている。暗い空を背景に、女の口だけが赤く光った。
陽子はサドルの両端を持って最初の一撃を受けた。重い! 
体勢を立て直す暇もなく、次の一撃が横から襲う。今度は受け損ね、
リクスーのサドルが陽子の肋骨に食い込んだ。セーラー服が野に倒れる。
「お粗末。もっと修行してから来るべきだったわね」
苦痛にあえぐ陽子の股間に、女のサドルが押し当てられる。「ああっ!」少女が叫んだ。
「くはは! 美咲、今日の獲物は若いな!」女のサドルが哄笑した。
「命までは取らないわ。でも、もう無茶はしないことね。あなた、弱い」
一分ほど押し当てたのち、リクスー女が手を引いた。と、体を折り曲げた陽子が震えながら言う。
「違う……外れだわ……それはお兄ちゃんのサドルじゃない……」
「何?」美咲が聞き返す。ふらつきながら立ち上がった陽子は、すでに冷めた目をしている。
次の瞬間、一陣の風、いや影が、草の間に交錯した。
「はぐぅ!」うつぶせに倒れた美咲の尻に、陽子のサドルが押し当てられる。
「どうだ! これが日本一のサドル師、鞍馬振一の技よ!」陽子のサドルが叫んだ。
勝負あり。気絶した美咲には目もくれず、陽子は自転車の元に帰った。
「ああ、お兄ちゃんのサドルを使っているサドラーがいれば、消息がわかるかと思ったのに」
目に涙を貯める洋子。「気を落とすな。いつか、きっと見つかるさ」
帰り道、坂を下りながらサドルが言った。「ところで」「何?」
「尻はあの女のほうがよかったぜ」

次「鳥と牛と海とが」

155:名無し物書き@推敲中?
12/07/16 00:31:28.87 .net
 「出ようか」
 ジュリアはそれだけ言って、僕の手を握った。

 15歳の夏、僕は叔父の運転する軽トラックに乗っていた。
 久しぶりに会えた叔父と、学校のことや、家族のことを話していると、一人の外国人が運転席の窓から顔を突っ込んできて言った。
 「殺さないで!海の一部なのです!」
 叔父はハンドルを切りって、少し離れた場所に車を停止させると言った。
 「仕事の邪魔すんじゃねー!」
 僕は何が起こったのか理解できず、呆然としていた。車が走り出した後も、緊張したままで、心臓はドキドキしていた。
 少しすると叔父が前を向いたまま、口を開いた。
 「なあ、ケン。生き物は全部同じ命をもってるんじゃねえのか。牛だって、鶏だって、鯨だって、命の重さは一緒なんじゃねーのか」
 その語気が強かったので、僕は何も答えることが出来なかった。
 「鯨が海の一部だってさ、だからなんなんだよ。だったら牛は大地の一部で、鶏は空の一部じゃねーのかよ。なあ、ケン」
 その問いかけに、ようやく僕は答えることが出来た。
 「でも、鶏は飛べないよ」
 「あ、そうか、お前、賢いじゃねーか」
 叔父は少し笑うと、また真顔に戻って言った。
 「なんだって、同じよ。全部何かの一部だし、全部尊い命なんだよ。なあケン」
 僕はやはり、また何も言えなかった。
 そして、僕は今でも何も言えないままだ。
 すぐ横の、美しい水槽のなかで、美しいイルカが泳いでいる。。僕絞める作業を見たし、何度もイルカを口にした。生きるということは他の生物を殺すこと。
 それは、分かっている。しかし、いまここで泳いでいるイルカを、自ら殺して食べようと思えば、僕とは違う、「何か」になる必要があるように感じられてならない。
 僕は牛も鶏も鯨も、全部殺した。だから生きている。しかし、その事実は机上に書かれた文字のように実感がない。
 食べるとは何だろう、生命の尊さとは何だろう。纏まりを欠いた頭の中で鳥と牛と海とが、ぐるぐる回る。

 その時、僕の手を振動させながら、ジュリアが言った。
 「サーティー・ワン行こうよ」
 「アイス、いいね」
 僕は笑顔で頷いた。
 “そうさ、僕らは加工された肉を食べているだけで、どんな生命も、一匹たりとも殺しちゃいない”

 次、「送信せよ」

156:送信せよ
12/07/16 10:03:51.67 .net
艦長は、金属製の操作パネルにある、『vision』と書かれたボタンを押した。
目の前に半透明のスクリーンが降りてきて、映像を映し出す。映像には、銀色の宇宙服をまとって、タンクを背負った彼の二人の部下が映し出されていた。
「艦長、無事着陸しました。遠くに生物らしきものが見えます。もう少し近づいてみます」
「生物だとして、どんな相手か分からない。注意して近づくんだ」
初めて来る惑星にはどんな危険があるとも限らない。

過去に、地球を温暖化から救う為の世界規模で開かれた気候変動枠組条約締約国会議という物があったという。
世界的な景気の悪化と、自国の利益を優先する各国の政治的思惑で、けれどもその会議は数回で終了してしまったらしい。
この会議が実効性のあるものになっていれば……。艦長はほぞを噛んだ。そして、遠くをみつめた。
地球を離れてもう数年にもなる。代替の惑星なんて、そんなにみつかるものではない。
各国より選りすぐられた、屈強な男ばかりの乗組員にも疲れの色が見えてきている。
「知性の低そうな生物なら、駆除できそうかどうか確かめてくれ」
自身が侵略者になるのは艦長の本意ではなかった。しかし苦渋の決断をしなくてはならない時もある。

「艦長、生物が見えました」
「どんな生き物だ? 危険そうか?」
「私の……私の娘です」
「違う、あれは地球に残してきた俺の彼女だ」
隊員の声が、それぞれスピーカーから流れてきた。
「よく見るんだ。モニターには、もやの様なものが映っているだけだぞ」
艦長は二人に注意を呼びかけた。
「いえ、艦長、こうやって触っても、娘の感触しかしません」
「いや、俺の彼女だ。この柔らかなふくらみ、長い髪、俺が間違える筈がありません」
どうやら、生物は見た者の一番愛する者に変化するらしい。艦長は一瞬、何かを考える素振りをした。
「感触までもか。とりあえず、危害を加える生物では無いんだな」
「あたりまえです。私の愛する……」
「当然です。俺の彼女ですよ」
「とりあえずその生物をよく調べたい。こちらに送信せよ」
艦長は、思い描いていた。お気に入りの風俗嬢をベッドに乗せ、隅々まで調べている自分を。

次のお題は、「夏の渚は水着と下着」で。

157:夏の渚は水着と下着
12/07/18 20:26:46.21 .net

   『うたかたの渚』

 瀬戸内海にほど近い一軒家のベランダに、少女が一人立ち尽くしていた。小型漁船の行き交う潮騒を真剣な眼差
しで見つめている。黒目がちな瞳には思春期の希望に満ちた輝きはこれっぽっちもなく、陰気な容貌がことさらに
強調されるばかりだった。蝉のぎらついた羽音や元気いっぱいに飛び回るカモメたちの陽気な歌声とは裏腹に、
ぼさぼさ髪の彼女には鬱屈した雰囲気が取り憑いている。

「だめよ、わたしもう逃げないって決めたんだから。ちっぽけな人生とはおさらばするの」
 携帯電話に何やら文字を打ち込み、自分の部屋に駆け込む。さとみは机の上に置いてある筆箱からハサミを取り
出すと足早に洗面所へと向かい、鏡の前に立つとためらうことなく自分の髪の毛を引っ掴んで勢い良く切り落とした。
流し台に長い毛の束が溜まる頃には、小ざっぱりとした健康的な少女に生まれ変わっていた。部屋に戻る途中、
台所でくつろぐ母親がぎょっとした顔で固まっていたのを横目で流し、階段を上って自室に転がり込んだ。ベッドに
転がる携帯電話を開くと新着メールが一件。さとみはメールを見終わると唇を真一文字に結んで頷き、自分を奮い
立たせるようにほっぺたを両手で二度叩いた。慌てた手つきで箪笥から市松模様の水着を引っ張り出し、着替えが
終わると薄手のパーカーをさっと羽織って大急ぎで部屋を出た。靴の紐を結びなおしていると、母親が恐る恐る足を
忍ばせやって来た。
「あんた散髪なんかしちゃって、どっか行くのかね?」
「ちょっと用事があってさ。そこの岬まで」
「引き篭もってばっかりだったあんたが珍しいねえ、とにかく気を付けて行っておいでよ。そういえば、さっき先
生がいらしたみたいで郵便受けに宿題やら連絡事項が入った袋を入れてくれたみたいだけど―」
「これから会いに行くから、お礼は言っとくね」
 首を傾げたままの母親を置き去りにして、さとみは自転車のサドルにまたがり外に飛び出していった。日に焼けてい
ない白い肌がまぶしい。潮風に吹かれながら防波堤沿いの旧道をひた走ると海に岩場が飛び出した場所に着いた。
ガードレールの脇に自転車を停めると、呼吸を落ち着かせながら岩場の先端まで歩いていった。

158:夏の渚は水着と下着
12/07/18 20:32:20.37 .net
 調度その時、自転車のすぐ側に一台の車が停まった。降りてきたのはさとみの学級を担当する松木圭一。助手席
に乗っている女は降りる気配を見せず、少女に近付いていく松木を目で追うだけだった。さとみが助手席に座る女に
気付いたとき少しばかり落胆したようにみえた。

 二人は対峙し、さとみは松木の目を見てもどかしそうに俯いた。
「髪型変えたのか、結構似合ってるじゃないか。学校のことで相談でもあるのか」
 松木の問いかけに黙って首を横に振り、拳を握り締めていた。沈黙が続く。静寂を破ったのはさとみだった―突如、
海に身を投げた。松木が制止する間もない一瞬の出来事だった。松木は血相を変えて岩場の先端まで走って覗き
込むと、さとみはあっけらかんと手を振っていた。岩場の高さは三メートルほどで命が危険に晒される可能性はなかった。
「はらはらさせるなよ。怪我とかしてないか?」
「松木先生、わたし逃げることやめたんです」
 さとみの瞳は真っ直ぐ松木を捉え、きらきらと潤っている。もう陰気な少女の影はどこにもなかった。
「もし好きになってくれるなら海に飛び込んでください」
 松木はしばらく黙り込むと天を仰ぐ。悩める松木を見つめる少女の顔には不安ではなく決意がにじんでいた。事の
顛末を承知の上だったのだろう、何かを言おうとさとみが口を開いた瞬間、松木は服を脱ぎパンツ一枚で間髪入れず
海に飛び込んだ。不細工な水しぶきを上げ、水面から顔を出した松木は笑っていた。予期せぬ出来事にさとみは目を
見開いて幽霊でも見てしまったかのように口をあんぐりと開ける。
「飛び込んどいてなんだが校内での恋愛はご法度だぞ。でもまあプラトニックな関係ならありかもな」
「うそ、だって松木先生には助手席に彼女さんが―」
 岩場から二人の様子を心配するように女が覗き込んだ。松木はすまんと言いながら手を振った。
「兄ちゃん何やってるの? 生徒と馬鹿やってるって教育委員会に報告しちゃうよ」
 どうやら、さとみが恋人だと勘違いしたのは松木の妹だった。夏の渚に水着と下着がうたかたの恋に溺れた。


次のお題は「朝まだきのこと」です!

159:名無し物書き@推敲中?
12/07/18 22:43:01.33 .net
朝まだきのこと


朝日の昇る前の時間。
帳を上げる者が怠ける時間、目覚ましより早く起きた私はランニングウェアに身を包み、長い髪を後ろで結び、お気に入りの音楽が入ったプレイヤーを再生させ家を出る。

ぼやけているのは視界か思考か、朝靄のせいか?とにかくはっきりしない世界。だがそれがいい、相手も自分も何となくで捉える時刻。足りない部分を想像で補う時刻。

足取りも軽く目的地の自然公園にたどり着く。
ふと少し離れた違うコースに二人の男性ランナーが走っているのに気付く。視線を感じる。見られている。私は緊張して顔を少しだけ下に向けた。しかし直ぐに思い直し顔を上げる。そうだ、今は相手の顔もはっきりしない彼は誰時。この時刻を選んだのもそのためではなかったか?

私はいつも以上に綺麗なフォームを心がけ彼らの心に刻み込むように美しい女性ランナーを演じた。

そう、それは朝まだきのこと、曖昧な部分を願望で完成させる時刻。


次題「薄氷のコンタクト」






160:名無し物書き@推敲中?
12/07/19 09:12:23.71 .net
「薄氷のコンタクト」

「薄氷とか、この季節の話じゃないぜ、絶対に」
「わかっているさ。でも、俺に取っては今が唯一のチャンスなんだ」
 雰囲気をゆるめようとしていって見たのだが、彼の表情は変わらない。
 まあ、当然ではある。
 俺たちがいるのは、標高三千五百メートルの高地。まさに真夏の日差しが背中を焼く中、向かっているのは氷河に連なる湖だった。
気温が低いこの地では、湖と言えど、その表面は凍っている。ただ、さすがに今その氷は薄くなって、今なら……そして今年なら……。
 俺たちはようやくその湖の畔に立つ。岸部を回って、氷河の末端へ向かう。
「それじゃ、捜索にかかるか」
 俺が荷物を下ろしながらそう言ったとき、彼は既に氷の上に立っていた。
「加世子……!」
 それは彼の婚約者の名だった。数年前、この氷河の上流でクレバスに飲まれた。深い氷のひび割れに落ちた死体を探すのは不可能だ。
それが出来るのは、流れ下って湖に入ったとき、そしてその表面の氷が薄くなった季節、つまり今。
 彼は、大声で名を呼びながら、氷をそのこぶしで叩いていた。
「見つけたのか? じゃあ、道具を持っていくから、そんなに慌てると」
 俺の口から出せたのはそこまでだった。
 彼が叩いた氷が割れ、その姿は瞬時に水に飲まれていた。助けに行きたかったが、既にあちこちひびの入った氷の上には、危なくて進めない。
ようやく足場を組んで引きずり上げたとき、彼はまだ氷に包まれた彼女を抱きしめて、事切れていた。

「誇大怪獣現る」

161:誇大怪獣現る
12/07/20 06:08:16.58 .net
 なにげなく言った言葉に命が宿って、一人歩きを始める。
 次から次へ伝播していくうちに、それは輪郭を持ち始め、都合のいいように進化していく。

 ある日、奴は帰ってきた。
「どこをどう歩いていたの」
「へえ、あの教室を出たあと、美崎くんの弟や妹、それから、電話相手の山下さんなんかにお世話になりましてね、日曜日
にガストで大いに盛り上がって、勢いで隣のテーブルに飛び移ったんですわ。そこからは、小学校、幼稚園なんかを転々と
しまして、一時などはケネディ宇宙センターなんかも通って来たんでっせ」
 お茶をすすりながら、奴は誇らしげに言う。
 全身毛むくじゃら、時速100キロ、髪の毛を全部引きちぎる、舌は2メートル伸びる、一日30人は食べる、垂直の壁を這う。
「人間じゃなかったの」
「最初はそうでしたがな、いつの間にかこうなりましてん」
 奴が、遠くに思いをはせるような仕草と共に言う。
「確かにあの教室で俺が産声を上げたときは、ただの男でしたからな、しょうじき不安定やったんですわ、だってあんさん設
定も曖昧でしたやろ」
「そう言われても…」
「深夜にJRの高架を這う人を見たって、なんでんねん。どんな人なのか、大きさは?痩せてるの?太ってるの?何色?
性格は?おとなしい?荒い?握力は何キロ?分かりませんやろ」
「いや、そんなことは話の本筋に関係ないことなんだ」
「本筋!?話が通ったらそれで、ええんでっか?対象のアイデンティティはどうなりまんねん。あんさん自分勝手な人でんな」
「まあ、作り話だからね」
「あんさん、分かってませんな、ぜんぜん分かってませんわ、ええでっか、作り話と言ってもでんなtgyふじこlp;:」

 最初人間だったものが、誇大に誇大を重ねて、いつの間にか怪獣と呼ぶにふさわしい存在になって帰ってくる。
 おぼろげに原型をとどめた誇大怪獣。深夜、受話器越しに現れたそいつとしばし話したあと、俺は眠りについた。
 多くの都市伝説がそうであるように、今噂になりつつある、この誇大怪獣も、そのうち皆の熱が冷めたら、消えていくだろう。
 一緒に茶を飲んだ記憶だって…

次のお題→「戦場の太鼓持ち」

162:戦場の太鼓持ち
12/07/21 15:27:55.66 .net
「はー。つまり儂はタイムスリップとやらでこの時代に来てしまった、と?」
「ええ、そのようです。日食が起こる時にそのような事が起こり戦闘機と共に部隊が空に消えてしまったという報告もあります」
「ふーむ。しかし儂はその戦闘機とやらは知らぬ。何より儂は合戦で法螺貝を吹いただけにござる」
「何故かはわかりませんが…何かが引き金となって今の時代に貴方が送られてしまったのでしょう」
「好きで来たわけではない。それより法螺貝はどこに?」
「知りません。いいですか?貴方が来たこの時代は昭和20年、世界中で戦争が起こってる最悪の時代なんですよ…」
「そうか。何があろうと我が国に敗北はなかろう?それより法螺貝を」
「知らん。何でも米国では最強最悪の兵器が完成したと聞きます…一番の敵国であるわが国にそれが使われないとも限らない…」
「法螺貝を」「貝貝うっせーな。でんでん太鼓ならあるからそれ持っとけやハゲ」
「ハゲちゃうマゲや。マゲ。マゲや、マゲ。ハゲちゃうからな」
「弱った…こんな時に関西弁ハゲマゲの面倒など見ていられない…ここ硫黄島が戦線の要というのに…」
「おいハゲちゃう言うとんねん。マゲやマゲ。マーゲ」「うっせー黙(ry
ーゴォォォォォォオオォォォォォォォオオオオォォォン…ー
突然、上空から轟々と鳴り響く音が聞こえて来た。その先には戦闘機の群れが空を埋め尽くしていた。
「来たぞー!!敵だー!!総員戦闘…っ?!ハゲ?!武士はどこに行った?!」

「あれがこの時代の敵か。なかなかおどろおどろしい格好じゃ。されど我が国、容易くは落ちぬわ!!」
激しく鳴り響くでんでん太鼓。緊張感に押されていた日本兵達は太鼓を鳴らしながら突き進む武士の背中を目で追った。
「然様な絡繰りを使わねば我らと対峙する事もままならぬ脆弱な敵共よ!!おのれらに我が国は破れはせぬ!!いざ、尋常に勝負なり!!」
激しく鳴らしていたでんでん太鼓を脇に差し、両手に刀を携え迫り来る米軍に一人で突き進む。
その勇ましい姿に心燃やされた日本兵達も一斉に米軍へと突き進む。
一人の武士と幾人もの日本兵達。弾ける土煙の中から聞こえ続けるでんでん太鼓の音。
-でんでん-武士道とは死ぬ事と見つけたり-でんでん-

次「レプリカ恋愛交差点」

163:レプリカ恋愛交差点
12/07/21 23:30:30.06 .net
午後6時のスクランブル。赤いシグナルが青に変わるとき、無数の人並みが
動き出す。無関心、そしてすれ違い。すれ違いに意味はない。だって互いに
人を人と見てないもの。
ここは東京。雑踏の子羊におかれましては、皆さんいかがお過ごしですか。
そして僕は神だ。ふと思いつきで交差点の中央から恐るべき吸盤つき触手を出して、
あの顔この顔をからめとって阿鼻叫喚うわーたすけてーフハハこれでもかーと
やるのも一興だけど、やんないのね。なぜ人は―あーあーなぜひとは―あー
めんどくさい。なんでだろね、人はなぜ、そうも簡単にすれ違えるの。
ラブ。誰か一人を選んで、嘘だ、あなたのたった一人の恋人、誰さ? 君が選んだ
#no nameな彼/あるいは彼女? その恋はどこかで見た紐、デジャブーを
忘れた幸せの脳にココチヨイ。だよ?
しってる。君はこれまでドラマ、とか、漫画、とか、あとなんだろ、映画? そんな
嘘っぱちの甘酸っぱい恋だの愛だのプロトタイプをどっかから垂らされて、
上向いた口にあまずっぱーーーーーく受けてきたんだ。それが 本当 の
愛だとか 思わされて。
馬鹿。そんなのは、違うよ。恋のカタチ、愛のカタチ、みな全部違うのさ。
あたりまえ? そうさ、でも、君は何に安心する? あの人が……あの子が……。
規定は悪、君の『ラブ』は、君たちだけのもの、恋なくして思う、愛なくして
おもうさまざまのナニなんて、君のわけわかんない脳からぽこっと出てきた
ありもしないシチュエーションのレプリカさ。
わかってる! それでいいよ! ラブを手に入れたひとは、こんな話を聞くまでもない。
でも思うんだな、あのスクランブルを歩いて、あのアスファルトの上で交じり合う
ごみみたいな人かげのどんだけが、あは。ね?
キミ らの手にしたものが、ぜんぶ ホンモノ だったら……、生憎それは所管外。
カミサマでも、扱っておりません。
明日のキミは笑っているの。1年後のキミは泣いているの。でも、まあ、……
どっちでも、いいんじゃないかな。

次「星のお姫様」

164:名無し物書き@推敲中?
12/07/29 12:34:25.28 .net
「星のお姫様」
 私が砂漠に不時着して困っていると、そこに可愛らしいお姫様が現れました。
「お願い。羊の絵を描いて」
こちらは墜落した飛行機の修理で忙しいというのに、そんな風に何度も言ってはつきまとうので、次第に私の中に悪戯心が湧いてきました。
「じゃあ、これでどうだい?」
 私は数珠のようなものを書いて見せました。何かと聞かれたら答えてあげるつもりだったのですが、彼女にはすぐにわかったようです。
「だめよ、子羊を五匹も飲み込んだニシキヘビなんて、ひどいわ。蛇は嫌いだもん!」
「じゃあ、蛇でなければいいのか?これでどう?」
 私が次に描いた絵で、彼女はなおさらに怒ります。
「ひどいひどい!私が子羊を飲んでる絵ね!私、そんなこと出来ないもん。おなか、そんなに大きくないもん!」
 そう言うと、上着をぺろんとおめくりになりました。そこには真っ白なおなか、かわいいおへそ、それに胸のふくらみもちらりと。
それを見て、今度は私に別な悪戯心が湧きました。私は、プンスカと可愛くお怒りになっているお姫様をなだめました。
「ごめん、冗談だよ。でも。羊は無理でも、蛇は飲めるんだよ。女の子は大人になると、誰だって出来ることなのさ」
 彼女はたいそう興味をお持ちになり、教えてほしいとおっしゃいましたので、私はゆっくりと時間をかけて、蛇を飲み込む方法をお教えてしました。
お姫様はそれが気に入ってくださり、飛行機が直ったとき、私について行くとおっしゃいました。飛行機の中でも、ずっと蛇と戯れていらっしゃった
ほどです。
 それから一年ばかりが過ぎた頃、お姫様は本当に子羊をお飲みになったようなお姿になりましたが、出てきたのは蛇でも羊でもありませんでした。
こうして私はまあまあ幸せになりました。

次、「刺身の天ぷら」

165:刺身の天ぷら
12/08/02 07:02:08.66 .net
「飯はまだか」「あら、今食べたじゃない」
「仕事前だ、食べていかないと」「大丈夫ですよ、今日はお仕事は休みですから」
「今日休みで、明日は行くのか?」「いえいえ、明日も休みですよ」
「大将が言ったのか?」「ええ、大将がそう言いましたよ」「そうか」
 生涯役所勤めだった父にとって、大将などと呼べる人物はいなかった。大工にでも成りたかったのだろうか。それともすし屋だろうか。 父は元々無口で、家では空気のような存在だった。
 それが、ボケてからペラペラとよく喋る。父なりに抑えていたものがあるのかもしれない。
 そこへ医者が入ってきて言った。
「今夜が峠かもしれません、お心積もりをしておいてください」「はい、ありがとうございます」
 母は礼を言い医者の背中に頭を下げた。母と私はしばらく何も言わずに父を見つめていると、父が突然口を開いた。
「マグロの天ぷらが食べたい」「そうね」
 母が布団の乱れを直しながら笑顔で言う。
 私は夕日が差す、病室の階段を下りながら考えた。そう言えば、父に何かをしてあげた記憶が殆どない。最後くらい…。
 料理に無縁だった私は、玉子焼き以上のものを作ったことがない。しかし、揚げ物くらいは誰に習わずとも出来るものだ。
 スーパー買ったマグロの刺身に、小麦粉を水で溶いたものを、付けて、油のなかに放り込むと、今まで見てきた天ぷらに何の見劣りもしないものが出来あがった。
 ドアを開けるとそれまで、目を瞑っていた父がかすれ声で言った。
「来たか」
 その挨拶に笑いながら、母に天ぷらを入れたタッパーを渡す。
「なにかしら」
 中身を確認して母は驚いたようだ。
「マグロの天ぷら」
「まあ、おいしそう。お父さん、功がマグロの天ぷらを作ったんですって、良かったわね」
 母は箸をカバンから探し出して、で父の口に運んで食べさせた。私が父の反応に注目していると、父は言った。
「こりゃマグロの天ぷらじゃない、刺身の天ぷらだ」
 どうやら、火が通ってなかったようだ。
「でも、こんな旨い物は初めて喰ったよ」
 私は、満足そうな顔で言う父を見て、以前の父が帰ってきたような錯覚を覚えた。
 そして、その日の深夜、父は息を引き取った。

次のお題→「土一揆に明け暮れた日々」

166:名無し物書き@推敲中?
12/08/04 23:14:55.89 .net
『うぉおおおおおお!!!』
目を閉じると、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
両手に鍬を持ち、てぬぐいを頭に巻いて国会議事堂へと突撃した日々の事。
学生運動が流行った時代が遠い昔となり、誰もが無気力に毎日を過ごしていた時、
立ち上がったのが俺達農民だった。放射能、地震、日照り、嫁無し。相次ぐ困難に対し、
何も対策をしようとしない政府に対して、ついに全国の百姓達が立ち上がった。
100年ぶりと呼ばれるその土一揆は、わざと昔ながらの装備で行われた。
これは、過去の一揆で消えていった讃えられぬ英雄たち、一揆衆の霊をとむらう為でもあり、
また弱者という立場のまま強者へ意見を通す事を目的とした為であった。
濃縮催涙弾や意識断絶閃光弾。最新鋭兵器によって次々と倒れていく仲間たちの屍を乗り越え、
数百万人と呼ばれる『日本土一揆』の参加者たちの行動は、議事堂の周囲に積もった
仲間の体で外から議事堂が見えなくなる頃になって、やっと認められた。
総額数十億円の賠償金と、全農民に対する農耕給付金制度の確立。
それによって、全国の貧困にあえいでいた農民たちは、やっと時代に救われたのだ。
失ったものも大きかったが、あの戦いによって得たものは少なくないと私は思う。
『おじいちゃ~ん!ご飯出来たよ~!』
そんな事を振り返って考えていると、階下の孫の呼ぶ声が聞こえた。
給付金によって安定した農民の生活に惹かれ、都会の女達は続々と地方へ飛び出していった。
今や全国どこの農村だろうと、嫁探しに困窮したりする事はない。
子沢山孫だくさん、子孫繁栄という農民にとって最も重要な要求は、完全に果たされたと言っていい。
ああ、今いくよ。そう孫に返事をしてから、手元にあったボジョレヌーボーのグラスを掲げ、呟いた。
土一揆、万歳。

次「かんぜんちょうあくってこういう字だと思ってた→完全懲悪」





167:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 20:25:19.84 .net

携帯をいじりユキからのメールを表示させる。
『はろうけいほうってハロー警報じゃないの』
「可愛いだろ?ユキはしょっちゅうこんな間違いしてたんだ。そうだ、こんなのもある」
俺は次のメールを開いた。
『かんぜんちょうあくってこういう漢字だと思ってた→完全懲悪』
「なあ、笑えるだろ?なんだよ、完全懲悪って、本当にバカだよな、しょっちゅうこんな間違いをしてさ、そのたびに俺が間違いを教えてたんだ……でももうそれもできない」
「たのむ、許してくれ!」
鉄骨に縛られた男の必死の叫びが廃ビルの闇に吸いとられる。
「おまえはユキが助けてと言ったとき聞いたのか?」
俺はナイフを強く握りなおし、男にゆっくり近づいていった。
「たのむ!たのむ!」
「うるさい」
ナイフが男の胸に刺さろうとしたそのときだった。
「カタン」
携帯電話をうっかり落としてしまう、拾った瞬間ふいに目に入った彼女のメールに俺は動けなくなった。

『ヒロキが笑ってたら私はしあわせ』

気がつけばナイフを捨て俺は大声で泣いていた。携帯を抱き締めて、地面を思いきり何度も何度も叩いていた。いつまでもいつまでも泣き続けた。

次題 「コミュニケーション・アダプタ」

168:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 23:03:26.70 .net
会話とは、接続である。
声を発し、空気の振動を媒介にして互いの言葉を相手に伝えるように。
文を書き、染み付いたインクが誰かの想いを記し残すように。
無機質な『モノ』が二つの感情の受け渡しをして、初めて人と人は繋がりを持つ。
それが何であるかは関係ない。ただ、そこに『在る』だけの物を介すことで、
やっと人は人を感じる事が出来るのだ。
…だが。
震える空気を、染み込んだインクを、聞くことが、見ることが出来なかったとしたら?
それは果たして、生きている人間だと言えるのだろうか。
目の前に広がる、無限の闇。光も音も感じない、閉ざされた思考の檻の中で、俺は最後の記憶を辿る。
それは確か、車だった。
視界を塗りつぶすように迫ってくる大きな車。一瞬だけ見えたその姿は、
すぐに自分の体との距離を無くし、全ての意識を消失させた。
つまり恐らく、自分は撥ねられたのだろう。そしてきっと…どこかが、壊れてしまったのだ。
何もない、永遠に続くような虚無の世界で、両手が何かを持ち上げているのを感じた。
それは薄い布のような物。腰を半分折り曲げたような妙な体勢で寝ている事を、
触覚だけで自覚する。その形状のベッドは、テレビドラマの話の中で、何度か目にした事があった。
ここは、病院なのだろう。
トラックに撥ねられた自分は、病院へと搬送され、何らかの処置を施された。
命に別状はなかったが、起きてみれば、視覚と聴覚を失っている。
もしかしたら、今も医者が目の前で何かの検査を行っているのかもしれない。
もしかしたら、既に脳の写真を取られ、もう絶望的だと、家族に説明されているのかもしれない。
もしかしたら、今この時も、すぐそこに両親や妹が立っていて、涙を流して自分の名前を呼んでいるのかも――。
――でもそれは、自分には見えないし、聞こえない。

169:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 23:04:43.19 .net
『---------ッ!!』
ありったけの肺の中の空気を吐き出して、喉の声帯を震わせる。もしもそこに
人が居たら、自分を見て狂ったのかと思うかもしれない。
だが、それでも自分の耳は、何の音も拾わない。
何の声も、聞こえない。
本当に発狂してしまいそうだった。いや、もはや狂ってしまいたかった。
一体誰とも繋がれない世界で、生きていく価値が何処にあるというのだろう?
それはもはや、人間とは呼べない生き物なのではないだろうか?
気が付けば、自分の頬が濡れていた。
その滴すらも目に出来ないということにまた絶望し、涙を流す。
ああ、いっそ、今ここで舌を噛み切ってしまった方が――。

その瞬間、ふいに誰かに抱きしめられた。
手を、握られた。
胸に、顔を埋められた。
そのぬくもりは、温かさは、とてもよく知る家族の物で。
きっと流してくれているだろう、彼らの滴の伝えた温度が、無限の世界の暗闇を、
ほんの僅かに照らしてくれた。

ああ、神様。僕がこの先どうなるのかはわからないけれど――。

――どうか、この温もりだけは、奪わないでいてください。


長くなってしまいましたが、どうやら文字制限などは無いようなので。
次「三十二分と十二秒の欠落」

170:三十二分と十二秒の欠落
12/08/12 23:58:06.26 .net
P教授の最後の発明はタイムマシンであった。あらゆるものを実現し、
最後の最後にそんなものを作ったPはやはり絶望していたのか? 誰も知るまい。
ここにPの行動について書く。無論Pはすでに読者の世界にはいないし、
なにか主語としての自然が語るように彼のことを書くのは幼稚な嘘じみているが、
お話とはそういうものだ。
Pのマシンには行き先を指定するダイヤルが付いていた。ダイヤルを回して
+1年、+5年、+10年……仕組みはそうだが彼はそんな時間量に興味はない。
ダイヤルを高速に、つまり、目で追えるより早く回すと、+INFという指定が可能だった。
世界の終わりへ。Pがそれを見たくなったとして何の不思議がある?
煙を放つタイムマシンからPが降り立ったのは灰色の大地だ。雲はなく星が見えた。
月世界のようなそこは確かに地球なのだろう。岩と砂の荒野の中に、一人の少年が
座っていた。Pは砂に足跡をつけて少年のもとに赴いた。
「ねえ見て、山手線だよ」少年が言う。抱えた膝の前に、緑の光がくるくると回転している。
Pはいった。
「18世紀から20世紀にかけて、世界は縮んだ。これほどの未来なら、山手線が
この環くらいに縮んでいても不思議はない。しかし、山手線の内側はどうなった?」
少年は石ころをPに渡した。掌に収まるそれは、セメントのツノのように微妙な面を持った、
目の荒い砂岩に見えた。Pは雲母と思しき黒い小片に見入った。
小さな、小さな、ときおり輝く……それは夜だ。街の夜のかけらだ。
「これが世界の終わりか」Pは言った。「ううん、無限の未来だよ」少年が言う。
「それは、終わりと同じことさ」Pは笑った。
「ここに来て、どのくらい経ったろう」Pはふと疑問に思った。シチズンの時計は
16時27分48秒をさしている。「200年くらいたったよ」少年が言う。
世界は縮退し時は早く流れる。時計すらも時間に置いていかれるのだ。Pはいった。
「私は帰るよ。17時で定時なんだ」
「もう17時、2時、8時、そして17時だよ」少年が言う。山手線は回っている。
「ああ。僕の、勤務時間のことさ」Pは呟いてタイムマシンに乗る。それはガラクタだった。
Pはシートに座って定時を待った。それはすぐにやってきて、また去った。
時計は16時27分48秒をさしていた。

次「梅心」

171:名無し物書き@推敲中?
12/08/19 16:25:09.15 ?2BP(0).net
恋とは、梅の実のようだ。
知らぬ間に始まり、勝手に大きく膨らんでいき、まだ青いのに、その重さに
耐え切れずに地面へと落ちる。
彼らは、自らの重みによって大地へと無残に叩きつけられるのだ。
ここにもまた、そんな梅心を持った青年が居た。
彼が想いを焦がすのは、誰もが慕う至高の花。
白く可憐なその姿は、まさしく梅の花のよう。
彼も多くの君子に同じく、一目でその心を奪われた。
来る日も来る日も夢に見て、募る想いは増すばかり。
大きく増したその恋の実は、落ちるまでにもはて幾時か。

ところで梅の畑と言えば、そこには当然農家が住まう。
目を付けられた梅の実たちは、落ちる事無く摘み取られる。
恋の畑もまた同じ。ただ違うのは、選ばれる実は一つだけ。
彼の実もまた、その時が来た。

二人は出会う。偶然に、運命に。
そこで生まれた青春譚は、至極ありふれた珍しくも無い、そして当人達には
特別な、梅の彩る恋の一録。
それは何の変哲も無い、男と女の想いの話。
かくて梅実と梅の花は向かい合い、その実を揺らす時が来る。
重く募った果実は果たして、悲しく地面へその身を落とすか。

それとも。

172:名無し物書き@推敲中?
12/08/19 16:26:57.10 ?2BP(0).net
次「朱い日のおもいで」

173:名無し物書き@推敲中?
12/08/20 12:17:24.61 .net
→朱い日のおもいで

閉めきったままの寝室は重い匂いと沈黙に満たされていて、深海の色をしていた。
息苦しさに体をよじると、くしゃりと白いシーツのさざ波が肌に擦れる。スプリングが軋んだ音を出し、赤茶色の染みがゆらりと僕に近づいた。
赤血球の死骸でできた古い化石。すっかり色あせたこの小さな痕跡だけが残された唯一の思い出になってしまった。
かつてこの上には白くてとても美しい生き物が横たわっていた。従順でひたすらに無抵抗で、触れる度に思う通りの反応を示していた。
緩慢な動作も、そばにいるのに小さくて聞こえない声も、まるで心地よい水の中にいるようだった。
彼女は震え、少量の血を流した。白い内股に一筋の朱色が伝い、シーツに落ちて吸い込まれるのを見た。スローモーションの行為は夜が開けきる前に終わり、彼女の姿もそれきり消えた。
僕の見る夢はいつも一つだけ、この痕跡が朱色であったその日のことだけだ。

next ブリキの心臓

174:ブリキの心臓
12/08/20 16:20:29.85 .net
小さい頃から笑えない性格だった。
育てた親のせいなのか、つるんだ仲間のせいなのか、それとも自分自信の問題なのか。
楽しいとか、面白いという感覚が抜け落ちていた。
何処に行っても、何をしても笑わない少年。
親はそれに関して何も思わなかったようで、僕はなんの診断を受けることもなく、すくすくと育った。
思春期と呼ばれる時期が来ると、僕はそのことで孤独を深めた。
休み時間も、運動会も、修学旅行でも、周りの生徒たちが屈託なく笑うのをみて不思議に思った。
何故…。何故あんなに楽しそうに笑えるんだろう。周りと自分との違い。笑うべく場面で、笑っていないことが後ろめたかった。
僕の心は常にフラットで、鉄のように冷静に周囲を観察していた。
どんな状況で人は笑うのか、何が受けるのか。
そのようなことに神経を張っていると、笑えないくせに、芸達者な少年になっていった。
物真似をしては爆笑を誘い、するどい切り替えしで皮肉を言えば誰かの腹筋が崩壊した。
クラスの誰かが僕をキングオブコメディと呼び、そのニックネームが不動のものとなりつつあったある日、突如あいつがやって来た。
「暗い転校生」初日からそんなあだ名を付けられたあいつに僕は興味を持った。
深い親近感を感じた。あいつも全く笑わない人間だった。
それから3日後、計らずも、僕はあいつの身の回りの準備に付き合うことになった。
担任からまだ出来ていない校舎の説明や教科書、体操服なんかの段取りを押し付けられたのだ。
僕は廊下にあった鏡の前で、いつも調子であいつに言った。
「この鏡はいわくがあってね、杉の木のいわくだよ。いや、それ木枠ですから!」
それは距離を測るためのジャブのようなものであった。
あいつは無表情なまま、真っ直ぐこちらを見据えて、冷静に言い放った。
「僕の前では無理をしなくていい、tin heart、それを組みつけられた人間は魔法が解けるまで、その通りに生きていけばいい、君も僕も」
それを聞いて、僕は泣いた。いつまでも涙が止まらなかった。

next(コナン)は「不可能を可能にする寄生虫」の一本

175:名無し物書き@推敲中?
12/08/23 10:14:50.62 .net
「不可能を可能にする寄生虫」

「いい加減にしろよ。いくらお前の身内だからって、何してもいいわけはないんだぞ。いくら何でも、犬の心臓を人間になんて、
絶対無茶だから」
 彼とは幼なじみの仲だ。ある程度の無茶でも黙っていてくれると踏んでいたのだろうが、そうはいかない。これでも医者として、
職業上の倫理観というものがある。妹の体に犬の心臓を? そのままでは死を待つだけだからとはいえ、それは許せない。
 しかし、彼が本当に無茶なことをする奴じゃないことも知ってはいた。だから、声を潜めてみる。
「正直に言えよ。勝算があるというからには、何か秘策でもあるのか?」
 そんなものがなければ不可能なのは高校生にだってわかる。だが、それがあるのなら、それが人に言えないことでも聞いてやってもいい。それくらいには彼を信用していた。
 彼はしばらく黙って、それからやはり声を落とす。
「じゃあ話す。知っての通り、最大の問題は拒絶反応で、これは基本的に非自己認識に基づく」
 私は黙って頷く。それくらいは初歩の初歩、しかし、だからこそ最大の問題なのだ。
「だが、異種動物細胞が体内で自由に生活する例を、俺たちは知っているはずだ」
 私は彼の顔色をうかがいながらその言葉を反芻し、そして気がついた。
「それは、寄生虫のことか? だが、それがどう関係があるんだ?」
 彼はにやりと笑った。
「そう、それだ。だから、それを応用できないかを考えたんだ」


176:名無し物書き@推敲中?
12/08/23 10:15:27.25 .net
(続き)
「具体的には?」
「サナダムシの表皮組織を培養して犬の心臓外皮に移植したんだ。もちろん、他にも色々工夫はあるが」
 彼は自身の専門分野の用語を交えて詳しく説明してくれた。それはいわゆる倫理の問題はあるにしても、確かに無茶なものではないと思えた。
「わかった。執刀は私がする。だが、あとの責任は持てないぞ」
「すまん、恩に着る。あとのことはもちろん俺が何とかする。あいつを一人になんてさせやしない」
 彼にとって唯一の身内である妹への気持ちは、私もよく知っている。
 手術は成功した。だが、そこからあとのことは彼すら予想しなかったことだった。サナダムシ上皮は心臓から周囲に広がり、何と彼女の全身に広がって
しまったのだ。つまり、彼女は皮膚から消化管の内容を吸収しなければならなくなった。それにはひどく大型の動物が必要だ。
 だから彼は今、水族館でシャチの調教師をしている。彼女の妹がシャチの腸に住み込んでいるからだ。彼は昼間は観衆の前でシャチに曲芸をさせ、夜には
その口から顔を出す妹とのひとときのやりとりを無上の楽しみにしている。私も時折二人のところに挨拶に行く。少なくとも健康を取り戻した彼の妹は、
とても幸せそうだった。

次、「世界制服計画の破れた時」

177:名無し物書き@推敲中?
12/08/23 16:22:56.81 .net
●世界制服計画の破れた時

世界制服計画の破れた時

 私は順調に政界での力をつけつつあった。
しかし、その力は表の力ではなく政治力学としての力であり、それを最低限に利用して支持者に利を与えて議員の座を維持している。また警察や力のある公務員には借りを作らず恩を押し売っていた。

 これはすべて「世界制服」のためである。

 まずは世界制服の前に日本制服、日本征服の前に公務員制服である。地方制服という話もあったが、公務員を抑えれば地方も押さえられるから問題ない。
そして今日は夢への第一歩、公務員制服規定法案の成立の日……既に80%の賛成票は押さえてある……だ。
 採決に先立ち、抱き込んでいない野党議員から「税金の無駄遣い」と言われ反対されたが、仕事で使用する服は公務員に限らず所得控除の対象であり、
無駄なブランド服でも所得控除対象となる事から、実際に控除を行う人は少ないが控除したものとしての減収分を説明するなど、比較として正しくない条件をそれっぽく説明し採決を迎えた。

「ふざけるな~~~」
たたきつけた週刊誌に載っていた記事は「公務員制服法案の真実」
記事には私が関係者を制服漬けにした接待写真が公開されていた。野党与党官僚の実力者達がコスプレ系の店で接待されている写真……すべての写真には私が載っており、またその記事を投稿したのは私の妻だった。

 妻はコスプレが好きだったが所謂アニメ系であり私の求める制服とは違っていた。夫婦仲は冷めたが、議員の離婚は体裁が悪く別居状態を続けていたその妻からの、最後通牒というか三行半がこの記事だった。

 騒動は今まで培った人脈で収束させたが夢の階段は踏み場が崩れてしまった。
しかし、ネット上では私を支持するサイトがいくつも出来頼もしく感じたが、制服の種類で内紛が発生し、自然分解して言った。

次は「カカオとオカカとみかじめ料」

178:名無し物書き@推敲中?
12/08/25 11:54:50.22 .net


 「カカオとオカカとみかじめ料」


 今日は人生最悪の一日だ。握ったハンドルは汗でぐっしょり濡れている。助手席には一人のカカオと、ぎっしりのオカカ。
命さえ狙われ兼ねない状況に、今更ながら焦り始めた。組長からひっきりなしに電話が掛かってくる。でも後戻りはできない
んだ―窓を開け、携帯電話を夜の海へ放り投げた。隣に目をやると、カカオの目が死んだ魚のように曇っていた。妻の
最期とだぶって見える。これでいいんだ、何とかなる。邪念を振り切るように、アクセルを思いっきり踏み込んだ。

 あれは三時間ほど前のこと―。
 いつものように煙草で淀みきった受付けで、オーナーの髙橋と二人で店番をしていた。ここ『パラダイス』は、朝道組が
抱える違法風俗店で、組の下っ端である俺が、地代の徴収と監督を任されている。
 ふと高橋の方に目を遣ると、しきりに親指の爪を噛み、貧乏ゆすりでパイプ椅子を軋ませていた。
「どうした。なにか問題でもあったのか?」
 そう訊ねると、髙橋は血の気の引いた顔を見せて、口を開いた。
「松原さんも聞いてないですか? 先月から風営法が改正されて違法風俗店の取り締まりが厳しくなったんです」
 あれはまさに改悪だった。県警が違法営業を調査しているらしく、組の方からも警戒しろとの通達があったばかりだ。
高橋は額に脂汗を浮かべて続けた。
「その所為か客足もめっきりで……今月の売り上げが過去最悪なんです」
「みかじめ料の地代ぐらいは払えるんだろ」
 首を横に振り、肩を強張らせて俯いた。どうやら不味いことになってきたらしい。ここ数か月、業績不振が続いていたことも
あって、今度ばかりは窮場を凌げそうもない。指が飛ぶだろうか。
 手立てを考えている最中、近頃出入りしているウメダと言う中年の親父が来店した。こいつのへばり付くよな笑顔が癇に障る。
「おいおい、辛気臭え面だな。オカカ一袋と、カカオ一時間でよろしく」
 そう言われると、髙橋はバックヤードからオカカの入った紙袋を取り出し、客を奥へと案内した。オカカはコカインの隠語で、
カカオとは未成年の違法風俗譲を指す。カカオは乳房に付いた豆から連想して、高橋が名付けたものらしい。どうにも趣味が
悪いが、飯を食っていくためには気にしないことにしている。

179:名無し物書き@推敲中?
12/08/25 11:56:54.18 .net
 今日はゆみこが出勤してるな。彼女は親の借金を背負って、身体で金を稼いでいた。亡くした妻にどことなく似ている所為も
あって、つい贔屓目にしてしまう。彼女と駆け落ちしたいなんて妄想に耽ることも間々あった。
 客が入って五分もしない内に、悲鳴が聞こえた。高橋と顔を見合わせて、様子を見に行こうとしたとき、ゆみこが着のみ着の
ままでロビーへと駆けてきた。
「やばいよ、あいつ、警察だった!」
 顔を見合わせ、呆気に取られていると、捜査員らしき男女が入り口に立っているのが見えた。刑務所暮らしはごめんだ。
高橋は気でも狂ったのか、奇声をあげながら入り口へ走った。無謀だ。だが高橋が捕まっている内に、逃げ遂せれるんじゃな
いか。気が付くと、ゆみこの手首を握り、持てるだけのオカカを抱え込み裏口へと走っていた。怒号の中、ウメダを突き飛ばし、
裏手の駐車場に停めてあるスポーツカーに乗り込む。これからどうするのか見当も付かなかったが、ただ逃げるしかなかった。
 正解だったと信じたかった。

 車は行く宛てもなく、見知らぬ田舎道をひた走る。絶望とも希望とも付かない、重苦しい空気の中、二人して沈んだ目をしていた。
「わたしたち逃げてきたけど、これから……」
 後に続く言葉がつっかえたのか、口籠った。
「家に帰りたいなら、どっかの駅前で降りるか? 念のため店の名簿は偽装してあるし、運が良ければお咎めもないだろう」
 ゆみこはしばらく考え込んで、首を横に振った。家に帰りたくないのは分かっていたが、正直間違っていたんじゃないかと
不安に思っていた。そして三流のメロドラマばりの、少しばかりの期待が浮かんだ。
「もし、お前がよければ、このまま二人で逃げてだれも知らない街で暮らさないか」
 ぷっと噴き出し、ゆみこの頬がほころんだ。可愛げのある小ばかにした笑い方は、本当に妻に似ていた。我ながら臭い台詞
だったと、ちょっと照れくさくなった。
「いいよ、わたし松原さんと結婚してあげる」
「そんな簡単に決めていいのか。おじさんを騙そうって腹じゃないだろうな」
 もう嫌なムードはどこにもなかった。地に足がついていないのは分かっていたが、ひょっとすると幸せになれるんじゃないか。
そんな期待が体を支配した。

180:名無し物書き@推敲中?
12/08/25 11:59:28.52 .net
「逃走資金ならたっぷりあるし、うまく捌けばしばらくは食べていけるだろう」
「だめ、これは奥さんから初めての命令です」
 そう言うと、ゆみこはオカカの入った袋を外に放り投げた。口をぽかんと開けていると、ゆみこが続けた。
「また警察沙汰になっちゃ困るよ、これからは健全な生き方をするの。わたしもあなたも」
 助手席にはカカオだけ。朝靄の中、見知らぬ街を走らせながら、不安を掻き消すように笑い合った。


次のお題は「もし僕がヒーローだったなら」

181:もし僕がヒーローだったなら
12/08/26 17:29:12.18 .net
無意味な喧嘩はぜず、玄米と沢庵があれば雨でも夏でもがんばってしまう。
そんなヒーローを構想する。
“もし僕がヒーローだったなら、ワルモノをそっとたしなめて、故郷に返してあげるのに”

喫茶店のテーブルに座ると、さっそく僕は、執筆中の「もし僕がヒーローだったなら」を彼女に見せた。
一通り読んだ彼女は冒頭の一文に×をして、その横にボールペンでこう書いた。

“そんなあなたの優しさが、物事をややこしくしてるのよ”

「悪者はやっつけなきゃ」
上目遣いで彼女が言う。
「え…」
内容を全否定するかのような発言に僕は固まった。
「甘やかしてちゃ、味を占める一方だよ」
「でも、やっつけちゃったら可哀想だし」
「違う、やっつけられたいのよ」
「どうして」
「ワルモノだっていつまでもワルモノでいたくないの」
「……」
「今日私は1時間も遅刻したよね、なんであなたは怒らないの」
「……」
「それって優しさ?囚われの身の私を救えもしないで、あなたはヒーローなんかに成れない」
「……」
「……」
「ごめん」

僕は作品の内容を大きく変えることになった。

“もし僕がヒーローだったなら、翼の折れた天使にたしなめられることだろう…”

次「先端可愛症」

182:先端可愛症
12/08/26 22:19:59.35 .net
先端
先端が好きだ
針、三角定規、ロケット
それらの先端に興奮してしまう
力の集中、集約、貫通力、美しい形状
〈ああ、先端そのものになりたい、先端に〉
そして永遠に尖り続ける。鋭く、鋭く
ただ、ただ鋭くなるためだけに
消えて無くなるまで鋭く
先端になりたい
先端


次 「側頭葉で朝食を」

183:名無し物書き@推敲中?
12/08/27 00:12:45.36 .net
金曜日の夜、仕事から帰ると、ポストに一通の手紙が入っていた。
ブレニータさんからだ。
中には小さな便箋が入っていて、ただ一言、こう書かれていた。
「側頭葉で朝食を」
測頭葉?そんな店があるのだろうか。
おそらくは中華料理の店で、名前を間違って覚えているのだろう。
僕はその可愛らしさにクスリと笑った。
それにしてもこの手紙は、いい匂いがする。
それはブレニータさんが付けている香水と同じ匂いで、匂っているうちに、一昨日のことが走馬灯のように思い出され、ギンギンに勃起した。
ブレニータさんの白い肌、たわわな乳房、そして、僕を手玉にとるような焦らしかた。
ああ、ブレニータさんにもて遊ばれたい、ブレニータさんに玩具にされたい。
明日、またブレニータさんに、あんなことをされるのかと思うと、僕は、ぼくは……

ぼくは……
何故かテーブルに座っていた。
カーテンから朝日が差し込んでいた。
え?
向かい合う席にブレニータさんがいる。
キョロキョロと周りを見回していると、ブレニータさんが、微笑んで言った。
「おねぼうちゃんね、アーンしなさい」
ブレニータさんが、皿の上のものをナイフで切って僕の口に運んだ。
僕はぼーっとする頭で、それを口に含む。
に、苦い!あまりの苦さにむせ返り、僕は全部吐き出した。
「oh、バッドボーイね」
ブレニータさんは立ち上がって、汚れた僕のパジャマをナプキンで拭く。
「でも大丈夫よ、まだまだあるわ」
そう言って、彼女が鏡を引き寄せると、そこに写ったのは、額から上が切り取られ、脳が剥き出しになっている僕の顔だった。

次→「3524年の絶滅危惧種」

184:「3524年の絶滅危惧種」
12/08/28 23:12:06.13 .net
サムライとは何か? 階級か? 精神か? 人間か?
アメリカ、テキサスの砂漠で最後のサムライが死のうとしている。
年老いたその体の傍らには日本刀ではなくWINMACの古いパソコンが
置かれている。サムライがこの地にやってきたのはもう何十年も前だった。
石油よりも大事な汚染されていない水を探しにきたのだ。

―あの事故さえなければ俺はここにいなかった。事故があったからこそ
   ここにいる。
サムライは乾ききった大地に屈み耳をすませる。水の音を聞くためだ。
この砂漠のどこかに昔掘削した石油の後に出来た空洞に水脈があるという。
―俺はここで死ぬ。乾いた大地は体を腐らせずにミイラにしてしまうだろうか?
サムライは体を上げると遠く揺らぐ地平線を眺めた。どこにも人間の姿は見えなかった。
いや人間はおろか小さな動物さえも、ここ何日か見ていない。
声を出そうとしたが熱い空気が口から漏れただけだった。
―俺は死なない。俺は生きる。
サムライは朽ちたハウスの影に向かって歩き出した。



「千刷太郎の強敵」

185:「千刷太郎の強敵」
12/09/07 19:20:48.18 .net
今日キラキラネームというものが流行っている。ピカチュウだのなんだのと適当な名前を漢字に当てて、名前にすらなってない名前を付ける悪習だ。
かく言う私もその被害者である。「千刷太郎」と書いてチズロウと読む。これだけで名前である、それと太はどこへ行った。
もちろんこんな名前だから、あだ名も変てこである(変てこでもあだ名が付けられるだけマシかもしれない)。
背がでかいのも相まってオナ兄。千刷り=オナニーだからといってこれは酷い。お嫁、いやお婿に逝けない。魔法使い通り越して大魔道士になれそうと夢想出来るレベルである。
そう思っていた時期が、私にもあった。

泡姫。アリエルと自称する(本名を自称するというのはどうかと思うが、本名かどうか疑わしいレベルの名前である為)彼女と出会った時、私は戦慄した。
私より上が現れた。単純だが、その衝撃は凄まじかった。
上というのは名前だけではない。私よりお嫁に逝けなさそうな名前の乙女だが、彼女はそんな名前でありながら、たくましいなw と言われんがばかりに強く生きていた。
名前こそ変であろうと、持ち前の明るさと魅力で人並みに振舞うその姿は、はいはいオナ兄オナ兄と表面だけはへらへら笑って、なるたけ事無かれと地味に過ごそうとする私を滑稽に見せた。
私は彼女に劣等感を覚えたのは、当然の事であった。

私が何より苦痛だったのは、彼女が誰にでも優しかった事である。
もちろん私にもそうであり、私は彼女を憎む事も出来なかった。だからといって、愛する事もまた出来なかったのである。
強敵。彼女を表すのにはこの二文字が適切であろう。彼女の方はそう思ってなかろうと、彼女は私、千刷太郎の強敵に違いない。



「香港超特急inNY」

186:「千刷太郎の強敵」
12/09/07 19:22:59.26 .net
↑ミス。
×私は彼女に劣等感を覚えたのは、
○私が彼女に劣等感を覚えたのは、

187:「香港超特急inNY」
12/09/07 22:33:06.22 .net

 童貞お断りなんて、今時流行らないでしょ?
 だってさ、一部業界の人たちがこぞって”童貞ブーム”なんて作ってたんだもの。
 まったく、余計なコトしてくれちゃうわ、みうらじゅん。

 そうそう。それでね、先日のことだけど、グレイハウンドに乗るつもりが
御堂筋線に乗ってニューオリンズ目指したの。でも着いたところがニューヨーク!
ジャックもベティもいやしねえ!おー!ニューヨーク!
 ジャスティンの店ではトムとその一味がすごんでるぜ!サンディは彼氏と本番中よ!
おー!ニューヨーク!パナマ諸島なんて出てきやしねえ!おまわりだって止められねえ!
 そんなニューヨーク・ステディ・ナイト・イン・ヘルな月夜の晩、
ニューヨーク沖の寒流からはそろそろオータムな季節がセイ・ハローするわ。
アンニュイな気分でオレンジジュースを一口飲むと、どうして御堂筋線が南海鉄道と直通じゃないのか、
目の前が真っ暗になりそうよ。でも、いつだってそう。
みんな不可解なことを心に隠しながら、この荒れきった南朝鮮のような不条理な日常と
むき出しのアンモナイトの化石がシルバーに塗られた街中をサバイバルしてるてわけ。
類似まんが「サブの町」もよろしく。
 あなたに聴きたい。「神様にあった?」
 そして胸の中でPSVita持ってぶんむくれてるエンジェルさんにきいてごらんなさい。
「はい!元気?」
きっと彼は嬉しそうにうなずいて、左手の中指を綺麗に突き立ててくれるはずよ。
そうなったらもう、わかるでしょう?愛に満ちた世の中で不安を感じるのは某政党の
魔乳フェストよりもずっと無駄ってこと。
たくさんの壁にセイ・ハロー!ぶった切れた切れ目にもセイ・サンキュー!
 こうして僕達は生きていくのです。

 「香港超特急inNY」。ちょっと舐めただけで上記のような文章が脳髄からあふれ出る
サイコーにやばいブツだ。他のちゃんねるに隠しとこう。
 ほとぼりさめたらまた開けよう。


 次回:「少女とウランと賽銭箱」

188:少女とウランと賽銭箱
12/09/08 10:45:25.76 .net
 貧乏巫女の少女曰く、「賽銭箱を開けるとウラン(濃縮済み)が入っていた」
 放射能漏れの懸念から、町はたちまち騒然となった。
 本来であれば市役所か保健所が賽銭箱からウランを回収して終わる話であったが、
なんと彼女は核燃料取扱主任者の資格を持っていたため、ウランの引渡しを拒否した。
自分の神社の賽銭箱に入っていた以上、自分のものだと言い張ったためである。
「住民への影響を考えて……」「ダメ」「国が責任を持って処分……」「却下」
「君の神社の評判にも……」「評判なら落ちるところまで落ちているのよ」
 少女はあらゆる提案を拒絶した。そこに目をつけたのが北朝鮮系の団体である。
「他の人に売るつもりはないニダか?」「最低でも現金で5億。それ以下では無理ね」
「5億……ウリの足元を見るつもりニカ?」「パチンコで稼いだ金を回しなさい」
「少し考えさせてもらうニダ」「言っておくけど盗みに入っても無駄よ? 警察が神社の
周りを絶えずパトロールしているから」「アイゴー!かんしゃくおこる!!」
 彼は火病を発病して焼身自殺を図るも、警察が消火してしまった。
「それで5億は用意できたの?」政府要人との極秘の会談。これで日本も堂々と
核武装できるとの意見に押され、与党はイエローケーキの買い上げを画策していた。
「どうか2億程度で内密に……」「拒否」少女はにこやかに言った。「耳を揃えて
5億持ってこい。さもなきゃ北朝鮮系の団体に売り払うぞ」
 こうして少女は5億を握った。しかしまだ誰も、賽銭箱の中に、二つ目のウランが
そっと投入されていることには気付かなかったのである。

「小麦粉と卵と牛乳と塩」

189:小麦粉と卵と牛乳と塩
12/09/08 22:28:42.54 .net
「レッテ、ミエーレ」
「違いますよ。蜂蜜は無いし、それにまだ二つです」
ぼくがそう訂正してもニゼルは同じ言葉を口走る。「レッテ、ミエーレ」と。
やれやれ、まだ付き合わなくてはいけないか。
倉庫内に並んだ雑貨の山が窓の向こうに上がった満月の光を受け、磨きあげた真鍮のようにテラテラと光る。
「レッテ、ミエーレ」
「まだ言いますか」ニゼルをもう一度椅子に座らせ、目の前に画用紙を広げた。
「全部覚えることはないんです。持って行く物は4つ。判ってますよね?」
「レッテ、ミエーレ」
やれやれ。この調子は変わらないに違いない。
「ニゼル、あなたは向こうに伝えなければいけない、重要な任務があるんです。判ってますよね?」
画用紙上にうねうねとクレヨンの線を引くこの小さなモグラの精の前で、軽くテーブルをタップして注意を促す。
「量まではいいから、四つの要素を捕まえて」
ニゼルは納得したように一度頷くと、倉庫内からワラワラと物を集めてきた。
真っ白い小麦粉、黒い赤水晶の卵、黒山羊のミルク。そして赤穂の塩。
「最初に説明したとおり、一つはダウトですからね?」
念のためそう告げると、「レッテ、ミエーレ」。また同じ言葉を返した。
そして集めた四つの要素を水水仙の葉っぱに包むと、背嚢にしまい込んでバタバタと倉庫を出て行こうとした。
あわてて声をかけようとしたが、そこはモグラの精、周囲に用心するのは忘れてないようだ。
「気をつけて行っておいで」
そう送ると、小さくしっぽがぴょこんと動く。そしてドアの外にある穴の中へとむぐむぐ消えていくのが聞こえた。
いやしかし、間違ったパンケーキの作り方なんて、わざわざ教えに行く必要あるんだろうか。
ニゼルが蜂蜜をほしがったのは赤穂の塩に気がついてのことだろう。いや、でも塩も使うのか?どちらにしろ甘くはならないと思うが。
これは、ぼくもまた再教育が必要と言うことか。やれやれ。



「不思議な会議室利用申請書」

190:不思議な会議室利用申請書
12/09/08 23:56:33.11 .net
「不思議な会議室利用申請書」 



「なあ、お前あの人の顔見たことあるか?」

最近、噂になっている受付の女性はいつも下を向いているから、顔を正面から見たことがある人はとても少ない。
僕も見たことはなかったが特に気になったことはなかった。
しかし、いつもああなので会議室をよく利用する僕としてはもう少し愛想をよくして欲しいものだ。会議室利用申請書は受付に言わなければ貰えないのであ
る。

僕は今日もいつも通り受付へと向かうのだが途中にハンカチが落ちている。
「受付にでも渡しとくかな。」
僕はそう思い、申請書を貰いに行った。

191:不思議な会議室利用申請書
12/09/09 00:00:09.78 .net
僕は彼女に話しかける。
「あの、申請書を取りにきたんですが。」
「ぁあ、・・・はい、こちらですよね。少し待っててくださいね。」
「はい、わかりました。」

いつも通りの会話である。
やはり彼女は少しうつむいている。
あっ、そうだ。ハンカチだった。
「あのぉ、落し物をひろったのですが、ここでよろしいのでしょうか。」
「はい、大丈夫ですが。」
「じゃあ、これを。」
「・・・!!、あの、これ、どこで拾いましたか?!」
「えっ、ここにくる途中のところですけど。」
「・・・そうですか。やっぱり。
すみません、これ私のです。ありがとうございます。」
「あ、そうだったんですか。いえいえ、気にしないでください。・・・あのぉ、すみませんが会議室利用申請書はまだでしょうか。」
「えっ、あぁ、すいません。今、渡しますからね。」

なぜか彼女は顔を少し赤くしながら申請書になにやら書いている様子である。

「はい、どうぞ。」
「どうも。」

彼女の正面の顔初めてみたなぁ。

192:不思議な会議室利用申請書
12/09/09 00:01:06.27 .net
しかし、今日はずいぶん遅れてしまったな。
どうか上司に怒られませんように。
そう思いながら、僕はエレベーターに急いで乗る。
申請書持ってるよな・・・
よし、ちゃんと持ってる。

・・・ん?何か書いてあるぞ。

そこには数字が11ケタならんでいた。

「なんだこれ、不思議だな、嫌がらせか?」

これでは申請書として使えないじゃないか。

僕はもう一度受付へと向かう。

193:不思議な会議室利用申請書
12/09/09 00:04:22.05 .net
次は「青空の下の黒い影」

194:青空の下の黒い影
12/09/09 03:00:53.14 .net
煌々と照り付ける暑い日差しのなか私は主人と共に寸分違わぬ動きでただひたすらに歩く。
主人はエイギョウという仕事に就いているらしくこの暑いなか外へと出なくてはならぬ。
都会特有の焼けるような熱さのアスファルトで私の体は益々黒く焼ける。
主人がカイシャに戻るとよく周りの奴等から「また一段と黒くなったな」などと茶化される。
時に主人はクルマに乗って移動するがあれは狭苦しくて仕方がない、クルマよりはアスファルトで肌を焼いた方が幾分ましだ。
それに最近になって私は外を歩く際の楽しみを見つけた。
私の頭上……正確に言うなら私に焼き目をつけるアスファルトの反対側に広がる空を観察する事だ。
幸い日差しは主人が防いでくれるので透き通る様な青空を私は何の煩わしさも感じずに仰ぎ見ることが出来る。
空に浮かぶ雲や自由に動き回る鳥達が作り出す空の表情を見ているだけで熱さや味気無い日常を忘れられる。
広大な青いキャンバスに描かれた雲や鳥達を眺めつつ、今日もまた私は主人と共に青空の下を歩き続ける。
 次は「道と鐘と賽」

195:道と鐘と賽
12/09/09 14:28:22.04 .net
鎮守の森に続く畦道。曼珠沙華が咲き乱れる路傍に、草むらに肩まで埋まりながら地蔵がひとつ立っている。
地蔵の脇には今にも朽ちそうな立て札が、やはり雑草に半分隠れたように立っている。
「ゆく先は賽の目のままに。一、三、五なら右、二、四、六なら左にゆく事」
他にも何か書いてあったのだが、ようやくそれだけ判別でみた。墨が所々薄くなっている。
道は目の前で二手に分かれていた。どうしたものかと空を見上げて考える。
秋空はどこまでも高く、蒼く輝いている。ふんわりと白い雲が流れてゆく。
いつまで考えていても仕方ないと思い、立て札に従ってみる。
賽を振る。一の目が出た。右か。右の畦道へ足を勧める事にした。

右に進んだ先は、薄暗い山道だった。
木々の枝が頭上で妖しく絡まり合って、日差しを遮っている。森の奥の方から湿った風が流れてくる。
「賽の目はいくつだ?」
湿った風の方角から、嗄れた、太い声が聞こえてくる。
あわててそちらに振り返る。声がもう一度。
「賽の目はいくつだ?」
賽の結果は一だった。そう答えれば良いのだと思った。
「一だ」
沈黙が流れる。
「嘘だ。おまえの目は二つあるじゃないか」
一瞬、声が何を言っているのかわからなかった。
けれども、考えているうちに「賽」は「生け贄」のことなのだと何となくわかった。
おまえの目は二つ? 賽の、生け贄の目は二つ? 生け贄は俺か。
鐘の音がした。
逃げようと振り返ると、すぐ後ろに大きな身体をした入道がいた。
「そうか、今年の賽は、その目か」
入道は俺の顔に大きな手を伸ばす。

顔から、右目のあったあたりから、暖かい液体が滴り落ちている。
俺は道に座り込み、残った目で地面を眺めながら、右目のあった場所を両手で押さえている。


次のお題は、「コスモス畑を掘り起こすと」で!

196:道と鐘と賽
12/09/09 14:33:01.80 .net
どでかいミス。「生け贄」を「賽物」に読み替えてください。

197:コスモス畑を掘り起こすと
12/09/10 22:54:03.80 .net
ナクー参りまで一ヶ月を切った。
この時期、僕たちの話題といえば進路一色だ。
たまに関係ないという、いわゆる”エリート”もいるが、
僕たち白二年の仲間内では、そんな良家の子女はいない。
「で、君はどうするの?やっぱり仕官?」
そう問いかけるとレンジは当然とばかりに胸を張り、言った。
「まあ、そうなるだろうね」
付け加えれば「ふふん」とでも入りそうだ。そして、
「で、君は?」
口語技術の初段階にありがちな言い回しで、そう言葉を継ぐ。そのターンは僕だ。
「オーディナリー(生産者)かな。地質、好きだし」
「もったいないねえ。航時法もレガッタもトップクラスだというのに」
「仕様がないよ。白なんて、分不相応だったんだ」
もうわかると思う。僕は希望した進路に進むことができない。
でも、それは状況を鑑み、自分で出した答えなので、悩むのはお門違いだ。
でも……。
空気を呼んだのか、レンジはさっきより少しトーンを落とした。
「でもオーディナリーも大変な進路じゃん。州の希望だよ」
「まあね」わかってるよとあいまいな返事を返し、軽く笑ってみせる。

僕たちの進路はナクー神殿の大参りで確定となる。そしてそれぞれが進路に散ってゆく。
その後、顔を合わせられるとしたら5年後といったところか。
「未知を追求する事にかけて貪欲な君だったからね、再会できたとして、どうなってるだろう」
レンジはそういいながら窓の向こうにある研究棟に目をやる。
今までの日々を懐かしむように目を細める。でも、僕の気持ちは変わることはない。
「謎や夢を追えるのはソラ(宇宙)だけとは決まってないよ。」
プラント(田園)での生活も発明や発見にあふれたスリリングな日々かもよ。
プラントはソラと同じくらい未知に満ち満ちていて、
土を掘り起こす鍬の一打ちごとに、自分のプラントも広げていけるに違いない。


次回:駅員は5人いた

198:駅員は5人いた
12/09/13 23:53:08.57 .net
 どこまでも続く長い線路の途中で車両が一つしかない列車が停止した。
あたりは畑と農家、名前さえもつけられていない山と川があるだけで
列車が止まると静寂が訪れた。
運転席にいたJRの職員は脂汗を流しながらしゃがみこみ苦痛の声を漏らした。食中毒だった。

「振り替え輸送とか無いの?」
サングラスをかけた男が言って隣にいた彼女らしき女が、男の声をかけた駅員を見た。
「申し訳ありません。ただいま手配しております。もう少しお待ちください」
その駅員の顔も歪んでいた。食中毒の原因は昨晩、この路線の職員が集まった飲み屋で出された
巻貝のせいだった。

「お母さん。レール触ってごらんよ」
子供が熱いレールに触って驚くの声を上げた。目が輝いている。
お母さんと呼ばれた女は汗を手のひらで拭いて困ったようにそうねといった。
乗客は全部で二十人いた。これでも多いほうだった。夏のお盆休み。
南中をまじかに控えた太陽が何もかもを焼き尽くそうとしている。


「助かりました。まったくこんなことってあるもんですな」
男は懐かしかった。このタイプの列車には、まだ若いころ研修で乗ったことがあるきりだった。
微かな記憶を頼りに計器を確認すると記憶がよみがえった。
「まったく! 乗客の中に元運転士がいるなんて。こんなことってあるんですなあ」
その運転している男は声をかけた派手な服の男に笑いかけた。派手な男はコンビニの経営者だった。
「まったく! こんなことって!」



次 成層圏からの使者


199:成層圏からの使者
12/09/17 00:53:44.59 .net
ケン君の手を離れた風船は急速に上昇し、空の彼方へと消えていった。
彼は見上げたまま、しばし呆然としていたが、もう風船が帰ってこないことが分かると、にわかに泣き出した。
横にいた母親が、また買ってあげるからとあやしてみるが、一向に泣き止まない。
この子は泣き出すと頑固なのよ、と困り果てた。
すると、突然、どこからか、謎の歌声が聞こえてきた。
「たとえば~、世界中が~、土砂降りの雨でも~、ゲラゲラ笑える~、成層圏…からの使者~」
しゃららーら、しゃらららーらと歌いながら、一人の中年男がびっくりするくらい大量の風船を連れてやって来た。
急に現れた不審者に、母親は目を丸くして聞いた。
「えっと、あなたは?」
「私?私は『成層圏からの使者』です。またの名を風船おじさんと言えば分かるでしょうか」
「風船おじさん?」
「はい、そう呼ばれた時もありました」
「はあ…」
「お母さん、お母さんはニュースを見たことがありますか」
「ええ、まあ…」
「そうですか、私がその風船おじさんです」
「はあ?」
男はイカレていた。

200:成層圏からの使者
12/09/17 00:54:25.00 .net
「失くした風船はもう帰ってきません。でも安心してください。代わりの風船ならいくらでもある」
「おい、坊主風船が欲しいか」
「欲しい~」
「どの風船が欲しい?」
「赤~」
「赤か、さあやろう」
「赤だけでいいのか」
「うん」
「ほんとうか、坊主、これはどうだ、滅多に無い透明の風船だぞ、すごいだろう」
「うん」
「欲しけりゃやる」
「やった、ちょうだい!」
「よし、いい子だ。もっと欲しくないか、みろこの風船は他のよりも大きいぞ」
「本当だ~」
「欲しいか」
「欲しい~」 
「そうか、さあやろう、他にも欲しくないか?欲しけりゃ全部くれてやるぞ」
「ご親切にありがとうございます、でももう、これで結構ですので」
そこまで黙って聞いていた母親が、あまりの不気味さに、いたたまれなくなって口を挟んだ。
すると男は鋭い目付きで、キッと睨み付けた。
「おかあさん、私は坊主と話してるんです。あなたは黙っていなさい」
その高圧的な言葉に母親は圧倒されて口を噤んだ。

201:成層圏からの使者
12/09/17 00:55:08.44 .net
男はしゃがみ込み少年と目線を合わせて、たたみ掛けた。
「なあ坊主、本当は全部欲しいんじゃないのか?」
「うん、ボク、ぜーんぶ欲しい~」
「本当に?」
「うん」
「本当に、本当に?」
「うん」
「そうか、よく言った」
「じゃあ、全部やろう」
男はそう言うと、素早い手つきで、全ての風船をケン君のベルトのバックルに結びつけた。
途端、ケン君はふわりと浮いた。
足が地面から離れると、腰の一点から、弓のような格好に吊り上げられ、そのままグングンと高度を上げた。
それを見た母親はその場にしゃがみ込み、何度も狂ったような悲鳴を上げた。
「旅立ちの日が来たんです、見送ってやろうじゃありませんか」

 このまま~、どこか遠く~、連れ去ってくれないか~、君は~、君こそは~、成層圏からの使者~
  しゃららーら、しゃらららーら、しゃららーら、しゃらららーら…

男は母親の肩に手を置いて、満足げにその歌を歌った。

次→どん底で遊んだら

202:名無し物書き@推敲中?
12/09/22 11:49:38.78 .net
「どん底で遊んだら」

彼は典型的な中間管理職だった。年齢は中年、髪はやや薄め、眼鏡は手放せず、それに高血圧とメタボに悩んでいる。
だが、心はまだまだ若い。若い連中とだって渡り合える。若い子に面白い話をしてどっと受けることだって可能だ。だが、世間は中年には冷たいのだ。
そんなある日、休憩時間に部下達が世間話をしているうちに、ひどく深刻な顔担っているのに気づいた。何か大きな問題でもあるのか?だったら、中年の経験と知恵を生かしてやろうじゃないか。
「おい、どうしたんだね?」
それは、確かに深刻な話だった、部下の知り合いが悪質な詐欺にあって持ち家を取り上げられ、さらに一家離散の危機にあるという。まさに不幸のどん底だ。
解決策は、もう少し詳しい話を聞かねばならないが、まずはみんなを落ち着かせるべきだ。そのためには、多少とも場を和ませなければならない。それには、そう、親父ギャグだ!
ネタはどん底、これをもじって雰囲気を緩める。それには何がいいか。素早く語彙を検索して、最適な答えを探す。
「なるほど、それは不幸のずんどこだね」
その途端、彼ら全員がため息をつき、そのまま立ち去ってしまった。
情けない。どうして世間は中年にここまで冷たいんだ?

次、「パロディが世界を殺す」で。

203:名無し物書き@推敲中?
12/09/24 18:11:51.54 .net
「パロディが世界を殺す」

「パロディといえば聞こえばいいけど、それって結局パクりでしょ?」
文学少女の山田は、夕日に包まれた赤い図書室で、茫然と立ち尽くすぼくにそう吐き捨てた。
黒縁メガネの奥の鋭い瞳は軽蔑と失望の色を孕んでおり、読みかけの大学ノートをぱたんと閉じると、彼女ははぁと小さくため息をついた。
「残念だわ北川くん。せっかく仲間ができたと思ったのに」
山田と親しくなったのは二か月前。昼休みの図書室で偶然山田が『上手な小説の書き方』という本を読んでいたのがきっかけだった。
勢いで話しかけ、自分も小説を書いていることを明かした。それまでろくに話したことなかった山田と頻繁に話すようになったのはそれからだ。
「北川くんの小説、今度読んでみたいわ」
完成したのはそれから二か月後―すなわち今日。
とても自信作とは言えない処女作だったが、彼女には見てもらいたかった。
彼女の好きな小説に関する小ネタを随所に散りばめ、彼女の喜ぶ顔を想像しながら毎日夜遅くまで小説を書き続けた。
ジャンルは恋愛小説。
内なる想いが大学ノートを埋めていった。


204:名無し物書き@推敲中?
12/09/24 18:13:01.66 .net
しかし…
「なにこれ?」
それを読んだ彼女の表情はたちまち険しくなった。
「なにこのタイトル。『吾輩はタコである』……ふざけてるの?」
「……」
「それにちょくちょく出てくる小ネタがうすら寒い」
「……」
彼女のダメ出しは三時間にも及んだ。
窓の外は暗くなり、下校途中にもそれは続いた。
「パロディなんて三流のやることよ。自分はネタがないということを吐露するも同然」
ぼくはすっかり落ち込んだ。
それでもダメ出しは続き、別れ際最後に彼女はこう言った。

「今度は私の小説読ませてあげる。こんなのよりずっとおもしろい恋愛小説」

彼女の頬が赤く見えたのは、ぼくの気のせいかもしれない。

次、「あと一週間サバ缶しかない」


205:あと一週間サバ缶しかない
12/09/24 23:29:31.85 .net
針の先につけた雪の結晶が静かにゆれている。
幾本もの長い針が飛び出た黒い頭巾の男は、この雪の中で何かを待っているようだった。
彼の後ろに倒れているのは鼻の長いピエロ。そして頭からは赤と白い液体が二本の川を描いている。
黒い頭巾の男は黒く汚れた皮の手袋で針の先の雪を払う。
でも新しく舞い降りる雪の結晶が、次の住人としてその場を乗っ取る。
頭巾の下から白く息が漏れる。
なぜここにいるのか、そしてなぜこんなことをしてしまったのか。
いまさら考えても仕方ない。でも、このピエロが悪いのだ。
そうでないなら、残りの一週間をサバ缶だけで過ごすなんて、誰が我慢できるだろう。
でも、ピエロは死んでしまった。軽く頭突きを食らわせただけで、この頭巾の針の餌食になったのだ。
頭巾の男は仕方なくサバ缶をひとつ取り、ぱっかんとふたを開けた。
飴色に濁る汁に沈むサバを一切れ、手袋の指で掘り起こし、つまんだサバの身を口に挟む。
あうち!
頭巾の針が手を貫いた。頭巾は脱ぐべきだった。

次回「お仕置き未亡人の陸・海・空」

206:お仕置き未亡人の陸・海・空
12/09/26 00:45:05.65 .net
(彼は死んだのか?)
ロデムは思う。彼とはバビル二世のこと。もう長い間、彼の指令を受けていない。
ロデムが意識を持って長い時間―そう文明が生まれ、その文明が滅びる時間―待って初めて二世様の声を聞いた。
二世は少年だった。
(最後に二世様の指令を受けてどのくらい時間がたったのだろう?)
(人が生まれ亡くなるくらいの時間だろうか?)
ロデムは思ったが関係無いような気もした。何故ならロデムの耳が、その鋭敏な耳が
新しい主人の声を聞いたような気がするから。
(それは女の声だ)
ロデムは思う。
(声に仕える、空を飛ぶものと海を潜るものも声を聞いているだろうか?)
ロデムは少し首をもたげ、また目を閉じた。

次 季節は二度繰り返す

207:季節は二度繰り返す
12/09/26 22:29:22.34 .net
秋の虫の音が、部屋に響き渡る。
窓の隙間から流れ込む夜風の涼しさが、余計に寂しさをかき立てる。
一ヶ月前までは妻と二人、笑顔の絶えなかったこの家に、今は一人。
夕飯の食器を片付けながら、亡き妻を思い出す。
妻は毎日、テレビを眺めている自分を見ながら、こうやって食器を片付けていたのだなと
対面キッチンの流し台からリビングのソファーを見ながらぼんやりと思う。
胸が、押しつぶされそうになる。
自分は、いい夫だったのだろうか? 問いかけても答えはない。
もう一度、あの夏に戻れれば。そうすれば、買い物に行かないように注意できるのに。
今もカースペースに置いてある、捨てる事のできない壊れた自転車を思い浮かべながら僕はそう思った。
天井を見上げる。景色が、ぐにゃぐにゃになったかと思うと、目の前に白が溢れ、意識が薄れていった。

耳を劈くセミの声に、僕は目を覚ます。背中にはぐっしょりと汗をかいている。
あまりの暑さにエアコンを入れた。ここは寝室。夢か。嫌な夢だったと思う。
枕元に置いてある携帯を見ると、8月15日だった。夢の中で妻が事故に遇った日だ。
今日の昼、妻は自転車で買い物に行き、その帰りに車に接触して病院に運ばれ、そのまま息を引き取ることになる。
胸騒ぎがした。僕は寝顔だけでも見ようと、妻の寝室に入る。妻はいない。
階段を下り、リビングに行くが、人の気配がない。
そうか、ゴミを捨てにいっているんだなと思い、玄関に向かう。
外に出ると、カースペースには、前輪がくにゃりと曲がった、茶色の血液がこびりついた自転車が置いてあった。

夢の中で「もう一度あの夏に戻れれば」と願った事を思い出す。いや、あれは夢だったのだろうか?
季節が、季節だけが二度繰り返された。
妻のいない二度目の夏を、僕はひとりぼっちで過ごしてゆくのか。

次のお題は、「四季の種」で!





208:「四季の種」
12/09/28 21:49:23.15 .net
妻が鼻歌を歌いながら食事の用意をしている。数年前、田舎に引っ越してしばらくは、知り合いもないこの場所で鬱々とするばかりで、余りいい精神状態ではなかった。
何度も元の場所に帰りたいと泣く妻の相手にうんざりし始めた頃、妻がガーデニングをはじめた。性にあったのだろう、それから次第に落ち着きを取り戻した。
何もない田舎だが、土地だけはある。元々が凝り性の妻は、ミニチュアのショベルカーの購入をきっかけに、あちこちを掘り返し、埋め立て、小山を作り・・・すっかり造園の楽しみに目覚めたのだった。
「今度は何の種をまこうかなあ」カタログを手に、うっとりと眺める妻は楽しそうで、今ではわたしよりもこの土地の暮らしを謳歌しているように見えた。
「仕事に行ってくるよ。遅くなるから食事は先に済ましておいて」わたしは鞄を手に、家を出た。

「いってらっしゃい」
美保は夫を見送って、カタログの注文用紙をファックスした。
ずっと放置されていた広い土地は、掘り返すたびにいろいろなものが出てきておもしろかった。腐りかけの木の根や家具。よくわからないプラスチックや古い電気製品、それに・・・犬の死体やよくわからない骨・・・。
そういうもろもろを、丁寧に埋め直し、上から花の種をまいた。特に肥料を与えなくても、栄養のある場所は何を植えてもしっかりと元気よく花が咲く。
「今回はちょっと奮発しちゃったわ」
新品種の花の種を心待ちに、美保はうっとりと畑の方を見た。数日前、造園作業をしている美保の前に見知らぬ女がやってきて、子供が出来たと勝ち誇ったように告げたのだ。
夫が浮気をしていたことは全く気づかなかった。品のない赤い口紅も、金に近い茶色の髪も、思い出すのも胸くそが悪かった。
「夫が種まきしたなんて知らなかったわ。それにしても、あまりいい土地じゃなさそうだし、どうせろくな花も咲かないでしょ」
窓の遠く、視線の先には、むき出しの土肌が黒々と続いている。
ショベルカーで掘り起こした穴も、今はすっかり元通りに均されて、種をまかれるのを待っているのだ。
ゴミの埋まった肥沃な土地は、四季折々の種が芽を吹き、根を伸ばし、思うさまに葉枝を茂らせることだろう。
「立派な花がたくさん咲きそうね」美保はにっこり笑って、カタログを大事そうに棚に戻した。

次「一筆書き選手権」

209:一筆書き選手権
12/09/30 13:22:06.91 .net
極太の文字が書け、書道用の筆として使える筆ペン「書道ペン」が新たに発売された。
それに伴って、メーカー主催のキャンペーンが行われたのだが、それが「一筆書き選手権」だった。
ひとふでがきではない、いっぴつがきである。
ふらふらとショッピングしていた我が家族は「優勝者には商品券、ほか、参加者全員、ペンがもらえる」のアナウンスに釣られて、何も考えずに参加することになった。
参加者が、一人一人壇上にあがり、縦長の半紙に綴った様々な一筆を披露していく。
「もう、マージャンは止めます。」
「出来る男になりたい!」
「勉強頑張るぞ!」
そして、いよいよ我が家族に順番が回ってきた。
娘の恵子がくるくると巻かれた紙をまっすぐに伸ばすとこう書かれていた。
「今後、悪魔との取引をやめます」
会場の客は、誰もにこやかに、一定の興味を持って、その華奢な少女に視線を向けた。
司会のお姉さんは笑って聞いた。
「悪魔と取引したの?」
「5人以上殺しました」
とたんに会場がざわついた。が、いくらかの人は、その言葉に、何らかの裏があるのだろうと勘ぐって、ニヤニヤと笑った。
お姉さんは、突然現れた腫れ物に、躊躇いながらも、うまく対処した。
「うーん、ケイコちゃんの、悪魔的な魅力で、5人ころっと逝っちゃったということで」
その、努めて明るく快活な声に、頭上に立ち込めた靄が晴れ、会場に笑いが起こった。
だが、恵子は表情一つ崩さずに言った。
「いえ、薬です、5人殺しました」
それを聞くと、もう笑う人はいなくなった。
困り顔のお姉さんは、相手にしないことを決めたようで、出口を指しながら言った。
「はい、そういうわけで、ケイコちゃんありがとうございました~」
「次の方どうぞ~」と言われて壇上に上がったのは、妻だった。
うっすらと目に涙を浮かべて、披露したその一筆には、「恵子を警察に突き出す」と書かれていた。
会場が止まった。お姉さんが止まった。そして、すべての時間が止まった。
やっぱり、そうだったのか……
私は、「今年こそ、家族を旅行に連れて行く」と書いた半紙を、クシャクシャにして握った。

次→「不思議なXデー」

210:不思議なXデー
12/09/30 21:37:57.31 .net
その彗星が木星に落ちるというニュースが世界中に配信されてから
いろいろな憶測やデマが広がったが、関係者の予想通り肉眼では
何一つ変化を捉えることは出来なかったし気象上、地学上なんの変化も無かった。
それでも、あの金曜日は僕にとって、とても変わった一日だった。

警察官に職務質問された時の異常な質問。
「―ところで、あの猫はオスだと思うかね?」
警察官が示す方向には野良猫がいて、私たちのほうを退屈そうに見ていた。
コンビニに行った時、見ず知らずのおばさんに、あげるといわれてもらった
あんまんと肉まん。毒入りだと思って捨てようかと思ったが
少しだけ食べた。おいしかった。
みんなが精神をおかしくしたのか、あるいはもともとおかしかったのが
ちょっと顔をのぞかせただけなのか? それは分からない。

世界はこれからも回っていくだろう。あっちにゆれ、こっちにゆれ。
それが世界というものなのだ、きっと。
なので僕は時々、発狂しそうになる。時々。


次 振り向けば変態



211:振り向けば変態
12/10/08 00:23:09.53 .net
消えてしまいたい。本当にそう思った。
公園の木々は枝に緑を芽吹きだしている。子供達は、楽しそうに砂場で遊んでいる。
四月に入社して、すでに一ヶ月も過ぎているのに、あんなミスをするなんて。
僕は自分の小ささと、頼りなさに自己嫌悪に陥っている。本当に全てを投げ出してしまいたかった。
と、耳元で、何か紙の様なものがこすれる音がした。僕は振り向いた。
さなぎから、蝶が半分頭を出していた。
「こいつらは気楽でいいな。今度生まれ変わるなら蝶だな」
そう思いながら、そういえば蝶が羽化するのを見るのは二回目だと思った。
数年前、友人の家で初めて蝶の羽化を見た時のことを思い出す。

「なぁ、幼虫からさなぎになって、蝶になるのって、なんか面倒じゃない? なんで初めから蝶の形じゃないの?」
僕の素朴な疑問に、昆虫の研究をしていた友人は答えた。
「おまえ、蝶の卵って、どれくらいの大きさか知ってんの?」
「蝶の卵って、キャベツの裏とかにくっついているやつ?」
「うん。そう。ちっちゃいよな。一回幼虫になって身体を大きくしないと、成虫になってもあんなだぜ?」
「それなら大きい卵を産めばいいのに」
「蝶の身体って、あんなもんだろ? 大きい卵なんか産めないって」
「それで、幼虫になって大きく育ってからさなぎになって、最後に大きな成虫になるわけか」
「よく出来てるだろ? さなぎの間は、じっと成虫になる準備をしているんだ。変態ってやつだな」
やつはそう言うと、愛おしそうに蝶を見つめた。

変態か。今の自分を蝶に重ね合わせてみる。
今は失敗ばかりだけれど、それは幼虫が飛べない様に、大きくなる為の、大空に飛び立つ為の
準備なのかも知れないなと僕は思い直した。それならば。
今は弱々しくて、頼りにならない自分だけど。けれど成長していくなかで、やがて蝶になれるかも知れない。

僕はもういちど振り返り、苦労しながらも抜け殻から半分ほど這い出しかけている蝶をじっと見つめた。
昆虫学者を目指していた、昆虫が好きでたまらない、あの友人と同じ眼差しで。

次のお題は、「遅刻してきた理由(魔法少女編)」で!

212:遅刻してきた理由(魔法少女編)
12/10/10 21:55:33.95 .net
そこのお前、待ちなさい。私は魔法少女だ。反論は許さない。
この紺碧の海原で揺れる海草のようなしなやかな髪、
古代中国より悠久の時を経て受け継がれてきた陶磁器のような白い肌、
雲一つ無い冴え渡った星空に浮かぶ新月のような瞳、
海洋堂のフィギュアのような顔。どこをとっても美少女だ。
なに?魔法少女であって美少女ではないだと?バカめ!
美しいに越したことは無いであろう。さらに、魔法の能力もレベル5くらいはある。
ちなみに原作は無い。信じておらんな?
よろしい。しからば、特とその目に刻みつけるが良かろう。
え?焼き付ける?無礼者!それ以上のインパクトを狙ってのことだ。
日本語が不自由な訳ではない!
なに?「そんなことししている時間はない」だ?ええい、まだ言うか!
この魔法少女の...こらまて!何が学校だ!どこへ行く!待てといっておるのに!

次回「猪の猪」

213:猪の猪
12/10/13 12:45:40.78 .net
ばさっ。
「やったな。これでもう鶏は死なないぞ。」
「そうだね、父ちゃん。それで、この猪どうするの?」
「そうだなぁ。」
ぶりゅっ。
「あっ、父ちゃん!みてみて。この猪が子供産んだよ。」
「あっ、ほんとだな。うーん。どうしようか。」
「ねえねえ、この赤ちゃん猪僕が育ててもいいかな。」
「ああ、いいけどきをつけろよ。ちゃんと閉じ込めておくんだぞ。」
「うん!わかった。」
ぶひぃーー
(もうこいつは殺そうかな。)
ドォォンッ!
ばたっ
もざもぞもざもぞ
「なんだ?」
うにゃえにゃうにゃえにゃ
「うっ、うわぁーーー!」
どたどた
「おい!さっきのイノシシはどうした!?」
「父ちゃんたすけて!」
うねうねくねくね
「うわぁーーー!やめろ!!ちかづくなぁぁ・・・ぅぅ、うねうねくねくね。。」


あなたのなかにもいろいろな自分がいるんじゃないですか?
しっかりと自分をコントロールしてくださいね。






214:猪の猪
12/10/13 12:47:31.99 .net
次は「失敗の秘訣」

215:失敗の秘訣
12/10/19 21:07:14.73 .net
失敗した貴君に、私から失敗の秘訣と言える物を教えてやろう。
単に失敗と言っても、その質から良い失敗と呼べるものと、悪い失敗と呼べるものがある。
前者はそれを踏まえて成長し得る物を指し、後者はそうでない物を指す。
失敗するのであれば、せめて次に繋がる前者にしたいと思うのは、人として当然の考えであろう。私だってそう思う。
それを実現させるに当たって、貴君には憶えておいて欲しいものがある。
まず、その根本にあるのは同じ失敗である事。
良い失敗も悪い失敗も、どちらも失敗である事に変わりない。それを生かすも殺すも、自分次第であると言う事だ。
そして、生かす為の手っ取り早い手段とは、早期の反省である。失敗を具体的に憶えている内に反省を行う事で、より正確に反省すべき点を見出す事が出来る。
次に、例え同じ失敗で反省する事になっても、それもまた成長に繋がるという事。
前回と同じ失敗をした際、前回の反省を憶えてさえいれば、前回の失敗と今回の失敗を比べる事が出来る。比較対象がある事によって、より正確に反省すべき点を見出せるようになるのだ。
勿論これは、前回の失敗を憶えていなければどうしようもない。失敗を、それに関わる反省をなるべく忘れないようにすべきである。
そして忘れないようにする為には、やはり早期の反省である。

長々と話したが、つまるところ私の下らない話を聞いている暇があったらすぐさま反省して次に生かそうとする努力をしろ、という事だ。

216:失敗の秘訣
12/10/19 21:08:24.83 .net
次は「茸の山の筍、筍の山の茸」で

217:名無し物書き@推敲中?
12/10/20 14:52:38.47 .net
筍の山の茸は、はるか遠くの、茸の山に思いを馳せていた。
茸の山の筍は、これまた遠くのどこかにある、筍の山を思い浮かべていた。
筍、茸は同時に思った。
(そこに行きさえすれば、ずっといい暮らしが出来るはずだ!)
その瞬間、二つの住処が入れ替わり、筍は、筍の山に、茸は、茸の山に住むことになった。
ああ、だが、なんということか。
筍の山で山火事が起きて、まるごと焼き筍になってしまったのだ。
山で暮らす人々は、大喜びで掘り起こして、出来立ての天然焼き筍に舌鼓を打ったという。
それを知った茸は、茸の山に来られた我が身の幸運をかみしめていた。
ところが、山火事で焼け出された、筍の山の動物たちが、食べ物を求めて茸の山にやってきたのだ。
そして、あっという間に、茸は動物に食べ尽くされてしまった。
筍も、茸も、美味しい物に、生き延びる道は無いのであった。

次は「インバータ」

218:インバータ
12/10/21 14:34:15.73 .net
その巡査は、よく分からない内容で、調書を書くのが嫌で、なんとも迷惑そうな顔をしていた。
向かいには中年のみすぼらしい男が座っていて、しょげ返った風に俯いていた。この男は半時ほど前に、交番にやって来て被害を届け出た。
男の話はこうだった。
向ヶ丘の芝生広場の真ん中に伸びる新設の道路を歩いていると、急に目の前に丸く光る物体が現れた。
なんだろう?と思っていると眩暈がして、その物体に体全体が引き込まれた。目が覚めると、自分は手術台の上に寝ており、手足が固定されている。主治医にあたる宇宙人が一人、と助手らしきのが2,3人、黒く大きな目で見下ろしていたと言う。
「それで?」
「埋め込まれたんです。」
「何を?」
「インバーター」
巡査はペンを置いた。
「インバーター?」
「はい、奴らがインバーターと呼ぶ白っぽい物を埋め込まれました」
巡査は顎に手を置いて、宙を睨みながら考えた後、もう一度聞いた。
「インバーター…ですか?」
「はい」
巡査は、インバーターについてよく知らなかった。ただ電気を、もしくは電流に変化を与えるものという曖昧な知識はあった。
「本間さん、あなたが見たのは本当に宇宙人でしたか?だって宇宙人がインバーターを使用するというのは変ではないですか?
地球で開発されたものを宇宙人が使いますか?インバーターって家電やなんかに入っているものでしょ?それを人体にって、
ちょっとSFの見すぎじゃありませんかね、アハ、アハ、アハハ」
ついに抑えていた「馬鹿馬鹿しい」という気持ちを前面に出して笑い出した。
「いいです、信じてくれないんだったら…」
男はそういい残して交番から出て行った。
「二度と来るなよ、気違い野郎め」
巡査は一人悪態をつくと調書を破り捨て、タバコに火をつけた。
しかし、次の日、男が倒れているとの通報があり、巡査が駆けつけるとあの男が死んでいた。
男はすぐ検死に回され、巡査も立ち会った。
死因は心臓発作と判明した。
検死に当たった医師は、しきりに首を傾げて、男が装着していたペースメーカーの、ある一つの部品だけが真新しいことを指摘した。

次回「私の愛した無礼講」

219:私の愛した無礼講
12/10/21 17:10:02.03 .net
遅れて、飲み会に到着すると、ざわめいていた座がひと呼吸沈黙した後、また何事もなかったかのようにざわめきを取り戻す。
ざわめきに飲み込まれ、座った横から差し出される酒を受けつつあいさつ。
「風が冷たくなって来ましたわ、歳ですかね」
「まあまあ、今日は無礼講だから」
と間をおかず継ぎ足される酒を胃に流し込みながら、
「大根とはまたいい具合に風呂吹きで練り味噌がいい仕事してますよ」
などと軽く口が回るのを確認したら、座のざわめきに身を委ねる。
杯を重ねるごとに日頃の鬱憤がとけていくようで見渡せばどこもかしこも笑顔である。
私の愛した無礼講とはそういうものだった。
酔いの残る重い頭で昨夜を思い出していると、電車が駅に停まり新たな客に押し込まれ前の若い女性に密着した。
また走りだした満員電車の振動が、密着した女性の身体の豊かさを伝えてくる。
「すいません」と小声で謝るもあせった。
嬉しくも哀しい男の性がむき出しにされていく。
遠慮を知らず硬くなっていくそれ。
不味い。不味い。気がつけば―私のマタシタ無礼講

次は「逆立ちする名月」

220:名無し物書き@推敲中?
12/10/22 23:03:00.06 .net
結婚して三十年、義姉と姑とはずっと折り合いの悪いままでした。
夫婦仲は悪くなかったのです。でも、夫の身内は私に辛くあたり、
わかっていることをいつもねちねちと、ねちねちと、ええ、もう、それは……。
夫の還暦祝いを何にするか、義姉に聞かれたのが先週です。
義姉はデパ地下で百八タルトの売り子をしており、あわよくばお祝いに
自分のところのタルトを買わせ、販売成績をあげさせようとする
つもりなのでした。むろん還暦祝いがそんな安いお菓子だけでよいわけもなく、
週末に夫とデパートに出かけ、時計のひとつでも選ぼうかと思っていたのです。
夫は華美を好みませんから、買ったのはSEIKOのちょっといいグレードのものでした。
その帰りに夫が仕事の呼び出しをうけ、わたくしがひとりでデパ地下へ寄りますと、
あれ……義姉の姿が見えません。いえ、義姉はカウンターの向こうで逆立ちして、
白い靴下をかっぽん、かっぽんと打ち合わせていたのです。
「あんた、なんでひとりで来たのよ。あんたに売るタルトなんてないわよ」
「お義姉さん、そんなこと言わず、一本売ってくださいな」
義姉は逆立ちしたまま両足でタルトを掴むと、カウンターに置きました。
「仕方ないわねえ。2千円よ。ホラ」
その侮辱的な所作に歯を食いしばりつつ、ふと前を見ると、ダイヤモンド型の
義姉のガニ股の向こう、反対側のカウンターに、姑のにやつく顔を発見したのです。
「キエー!」
私の中で何かが切れました。バッグからバレーボールを取り出すと、姑の顔めがけて
投げつけました。私をこんなに馬鹿にして!高校時代セッターだった私のボールを受けてみなさい!
「甘いわ!」
轟く義姉の声に私は硬直しました。次の瞬間、姑を破壊するはずだった私のボールは、
逆立ちしたままの義姉の両足にキャッチされてしまったのです。
「秘技、ハンドスタンド・ダブルフットキャッチ!」
私の必殺白球、ザ・グレート・ムーンが敗れた! 私は嘲笑する姑の顔を見つめ、
汚い靴下を見、鮫肌の義姉のスネを見……。
気がついたときには、義姉と姑は死んでいました。右の拳が少し痛かったです。
群馬で生まれた女には、ボールなんて飾りなのですよ。

次「ボイスチェンジャー・スクランブル」

221:ボイスチェンジャー・スクランブル
12/10/28 01:02:29.85 .net
深夜に電話が掛かってきた。
その音で目覚めたものの、何かの間違いだろうと思って、目も開けずに放置していた。
すぐに留守番電話が作動したが、何を言っているのかよく分からない。
その声は妙に甲高くて、早口である。

キュルキュルキュル…よ
キュルキュルキュル…よ
キュルキュルキュル…よ
キュルキュルキュル…よ
キュル、キュルキュル…よ
同じような音が何度も再生されている。
一体なんなんだ、これは?俺は半身を起こして、オレンジ色に光る電話のディスプレーを見つめた。
すると、得体の知れない声は少しずつ明瞭になっていく。
キュ、キュルス…よ
こキュルキュル…よ
ころキュルル…よ
キュキュルす…よ
キュるす…よ
ころす…よ
ころすけなりよ

「なんだよ、コロスケだったのかよ」
俺は、布団に倒れ込み、再び眠りに就ける喜びをかみ締めた。

次も「ボイスチェンジャー・スクランブル」

222:名無し物書き@推敲中?
12/10/28 01:25:54.55 .net
「あ、俺だけど、今、お前の夢見ちゃった」
「…えー、どんな?」
「この前、プレゼントした服を着てくれてるんだけど、中が素っ裸w」
「ばか。えっちなんだからもう」
「それで、TDL行くんだけど、なんかスカートめくれたらどうしようって、そればっかで楽しめないっていうオチ」
「TDL?」
「そう。あ、旅行だけど、ホテル取れたよ。母親の方、うまくやっときなよ。後でいろいろ言われるのは俺なんだしさ」
「うちの子とは、二度と会わせませんから!」
ブツッ。

やべえ、今のおふくろさん?
声似過ぎだろーが。あーあ……。どーしよー。


次は、『アルミサッシ』


223:アルミサッシ
12/11/02 20:14:12.26 .net
午後から風が強くなったので、出かけるのをやめて縁側でひなたぼっこをしていた。秋も深まり風も冷たくなってきた。だが風を通さないアルミサッシなら関係ない。サッシ越しの日の光は思った以上に暖かく気持ちがいい。

ごつん、ごつん―ぬくぬくしていた俺の耳が異音をキャッチした。よく見れば正面のガラスに一匹のハエがぶつかっている。部屋の中の暖かさがハエにもわかるのだろうか、こちら側になんとか侵入しようと何度もガラスにぶつかっている。
「その気持は察するがな、サッシだけに。がはは」
訳の分からない勝利宣言をハエにむかって突きつけていると、庭先の向こう白っぽい布切れが風に吹かれて飛んでいくのが見えた。
「あれはもしかして―」
コンタクト矯正視力1.0の両眼を通してわずかの時間でそれが女性物の下着らしいと判断した俺は、思わず正面にガラスがあることも忘れ、ごつんと頭をぶつけた。
(気持ちはわかるがな。がはは)
ガラスを一枚挟んでハエの心が聞こえた気がした。アルミサッシを挟んでハエと俺の気持ちが一致した瞬間だった。
あちら側に行きたいけれど、いけない。悲しみの心を秘めたままハエと俺はしばらくそうやって午後の陽だまりで友情を暖めていた。

寒気を感じてうたた寝から覚めると、すでにハエは見当たらなかった―はずだったが、立ち上がって居間に行こうとした時、いつのまにかハエが入り込んでいるのを知った。
「いつの間にっ」
ハエは肩の周りでブンブン飛び回る。いつまでもまとわりつくように周囲を飛び回るさまを見ていて唐突に俺は理解した。

コイツは「恋するハエ女」だったのだと。

次は「自縄自縛」

224:名無し物書き@推敲中?
12/11/06 21:33:16.26 .net
女もすなる自縄自縛といふものを、我輩もしてみむとてするなり。
目の前にロープがある。否、縄がある。しかしそれを手にする前に、まず断っておこう。
我輩はかような変態行為に興奮を覚える性質にはあらず。
ただ近々新刊として出た「自縄自縛の私」という書物を読むにあたって、予備知識を得んがため、自らを縛ってみようと思った所存である。
このような変態性の高い書物を購入した我輩を笑わば笑え。
本はアマゾン、縄は楽天で別々に購入した我輩を笑わば笑え。
この期に及んでは、ただ平静な心持で、任務を遂行するレンジャーのごときである。
さて、縄と言えば、古くは罪人を捕縛する際や、首吊り刑の執行などに使われていた。
西洋ではカウボーイなるものが牛を捕まえる際に使っていた。
その縄の用法が、いつやら変態行為に及んだようだが、この度はそれについては深く考えまい。
我輩の目的は、自縛の感覚の一端をこの体で確かめることである。
服を脱ぎ、シャツを脱ぎ、パンツを脱いだが靴下だけは脱いだ後もう一度履いた。これはアクセントである。
インターネットで縛り方を検索した後、一時間かけて、我輩は自分自身を縛った。
重厚な縄が、肉体を攻めてきて、インドア派でちょいメタボな、我輩のマシュマロのような肌が桜色に染まる。
さらに締め付けようと縄の一端に力を込めて引っ張ると、股間に刺激がはしる。
すると何故だかは分からぬが、叱り付けられているような不思議な気持ちになる。
アヌスの割れ目にコイル状の太巻き部分が食い込むたびに我輩は謝罪したい気持ちでいっぱいになった。
「ゴメンなさい」と言ってみたが、全ての息が鼻から漏れてハフンハフンと鳴るばかり。
我輩は悟った。これは変態行為などではない。厳しい厳しいリアリズムだ。
新しい世界が幕を開けたのだ。
ようこそ我輩、自縄自縛の我輩。

次「縁の下君」

225:縁の下君
12/11/11 09:56:08.49 .net
縁側のしたに何かいる・・・
怖い。俺は足音を立てないよう、そっと歩く。「がさっ、ささっ」やはり何かがこの下にいる。なんだ?虫か?いや、ちがう。もっと大きな物体だ。「がたっ」音がだんだん大きくなっている。俺は怖くなって、もう一度でなおそうと思い居間へかえった。
考える。人ではないだろうか。まさか、殺人鬼が俺の家に?!いや、考えられない。なんだ?なんなんだ。怯えながらも、もう一度縁側へ向かう。そっと、歩く。
あれっ?音がしないな。
ふぅ。したを覗いてみるか。ずっとこのままにするのも嫌だしな。ドクドクと心臓の音が聴こえる。
よしっ。覚悟を決めた俺は頭をゆっくりと縁側のしたへともっていった。

あっ!僕は思わず声をあげそうになってしまった。やばい。隠れなきゃ。さっと柱の後ろへとかくれる。
「がさっ、ささっ」
少し音を出しちゃったけど多分大丈夫だよね。人間には聞こえないくらいの小ささだったから。
そんなことより、この家が危ないよ。もう崩れそうだっていうのにまだ誰かが住んでるんだもの。僕がこうして定期的になおしにこなければすぐにこんな家壊れちゃうよ。
この家の人も早く気づいてくれないかな。
「がたんっ」ああ、また修理しなきゃ。

「向かいの家、早く崩してくれないかしら。危ないのよね、廃墟って。」

226:縁の下君
12/11/11 09:57:34.29 .net
次は「あの日の公園」でお願いします。

227:名無し物書き@推敲中?
12/11/11 22:59:20.42 .net
缶コーヒーの飲み口に、蟻が群がっていた。
優美は、黒い蟻がせわしなく動き回る様子を、ぼんやりと眺めた。
(いつもは無糖だったけど、疲れていたから甘いのにしたんだ……)
草と土と枯れ葉と、自分の血の匂いを嗅ぎながら、優美はまったく動く気がしなかったが、
蟻が自分の缶コーヒーにたかっているのを見て、かろうじて『そのこと』を思い出した。
いつものバイトの、いつもの帰り。でもちょっと疲れたから甘いコーヒーにして、
のんびり公園を通って行こうとして……。
それが、30分前のことだった。今はただ、息を吸って、吐いてるだけ……のつもり。
身につけていたはずのジーンズとショーツは、どこにあるのかもわからない。
顔が熱を持っているのがわかる。全身のあらゆる傷みが鼓動と共鳴している。
ずきん、ずきん。どくん、どくん。
腹の辺りから何かが、ごぼごぼと流れ出ていた。
(い、き、が、で、き、な)
優美が最後に見たものは、自分に近づいて来る黒い蟻の頭だった。


次は、「公衆電話」でお願いします

228:公衆電話
12/11/13 23:11:38.91 .net
「ジリリリリリリリリリリン」

本屋の表で立ち読みしていた僕は、突然近くで鳴り響いたその大きな音に立ち読みを怒られたような気がして、必要以上に慌てふためき、読んでいた成人雑誌を落としてしまった。

左右を確かめ近くに誰も居ない事にホッとした僕は、冷静になって音の方をみてみる。とそれはすぐ側にある公衆電話だった。イタズラだろうか?誰かが取るのを待つように依然として鳴り続けている。
「うるさいな」
無視して、いや、聞かぬ振りをして雑誌に集中しようとするが気になって仕方が無い、十回以上は鳴っただろうか?僕はついに我慢出来なくなって、受話器を取ってしまった。
『あの、もしもし?』
若い女性の声だ。予想以上に可愛いらしいその声に警戒が緩む。
「……はい、なんですか?」
『あの、ちょっとお聞きしたいんですけど』
「はい、」
『そこの公衆電話の何処かに何か落書きがありませんか?』
「え、落書きですか?」
妙な事を聞くものだと訝りながらも、これが何かのきっかけ(主に恋の)になるかも、と素直に探す。
「ちょっと待って下さい、あ、ありました」
『それを教えて頂けますか?』
「ええ、いいですよ、えーと……」
そこで僕は言葉に詰まってしまった。其処に書かれていた言葉
<お前に百万をやる。今直ぐその電話を切って次の番号にかけろ、金の場所はかけた相手の電話の近くに書いてある>
「どうしました?」
僕は直ぐに電話を切り示された番号にかけた。呼び出し音がもどかしい、近くに誰も居ないのだろうか?十数回目でようやく受話器の男が応えた。
『もしもし』
「あの、つかぬ事を伺いたいのですが」
『はい、何でしょう』
「その電話の近くに何か落書きは無いでしょうか?場所とか地名の……」


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