よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4at BUN
よくわからんお題で次の人がSSを書くスレ4 - 暇つぶし2ch100:娼婦新聞1/2
12/05/27 19:43:29.30 .net
「おい!郷田君!」
 鼻息荒々しくまるで猪のように教室に入ってきたのは僕のクラスメイトの遠藤である。
「どうしたんだい遠藤君」
「いいからこれを見るんだ」
 そう言って遠藤が机に広げたのは校内新聞だった。
「この新聞が何か?」
「ここをよく見たまえ」
「ボクシング部県大会出場……」
「あーもうそうじゃなくて」
 遠藤はじれったそうに赤ペンで線を引いた。
「この線を引いた所を読んでみてくれたまえ」
「三、万、で、O、K、石、川?」
「そう、驚くなよ、これはいわば娼婦新聞だ。こんな風に誰々が幾らで性交渉OK というのを大胆に誘っているんだ。こいつは恐ろしい事だぜ」
「そんな、偶然だよ……」
「それはどうかな?」
 そう言うと遠藤は他にも新聞のあちこちに赤ペンを走らせ先程の文と似たような羅列をどうだと言わんばかりに抜き出しペン先でトントンと叩いた。
「四つも五つもこんな偶然があるかい?しかも決定的なのは金額こそ違えどここにある名字全てがこの新聞を作っている生徒会の女子メンバーの名字なんだぜ」
「でも……」
「おれは今日実際確かめてくる。そしてその相手は俺の、いや学年のアイドルの石川先輩だ」
「でも……」
「大丈夫。いわば僕は切り込み隊長だ。上手く行けば君にも紹介してやるよ」
 そう言い捨て遠藤は来たとき以上の慌ただしさで教室を出ていった。


101:娼婦新聞2/2
12/05/27 19:51:05.80 .net
「バカな奴だ……」
 彼の足音が聞こえなくなると同時に僕は溢れる笑いをこらえきれず皆の視線も気にせず涙を流すほど大笑いした。
「あんな新聞あるわけないだろう」
 そう、あの新聞は生徒会の友達に無理を言って僕が細工したものなのだ。
バカなくせに顔だけはカッコよく女子からモテる遠藤のことが僕は日頃から気にくわなかった。どうにかして女子の前で恥を欠かせてやりたい、そう思っていたのだ。そして最近奴が暗号にはまっている事を知った僕は、この作戦を思い付いたのだ。
 今ごろ奴は憧れの石川先輩に恥ずかしい交渉をしているにちがいない。そしてそんなことまったく知らない先輩は残りの二年間遠藤に軽蔑の眼差しを向け続けることだろう。加えて女子の情報伝達能力の高さ……僕はその日一日中悪魔のような笑いを押さえることができなかった。

 次の日ひどく浮かない顔をして登校してきた遠藤に僕は吹き出しそうになるのを必死で堪え、心から友を気遣う調子で声をかけた。
「どうしたんだい?」
「郷田君おれはどうしたらいい」
「そりゃ素直にあやま……」
「先輩と付き合うことになっちまった」
「なにぃ!?」
 信じられない事だが彼が言うには昨日先輩に例の交渉を始めようとしたとたん向こうから突然告白してきたそうだ。
詳しく話を聞くとどうやら先輩も前から遠藤のことが好きだったらしく告白のタイミングをずっと探していたらしい。僕は意識が遠く遠くの宇宙に旅立っていくのを感じた。
「おめでとう」
 ようやく宇宙から帰ってきた僕はなんとかその場にふさわしい言葉を吐き出すことができた。しかしその日一日中遠藤の恋の悩みを聞かされ続けた僕はついに魂を宇宙へと解き放つ方法を身に付けたのだった。

次のお題 「僕と彼女の裔、微意、恣意」

102:僕と彼女の裔、微意、恣意 上
12/05/30 04:12:19.43 .net
「会長、今回のお題が発表されたぞ」
「何よ?VIPのお題スレは書いている間に落ちちゃったじゃない」
「いやいや、それじゃないって・・・」
「ああ、そういえば・・・せっかく書いてたのにスレが落ちちゃって不完全燃焼だからとこのスレに来たのを思い出したわ」
 うん、相変わらずのメタ発言だ。
「そうと決まればお題を元にssトークするわよ!」
「なんだよssトークって・・・スレの人達も「とんでもない素人がお題を拾ってきたな」とドン引きだぞ」
「グズグズしてないでさっさとお題を発表しなさい!」
「はいはい・・・これが今回のお題だよ」
 
 僕と彼女の裔、微意、恣意

「・・・・・・何この漢字?」
「さぁ・・・?」
「僕と彼女のまではいいわ・・・問題はその後の単語と思われし三つよ」
「えーと・・・さ、さい?にい?すい?」
「貴方は何をトチ狂っているの・・・」
「いや、あまりにも読みが分からないから左からテキトーに言ってみた」
「きっと正しい読みを知っている人達は、今頃貴方の読み方を思い出して腹を抱えて笑っているわよ」
「やめて!僕の事をどうしようもないバカだとあざ笑わないで!?」
 いや、でも流石に裔、微意、恣意は意味不明過ぎだろ?お題出した奴の性格が知れるぜ・・・
「自分の知識の浅はかさを他人の所為にしない!」
「す、すみません・・・」
 しかし、一体これでどうやってお題を元に話をすればいいんだよ・・・
「仕方ないわね。とりあえず今日はこの漢字の意味を探るわよ」

103:僕と彼女の裔、微意、恣意 中
12/05/30 04:15:16.50 .net
「探ると言ってもどうやって探ればいいんだよ?」
「いくら貴方でも、漢字の成り立ちは分かるわね・・・」
「成り立ちって・・・象形文字のことか?」
「そうよ。ものの形をなぞって字にしたのが漢字の成り立ちといえるわ」
「なるほど!つまり、この漢字の組み合わせや成り立ちから意味を探ると言う事だな!」
「そうよ。悔しいけど、今の私達の実力では裔、微意、恣意これらの漢字の意味を答えることは難しいわ」
「しかし、俺と会長が力をあわせて謎を解けば・・・」
「真実はいつも一つよ!!」
「読みは二つかもしれないがな」
 うん、二人で協力してもダメかもしんない。
「裔はいくら考えても読み方を理解できる気がしないから、右の恣意から読み解いていくわ」
 いきなり、なさけねぇー・・・
「うーん、カンだが最後は「○○い」って読むんだろうな・・・」
「バカでもそこは分かるわね」
「はーい!バーカーでーす!!」

104:僕と彼女の裔、微意、恣意 中2
12/05/30 04:16:27.31 .net
「問題は前の読みよ次に心と書くわ・・・」
「見方を変えれば二つ欠けた心とも読めるな・・・」
  てんてんを二って見ただけだけどね・・・
「うーん、意外とそんなネガティブな意味の言葉かもしれないわね・・・」
「え!会長、マジで!?」
「うん、貴方がそう言った瞬間から私にはそんな感じに見えてきたわ」
「漢字だけに!」
「・・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「ゴメンなさい・・・」

「つまり、貴方の意見を取り入れるとこの漢字は二つ書けた位の心の意という漢字になるわ」
「おお!そう言われたらなんかこの漢字の意味が段々見えてきたぞ!」
「いいわ、言って見なさい」
「つまり、心が欠けてるような思いの奴って意味だ!」
「そのままじゃない・・・と、言いたいところだけど時間もないしこの際それでいいでしょう」
「読みは?」
「面倒だからこの際「【なんとか】い」でいいわよ。意味は要約すると身勝手な男ね」
  何で、男限定?それにしても身勝手な奴と言う意味かぁ・・・じゃあ、タイトル的には「僕と彼女の身勝手な奴」になるのか?なんか日本語として可笑しいが、でも身勝手な奴というのは会長にピッタリだな!

105:僕と彼女の裔、微意、恣意 下
12/05/30 04:16:54.85 .net
「次はこれよ微意」
「実はこの漢字なら、俺カンが当たりそうな気がするんだよね」
「はっ・・・「にい」が?」
「すみません・・・」
「読み方だけなら、多分これは【びい】よ」
「え、分かるの!?」
「微妙の微に意味の意よ。普通に考えれば分かるでしょう・・・」
「それじゃあ!意味もかんたんじゃん!!」
「・・・まぁ、言ってみなさいよ」
「微妙な思いだろ?つまり、気の小さい臆病者っていみだよ!」
「流石にそれはネガティブすぎじゃない?でも、読みは【びい】で意味は要約すると謙虚的な思いってところね」
  つまり、タイトル的には僕と彼女の謙遜的な思い?うわぁ・・・ありえねぇえええ!!俺と会長の間にそんな謙虚さなんて皆無だよな。
「最後は裔ね」
「これは流石に分からなくてググッたな」
「読みは【えい】意味は「血筋の末。子孫」よ」
「つまり、タイトルの意味は 僕と彼女の子孫 って事だな」
「なぁ、会長・・・」
「何?」
「俺達の子孫はどんな子になると思う?」
「そうね・・・」


次のお題「パッパライヤピーィヤ」

106:「パッパライヤピーィヤ」
12/05/30 20:15:13.28 .net
 田中くんはいじめられていた。原因は田中くん自身にある。何故なら田中くんは何をされても「パッパライヤピーィヤ」としか答えないからだ。
 バーカ、と言われて「パッパライヤピーィヤ」、鳩尾を殴られて「パッパライヤピーィヤ」、お金をたかられて「パッパライヤピーィヤ」、裸にされて「パッパライヤピーィヤ」。
 「パッパライヤピーィヤ」では伝わらないのだ。痛いだろうな、辛いだろうな、そういう部分が、伝わらないのだ。だから。原因は田中くん自身にあると思う。
「ねえ田中くん、君はもっとちゃんと自分の感情を伝えるべきだよ」
 放課後、ゴミ箱に隠されたランドセルをあさる田中くんに僕は話しかけてみた。「それとも、それが君の唯一の防衛法なのかな? 「パッパライヤピーィヤ」に逃げているのかな?」
 田中くんはゆっくりと振り返り、僕を睨んだ。そして言った。「パッパライヤピーィヤ」
「何なんだよ、「パッパライヤピーィヤ」って……」
 更に田中くんは言い募る。「パッパライヤピーィヤ」。僕はなんだかイライラしてしまって、田中くんの股間を思い切り蹴り上げた。
 「パッパライヤピーィヤ」と田中くんが呻いたので、僕はもう一度殴った。

お題思いつかないんで継続で(U^ω^)

107:パッパライヤピーィヤ
12/05/30 20:54:20.29 .net
商品企画部の布藤ウリンは鼻息を荒くして社長室に飛び込んだ。
「社長、今ちょっといいですか!」
「布藤君か、なんだね騒々しい。わしは今、韓流ドラマを見るのに忙しいんだよ」
「そんなものを見ている時ではありません。例の商品が完成しました」
「例の、というと、パッパラパーとかいうあれか?」
「違います。パッパライヤピーィヤです。ごらんください!」
ウリンはふくよかな胸の谷間から、例の商品を取り出した。
「布藤君、なんでそんなところに隠しておくんだ?」社長は眉を顰めた。
「機密保持のためです。私の胸なら絶対安心です」
「胸よりもあそこのほうが確実ではないかな」
ウリンは赤面して俯いた。
「申し訳ございません。このパッパライヤピーィヤはまだそこまで安全性が確認されておりませんので、体内への隠匿には躊躇いがありました」
「まあいいだろう。とりあえず商品を見せてくれ」
「はい、どうぞ。手にとってよくご覧下さい」
「どれどれ、ふむ。これはなかなか緻密に作り込んであるね。日本の技術はまだまだ韓国には負けん気がしてきたよ」
「ここをこうすると、二十か所が独自に可動します。この技術は只今特許の出願中です」
「なるほどなるほど、そしてこれが覗き穴というわけだね。ほほう、これはきれいだ」
「社長、それは逆です。こちらから見るのです」
「ああ、そうか。道理で視野が狭いと思ったよ。おお、確かにこれは凄いな」
「三時間視聴しても目が疲れません。マウスで実験済みです。千時間連続して見ない限り視神経が焼き切れることはないでしょう」
「ところでこの突起は何かな?」
「あ、それは気をつけて下さい。非常用のバイブです。空気が振動して鼓膜が吹っ飛ぶ恐れがあります」
「なるほど、注意しておこう」
「山梨の工場では、既に量産の準備ができています。あとは社長のゴーサインを頂ければ世界中にこのパッパライヤピーィヤが広まります」
しかし社長は考え込んだ。
「社長、いかがしました? 何か問題でもございますか」
「うーむ、精巧な商品だが、一点だけ気になることがある」
「というと?」
「パッパライヤピーィヤという名前。これはわけがわからん。すまんが別の名前を考えてくれ」

次「俺の知らない美少女フィギュア」

108:俺の知らない美少女フィギュア
12/05/31 02:04:50.41 .net
その日、私は骨董屋を巡っていた。午前中から数件、行きつけの骨董品店をめぐり、何か好みのもの
はないかと物色するのが、たまの休日の過ごし方である。
その店ではカメラのレンズを見ていた。最新のレンズも良いのだが、古いレンズもまた良い。その店は
特にそういう品を得意としていた。
学生の頃から通っているが、だいたい同じ場所に爺さんが座っており、これがいつ来ても変わらない。
もう10年以上おなじ場所に座っているから、多分動かないのだろう。私は目当ての骨董レンズを手にとった。
ドイツではなくロシア製ライカという珍品で、作りはいい加減だがそれがまたいい。ライカのレプリカである。
と、そのとき。
店の奥に目新しい張り紙があるのを見つけた。
「美少女フィギュア」とある。
フィギュア…。なんとこの店に似合わない単語。私はコピーライカをそっちのけで、その怪しげないっかくに
歩を進めた。
「いいの入ってるよソレ。人気だよ」 突然後ろで声がする。
「わ!」
私は驚いて振り返ると、そこに爺さんが立っていた。この調度品は、実は動けたのか。
「流行ってる…んですか」
「人気なんだよ」
爺さんは言う。展示を見ると、女だてらに甲冑をまとった日本人形があり「神功皇后」と書いてあった。
「あの…」
雛人形である。
「いいだろ」
じじい。
売価は15万。爺さん曰く江戸期の掘り出し物だそうだ。そういう人形が何個も陳列されている。
「こっちが楠木正成」
もう美少女ですらない。ちなみに、若者の購入者はいないそうだ。
「若いのがたまに見に来るけどね。買ってかねぇよ。値段があわねぇのかな。かどの玩具屋じゃ売れてるって聞くが」
値段の問題ではない。私は持っていた雑誌を見せたまたま載っていた美少女フィギュアを見せ、これを説明した。
「たいして違わねぇじゃねえか…。こちとら漆と錦だぞ」
爺さんは小さくつぶやいた。
「プラッチックじゃねぇんだぞこの野郎」
爺さんは言う。
                                    次 「部屋に何十何百とある缶詰の秘密」

109:部屋に何十何百とある缶詰の秘密
12/06/03 00:10:02.91 .net
缶詰と糞尿の部屋で幼児が泣いている。缶詰は幼児を産んだ女が
置いていったもので、缶詰を置いていったことで自分には殺意はないと
今まさに学生時代に好きだった歌手の曲を歌いながら自己弁護していた。

しかし三歳の幼児が缶詰の開け方を知っているだろうか?
幼児を泣かせている原因は空腹ではなく熱さだった。今夜、東京地方は
連続する熱帯夜の観測記録を更新しようとしていた。
幼児は締め切られた部屋で熱中症にかかっていた。捨てられた雑巾の
塊のようにぐったりして微かに呼吸のリズムで背中が上下するだけだった。

母親が部屋を出て行ったときは冷房をつけていったはずだった。
しかし電力がストップした。計画停電ではなく、原発にテロリストが
進入し占拠した。電力会社は要求どおり一部地域で送電をストップさせた。

女のいるカラオケルームのスタッフが休憩室でそのニュースを見ている。
スタッフはリーダーにそのことを報告しようかと思う。
そして客に知らせるのがサービスだと思うから。
でもそのスタッフはリーダーのことが嫌いだった。

幼児が泣いている。肌に白い結晶は張り付いている。今まで彼の体内にあった
ミネラルだ。彼が呼んでいるのは女かそれとも別の何かか?


次 掲げよ、希望という名の音を。




110:掲げよ、希望という名の音を
12/06/03 11:52:47.58 .net
―こうして、革命は成功した。
流血は避けられなかったが、国民の未来には自由が広がっていた。
「よし、鐘を吊り上げよ!」
「あいあいさー」
指導者エビスチニコフのかけ声と共に、長らく横倒しにされていた巨大な鐘が引き上げられていった。
顎髭の指導者の傍らには、書記官であるイサーニャ女史が恋人のように寄り添っている。
鐘は朝日を浴びて、黄金色に輝いている。素晴らしい景観だった。
「いいぞいいぞ、鐘を鳴らすのだ! 我らの勝利の雄叫びとして!」
周囲に集う、人、人、人。彼らは、おーっと大歓声を上げた。
革命の功労者である若き闘士ゴメスポロンが鐘を付きはじめる。
その瞬間、巨大な鐘がエビスチニコフの頭上に、二人に蓋を被せるように落ちてきた。
「きゃあ、助けて」イサーニャは突如降ってきた闇に驚き、エビスチニコフに抱きついた。
「心配するな。ちょっとしたアクシデントだよ。あの忌まわしい蹂躙の日々に比べれば、この闇は瞬きのようなものだ」
エビスは、ゴメスポロンの実兄であり彼自身が怪力の持ち主でもある。
満身の力を込めて、釣り鐘の闇をこじ開けた。
「あっ……」
「これはいったい?」
開かれた視界は、しんと静まりかえっていた。先程まで沸き返っていた国民達がいない。革命さめやらぬ街もなくなっていた。
あたりにあるのは、遙かなる高原。そして空には、なんと巨大な翼が悠々と飛んでいる。
「エビス様、あれは翼竜ではございませんか?」
「うむ、向こうの草原でブロントザウルスらしきものが草を食んでおる。ここはもしや」
「タイムトラベル……したのでしょうか、太古に」
「らしい」
エビスはイサーニャを抱き寄せ、突如与えられた究極の自由に、戸惑いを隠せないでいた。

次「妹、大爆破!」

111:妹、大爆破
12/06/03 16:24:34.16 .net
「妹」が好きだ。まだあどけないバランスの、しかし確かに女とわかるそのフォルム……「妹」の見た目が好きなのだ。
 まさか性的な目で見ているのか、と問われれば、否、ただただ純粋にその見た目が好きだ。そういった好きのカテゴライズを超越した好きなのだ。
 それから僕は爆破も好きだ。バラバラになっていくさまを眺めると、何やら学術的な興奮さえ覚えるのだ。

 そしてもちろん、僕は「妹」を爆破した。
 三回も。
 最初の爆破で「妹」は真っ二つに千切れた。次の爆破で頭が取れた。最後のやつで「妹」は細切れになった。もう元が「妹」であったなんてわからないほどに。
 楽しかった。記録を残してあるので、皆さんにも楽しんで欲しい。
 妹
 女 未
 女 一 木
 く ノ 一 一 人 十


次「ぼくらの三分間戦争」で(U^ω^)

112:僕らの三分間戦争
12/06/03 22:36:12.53 .net
ブツン

 ヘッドマウントを外した少年は同じ机についている他の子供たちを観察した。みなヘッドマウントをしたまま鼻から血を流し、死んだように動かない、いや、「ように」ではない、実際死んでいるのだ。長い長い戦いの末に。

「終わったのか……」

 少年は右の壁に掛かった飾り気のないシンプルなデザインの時計に目をやった。一時三分。あれから三分しかたっていないのか。私たちは三百年余り戦ってきたというのに。

 少年は立ち上がり右から順番に動かない少年少女たちの肩にやさしく手を触れていった。そして最後に少年のすぐ左に座っていた少女の側で立ち止まった。
彼女のもともと白い肌は死んでいっそう白く透き通り、美しい。対称的に真っ赤な唇。少年は手を伸ばし指先でその唇にそっと触れた。そしてそれを自分の唇に当てた。

 開け放たれた窓からは夏の爽やかな風が吹き込んでいた。遠くに見える芝生の丘には犬を連れている老夫婦が何かを語り合っている。すぐ側にいる若い男女も夫婦だろうか、妻が抱き抱える赤子を夫があやしている。

 少年は目を細めてそれを見つめていた。私たちが守ったもの。すべてではないが、報われた。意味はあった。

「終わったのだな」

 蝉の鳴き声が響いている。日差しが陰から出ている肌を焼いている。緑の匂い、何処からかふわりと漂うお菓子の香り。

「終わったのだ」

 少年は確かめるように何度もそう呟いた。何度も、染み込ませるように、反芻するように、丁寧にゆっくりと現実を味わった。

 ……不意に訪れる眠気。何故だろう、瞼が重たい、感覚が鈍くなっていく。嫌だ、閉じたくない、まだこの景色を、今を、生を、感じていたい。まだ、まだ、まだ……

ブツン

次のお題 「白雪慕情」

113:白雪慕情
12/06/04 22:35:43.82 .net
白雪ことスノウホワイト29歳は魔女に頼んで薬リンゴを食べ
7人の小人を雇って純朴なる王子のキスをせしめるも婚約には至らなかった。
「白雪さんって一回りも上なんですね」
その言葉に白雪は死羅幽鬼となり王子に飛びかかる。王子裸足で遁走し
野を越え山を越え川を越えてある寺の釣鐘に隠れるも
白雪大蛇となりて鐘に巻きつき口から吹雪を吐いて王子を凍殺してしまった。
「やっちまった……これで私のシンデレラプロジェクトも終わりね」
白雪はガントチャートを破き一路函館に向かった。津軽海峡はカモメ見つめ
凍えそうでああああ~。朝市でイクラ丼を食べ、これは旨い!★3つだ。
しかし函館に職はなく雪の日高へ向かいヒグマと面接した。
「血のように赤い唇の雪女は要りませんか……」
しかしヒグマは冬は休業だ。鹿に面接しても断られた。キツネ、フクロウ、
山の仲間は冷たかった。北の野生は7人の小人よりも厳しい……。
流れ流れて旭川三六街のホステスとして腰を落ち着けた白雪は
はや35の冬を迎えようとしていた。そんな、ある夜……。
「スノホちゃん、あなたにお客様よ」
「え?誰かしら」
出て行くとソファに座るはあの王子。と高名な小野篁。王子は言う。
「僕は死にませ~ん!しかも少し年を取って君のよさがわかるようになった。
あのときのことは謝りたい。僕と一緒に来てくれないか?といいたかったが、
君も年をとるんだね。忘れていたよ。やっぱいい、都に帰る」
王子は後輩の新雪ちゃんを連れて立ち去った。白雪大蛇に変じてこれを追うが
スーパーホワイトアローはJR北海道の誇る特急で追いつけない。
そして不幸な女白雪は新千歳で機影を見送り憤死する。その断末魔に呟いた
恨みの言葉を聞いて小野篁がかの有名な一文を書いた。
すなわち、「子子子子子子、子子子子子子」である。
一般に知られているのとは違い、これは正しくは
「しねしねしね、しねしねしね」と読む。

次「野武士にプロポーズ」

114:「野武士にプロポーズ」
12/06/11 04:37:39.77 .net
明日の結婚式はやっぱり雨になるみたいだ。夕方のニュースでも
インターネットの天気予報でも東京は雨になっている。
―まあ、雨で悪いってわけじゃないけど出来れば晴れのほうが良かったな。
招待の人たちの都合もあるだろうし。

私は居間のテレビを両親と見ながらそんなことを考えていた。母は「まあ雨なの!」
って言うし父も「しょうがないなあ」とか言ってるから、なんだかそっちのほうが
へこんだ気持ちになってしまった。

野武士という渾名の彼にプロポーズした夜がなかったら、今ここにはいなかっただろうか?
それともやっぱり、運命という名の下にやっぱり結婚していただろうか?
あの初夏の夏、私たちは駅前で夕食を食べて彼のアパートに帰ろうとしていた。
住まいまでは歩いてかなり遠い距離だったけどバスも終わったあとだったし
タクシーに乗るにも私たちにはそんなお金はなかった。
「いやあ朝、自転車で来ようとしたけど雨すごかったからさあ」
彼はそういう。そういえばあの日も雨が降っていたんだ。確か傘がどうとか
会話したのを覚えてる。あの日じゃなかったかしら?
何はともあれ、私たちは夜の道を歩いていた。お腹いっぱいで好きな人と
歩いているのが幸せな気分だった。「結婚しよう?」と私が言った。
この先、何があっても後悔しないという気分だったら。
車のヘッドライト、静かな住宅街、夜の匂い。


感性の海。理性の海岸。

115:感性の海。理性の海岸。
12/06/12 09:34:54.28 .net
 この世界には、まず海があった。そして海だけでは溺れてしまうから、必然的にそこには足場が
あった。普通、それは海岸、と呼ばれるのだろう。
 寄せては返す波に、音は無い。まるでスピーカーが壊れてしまったかのように、海は無音で波を
揺らせていた。不意に、突風が襲う。潮風に吹かれて、ああ、やはりここは海辺なのだと実感する。

 海岸には、様々なものが打ち上げられている。無数のベクトル、アフィン変換や、フーリエ変換、
群と代数学、楕円曲線とモジュラー、フェルマーの最終定理。本来実体を持たないであろう
それら数学的概念は、色鮮やかなオブジェクトとなって、海岸に点在している。
 無論、実体的概念が無いというわけではない。黒に近い茶色のそろばん。定規とコンパス。
大学ノートと鉛筆。ホワイトボード。プレゼンテーション。パーソナルコンピュータ。そして無数の
革新的なアルゴリズム。彼は数学者であると同時に、優秀な物理学者でもあり、プログラマでもあった。
 
 この世界は、彼の世界だ。もっといえば、脳を視覚化したものだ。とはいえこれを夢と呼ぶのは、
あまりに見当違いというものだ。この世界は、彼が死ぬ数日前に取った、自分の脳のコピー。
私は個人的な計算リソースの一部を用いて、時々そこに散策に訪れ、死んでしまった彼のことを思う。
 
「見て。世界はこんなにも変わったのよ。もはや人間は不死になった。計算リソースの許す限り、
好きな世界をエミュレートできるようになった。それでもあなたは、この世界に絶望し続けるの?」
「便利になったことは認めるよ。でも僕が求めた世界は、ここにはない」
「なら、あなたは過去に行きたかったの? 何も無い世界で、ゼロから何かを作り出す喜びを
欲していたの?」
「いや違う。そうじゃない―何て言えばいいんだろうな。僕は結局、何かを欲しがるフリをする
だけで、何も欲していなかったのかもしれない―」

 彼はいつもそこで言いよどむ。私は何も言わない。波の音は聞こえない。心地よい静寂が、
あたりを包み込む。そう、無理に答えに辿り着かなくてもいい。
 私は今も、彼を愛している。

次「オールマイティ」

116:オールマイティ
12/06/12 23:22:38.39 .net
海はうねり、盛り上がり、やがて崩れる。黒い波頭に切り取られた
高い高い青空が、揺れる桶の水みたいに、慌しい破線を描いて
天と地を分かっている。俺は海水からオールを抜き、背筋を一捻りして、
逆の端を白い泡に切り込んだ。俺は冒険家、このカヤックとオール一本で、
伊豆からロサンゼルスまでを横断するつもりなんだ。
カヤックは常に波間の底にあって、滅多に水平線を拝めない。島も船も
見えなかった。眠るのもカヤックの上、頼れるものは、このオールだけ。
剛毅な俺だが、そんな男でも寝覚めには恐ろしい夢を見る。起きたら、
オールがなくなっていたらどうしよう。俺は指をきつく握る。樫のオールの
感触がある。大丈夫だ。さあ、今日の航海を始めよう……!
起きたら、カヤックがなくなっていた。
「畜生!」俺は悪態をついてオールをぶん回す。パラパラパラという
音とともにオールが回転し、俺の体は宙に浮く。そこを狙って大きなカジキが
飛び掛ってきた。オールを振り下ろし、それを袈裟懸けに真っ二つだ。
カジキの血に寄って来たホオジロザメをブレードで叩き、その背を飛んで
海を渡る。みよあれが因幡の国だ。因幡の国は太平洋だ。いま限定だ。
八艘飛びにサメの背を渡る俺の足に、平家蟹が腕を伸ばす。鋏の間に
オールを掴まれ、すわ!獲物を失うかと思いきや、俺は鋏を支点にオールと
一直線になって回転すると、オールはすっぽ抜けて、俺の体は高く高く
空へと舞い上がった。オールを胸の前に伸ばして水平飛行に移る。
やがて見えてきたのさ、あれがロサンゼルスの灯だ。俺はついに
オール一本で太平洋を横断した。ハロー、アメリカ。YMCA。
ユニバーサルスタジオに着陸すると、カヤックが先回りして出迎えてくれた。
こいつう。ハハハ。終わりよければ、オールライト!

次「ドリアンの木の下で」

117:ドリアンの木の下で
12/06/17 02:00:21.41 .net

 村一番の美人のシャリファーに愛の告白をした僕ムハンマドは彼女からドリアンの木の下で待つように言われて、現在こうして素直に待っている最中である。

 しかしなぜドリアンの木なのだろう?村にはもっと分かりやすい待ち合わせ場所がたくさんある。それにドリアンの木と言ってもどのドリアンの木なのか分からない、とりあえず村の近くで一番大きいドリアンの木を選んだ訳だが……。

 もしかしてドリアンに何か意味が込められているのかもしれない、ドリアンにはトゲがある。「私もドリアンのようにトゲがあるわよ」とでも言いたいのか?それなら大丈夫。少しくらい強気でじゃじゃ馬な娘の方がが僕は大好きだからだ。

 それとも……ドリアンのあの匂い、あの独特の匂いのように「あなたの存在も私にとって鼻を摘ままなければならないほど不快だわ」とでも言いたいのか?

 いや、それはない、そこまで彼女に嫌われる理由は僕にはないし、なにより彼女はドリアンが大好物なのだから。

 まてよ、ドリアンは果物の王様とも言われている。つまり、つまりは「あなたが私の王様、あなたこそが私というクイーンにふさわしいキングなのよ」という事じゃないか?

 そうだ、きっとそうに違いない、なんて奥ゆかしい素敵な人なんだろう、自分の想いをこんな形で示してくれるなんて。僕も彼女の気持ちにちゃんと応えるために、それなりのロマンチックな台詞を用意しとかなくちゃな……



 そんな事をムハンマドが考えている間にも、彼の頭上数メートル真上にある重さ十キロのドリアンは確実に彼の脳天をとらえて熟れた身を今か今かと揺らしていた。


次のお題「声を無くした街」

118:名無し物書き@推敲中?
12/06/17 10:28:00.59 ?2BP(0).net
「声を無くした街」

 歩けばそこには、幾つもの空中投影されたフォログラムパネルが並ぶ。その多くは大手カンパニーによる新作モノや売れ筋商品の広告だ。
 多分何度か登録した生体データを下にした、僕の趣向を読んだ商品ばかりなのだろう。
「どうにかならないかな」
 いつもは都合よく利用させて貰っているけれど、待ち合わせ場所に急ぐ今日に限っては目障り極まりない代物だった。大昔にはパネルの右端には自己消滅を促すボタンがつけてあったらしいのだが、さてはて一体どうしたものやら。
「ごめん、待ったかい?」
「ん、ぜーんぜん。私もいま来たところだよ」
 そう言って実に灰汁のない笑顔で手をぎゅっと握ってくるのは、先日大型コミュニティルームで出会った女の子だ。
 なんだか話の馬が合ってその上僕には不釣り合いなほどに美人ときたもんだ。コミュニティルームからの帰りに、今度会ってくれませんかと話しかけられたときには三度自分の頬をはたいた。それくらい。
「う~ん、どうしよっか。映画でも見に行くかな?」
 そう言ってポケットの中に入れていたチケットを握る手に、少し力を込める。
「まあ素敵!」
 ほっとした。どうやら出費は無駄にならずにすみそうだ。
『CAUTION! CAUTION!』
 けたたましい電子音とともに、目の前に大きな警告パネルが展開される。
「な、なんなんだ一体」
「まあ素敵! 楽しみだわ!」
「少しよろしいですか?」
 突然肩に手を掛けられる、振り向くと、スーツ姿にサングラスを掛けた、がたいの良い男が立っていた。
「な、何なんですか?」
「ちょっと失礼」
 そう言って男は、女の子の頭に手をかざす。
「停止命令を要求する」
「停止命令ヲ、受領シマシタ」
 そう言った途端に彼女は一切の動きをやめてしまった。
「危なかったですね。これは悪徳業者による販促AIなんですよ。いやぁ、本当に間に合って良かった」
 男の頭上に展開され得るコミュニケーションパネルがピコピコと動く。僕はただ、何が何だかわからないままに、立ち尽くすしかなかった。

次のお題「回って回って感染るんです」

119:回って回って感染るんです
12/06/18 20:17:13.12 .net
メトロポリタン・エクスプレスウェイをポルシェでローリングするのは
トップクラスにエキサイティングなエクスペリエンスだ。
シティのスカイドームをルックアップし、サンセットのホットな
ビームをボディにキャッチする。マイタイム・マイラブ……。
やがてストリートライトがビーナスみたいにリット・アップし、
アーリーサマーのナイトエアーがクールなフェイスと
セッションする。ああ、ブリージング……。
メトロポリスはネバー・スリープ。だが、ロードがエンプティに
なると、バッドなフェローたちがデビューする。
いや、ボーイズはデイタイムはジャスト・ユージュアル・シチズンだ。
ワインレッドのポルシェのスピード、ウィングレスな
フィールドのファルコンにサプライズし、ホットなハートを
シェイクされたフールたちが、ノー・マッチなバトルに
ウェイクアップするんだ。そう、まるでクレイジーなウィルスに
インフェクトされるみたいに……。
ローリング、ローリング。ミッドナイトをパスするころ、フェローの
ナンバーはアンカウンタブルになる。ウィンドはチリングなくらい
クールだが、ロードのテンションはアウトブレイクする。
エブリナイト・フィーバー。ローリング、ローリング、
ローリング・ティル・モーニング。ヘイ、カモン、ジョイン、ミー。
もしエグゾーストしたら、エクスプレスウェイからオフして
はなまるうどんでカレーでもコラボしようぜ。

次「あの日マニラの街角で」

120:あの日マニラの街角で
12/06/19 22:37:23.14 .net
深夜、女は突然ベッドから飛び起きた。
「私、やっぱり呼ばれているわ……」
女は囈言を繰り返した。
「呼ばれてるのね。行かなくちゃ、私は、行くんだ……マニラに!」
AV女優、小向萌奈子は夢のささやきに導かれるように、フィリピン行きの航空便に飛び乗った。

強風にスカートを捲られながらタラップを降りると、遠くから、陽気で雑然としたフィリピンの空気が吹いてきた。
「熱い……この気候、いつ来ても体が火照るわ」
小向萌奈子にとってマニラは第二の故郷であった。
小向萌奈子のフィリピン渡航歴は公式では2011年のみとあるが、実は誤りで2005年に一度訪れている。
その件は、事件の後に探偵の等々力鈴悟が裏付け調査を行っていた―
それはともかく、小向萌奈子はマニラの懐かしい場所に足を向けた。
数年前、彼女が住んでいた赤煉瓦の家屋。小向萌奈子が夢遊病のようにそのドアを開けようとすると、中からドアが開いた。
「中に入っちゃダメ」
小さな女の子が、小向萌奈子を通せんぼした。女の子はどことなく小向萌奈子に似ている。
「あなたは? まさか……ずいぶん大きくなったわね」
触ろうとする小向萌奈子を、女の子は後ずさりして拒んだ。
「おばちゃんは悪い人ね。いつもパパから聞かされてるよ」
「パパ? ニャマンタは元気なの? 顔が見たいわ」
「パパは今ママと愛し合ってるわ。だから入っちゃダメ!」
女の子はいつの間にか手に、小さなハサミを構えていた。近づいたら殺すつもりらしい。
日本から来たAV女優は激昂した。
「ママって誰なの? なんであなたは、血の通ってない女のほうの言うことを聞くのよ? ニャマンタに会わせなさい」
「ダメったらダメ! こっちに来ないで」
その日のマニラは特に暑かった。
アスファルトに揺れる陽炎を突っ切って、赤煉瓦の家にパトカーが駆けつけたのは、それから一時間足らずのことである。

次「ちび魔流子ちゃん」

121:ちび魔流子ちゃん
12/06/20 10:30:56.08 .net
彼女は背が低いことがコンピレックスだった。だから、鉄棒にぶら下がったり、縄跳びしたり、ヨガを行ったりもしたが一向に背は伸びなかった。
かくなる上はと黒魔術に手を出した。人を呪い殺すことができるのだから、身長を伸ばすくらい雑作ないはず。して、図書室で魔術の本を読み漁り、ようやくみつけた。悪魔召喚により願いを叶える術を。
しかし、悪魔との交渉には見返りが必要だ。寿命か、身体の一部か、運命か、何が妥当か分からない。それなら悪魔に尋ねようと、早速儀式を執り行った。
青空は次第に黒く厚い雲に覆われ、通りにたむろしていたカラスや犬猫が逃げ出していく。彼女の全身に電気が奔る。魔方陣に並べた蝋燭の火が消える。そして目前に稲光が落ち、煙りとともに悪魔が現れた。
やった、成功だ。喜びも半ばに本題に入る。身長を伸ばす見返りは何が良いかしら。彼女の問いかけに悪魔は困った顔で答える。処女は認められない、オトナになってから再召喚してほしいと。
ならば私の初体験を捧げます。彼女の意思は固かった。悪魔は久しぶりの人間の女に興奮して、直ぐさま彼女に覆いかぶさった。さすが悪魔である。人知を超えたテクニックで彼女を絶頂へと何度も誘う。
彼女はもう身長のことなどどうでも良くなった。このまま、このままこの絶頂が永遠になってほしい。
かくして、ちび魔流子ちゃんはびちマ○コちゃんになりましたとさ。チャンチャン。

次は「私は雨が似合うから」でおなにーしゃす

122:私は雨が似合うから
12/06/21 19:38:34.08 .net


 ドラマみたいだなと思った。

 部屋の入り口で立ち尽くす彼女、目の前にはベッドの上で上半身裸の僕と見知らぬ女。明らかな浮気現場だ。

 動揺も言い訳もしなかったのは、どう考えてもそれが無駄だという事がはっきりしていたというのもあるが、やはり一番の理由は僕の心が彼女から離れていたからだろう。
 ゴングが鳴った気がした。彼女は気が強いほうだし、浮気相手も負けず劣らずだ。メロドラマよろしく、これから壮絶な修羅場が展開されるだろう、そう思っていた。
 だが、予想に反して彼女は少し悲しそうに微笑んだだけだった。そしてくるりと振り返り部屋を出ていった。
 僕はそこでようやくあわてて彼女の後を追った。

「待って」

 彼女は玄関のすぐ外で立ち止まった。外は雨だった。悲哀を助長するような、静かに降る雨だった。雨に濡れた彼女の少しウェーブのかかった艶のある髪に、僕は、本当に勝手だけど、綺麗だなと思った。

「……濡れるよ」
「……私は雨が似合うから」

 そう言い残して彼女は去っていった。

 僕はなにもできなかった。というより彼女の為に何かを出来る権利を既にもって無かった。僕は見えなくなるまでずっと彼女の後ろ姿を見つめていた。


 後から彼女の知り合いに聞いた話だが、彼女はこれまで僕を含めて三人の男性と付き合ってきたらしい、そして別れた理由はすべて彼氏の浮気だったそうだ。

「私は雨が似合うから」

 今でもしとしとと降る涙のような雨の日には彼女のあの最後の言葉を思い出してしまう。


次題 「左の赤子、右の死体」

123:左の赤子、右の死体
12/06/21 21:52:19.67 .net
「ずぶり」
母の大きく膨れた腹に刃がくいこむ。
「びくり」
のたうつ母を無情の刃は切り裂いてゆく。
「どろり」
母の腹から子がこぼれ出る。
「べたり」
それを左へ。
「どさり」
切り裂かれた母は右へ。
「ぽちり」
コンベアが動き出す。
「ずぶり」
また新たな母に刃を突き立てる。
「びくり」
ここから先の光景を私は知らない。
「どろり」
知っているのはその更に先……












「「いただきまーす!」」
食卓に並ぶ母子の姿と、我が子たちの笑顔だけである。

124:名無し物書き@推敲中?
12/06/21 22:27:44.89 .net
お題忘れてた。
次は「自給自足の果てに」

125:sage
12/06/23 09:26:34.59 .net
「自給自足の果てに」

最初に、屋根にソーラーパネルを付けたんです。
エネルギーの自給自足っていうんですか?
地球温暖化とか原発の停止とか、最近話題じゃないですか。そこから始まったんです。
でも、エコロジーについてよく考えてみると、食料品の輸送にもエネルギーって使われているわけで。
で、家の脇に小さな畑を作ったんです。食料の自給自足です。
でも、CO2削減を考えるとそれだけじゃいけないと思って。
で、家の周りに木を植えたんです。酸素の自給自足って、表現おかしいですか? まぁ、CO2削減です。
そこまでしたんですけれど、庭は狭いので食料の自給自足も、酸素の自給自足も充分じゃない気がして。
で、都心にある家を売って、山奥に、そう、ここです。土地を買ったんです。
考えてみれば、電器を使わない生活をすればソーラー発電もいらないし、食べものも山の木の実や山菜をとれば
それでいいかなって。で、土地は買ったんですが家は作りませんでした。
ちょうどいい洞窟もありましたし、山林のままの方がCO2削減になりますしね。
初めて「空気がおいしい」という言葉の意味がわかりました。自分の山の、自給自足の酸素で。
住んでいるのが山奥なので、着るものも気を遣う必要もなく、自分の山林なので人に会う事も無いので
何も着なくてもいいかなって思いました。
で、裸のまま狩猟のためのナイフを持った、こんな格好だったんです。究極の自給自足のつもりだったんです。
自分は変態でも、変人でもありません。本当です、刑事さん。
ちなみに、ナイフからルミノール反応があったのは、狩りで獲物を仕留めたからです。でも、自分の土地でした狩りですよ。
先ほどからの質問の、最近この近辺で頻発している若い女性の失踪事件とは、自分は全く関係ありません。
だいたい、自分は肉の脂身が大嫌いなんです。
経験でわかります。この写真の女性の様なのは絶対に……。


次のお題は、「朝靄と雲のちょうど境の所に漂う」で。

126:朝靄と雲のちょうど境の所に漂う
12/06/23 16:09:54.92 .net
『朝靄と雲のちょうど境の所に漂う』

どうしても傍においてと願うなら
明日の朝一番、六時の鐘が鳴り終わる前に
丘の上の楓の木の下においで。
そこで僕は待っている、君との未来を携えて

しかし遅れてはいけないよ。
それから振り向いてもいけないよ。
どんなに視界が悪く、前に進むことが怖くても
両足が宙を蹴り、羽ばたくように空を泳ごうとも

進みなさい。朝靄と雲の境を
その先に、僕は待っている。約束する。
君に向って必ず手を伸ばす、と


次のお題は『小瓶と孫娘』です




127:sage
12/06/25 01:02:31.87 .net
私は今、小瓶を手にしている。祖父の形見の小瓶。白い陶器製の小瓶。
固く閉められたコルクの蓋は、私が子供の頃から一度も開けられていない。
それは私が子供の頃、親の実家に帰郷した時の話。
夏休みのある日、葦簀を立てかけた縁側で祖父が教えてくれた小瓶の謂れ。
「この小瓶の蓋を開けて言葉をかけると、思った相手にその気持ちが伝わるんだ」
そよ風が風鈴をやさしく揺らし、音階を奏でる。蝉時雨が遠くから聞こえて来る。
「けれども、一度しか使えないからな。使う場面に気をつけるんだぞ」
祖父のその言葉は、私の中の懐かしい思い出。いや、その言葉だけではない。

祖父の話は、荒唐無稽なものが多く、たぶん子供の私を楽しませる為に作った話だったのだろう。
冒険談とか、家にある古い品物の謂れとか。
私はそんな祖父がしてくれる話をいつも笑顔で聞いていた。子供ながらに作り話なんだとなんとなく分かってはいたけれど。

私はそんな小瓶のコルクの蓋をそっと捻る。
少し力を入れただけで栓は簡単に抜けてしまった。驚く程あっけなく。
そして、私は小瓶の口に向かって話しかける。
「私、おじいちゃんの話、好きだったよ。子供の頃、いつも夏休みに遊んでくれて、ありがとうね」
そうして、私はコルクの栓を閉めた。

今はもう、祖父のいない親の実家で、私は空を見上げる。抜ける様な青空に、入道雲がふんわりと浮かんでいた。
庭先には、祖父が植えたという沢山のひまわりが、こちらに顔を向けていた。
今年も私が来る事を待っていたかの様に。

次のお題は、「深夜だけの公園」


128:名無し物書き@推敲中?
12/06/26 00:23:01.37 .net
「深夜だけの公園」


山奥の、すっかり寂れた神社。
そこの裏手にある墓場では、死んだ年寄り二人の幽霊がどこからともなく持ち出した酒を酌み交わしていた。
「ハッハッハ、まぁまぁ一杯!」
「そりゃこの寺の住職が買った酒じゃねぇか」
「いいんだよ、あの住職ときたら酔えりゃあいいんだ。味なんかどうだっていいんだよ」
「おめぇ味なんかわかんねぇだろ」
「あ、そうだったわ!ハッハッハ!まぁ、あんなハゲたタコみてぇなのに飲まれるよりゃマシだ」
「おめぇ髪生えてねぇ所の騒ぎじゃねぇだろ」
「そうだったわ!ウワッハッハッハ!まぁ、死んだ奴へのお供えだと思ってもらおう!」
「おめぇたまに来る参拝客が墓に供えてる酒と食い物ガメてるだろ」
「あぁそうだったわ、ウワハハハハハハ!……ん?あそこにいるのは住職か!おぉーい!この際あんたもやらんかね!」
「おめぇここを生きてた時の公園と勘違いしてるだろ」


二人は仲良くその場で住職によって成仏させられた。



次は「スプーン」で

129:「スプーン
12/06/26 22:13:27.10 .net
さっきまでレストランにいたお客もコックもウエイターもいなくなり
いま厨房にいるのは、物陰からピカピカのシンクの上に這い上がった
ゴキブリのみ。ダクトの空調のうねりだけが死体置き場のような
厨房には誰もいません。と思ったらおやおや話し声がするみたいですよ!
みなさんも聞いてみましょう。

「おいフォーク! お前、スプーンに何したって言うの?」
乾燥させるために並べられた調理台の上からナイフが叫びました。

「なんのことでしょうか? 僕にはさっぱり…」
フォークは仕事から帰ってシャワーを浴びていい気分でビールを飲んでる
サラリーマンのように良い気分だったのに、ちょっと不愉快な気分で
答えました。今日は忙しかった。ませた餓鬼に乱暴に扱われてくたくたなのです。

「なんのことでしょうか? じゃねーよ。殺すから。今殺す」
ナイフはがちゃつかせた音を出しながらフォークに一歩近づきました。

フォークは前からナイフのことが嫌いでした。粗野で野蛮で
血の気が多い。ここがステーキ屋だからなんでしょうか? フォークは
そんなことを考えたこともありますが、他人のことを考えるのが
めんどくさいフォークは、そんな時、他人だからどうでもいいやと思っていたのです。
でも今はそれどころではありません。中世の騎士、あるいは日本の武士のように
ナイフとフォークは向かい合いました。

「何か言い残すことはないか? この世の見納めにさ?」
思わずフォークは笑い出しそうになりました。だってメロドラマの台詞みたいじゃないですか。
何か言い残すことはないかって。やっぱりナイフは馬鹿だなあ。フォークは思いました。


130:「スプーン」
12/06/26 22:24:20.86 .net
でもそれどころじゃありません。殺すとナイフは言ったのです。
フォークは死にたくないのですから、一歩後ずさりしました。フォークは
OLの口にぺろりと舐められるときの恍惚感をまだ失いたくありません。
ナイフはきっと知らないのでしょう。OLの唇の柔らかさと甘い息を。
ああ勃起しそうです。

ゴキブリは蛇口の雫を飲むのをやめて面白そうなことが起きそうだと
調理台までやってきました。コックが客を罵倒するのも面白かったですが
今回も負けず劣らず面白いものが見れそうです。だってナイフとフォークが
戦うんですよ! 馬鹿げてるじゃありませんか。それに実はナイフの誤解なんです。
スプーンはとてつもないビッチでウエイターの愛人なのですからフォークなんて
眼中にないんです。

さて向かい合ったまま長い時間が過ぎました。冷静になってみると
ナイフだって殺したくないんです。警察の御用になんてなりたくないですから。
その時、ホールの窓が一斉にガタガタいい始めました。台風がやってきたのです。



次は フライパンティ

131:フライパンティ
12/06/26 23:22:20.22 .net
2012年オトコリンピックロンドン大会2日目、フライ・パンティ70kg級の決勝は、
過去にないほどの接戦が予想された。出場選手は8名である。
1・アメリカ代表 ハンサム・スギルゼイ(28)
2・日本代表 馬上豊(15)
3・エジプト代表 スゲイ・イケーメーン(36)
4・ギリシャ代表 エラク・エロイデス(22)
5・サウジ代表 アラー・ニーサン・イォトコネイ(29)
6・イタリア代表 トッティモ・ゴッツィーネ(34)
7・ザンビア代表 ダカレ・タイワ(27)
8・中国代表 超良男(35)
「解説の松丘衆道さん、今回は凄い面子になりましたね」
「ええ、若いのから油の乗ったのまで、なんていうか、イイ!ね」
「さて、この競技ですが、その昔ギリシアで屈強な男たちが、競技場で女性から奪った
下着を空に放り投げる数を競うというものでした」
「何で女なんですかね」
「さあ・・・。それはそうと、現在では同様のことができないため、会場でワンタンを揚げて
その旨さを競うという料理対決になっています。これがそのワンタンです」
TVに大写しになった白いワンタンには、食紅でリボンの絵が描かれている。
「このフライド・ワンタンをパンティに見立てて、フライ・パンティを行うわけですね」
「きしめんをふんどしにすればいいのに」
「黙っててください。さあ始まります、日本の馬上選手、最年少ですが美少年です。
メダルへの期待がかかります。では、試合開始です!」
8人の選手たちがワンタンを揚げ始める。遠くからでも皮膚に光る汗がキラキラ輝いていた。
やがて揚げおわった選手たちが次々に審査員の下へ皿を運んでいく。
「超良男選手、10.0、9.9、9.5、10.0、8.9」「スギルゼイ選手、4.5、6.8、3.2、5.3、7.1」
「ああ、われわれの馬上選手は…!!」
結果、金は中国の超良男、銀は日本の馬上、銅はゴッツィーネとなった。決め手は
箸さばき。揚げたワンタンを迅速に鍋から取り出すスピードこそが、勝負の分かれ目だった。
「やりました日本、今大会はじめての銀!ではインタビューです、馬上選手、ご感想は?」
「わけわかんねーっす」

次「スイミングブラジャー」

132:スイミングブラジャー
12/06/27 07:18:26.36 .net
男は問う、「なんで…?」  女は言う、「………………」
激しい豪雨のせいで男は聞き取れない。男は痛みと消えそうな意識を保つために一度唇を噛んだ。
もう一度、男は問う。「なぜこんな事するんだ!!」  もう一度、女は言う。「……………から…」
業を煮やした男はこみ上げる痛みを怒りに変えて女に叫んだ。
男は叫ぶ、「ふざけるな!!俺が何したってんだ!!何で刺されなきゃならないんだ!!」
女は叫ばない。 男は叫ばない。女は男に歩みを進める。男は歩けない。女は男に近づいて来る。
男は動けない。 女は男に抱きついた。 男は動けない。
女は言う、「あなたがくれたアレ…気に入らないから。真っ白すぎて私には似合わないもの」
女の手が動く。男の身体が前に折れる。女の手が離れる。男の身体から赤いしぶきが弾ける。
水たまりに倒れた男は腹部を抑え、もがき苦しみながら女を凝視している。
女は言う、「真っ赤なプールで溺れてるみたい」
男の悲鳴は響かない。雨に消されて響かない。 女の歓喜は鳴り止まない。雨音が喝采に聞こえてくる。
男のまぶたは開かない。 女のまぶたは閉まらない。赤く染まった水たまりに倒れた男を見下ろしたまま………

「みたいなノリの裏テーマがある新作ブラ「スイミングブラジャー(血の池ブラ)」です♪」
「いや…笑えねーし怖いんだけど。てか何?(血の池ブラ)って。( )いるの?( )の中って必要なの?」
「あなた色に彼女を染めてね♪」
「いや、男が染まってたよね?先に男が染まっちゃいけない色に染まってたよね?」
「あなたから出た液体で彼女を染めちゃおう♪」
「出ちゃいけない液体だったよね?!出ちゃダメな液体の話だったよね?!ねぇ!?」
「染めちゃわないと彼女に逃げられちゃうゾ♪」
「こっちが逃げるわー!!二度と来るかァー!!」

次「カフェオレラプソディー」

133:カフェオレラプソディー
12/07/01 08:17:20.59 .net
   『カフェオレラプソディー』

          朝倉 建次 著


 耳をつんざくほど静かなバスの車中、僕は乗客に対して主導権を握っていた。年配の運転手も

女子学生も、老若男女問わず屈強な大男でさえ縮み上がっている。右手に握っているこの模造銃に、

生命の危機を感じて怯えていた。それでも嘘っぱちだけじゃないんだ。安全装置を外した爆弾を

鞄の中に詰めている―それだけは本物だった。

 薄暗い照明の中、バスはゆっくりと目的地へ向かっている。終着は松山市。かつて城を中心に

栄えた城下町の名残が今も色濃く残る町で、道後の温泉街が有名だ。西側は瀬戸内海に面していて、

周囲を高縄半島の山々に囲まれた、こじんまりとした地方都市だった。

 そこに憎むべきあいつは、今ものうのうと暮らしているんだ。

134:カフェオレラプソディー
12/07/01 08:17:54.25 .net
 おかしなものが目に留まった。何度見返しても、後部座席から数えて三列目の背もたれから

うさぎの耳が飛び出していた。近づいてみると女子高生らしき女の子が、頭にうさぎの耳をつけて

座っていた。なんて格好をしてるんだと呆れていると、彼女と目があった。

「文化祭の帰りなので仕方ないでしょう」

 鼻に付く物言いに、無性に腹が立つ。目上の人に話すときの礼儀ってものが分かってない。

これがゆとり教育の弊害なのか。生き死にを握っているのは、僕だってことがまるで分かってない。

「まだ到着までにしばらく時間があるし、バスジャック犯さんの身の上話でも聞かせて」

 強気な口調とは裏腹に、膝の上に置いた拳を握り締めていた。説得の材料を見つけ出そうとして

いるのか、単なる時間稼ぎなのか。何はともあれ、その勇気に免じて少しばかり経緯を語ろうと思った。

 通路を挟んで隣の席に腰を下ろし、煙草に火を点けた。

135:カフェオレラプソディー
12/07/01 08:18:35.79 .net

 テレビや新聞で取り沙汰されるような、よくある怨恨だった。僕には一昨年から付き合い始めた

年下の彼女がいた。付き合うきっかけが寝取ったことだったせいもあって、自尊心をくすぶられた。

付け加えると彼女には自傷癖があって、僕だけを頼りに生きているという大袈裟な心持ちが、

しがないサラリーマンにとって日々の原動力となっていた。ところがある日、出張を一日早く切り

上げて家に帰ると、僕のベッドで彼女は会社の同僚と熱帯夜を過ごしていた。問い詰めてもごめんな

さいの一点張りと泣く喚くで話にならなかったが、僕と別れてすぐその男とくっついた。毎日のように

その男と会社で顔をつき合わせる僕にとって、苦痛でしかなかった。自尊心もアイデンテイティも

粉々に砕け散って、会社を辞職した。それからというもの、仕事もなく平日も家にひきこもっていて、

ただ許せないと言う復讐の火が日増しに燃え広がり、今に至ったのだ。

136:カフェオレラプソディー
12/07/01 08:19:35.86 .net

 押し黙って聞いていた彼女は、しばらく考えるとぼそっと呟いた。

「あなたはコーヒーね」

「珈琲?」

 オウム返しのように口をついて出た。

「だけれどカフェオレになって生きるという宿命を背負った人間なの」

 僕が理解できないという素振りを見せると、じれったそうに口を開いた。

「噛み砕いて言うと、孤独を背負って生きていくことが向いてない人ってこと」

 認めたくないけれどはっきり言って、彼女の言っていることは的を得ている気がした。ただそれを

珈琲に例える理由はまったく分からなかった。

 そうこうしている内にバスは、あいつの住むアパート、大鷹町のハイツ西岡の前に到着した。

 あとはあいつを呼び出して、爆弾のスイッチを押すだけだった。だと言うのにうさぎ耳の女子学生が

何を言っているのか気になって仕方がなかった。


137:カフェオレラプソディー
12/07/01 08:21:26.80 .net

「何で珈琲なんだ?」

「コーヒーはそれだけでも成り立ってる。でもカフェオレになりたいのならミルクが必要でしょう。

だから今のあなたを形容するにはぴったりだと思ったの」

 機知の富んだ比喩になんとなく納得してしまった。と言うより、呑まれてしまっただけかもしれない。

「カフェオレになりたいと強く願っているのに、コーヒーで居続けることはひどく辛いでしょう」

 確かにその通りだ。女子高生の例えを使うならば、あいつは僕にとってかけがえのない牛乳みたいな

ものだった。二人でやっと一人前になれる関係のはずだった。

 憂いの眼差しでじっと見つめられていると、急に腹立たしさが怒髪天を突いた。 

「何だその目は、お前に馬鹿にされる筋合いはない! 分からない癖に偉そうな口を叩くな」

「そんなことで自暴自棄になってるあなたこそ、何も分かっていない。分かった振りをして、

自分だけは誰よりも利口だと思い込んで、他人を罵るしか脳のないあなたにそんなことを言う

資格はないわ」

 車内にこだました一喝が、自分を冷静へと導いた。

138:カフェオレラプソディー
12/07/01 13:17:21.88 .net



 沈黙を続けるこのバスの周囲を警官隊が取り囲み、辺りが騒々しくなってきた。上空で旋回する

ヘリが空気を切り、プロペラの音がけたたましく鳴っている。

 後悔はある。でももう取り返しがつかないんだ、後戻りできる状況じゃない。頭がこんがらがって

爆弾のスイッチに手が伸びたとき、彼女は静かに言った。

「実はわたしもコーヒーなの。あなたは恋人を探してるよね、でもわたしは家族を探してる。

幼いころ蒸発した両親に捨てられたの。それでもずっと心の奥底ではいつか家族と交じり合って、

カフェオレになれると信じている。手に入らないものだと分かっていても」

 彼女が心に抱えていた爆弾は、僕が持っている爆弾よりずっと大きくてきっと耐え難いものだった。

「まだ見つけられるじゃない。あなたがカフェオレになれるようなそんな人を」

 なんて自分はちっぽけなのだろうか。裏切ったあいつへの復讐心みたいなものが、すっと

かさぶたになって落ちた。

「ありがとう、すべきことがわかったよ」

139:カフェオレラプソディー
12/07/01 13:20:34.68 .net


 バスの先頭に立って一礼し、両手を上げながらバスを下車した。警察の怒号が飛び交う中、

僕がやたらと落ち着いていたのは、彼女に救われたからだろうか。

 手首に嵌った手錠を見て、痛く後悔した。彼女は警察に同行される僕を見て笑っていた。

それは蔑むような目じゃなくて、応援してくれているような温かい笑顔だった。



 次のお題は、『午後三時、列車は動き出す』です!

140:sage
12/07/01 16:23:15.22 .net
「午後三時、列車は動き出す」(楡)

「私ね、イタリアに行って、本格的に服飾デザインの勉強をしようと思うの」
車窓からの景色を眺めながら、僕は彼女の言葉をぼんやりと思い出す。
彼女と出会ったのは、ちょうど1年前の夏。
当時の僕は、ウエブデザインの仕事を干されつつあった。
デザインがワンパターンになっていて、面白みがないというのがその理由だった。
起死回生をかけて僕が考えたのは、色々なデザイナーの集まるパーティーへの参加だった。
そこで、彼女と出会ったんだ。

停車駅を知らせるアナウンスが車内に響く。
また、駅に停車か。僕は、腕時計をイライラしながら眺める。
彼女の搭乗する便の出発時間はこうしている間にも近づいてゆく。
いや、始めから間に合う訳はないんだけれど。
僕の決心が遅れてしまったせいだ。
駅で停まった列車は音も無くドアを開ける。降りてゆく乗客、乗ってくる乗客。
そんな見知らぬ人々に、僕は剣呑な眼差しを向ける。

僕が成功したきっかけは、彼女のデザインからのインスパイアだった。
言い方はいろいろあるかも知れないが、彼女のデザインエッセンスを取り入れる事で、
僕はスランプから立ち直った。
そうして、僕はこうして自分の事務所まで立ち上げる事ができたんだ。

141:sage
12/07/01 16:24:00.57 .net
数ヶ月前の事、もうすぐデザイン学校を卒業する彼女に、僕は誘いをかけた。
……僕の部屋のベッドの中で。ひとつのシーツに包まりながら。
「卒業したら、僕の事務所に来て欲しいんだけど」
彼女は一瞬なにかを考えるそぶりをした。
「私が望んでいるのはそういう事じゃなくって……」
「君となら最高のビジネスパートナーになれると思うんだけど」
「それは私の望みじゃないから。……私は」
「君の望みはなに?」
彼女は少し機嫌を損ねた顔をしながら言った。
「……本格的にデザインの勉強がしたいの」

なんでその時僕は気がつかなかったのだろう?
自分で自分が歯がゆい。
列車のドアが音を立てて締まる。
やっとか。けれども、いまさら。
僕はどうしても言わなくてはならない事があって、こうして彼女を追っている。
けれども、時刻表どおりに進んでも、空港に着いた時点で彼女はすでに空の上だ。
それでも僕は自分をどうする事もできなくて、それでも列車に乗っている。

出発時刻を過ぎても駅から列車は動かない。エアコンも切れてしまっている。
車内にアナウンスが響く。
「ただいま、首都圏全域に大規模停電が発生しました。復旧までしばらくお待ちください」
こんな時に。僕は運のなさを呪った。いや、自分を呪うべきなのかもしれない。
もう少し早く決心して、もう少し早く出発していれば。

142:sage
12/07/01 16:24:30.83 .net
そういえば……首都圏全域っていってなかったっけ?
僕は慌てて携帯をとりだすと、空港へ電話をかけた。
「大規模な停電が起きたという事ですが、今日出発の○○便は、何時に出発ですか?」
愛想のよさそうな声で事務員が答える。
「確認したところ、停電は1時間との事ですので、点検の後に止まっている機から順次出発
 しますから、おそらく午後4時には出発できると思います」
今は午後2時。1時間後に列車が動くとして……。
僕は逆算をした。間に合う。
僕は頭の中で彼女に告げる言葉を繰り返していた。
電話では決して告げる事のできない思い、彼女へのプロポーズの言葉を。


次のお題は、「新緑の香りと海の思い出」です。

143:sage
12/07/01 20:08:54.96 .net
そういえば……首都圏全域っていってなかったっけ?
僕は慌てて携帯をとりだすと、空港へ電話をかけた。
「大規模な停電が起きたという事ですが、今日出発の○○便は、何時に出発ですか?」
愛想のよさそうな声で事務員が答える。
「確認したところ、停電は1時間との事ですので、点検の後に止まっている機から順次出発
 しますから、おそらく午後4時には出発できると思います」
今は午後2時。1時間後に列車が動くとして……。
僕は逆算をした。間に合う。
僕は頭の中で彼女に告げる言葉を繰り返していた。
電話では決して告げる事のできない思い、彼女へのプロポーズの言葉を。


次のお題は、「新緑の香りと海の思い出」です。

144:名無し物書き@推敲中?
12/07/02 23:40:33.81 .net
「それは草原を駆ける風。僕は海を見つめ遠く水平線を思う。
あれはまだ僕が幼いころ―どこかの海岸で見た波打ち際で遊ぶ少女。
危ない! 誰かが言った。きっと波が高かったのだろう少女は
足をとられ波に飲まれる。でも一瞬後、少女は立ち上がる。
水着から膨らみ始めたばかりの胸の先が見える。そして暑い夜。
僕は波の音を聞きながら昼間の少女を思う。そう僕は恋をしたのだ」

「あのねえ。あなた遊びに来てるの? テキストちゃんと読んでないでしょ?」

講師は首を振ってこいつは駄目だというように手を腰に当て溜息をついた。
ああまったくわかってないのだ。新感覚って奴を。これが新感覚。
わかるかなあ?

ソムリエ講座にて


次 たそがれ講座






145:名無し物書き@推敲中?
12/07/03 09:27:16.28 .net
そう、もう少し首を曲げて、ああ駄目駄目、肩の力を抜かなきゃ。
そうです、だいぶよくなりましたよ。あと、視線は下。下とをただ見るだけじゃないんですよ。
あなたは今、リストラされて、家に帰る気にもならず、途中の公園のベンチに腰を下ろして、
足下のアリを数えてる。わかりますか。数える、これ、意外と重要なんです。しかも、それに
意識を集中するでもなく、ただ数える。それが出来ないと、修了証は出せませんからね。

「たそがれ講座」の一幕でした。

次、「蜘蛛と雲とが」

146:名無し物書き@推敲中?
12/07/03 22:18:44.41 .net
蜘蛛と雲とが

 私は気怠い午後を過ごしていた。たまの休みだというのに、午前中雨が降っていたから
だ。雨が上がり、私は図書館に出掛ける準備をする。ふと見ると、庭先で蜘蛛の巣がシャ
ンデリアを作っていた。蜘蛛はとっくに、どこかに逃げ出してしまったようだ。
 雨雲は依然として上空に居座っている。図書館には到着できるかもしれないが、帰り道
に降られる危険性もあった。自転車で雨の中を帰るのは難しい。雨上がりまで、図書館の
お世話になることになるかもしれない。
 蜘蛛が作るシャンデリアは、美しい。雨を受けて無数の水滴がきらめく様子は、まるで
本物のシャンデリアのようだった。私はケータイを取り出し、それを撮影してツイッター
に投稿する。「蜘蛛と雲とが」適当なタイトルをつけて、画像を投下する。
 昔、自由研究で蜘蛛の巣のシャンデリアが何故できるのかを調べようとしたことを思い
出す。たくさんの本を読み、先生に質問し、それでも答えが得られなかった。自由研究は
白紙で提出した。無論大きな声で怒られたが、もしそのとき怒られていなければ、小学生
の記憶なんてものはまるきり残っていなかっただろう。
 私は、流体力学、水の粘性など大学に行って色々学んだ。今では、シャンデリアの生成
プロセスについて、ある程度の説明ができるようになった。
 だが、それだけだ。私はたいしたことのない論文を提出し、大学を卒業した。
 一匹の蜘蛛が、窓辺に巣を作っていた。天気予報によれば明日は雨だというのに、蜘蛛
は気圧の変化を頼りに蜘蛛の巣の建造に取り掛かる。案の定、雲は成長し、にわか雨が振
り出した。糸のまわりに水滴がくっつく。蜘蛛は慌ててその場を立ち去る。
 雨粒が蜘蛛の糸にぶつかり、綺麗なシャンデリアができあがる様子を、私はずっと見て
いた。世の中には不思議なことがたくさんある。私はケータイを取り出し、シャンデリア
にカメラの焦点を合わせた。美しさ。それは、天の与えたもうた、奇跡である。
 
9mmパラベラム弾

147:9mmパラベラム弾
12/07/06 00:38:32.24 .net
♪With the lights out it's less dangerous~Here we are now~Entertain us♪

A「これ誰の曲?なんか聴いた事あるなぁ」B「NIRVANAってバンドの曲だよ。このイントロ超有名だぜ?」

A「へー、そうなんだ?海外のバンド?」B「おう。お前が好きな9mm Parabellum Bulletだってカヴァーしてんじゃん。知らねーの?」

A「あー!!これが元ネタ?!マジか!」B「…元ネタって言うなオリジナルって言えファック野郎」

A「…いきなり素になんのやめてくんね?」B「Nevremindってアルバムあるから聴いてみろ。ド定番のCDだよ。ほら貸してやっから」

A「えーいいわ別n(ry」B「ああ?なに?あんだって?」

A「邦楽しか聴かないって知ってるでしょ?洋楽とか英語わっかんねーし」B「黙れファッキンアダム」

A「おおっと何だそのネーミングセンス」B「NIRVANAなめてっとマジ○しちまうぞこのファッキンカフェ野郎」

A「おおっと伏せ字。ここでまさかの禁止用語」B「おめーなんか9mm弾で○んじまいな!パンパンパン!」

A「オゥ、ジーザス!俺の頭にボンバヘッ!」B「何言ってんのばかじゃないの」

A「おおっとネタに乗った俺にまさかの対応」B「そろそろオチが欲しいところだな」

A「おおっとここでメタ発言。これはイタイ」B「こんな話があるんだ…」


次「Mr. & Mrs. Berry」

148:名無し物書き@推敲中?
12/07/08 01:52:36.26 .net
Berry夫妻の馴れ初めは、直江津で起こったある事件である。
「ったくやんなるぜアレとかコレとか」これは旦那の山田一郎。高校生である。
「きゃー、遅刻しちゃう!」これは妻の岸田美咲である。
二人はある十字路に別方向から近づいていた。一郎は徒歩だったが、不幸なことに、
美咲はジャムトーストを咥えてデコトラ『流星号』を運転していたのだった。ドカーン。
「いてて…」一郎の気がつくと、十字路の中央に胴切りになった高校生の瀕死体が
横たわっている。よく見ると自分だ。何かを言おうとしている。
「兄ちゃんすまねえ。よけ損ねた。オレはもうダメだ、オレの体を使ってくれ……」
瀕死の体が事切れた。一郎は混乱した。え、じゃあ俺の体、いまどうなってんの?
一郎の体は、デコトラ『流星号』と入れ替わっていたのである。運転手の若い女は
ハンドルの上に突っ伏していた。
「警察が来るわ!逃げるのよ!」金切り声が聞こえる。見る? と、助手席の
ダッシュボードに鎮座した古い三菱のエンブレムが叫んでいた。
「美咲は意識を失っているわ。あなたを轢き殺したせいで、ここに留まると
警察のご厄介になる。積荷を時間通りに届けられないと岸田組の名折れよ。
あんた、このまま福島へ向かいなさい!」
わけもわからず事故現場をあとにする一郎。うなるサイレン。赤い回転灯。
重量に任せて検問を突破し、関東平野に入ると様子がおかしい。
「計画通り。関東は全域停電よ。この大混乱があれば、200キロくらい余裕!」
三菱の言にしたがって福島へ向かう。だが美咲の意識は戻らない。
夜になっていた。ふくいちの南4キロの地点で、積荷を工作船に移し替える。
乗組員は南米系の屈強な男たちだ。『あの娘、寝てますぜ。始末しますか?』
『船に乗せろ。この車は足が着いたらしい。情報を残すな』
乗組員は美咲を降ろし、金目のものも漁っていった。次に意識が戻ると、一郎は
積荷の戦闘用アンドロイドになっていた。三菱と流星号のエンブレムが両肩についている。
「いやっ、助けて!」日本語の悲鳴が聞こえる。一郎は乗組員に襲われている
美咲を助け、チリに上陸、中米ベリーズに行って麻薬組織の傭兵となった。
駆け足となったが、のち二人は結婚し、ベリーズ夫妻のコードネームで呼ばれた。

次「とろろいもを下着にする」

149:とろろいもを下着にする
12/07/08 19:52:13.18 .net

 発掘された石碑に掘られていた言葉に学者達は頭を抱えた。

「とろろいもを下着にする」

 文字通り解釈すべきだろうか?それとも何かのメタファーなのか?馬鹿馬鹿しい、考察するに値しないと言う者もいたが、非常に価値のある歴史的遺跡の近くで見つかったので無視する訳にもいかなかった。そこで数名の有識者達が集まり議論が開かれた。
「そのままの意味で、とろろ芋を下着にしようとしたんじゃないでしょうか?」
 ある若い学者が先陣を切った。
「もちろんとろろ芋をそのまま使用するのではなく、それをどうにか加工して下着の素材に使ったんじゃないでしょうか?」
 皆はは首をひねり唸った。考えられなくはない、考えられなくはないのだが、どうも違う気がする。
「諺とか例えのようなものなのではないでしょうか?」
 別の学者が新たな説を唱える。
「とろろ芋を下着にするとかぶれますよね?つまりそれほど愚かな行為だとか、結果の分かりきっている事だとかそういう意味の例えなんじゃないでしょうか?」
 この説には何人かが良い反応を示したが、決定的とは言えなかった。
 それから数時間議論は続いた。何かの暗号、死者を神にするための儀式、恥ずかしがりやの回りくどい恋文等々……。様々な説が出されたがどれもこれも満場一致で納得できるものではなかった。
 長い議論に皆が疲れて新しい説を唱えるものもいなくなったときだった。
「そんなに深い意味はないんじゃないの?」
 ふいに側でずっと議論を聞いていた清掃員のおばちゃんが呟いたのだ。
 一同は皆おばちゃんに注目した。
「いや、当時の若い子達の遊びみたいなもので、適当な訳の分からないお題を出して次の人がそれを元に文章を作るみたいな……」
 会場中がどっと笑いに包まれた。学者達は腹を抱えて笑い、中には呼吸ができなくて倒れるものもいた。おばちゃんは恥ずかしさのあまりその場に縮こまり自分の軽はずみな言動を深く反省するのだった。


次題 「折鶴姫」

150:さとし(3さい)
12/07/09 15:39:26.00 .net
カーテンをあけると春の朝のやわらかな日差しが部屋に広がった。
眠い目をこすりつつ、すぐる(14)はベッドに腰掛けたが、すぐに違和感を覚えた。
―ない。
昨日の夜までベッド横のテーブルにあった折鶴が見当たらない。
まだ入院したばかりの頃に、思いを寄せていた同級生の鶴島鶴子が
持ってきてくれた、大切な折鶴がどこにもないのだ。
(寝ている間に看護婦さんが片付けたんだろうか?いやそんはずはないだろう。
あの折鶴が大事なものだということは看護婦さんも知っているし…)
すぐるは頭を抱えて昨晩眠りにつくまでの記憶をたどり始めた。
すると突然、窓がガタガタ激しく鳴った。
ハッとして顔を上げると巨大な鳥が羽ばたく姿が目に入った。
顔だけが鶴島鶴子の奇怪な姿だった。
「とろろいもを下着にしろー!とろろいもったらとろろいも!!!」
と血走った目でわめき散らしていた。
すぐるは現世に深い幻滅を感じ、カーテンを閉めてちからない足取りでベッドに
戻った。
目をつむるとすぐに睡魔が襲ってきた。
すぐるは深い眠りについた。

151:さとし(3さい)
12/07/09 15:42:02.26 .net
次のお題は「神社と浮浪者」です。

152:名無し物書き@推敲中?
12/07/10 22:46:10.16 .net
「神社と浮浪者」

 その老人は最初は子どもたちの間で知られるようになった。いつも境内の片隅の石の上に腰を下ろし、にこにこと善良そうな笑みを浮かべるその老爺に、
子どもたちは親しみを感じた。
「おじいちゃん、誰?」
「儂はここの神様じゃよ」
「じゃあ、何か不思議なこと、やって見せて」
「駄目じゃよ。儂は力を使ってはならんことになっておる」
「エーでも、ちょっとだけでも」
「仕方がないのう」
 そう言って手を出した老爺の指先から、小さな噴水が現れた。
「わーすごい」
 子どもたちは大喜びで、家に帰って親に話した。親たちはそれを怪しみ、おそらく浮浪者がちょっとした手品を使って子供を騙すのだろう、問題が起きてからでは大変だと、
その誰かが警察に連絡した。
 警察は任意で事情聴取すると言って、 老爺を拘束し、尋問した。
「神様だなんて、誰も信じないですよ! それでも本当だと言うなら、奇跡でも見せたらどうです? それも手品なんかじゃなくて」
「じゃから、禁じられておるのじゃ」
「はいはい、何が起きてもうちで責任取りますから、やって見せて下さい。でないと、帰せませんよ」
「知らぬぞ。では見るがよい」
 老爺が立ち上がり、手首に巻き付けてあった紐を引きちぎった。足を一つ踏みつけると、そこから水が噴き出した。水の柱は次第に太さを増し、
いつしか数百メートルにも達し、あたり一帯は水没し始めた。警報が発令されるいとまもなく、その町は水没し、なぜかその中に神社のあった丘だけが小島のように残った。
 その晩、その島に光が降った。光はいつもの石の上の老爺の前で止まった。
「儂はまたやってしまいました。は、わかって下さいますか、では、もう一度封印を、よろしくお願いします」

次、「酒と女と世界平和」

153:名無し物書き@推敲中?
12/07/13 13:38:19.40 .net
「酒と女と世界平和」

 俺がこのピースフル帝国の皇帝になってから、ずいぶんと経つ。禁酒法と禁女法……こ
れは俺の国民支配の根幹となる政策だ。
 アルコールに触れた者は死刑。婚前に女と触れた者も死刑。これまでに多くの連中がこ
の政策に反対したものだが、皆あの世に送ってやった。今では、反論の声を聴くこともめ
っきり減った。俺は心が広い。別に反論するのはかまわない。だが、遠かれ近かれ、そう
いう者には事故死という運命が待っている。
 先日も、倉庫に隠れて禁酒法と禁女法を破る集いを開いていた無法者たちを、帝国の重
装歩兵たちがその場で殺処分した。犯罪者に整った墓は要らない。死体はまとめて穴に放
り込み、上から土を被せる。世界平和のためには、多少の犠牲はやむを得ない。
 そして今日、医療に使うためにアルコールを認めてほしいという嘆願が上がってきた。
その医者が言うには、アルコールには消毒効果があるというのだ。そこで試しに眼前で実
演させてみた。アルコールの臭いを嗅いだ患者は、医者の持つボトルをひったくってそれ
を飲み始めた。医者は青ざめた。
 やはりアルコールは毒だ。お慈悲を、お慈悲をと繰り返す医者を、衛兵たちが断頭台へ
と連行する。私が女王(もちろん結婚している)を見ると、彼女はそれを受けて微笑んだ。
 ピースフル帝国にはアルコール中毒者は居ない。女狂いも存在しない。まさにユートピ
アである。であるというのに、不思議なことに国境から逃げ出そうとする輩が多い。
 そういう連中は、毎日ワインが飲めるだとか、女に触り放題だとか、そういう夢物語に
踊らされた連中がほとんどだ。寛大な心を持つ俺からしてみれば、連中はとても哀れな存
在だが、無論、その後に待っているのは死だけだ。
 来年には、禁酒法と禁女法を認めぬ周辺小国への、大規模な遠征も計画されている。こ
れは歴史に名を残す聖なる戦いとなろう。禁酒法と禁女法を三千世界に広め、野蛮な人々
に正常な思考力を取り戻させるのだ。アンチ・アルコール!

「喋る自転車と兄を失った妹」

154:喋る自転車と兄を失った妹
12/07/15 10:36:53.99 .net
嵐含みの風が暗い林をうならせている。曇天はおぼろな雲の小片を
恐ろしい早さで吹き流していた。ここは箱根の山の中、谷に開けた名もなき草野だ。
キキッ……自転車のブレーキ音が響く。林道に停まったママチャリに
跨るのは、セーラー冬服の女子高生だ。娘は自転車を降りると、
サドルを緩めてそれを抜き取った。
「気をつけろ陽子、やつはもう来ている」サドルが喋った。陽子は右手にサドルを提げ、
腿まである草を分けて道を離れる。と、フフフという女の笑い声が野に響いた。
「来たわね小娘。このあたしを倒そうとは笑止千万。何が目的か知らないけど、
その蛮勇だけは褒めてやるわ!」
突然、野草の間からリクスーの女が飛び上がった。手にはマウンテンバイクの
サドルを振りかざしている。暗い空を背景に、女の口だけが赤く光った。
陽子はサドルの両端を持って最初の一撃を受けた。重い! 
体勢を立て直す暇もなく、次の一撃が横から襲う。今度は受け損ね、
リクスーのサドルが陽子の肋骨に食い込んだ。セーラー服が野に倒れる。
「お粗末。もっと修行してから来るべきだったわね」
苦痛にあえぐ陽子の股間に、女のサドルが押し当てられる。「ああっ!」少女が叫んだ。
「くはは! 美咲、今日の獲物は若いな!」女のサドルが哄笑した。
「命までは取らないわ。でも、もう無茶はしないことね。あなた、弱い」
一分ほど押し当てたのち、リクスー女が手を引いた。と、体を折り曲げた陽子が震えながら言う。
「違う……外れだわ……それはお兄ちゃんのサドルじゃない……」
「何?」美咲が聞き返す。ふらつきながら立ち上がった陽子は、すでに冷めた目をしている。
次の瞬間、一陣の風、いや影が、草の間に交錯した。
「はぐぅ!」うつぶせに倒れた美咲の尻に、陽子のサドルが押し当てられる。
「どうだ! これが日本一のサドル師、鞍馬振一の技よ!」陽子のサドルが叫んだ。
勝負あり。気絶した美咲には目もくれず、陽子は自転車の元に帰った。
「ああ、お兄ちゃんのサドルを使っているサドラーがいれば、消息がわかるかと思ったのに」
目に涙を貯める洋子。「気を落とすな。いつか、きっと見つかるさ」
帰り道、坂を下りながらサドルが言った。「ところで」「何?」
「尻はあの女のほうがよかったぜ」

次「鳥と牛と海とが」

155:名無し物書き@推敲中?
12/07/16 00:31:28.87 .net
 「出ようか」
 ジュリアはそれだけ言って、僕の手を握った。

 15歳の夏、僕は叔父の運転する軽トラックに乗っていた。
 久しぶりに会えた叔父と、学校のことや、家族のことを話していると、一人の外国人が運転席の窓から顔を突っ込んできて言った。
 「殺さないで!海の一部なのです!」
 叔父はハンドルを切りって、少し離れた場所に車を停止させると言った。
 「仕事の邪魔すんじゃねー!」
 僕は何が起こったのか理解できず、呆然としていた。車が走り出した後も、緊張したままで、心臓はドキドキしていた。
 少しすると叔父が前を向いたまま、口を開いた。
 「なあ、ケン。生き物は全部同じ命をもってるんじゃねえのか。牛だって、鶏だって、鯨だって、命の重さは一緒なんじゃねーのか」
 その語気が強かったので、僕は何も答えることが出来なかった。
 「鯨が海の一部だってさ、だからなんなんだよ。だったら牛は大地の一部で、鶏は空の一部じゃねーのかよ。なあ、ケン」
 その問いかけに、ようやく僕は答えることが出来た。
 「でも、鶏は飛べないよ」
 「あ、そうか、お前、賢いじゃねーか」
 叔父は少し笑うと、また真顔に戻って言った。
 「なんだって、同じよ。全部何かの一部だし、全部尊い命なんだよ。なあケン」
 僕はやはり、また何も言えなかった。
 そして、僕は今でも何も言えないままだ。
 すぐ横の、美しい水槽のなかで、美しいイルカが泳いでいる。。僕絞める作業を見たし、何度もイルカを口にした。生きるということは他の生物を殺すこと。
 それは、分かっている。しかし、いまここで泳いでいるイルカを、自ら殺して食べようと思えば、僕とは違う、「何か」になる必要があるように感じられてならない。
 僕は牛も鶏も鯨も、全部殺した。だから生きている。しかし、その事実は机上に書かれた文字のように実感がない。
 食べるとは何だろう、生命の尊さとは何だろう。纏まりを欠いた頭の中で鳥と牛と海とが、ぐるぐる回る。

 その時、僕の手を振動させながら、ジュリアが言った。
 「サーティー・ワン行こうよ」
 「アイス、いいね」
 僕は笑顔で頷いた。
 “そうさ、僕らは加工された肉を食べているだけで、どんな生命も、一匹たりとも殺しちゃいない”

 次、「送信せよ」

156:送信せよ
12/07/16 10:03:51.67 .net
艦長は、金属製の操作パネルにある、『vision』と書かれたボタンを押した。
目の前に半透明のスクリーンが降りてきて、映像を映し出す。映像には、銀色の宇宙服をまとって、タンクを背負った彼の二人の部下が映し出されていた。
「艦長、無事着陸しました。遠くに生物らしきものが見えます。もう少し近づいてみます」
「生物だとして、どんな相手か分からない。注意して近づくんだ」
初めて来る惑星にはどんな危険があるとも限らない。

過去に、地球を温暖化から救う為の世界規模で開かれた気候変動枠組条約締約国会議という物があったという。
世界的な景気の悪化と、自国の利益を優先する各国の政治的思惑で、けれどもその会議は数回で終了してしまったらしい。
この会議が実効性のあるものになっていれば……。艦長はほぞを噛んだ。そして、遠くをみつめた。
地球を離れてもう数年にもなる。代替の惑星なんて、そんなにみつかるものではない。
各国より選りすぐられた、屈強な男ばかりの乗組員にも疲れの色が見えてきている。
「知性の低そうな生物なら、駆除できそうかどうか確かめてくれ」
自身が侵略者になるのは艦長の本意ではなかった。しかし苦渋の決断をしなくてはならない時もある。

「艦長、生物が見えました」
「どんな生き物だ? 危険そうか?」
「私の……私の娘です」
「違う、あれは地球に残してきた俺の彼女だ」
隊員の声が、それぞれスピーカーから流れてきた。
「よく見るんだ。モニターには、もやの様なものが映っているだけだぞ」
艦長は二人に注意を呼びかけた。
「いえ、艦長、こうやって触っても、娘の感触しかしません」
「いや、俺の彼女だ。この柔らかなふくらみ、長い髪、俺が間違える筈がありません」
どうやら、生物は見た者の一番愛する者に変化するらしい。艦長は一瞬、何かを考える素振りをした。
「感触までもか。とりあえず、危害を加える生物では無いんだな」
「あたりまえです。私の愛する……」
「当然です。俺の彼女ですよ」
「とりあえずその生物をよく調べたい。こちらに送信せよ」
艦長は、思い描いていた。お気に入りの風俗嬢をベッドに乗せ、隅々まで調べている自分を。

次のお題は、「夏の渚は水着と下着」で。

157:夏の渚は水着と下着
12/07/18 20:26:46.21 .net

   『うたかたの渚』

 瀬戸内海にほど近い一軒家のベランダに、少女が一人立ち尽くしていた。小型漁船の行き交う潮騒を真剣な眼差
しで見つめている。黒目がちな瞳には思春期の希望に満ちた輝きはこれっぽっちもなく、陰気な容貌がことさらに
強調されるばかりだった。蝉のぎらついた羽音や元気いっぱいに飛び回るカモメたちの陽気な歌声とは裏腹に、
ぼさぼさ髪の彼女には鬱屈した雰囲気が取り憑いている。

「だめよ、わたしもう逃げないって決めたんだから。ちっぽけな人生とはおさらばするの」
 携帯電話に何やら文字を打ち込み、自分の部屋に駆け込む。さとみは机の上に置いてある筆箱からハサミを取り
出すと足早に洗面所へと向かい、鏡の前に立つとためらうことなく自分の髪の毛を引っ掴んで勢い良く切り落とした。
流し台に長い毛の束が溜まる頃には、小ざっぱりとした健康的な少女に生まれ変わっていた。部屋に戻る途中、
台所でくつろぐ母親がぎょっとした顔で固まっていたのを横目で流し、階段を上って自室に転がり込んだ。ベッドに
転がる携帯電話を開くと新着メールが一件。さとみはメールを見終わると唇を真一文字に結んで頷き、自分を奮い
立たせるようにほっぺたを両手で二度叩いた。慌てた手つきで箪笥から市松模様の水着を引っ張り出し、着替えが
終わると薄手のパーカーをさっと羽織って大急ぎで部屋を出た。靴の紐を結びなおしていると、母親が恐る恐る足を
忍ばせやって来た。
「あんた散髪なんかしちゃって、どっか行くのかね?」
「ちょっと用事があってさ。そこの岬まで」
「引き篭もってばっかりだったあんたが珍しいねえ、とにかく気を付けて行っておいでよ。そういえば、さっき先
生がいらしたみたいで郵便受けに宿題やら連絡事項が入った袋を入れてくれたみたいだけど―」
「これから会いに行くから、お礼は言っとくね」
 首を傾げたままの母親を置き去りにして、さとみは自転車のサドルにまたがり外に飛び出していった。日に焼けてい
ない白い肌がまぶしい。潮風に吹かれながら防波堤沿いの旧道をひた走ると海に岩場が飛び出した場所に着いた。
ガードレールの脇に自転車を停めると、呼吸を落ち着かせながら岩場の先端まで歩いていった。

158:夏の渚は水着と下着
12/07/18 20:32:20.37 .net
 調度その時、自転車のすぐ側に一台の車が停まった。降りてきたのはさとみの学級を担当する松木圭一。助手席
に乗っている女は降りる気配を見せず、少女に近付いていく松木を目で追うだけだった。さとみが助手席に座る女に
気付いたとき少しばかり落胆したようにみえた。

 二人は対峙し、さとみは松木の目を見てもどかしそうに俯いた。
「髪型変えたのか、結構似合ってるじゃないか。学校のことで相談でもあるのか」
 松木の問いかけに黙って首を横に振り、拳を握り締めていた。沈黙が続く。静寂を破ったのはさとみだった―突如、
海に身を投げた。松木が制止する間もない一瞬の出来事だった。松木は血相を変えて岩場の先端まで走って覗き
込むと、さとみはあっけらかんと手を振っていた。岩場の高さは三メートルほどで命が危険に晒される可能性はなかった。
「はらはらさせるなよ。怪我とかしてないか?」
「松木先生、わたし逃げることやめたんです」
 さとみの瞳は真っ直ぐ松木を捉え、きらきらと潤っている。もう陰気な少女の影はどこにもなかった。
「もし好きになってくれるなら海に飛び込んでください」
 松木はしばらく黙り込むと天を仰ぐ。悩める松木を見つめる少女の顔には不安ではなく決意がにじんでいた。事の
顛末を承知の上だったのだろう、何かを言おうとさとみが口を開いた瞬間、松木は服を脱ぎパンツ一枚で間髪入れず
海に飛び込んだ。不細工な水しぶきを上げ、水面から顔を出した松木は笑っていた。予期せぬ出来事にさとみは目を
見開いて幽霊でも見てしまったかのように口をあんぐりと開ける。
「飛び込んどいてなんだが校内での恋愛はご法度だぞ。でもまあプラトニックな関係ならありかもな」
「うそ、だって松木先生には助手席に彼女さんが―」
 岩場から二人の様子を心配するように女が覗き込んだ。松木はすまんと言いながら手を振った。
「兄ちゃん何やってるの? 生徒と馬鹿やってるって教育委員会に報告しちゃうよ」
 どうやら、さとみが恋人だと勘違いしたのは松木の妹だった。夏の渚に水着と下着がうたかたの恋に溺れた。


次のお題は「朝まだきのこと」です!

159:名無し物書き@推敲中?
12/07/18 22:43:01.33 .net
朝まだきのこと


朝日の昇る前の時間。
帳を上げる者が怠ける時間、目覚ましより早く起きた私はランニングウェアに身を包み、長い髪を後ろで結び、お気に入りの音楽が入ったプレイヤーを再生させ家を出る。

ぼやけているのは視界か思考か、朝靄のせいか?とにかくはっきりしない世界。だがそれがいい、相手も自分も何となくで捉える時刻。足りない部分を想像で補う時刻。

足取りも軽く目的地の自然公園にたどり着く。
ふと少し離れた違うコースに二人の男性ランナーが走っているのに気付く。視線を感じる。見られている。私は緊張して顔を少しだけ下に向けた。しかし直ぐに思い直し顔を上げる。そうだ、今は相手の顔もはっきりしない彼は誰時。この時刻を選んだのもそのためではなかったか?

私はいつも以上に綺麗なフォームを心がけ彼らの心に刻み込むように美しい女性ランナーを演じた。

そう、それは朝まだきのこと、曖昧な部分を願望で完成させる時刻。


次題「薄氷のコンタクト」






160:名無し物書き@推敲中?
12/07/19 09:12:23.71 .net
「薄氷のコンタクト」

「薄氷とか、この季節の話じゃないぜ、絶対に」
「わかっているさ。でも、俺に取っては今が唯一のチャンスなんだ」
 雰囲気をゆるめようとしていって見たのだが、彼の表情は変わらない。
 まあ、当然ではある。
 俺たちがいるのは、標高三千五百メートルの高地。まさに真夏の日差しが背中を焼く中、向かっているのは氷河に連なる湖だった。
気温が低いこの地では、湖と言えど、その表面は凍っている。ただ、さすがに今その氷は薄くなって、今なら……そして今年なら……。
 俺たちはようやくその湖の畔に立つ。岸部を回って、氷河の末端へ向かう。
「それじゃ、捜索にかかるか」
 俺が荷物を下ろしながらそう言ったとき、彼は既に氷の上に立っていた。
「加世子……!」
 それは彼の婚約者の名だった。数年前、この氷河の上流でクレバスに飲まれた。深い氷のひび割れに落ちた死体を探すのは不可能だ。
それが出来るのは、流れ下って湖に入ったとき、そしてその表面の氷が薄くなった季節、つまり今。
 彼は、大声で名を呼びながら、氷をそのこぶしで叩いていた。
「見つけたのか? じゃあ、道具を持っていくから、そんなに慌てると」
 俺の口から出せたのはそこまでだった。
 彼が叩いた氷が割れ、その姿は瞬時に水に飲まれていた。助けに行きたかったが、既にあちこちひびの入った氷の上には、危なくて進めない。
ようやく足場を組んで引きずり上げたとき、彼はまだ氷に包まれた彼女を抱きしめて、事切れていた。

「誇大怪獣現る」

161:誇大怪獣現る
12/07/20 06:08:16.58 .net
 なにげなく言った言葉に命が宿って、一人歩きを始める。
 次から次へ伝播していくうちに、それは輪郭を持ち始め、都合のいいように進化していく。

 ある日、奴は帰ってきた。
「どこをどう歩いていたの」
「へえ、あの教室を出たあと、美崎くんの弟や妹、それから、電話相手の山下さんなんかにお世話になりましてね、日曜日
にガストで大いに盛り上がって、勢いで隣のテーブルに飛び移ったんですわ。そこからは、小学校、幼稚園なんかを転々と
しまして、一時などはケネディ宇宙センターなんかも通って来たんでっせ」
 お茶をすすりながら、奴は誇らしげに言う。
 全身毛むくじゃら、時速100キロ、髪の毛を全部引きちぎる、舌は2メートル伸びる、一日30人は食べる、垂直の壁を這う。
「人間じゃなかったの」
「最初はそうでしたがな、いつの間にかこうなりましてん」
 奴が、遠くに思いをはせるような仕草と共に言う。
「確かにあの教室で俺が産声を上げたときは、ただの男でしたからな、しょうじき不安定やったんですわ、だってあんさん設
定も曖昧でしたやろ」
「そう言われても…」
「深夜にJRの高架を這う人を見たって、なんでんねん。どんな人なのか、大きさは?痩せてるの?太ってるの?何色?
性格は?おとなしい?荒い?握力は何キロ?分かりませんやろ」
「いや、そんなことは話の本筋に関係ないことなんだ」
「本筋!?話が通ったらそれで、ええんでっか?対象のアイデンティティはどうなりまんねん。あんさん自分勝手な人でんな」
「まあ、作り話だからね」
「あんさん、分かってませんな、ぜんぜん分かってませんわ、ええでっか、作り話と言ってもでんなtgyふじこlp;:」

 最初人間だったものが、誇大に誇大を重ねて、いつの間にか怪獣と呼ぶにふさわしい存在になって帰ってくる。
 おぼろげに原型をとどめた誇大怪獣。深夜、受話器越しに現れたそいつとしばし話したあと、俺は眠りについた。
 多くの都市伝説がそうであるように、今噂になりつつある、この誇大怪獣も、そのうち皆の熱が冷めたら、消えていくだろう。
 一緒に茶を飲んだ記憶だって…

次のお題→「戦場の太鼓持ち」

162:戦場の太鼓持ち
12/07/21 15:27:55.66 .net
「はー。つまり儂はタイムスリップとやらでこの時代に来てしまった、と?」
「ええ、そのようです。日食が起こる時にそのような事が起こり戦闘機と共に部隊が空に消えてしまったという報告もあります」
「ふーむ。しかし儂はその戦闘機とやらは知らぬ。何より儂は合戦で法螺貝を吹いただけにござる」
「何故かはわかりませんが…何かが引き金となって今の時代に貴方が送られてしまったのでしょう」
「好きで来たわけではない。それより法螺貝はどこに?」
「知りません。いいですか?貴方が来たこの時代は昭和20年、世界中で戦争が起こってる最悪の時代なんですよ…」
「そうか。何があろうと我が国に敗北はなかろう?それより法螺貝を」
「知らん。何でも米国では最強最悪の兵器が完成したと聞きます…一番の敵国であるわが国にそれが使われないとも限らない…」
「法螺貝を」「貝貝うっせーな。でんでん太鼓ならあるからそれ持っとけやハゲ」
「ハゲちゃうマゲや。マゲ。マゲや、マゲ。ハゲちゃうからな」
「弱った…こんな時に関西弁ハゲマゲの面倒など見ていられない…ここ硫黄島が戦線の要というのに…」
「おいハゲちゃう言うとんねん。マゲやマゲ。マーゲ」「うっせー黙(ry
ーゴォォォォォォオオォォォォォォォオオオオォォォン…ー
突然、上空から轟々と鳴り響く音が聞こえて来た。その先には戦闘機の群れが空を埋め尽くしていた。
「来たぞー!!敵だー!!総員戦闘…っ?!ハゲ?!武士はどこに行った?!」

「あれがこの時代の敵か。なかなかおどろおどろしい格好じゃ。されど我が国、容易くは落ちぬわ!!」
激しく鳴り響くでんでん太鼓。緊張感に押されていた日本兵達は太鼓を鳴らしながら突き進む武士の背中を目で追った。
「然様な絡繰りを使わねば我らと対峙する事もままならぬ脆弱な敵共よ!!おのれらに我が国は破れはせぬ!!いざ、尋常に勝負なり!!」
激しく鳴らしていたでんでん太鼓を脇に差し、両手に刀を携え迫り来る米軍に一人で突き進む。
その勇ましい姿に心燃やされた日本兵達も一斉に米軍へと突き進む。
一人の武士と幾人もの日本兵達。弾ける土煙の中から聞こえ続けるでんでん太鼓の音。
-でんでん-武士道とは死ぬ事と見つけたり-でんでん-

次「レプリカ恋愛交差点」

163:レプリカ恋愛交差点
12/07/21 23:30:30.06 .net
午後6時のスクランブル。赤いシグナルが青に変わるとき、無数の人並みが
動き出す。無関心、そしてすれ違い。すれ違いに意味はない。だって互いに
人を人と見てないもの。
ここは東京。雑踏の子羊におかれましては、皆さんいかがお過ごしですか。
そして僕は神だ。ふと思いつきで交差点の中央から恐るべき吸盤つき触手を出して、
あの顔この顔をからめとって阿鼻叫喚うわーたすけてーフハハこれでもかーと
やるのも一興だけど、やんないのね。なぜ人は―あーあーなぜひとは―あー
めんどくさい。なんでだろね、人はなぜ、そうも簡単にすれ違えるの。
ラブ。誰か一人を選んで、嘘だ、あなたのたった一人の恋人、誰さ? 君が選んだ
#no nameな彼/あるいは彼女? その恋はどこかで見た紐、デジャブーを
忘れた幸せの脳にココチヨイ。だよ?
しってる。君はこれまでドラマ、とか、漫画、とか、あとなんだろ、映画? そんな
嘘っぱちの甘酸っぱい恋だの愛だのプロトタイプをどっかから垂らされて、
上向いた口にあまずっぱーーーーーく受けてきたんだ。それが 本当 の
愛だとか 思わされて。
馬鹿。そんなのは、違うよ。恋のカタチ、愛のカタチ、みな全部違うのさ。
あたりまえ? そうさ、でも、君は何に安心する? あの人が……あの子が……。
規定は悪、君の『ラブ』は、君たちだけのもの、恋なくして思う、愛なくして
おもうさまざまのナニなんて、君のわけわかんない脳からぽこっと出てきた
ありもしないシチュエーションのレプリカさ。
わかってる! それでいいよ! ラブを手に入れたひとは、こんな話を聞くまでもない。
でも思うんだな、あのスクランブルを歩いて、あのアスファルトの上で交じり合う
ごみみたいな人かげのどんだけが、あは。ね?
キミ らの手にしたものが、ぜんぶ ホンモノ だったら……、生憎それは所管外。
カミサマでも、扱っておりません。
明日のキミは笑っているの。1年後のキミは泣いているの。でも、まあ、……
どっちでも、いいんじゃないかな。

次「星のお姫様」

164:名無し物書き@推敲中?
12/07/29 12:34:25.28 .net
「星のお姫様」
 私が砂漠に不時着して困っていると、そこに可愛らしいお姫様が現れました。
「お願い。羊の絵を描いて」
こちらは墜落した飛行機の修理で忙しいというのに、そんな風に何度も言ってはつきまとうので、次第に私の中に悪戯心が湧いてきました。
「じゃあ、これでどうだい?」
 私は数珠のようなものを書いて見せました。何かと聞かれたら答えてあげるつもりだったのですが、彼女にはすぐにわかったようです。
「だめよ、子羊を五匹も飲み込んだニシキヘビなんて、ひどいわ。蛇は嫌いだもん!」
「じゃあ、蛇でなければいいのか?これでどう?」
 私が次に描いた絵で、彼女はなおさらに怒ります。
「ひどいひどい!私が子羊を飲んでる絵ね!私、そんなこと出来ないもん。おなか、そんなに大きくないもん!」
 そう言うと、上着をぺろんとおめくりになりました。そこには真っ白なおなか、かわいいおへそ、それに胸のふくらみもちらりと。
それを見て、今度は私に別な悪戯心が湧きました。私は、プンスカと可愛くお怒りになっているお姫様をなだめました。
「ごめん、冗談だよ。でも。羊は無理でも、蛇は飲めるんだよ。女の子は大人になると、誰だって出来ることなのさ」
 彼女はたいそう興味をお持ちになり、教えてほしいとおっしゃいましたので、私はゆっくりと時間をかけて、蛇を飲み込む方法をお教えてしました。
お姫様はそれが気に入ってくださり、飛行機が直ったとき、私について行くとおっしゃいました。飛行機の中でも、ずっと蛇と戯れていらっしゃった
ほどです。
 それから一年ばかりが過ぎた頃、お姫様は本当に子羊をお飲みになったようなお姿になりましたが、出てきたのは蛇でも羊でもありませんでした。
こうして私はまあまあ幸せになりました。

次、「刺身の天ぷら」

165:刺身の天ぷら
12/08/02 07:02:08.66 .net
「飯はまだか」「あら、今食べたじゃない」
「仕事前だ、食べていかないと」「大丈夫ですよ、今日はお仕事は休みですから」
「今日休みで、明日は行くのか?」「いえいえ、明日も休みですよ」
「大将が言ったのか?」「ええ、大将がそう言いましたよ」「そうか」
 生涯役所勤めだった父にとって、大将などと呼べる人物はいなかった。大工にでも成りたかったのだろうか。それともすし屋だろうか。 父は元々無口で、家では空気のような存在だった。
 それが、ボケてからペラペラとよく喋る。父なりに抑えていたものがあるのかもしれない。
 そこへ医者が入ってきて言った。
「今夜が峠かもしれません、お心積もりをしておいてください」「はい、ありがとうございます」
 母は礼を言い医者の背中に頭を下げた。母と私はしばらく何も言わずに父を見つめていると、父が突然口を開いた。
「マグロの天ぷらが食べたい」「そうね」
 母が布団の乱れを直しながら笑顔で言う。
 私は夕日が差す、病室の階段を下りながら考えた。そう言えば、父に何かをしてあげた記憶が殆どない。最後くらい…。
 料理に無縁だった私は、玉子焼き以上のものを作ったことがない。しかし、揚げ物くらいは誰に習わずとも出来るものだ。
 スーパー買ったマグロの刺身に、小麦粉を水で溶いたものを、付けて、油のなかに放り込むと、今まで見てきた天ぷらに何の見劣りもしないものが出来あがった。
 ドアを開けるとそれまで、目を瞑っていた父がかすれ声で言った。
「来たか」
 その挨拶に笑いながら、母に天ぷらを入れたタッパーを渡す。
「なにかしら」
 中身を確認して母は驚いたようだ。
「マグロの天ぷら」
「まあ、おいしそう。お父さん、功がマグロの天ぷらを作ったんですって、良かったわね」
 母は箸をカバンから探し出して、で父の口に運んで食べさせた。私が父の反応に注目していると、父は言った。
「こりゃマグロの天ぷらじゃない、刺身の天ぷらだ」
 どうやら、火が通ってなかったようだ。
「でも、こんな旨い物は初めて喰ったよ」
 私は、満足そうな顔で言う父を見て、以前の父が帰ってきたような錯覚を覚えた。
 そして、その日の深夜、父は息を引き取った。

次のお題→「土一揆に明け暮れた日々」

166:名無し物書き@推敲中?
12/08/04 23:14:55.89 .net
『うぉおおおおおお!!!』
目を閉じると、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
両手に鍬を持ち、てぬぐいを頭に巻いて国会議事堂へと突撃した日々の事。
学生運動が流行った時代が遠い昔となり、誰もが無気力に毎日を過ごしていた時、
立ち上がったのが俺達農民だった。放射能、地震、日照り、嫁無し。相次ぐ困難に対し、
何も対策をしようとしない政府に対して、ついに全国の百姓達が立ち上がった。
100年ぶりと呼ばれるその土一揆は、わざと昔ながらの装備で行われた。
これは、過去の一揆で消えていった讃えられぬ英雄たち、一揆衆の霊をとむらう為でもあり、
また弱者という立場のまま強者へ意見を通す事を目的とした為であった。
濃縮催涙弾や意識断絶閃光弾。最新鋭兵器によって次々と倒れていく仲間たちの屍を乗り越え、
数百万人と呼ばれる『日本土一揆』の参加者たちの行動は、議事堂の周囲に積もった
仲間の体で外から議事堂が見えなくなる頃になって、やっと認められた。
総額数十億円の賠償金と、全農民に対する農耕給付金制度の確立。
それによって、全国の貧困にあえいでいた農民たちは、やっと時代に救われたのだ。
失ったものも大きかったが、あの戦いによって得たものは少なくないと私は思う。
『おじいちゃ~ん!ご飯出来たよ~!』
そんな事を振り返って考えていると、階下の孫の呼ぶ声が聞こえた。
給付金によって安定した農民の生活に惹かれ、都会の女達は続々と地方へ飛び出していった。
今や全国どこの農村だろうと、嫁探しに困窮したりする事はない。
子沢山孫だくさん、子孫繁栄という農民にとって最も重要な要求は、完全に果たされたと言っていい。
ああ、今いくよ。そう孫に返事をしてから、手元にあったボジョレヌーボーのグラスを掲げ、呟いた。
土一揆、万歳。

次「かんぜんちょうあくってこういう字だと思ってた→完全懲悪」





167:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 20:25:19.84 .net

携帯をいじりユキからのメールを表示させる。
『はろうけいほうってハロー警報じゃないの』
「可愛いだろ?ユキはしょっちゅうこんな間違いしてたんだ。そうだ、こんなのもある」
俺は次のメールを開いた。
『かんぜんちょうあくってこういう漢字だと思ってた→完全懲悪』
「なあ、笑えるだろ?なんだよ、完全懲悪って、本当にバカだよな、しょっちゅうこんな間違いをしてさ、そのたびに俺が間違いを教えてたんだ……でももうそれもできない」
「たのむ、許してくれ!」
鉄骨に縛られた男の必死の叫びが廃ビルの闇に吸いとられる。
「おまえはユキが助けてと言ったとき聞いたのか?」
俺はナイフを強く握りなおし、男にゆっくり近づいていった。
「たのむ!たのむ!」
「うるさい」
ナイフが男の胸に刺さろうとしたそのときだった。
「カタン」
携帯電話をうっかり落としてしまう、拾った瞬間ふいに目に入った彼女のメールに俺は動けなくなった。

『ヒロキが笑ってたら私はしあわせ』

気がつけばナイフを捨て俺は大声で泣いていた。携帯を抱き締めて、地面を思いきり何度も何度も叩いていた。いつまでもいつまでも泣き続けた。

次題 「コミュニケーション・アダプタ」

168:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 23:03:26.70 .net
会話とは、接続である。
声を発し、空気の振動を媒介にして互いの言葉を相手に伝えるように。
文を書き、染み付いたインクが誰かの想いを記し残すように。
無機質な『モノ』が二つの感情の受け渡しをして、初めて人と人は繋がりを持つ。
それが何であるかは関係ない。ただ、そこに『在る』だけの物を介すことで、
やっと人は人を感じる事が出来るのだ。
…だが。
震える空気を、染み込んだインクを、聞くことが、見ることが出来なかったとしたら?
それは果たして、生きている人間だと言えるのだろうか。
目の前に広がる、無限の闇。光も音も感じない、閉ざされた思考の檻の中で、俺は最後の記憶を辿る。
それは確か、車だった。
視界を塗りつぶすように迫ってくる大きな車。一瞬だけ見えたその姿は、
すぐに自分の体との距離を無くし、全ての意識を消失させた。
つまり恐らく、自分は撥ねられたのだろう。そしてきっと…どこかが、壊れてしまったのだ。
何もない、永遠に続くような虚無の世界で、両手が何かを持ち上げているのを感じた。
それは薄い布のような物。腰を半分折り曲げたような妙な体勢で寝ている事を、
触覚だけで自覚する。その形状のベッドは、テレビドラマの話の中で、何度か目にした事があった。
ここは、病院なのだろう。
トラックに撥ねられた自分は、病院へと搬送され、何らかの処置を施された。
命に別状はなかったが、起きてみれば、視覚と聴覚を失っている。
もしかしたら、今も医者が目の前で何かの検査を行っているのかもしれない。
もしかしたら、既に脳の写真を取られ、もう絶望的だと、家族に説明されているのかもしれない。
もしかしたら、今この時も、すぐそこに両親や妹が立っていて、涙を流して自分の名前を呼んでいるのかも――。
――でもそれは、自分には見えないし、聞こえない。

169:名無し物書き@推敲中?
12/08/05 23:04:43.19 .net
『---------ッ!!』
ありったけの肺の中の空気を吐き出して、喉の声帯を震わせる。もしもそこに
人が居たら、自分を見て狂ったのかと思うかもしれない。
だが、それでも自分の耳は、何の音も拾わない。
何の声も、聞こえない。
本当に発狂してしまいそうだった。いや、もはや狂ってしまいたかった。
一体誰とも繋がれない世界で、生きていく価値が何処にあるというのだろう?
それはもはや、人間とは呼べない生き物なのではないだろうか?
気が付けば、自分の頬が濡れていた。
その滴すらも目に出来ないということにまた絶望し、涙を流す。
ああ、いっそ、今ここで舌を噛み切ってしまった方が――。

その瞬間、ふいに誰かに抱きしめられた。
手を、握られた。
胸に、顔を埋められた。
そのぬくもりは、温かさは、とてもよく知る家族の物で。
きっと流してくれているだろう、彼らの滴の伝えた温度が、無限の世界の暗闇を、
ほんの僅かに照らしてくれた。

ああ、神様。僕がこの先どうなるのかはわからないけれど――。

――どうか、この温もりだけは、奪わないでいてください。


長くなってしまいましたが、どうやら文字制限などは無いようなので。
次「三十二分と十二秒の欠落」

170:三十二分と十二秒の欠落
12/08/12 23:58:06.26 .net
P教授の最後の発明はタイムマシンであった。あらゆるものを実現し、
最後の最後にそんなものを作ったPはやはり絶望していたのか? 誰も知るまい。
ここにPの行動について書く。無論Pはすでに読者の世界にはいないし、
なにか主語としての自然が語るように彼のことを書くのは幼稚な嘘じみているが、
お話とはそういうものだ。
Pのマシンには行き先を指定するダイヤルが付いていた。ダイヤルを回して
+1年、+5年、+10年……仕組みはそうだが彼はそんな時間量に興味はない。
ダイヤルを高速に、つまり、目で追えるより早く回すと、+INFという指定が可能だった。
世界の終わりへ。Pがそれを見たくなったとして何の不思議がある?
煙を放つタイムマシンからPが降り立ったのは灰色の大地だ。雲はなく星が見えた。
月世界のようなそこは確かに地球なのだろう。岩と砂の荒野の中に、一人の少年が
座っていた。Pは砂に足跡をつけて少年のもとに赴いた。
「ねえ見て、山手線だよ」少年が言う。抱えた膝の前に、緑の光がくるくると回転している。
Pはいった。
「18世紀から20世紀にかけて、世界は縮んだ。これほどの未来なら、山手線が
この環くらいに縮んでいても不思議はない。しかし、山手線の内側はどうなった?」
少年は石ころをPに渡した。掌に収まるそれは、セメントのツノのように微妙な面を持った、
目の荒い砂岩に見えた。Pは雲母と思しき黒い小片に見入った。
小さな、小さな、ときおり輝く……それは夜だ。街の夜のかけらだ。
「これが世界の終わりか」Pは言った。「ううん、無限の未来だよ」少年が言う。
「それは、終わりと同じことさ」Pは笑った。
「ここに来て、どのくらい経ったろう」Pはふと疑問に思った。シチズンの時計は
16時27分48秒をさしている。「200年くらいたったよ」少年が言う。
世界は縮退し時は早く流れる。時計すらも時間に置いていかれるのだ。Pはいった。
「私は帰るよ。17時で定時なんだ」
「もう17時、2時、8時、そして17時だよ」少年が言う。山手線は回っている。
「ああ。僕の、勤務時間のことさ」Pは呟いてタイムマシンに乗る。それはガラクタだった。
Pはシートに座って定時を待った。それはすぐにやってきて、また去った。
時計は16時27分48秒をさしていた。

次「梅心」

171:名無し物書き@推敲中?
12/08/19 16:25:09.15 ?2BP(0).net
恋とは、梅の実のようだ。
知らぬ間に始まり、勝手に大きく膨らんでいき、まだ青いのに、その重さに
耐え切れずに地面へと落ちる。
彼らは、自らの重みによって大地へと無残に叩きつけられるのだ。
ここにもまた、そんな梅心を持った青年が居た。
彼が想いを焦がすのは、誰もが慕う至高の花。
白く可憐なその姿は、まさしく梅の花のよう。
彼も多くの君子に同じく、一目でその心を奪われた。
来る日も来る日も夢に見て、募る想いは増すばかり。
大きく増したその恋の実は、落ちるまでにもはて幾時か。

ところで梅の畑と言えば、そこには当然農家が住まう。
目を付けられた梅の実たちは、落ちる事無く摘み取られる。
恋の畑もまた同じ。ただ違うのは、選ばれる実は一つだけ。
彼の実もまた、その時が来た。

二人は出会う。偶然に、運命に。
そこで生まれた青春譚は、至極ありふれた珍しくも無い、そして当人達には
特別な、梅の彩る恋の一録。
それは何の変哲も無い、男と女の想いの話。
かくて梅実と梅の花は向かい合い、その実を揺らす時が来る。
重く募った果実は果たして、悲しく地面へその身を落とすか。

それとも。

172:名無し物書き@推敲中?
12/08/19 16:26:57.10 ?2BP(0).net
次「朱い日のおもいで」

173:名無し物書き@推敲中?
12/08/20 12:17:24.61 .net
→朱い日のおもいで

閉めきったままの寝室は重い匂いと沈黙に満たされていて、深海の色をしていた。
息苦しさに体をよじると、くしゃりと白いシーツのさざ波が肌に擦れる。スプリングが軋んだ音を出し、赤茶色の染みがゆらりと僕に近づいた。
赤血球の死骸でできた古い化石。すっかり色あせたこの小さな痕跡だけが残された唯一の思い出になってしまった。
かつてこの上には白くてとても美しい生き物が横たわっていた。従順でひたすらに無抵抗で、触れる度に思う通りの反応を示していた。
緩慢な動作も、そばにいるのに小さくて聞こえない声も、まるで心地よい水の中にいるようだった。
彼女は震え、少量の血を流した。白い内股に一筋の朱色が伝い、シーツに落ちて吸い込まれるのを見た。スローモーションの行為は夜が開けきる前に終わり、彼女の姿もそれきり消えた。
僕の見る夢はいつも一つだけ、この痕跡が朱色であったその日のことだけだ。

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