10/11/10 04:47:45 .net
567 :名無し物書き@推敲中?:2010/11/07(日) 21:21:34
評価お願いします。
雨は降り続く。波紋にたむろするその雨音に、いつしか街路樹までもが聴き入って、茂る葉
や長く育った枝たちを、その実、静かに優しげに傾ける。町はいつしか人を忘れ、車道を走る
無機質な鉄の塊もひと際まばらになる。そんなある時、街の一角、古ぼけた骨董屋の看板
下でこんな会話があった。
葛西氏はすっかり辟易していた。己の懐の寒さにも、氏の頼みひとつすら聞こうとしないけち
な友人にも常日頃から嫌になっていたが、今はそんな些事よりも優先して悩むべきことが
あった。
黒猫が居る。尻尾の先まで黒い猫が居る。その黒猫は葛西氏の隣りでゆったりと座っている。
どこか遠く、雨の向こうを見詰めて、何を考えているのか、解らない。ひとえに沈黙を続けている。
その黒猫の存在が葛西氏の胃をきりきりと痛めつけていた。
”猫又”というものをご存知だろうか。恐らく大抵の人はその生物が妖怪云々に類する何か
であり、また人間的知性を持つ特異な猫ということを知っているだろう。大体の猫又は、長寿
の飼い猫が神通力を得て転じた物の怪とされ、二尾の姿で描かれる。狐狸などと同様、人を
化かし時に喰らう、と怪談や徒然草でも多々語られている。
では何故今、猫又について説明するのかというと、葛西氏の横の黒猫がそれと少しだけ似
通った存在であるからだ。葛西氏の頭痛もこれによるところが大きい。
黒猫が不意に「君はどうして、こうも忘れるのか」と独り言のように呟いた。落ち着いた声で
ある筈なのに、どこか不安定で奇怪さを纏っている。猫が喋る言葉が正常だったら、それは
それで益々可笑しいだろうが。
葛西氏は煤けた空を見上げる。雨は以前よりも勢いを増して、ここ灰色街の通りを打ち鳴ら
す。葛西氏はただこれからどうこの不思議な生物と向き合っていくのか、そればかりを考えて
いる。一寸先の闇ならぬ猫が葛西氏の前に大きく立はだかっていた。
そもそも何が彼に、この黒猫に対しての悩みを抱かせているのか。それは遡ること三週間前、
まだ桜花も風に散っていた頃の話だ。