10/10/13 15:41:14 .net
こんなこと、あるはずがない。わかっていることだ。優佳がこちらを覗き込むようにして笑っている。いつもは食べながらでも大口を開けて笑うようなヤツなのに、しおらしく微笑んでいる。そういうのは苦手だから、やめて欲しい。
僕は顔を、そっと横に向けた。すると、優佳は手のひらで頬を挟むようにして、ゆっくりと正面に戻した。膝枕で仰向けになっている僕に自由はなかった。なんか、鼻の奥がムズムズする。
意識を優佳の向こうにやった。薄桃色の背景は、なんだろう。淡い色の雪がユラユラと落ちてくる。ああ、そうか。とても大きな桜なのか。青い空は視界の隅の方に押しやられていた。
「もう、苦しまないで」
その声を耳にして僕は優佳を見つめた。薄い唇は閉じられていた。表情は変わらない。微笑んだままの無表情に思えた。まるで本心が見えて来ない。
僕にだって言いたいことはある。訊きたいこともある。それでも口にはできない。
あり得ない世界に二人はいて、桜の花のように少しの変化で散ってしまう。そんな不安定なところにいることだけは、なぜか理解していた。
僕は苦しい。その微笑みが、この美しくて脆い世界が、とても苦しくて悲しい。だから、横向きの姿勢になった。そんなものは見たくないから。そして体に力を入れた。精一杯の反抗を態度で示した。
優佳はなにも言わなかった。伸びた手は僕の頭を撫でた。前髪を整えるような手付きは優しさに溢れていた。
その優しさに触れた僕は、もう、どうしようもない。涙が真横に流れた。一本の筋になって優佳の膝まで濡らしてしまったかもしれない。でも、止められない。どうしようもなかった。
「苦しまないで」
その声は頭の中に響いた。眠る間際にかけられたかのようだった。
続く